はじめまして、ブロックドロフ村
数字の表記を、この話から漢数字ではなく算用数字にします。
時間があるときに以前の話の数字を算用数字に直していこうと思います。
「オリバー、起きて! 出発遅れちゃうよ!」
「……うぅ……起きます」
今日は水の日。初めてブロックドロフ村という、よその村に行く日だ。
シュティローおじさんの出発時間に合わせるのに今日はいつもより早く起きた。いや、起こされた。
むくりと起き上がると、コパンはあくびをしながらのびーっと前足を伸ばしていた。コパンはいつもこのくらいの時間に早起きして、みんなのお見送りを率先して行っている。偉い。
「おはよう、オリバー。ご飯食べたら行くぞ。マントを羽織るの忘れないようにな」
物置から出てきたシュティローおじさんは仕事で使う湾刀を2本、背中に携えながら俺に声をかけた。仕事準備中の背中に「おはよう」と返し、俺は朝ご飯を食べ始める。
オリバーの母さんの黄緑色の髪と、しばらく前に切った俺の紺の髪を合わせて作った、獣人の耳が付いたマントは、二つの色が合わさりカーキ色になった。ポケットも付けてコパン用の魔石も入れられるようにした。
俺はご飯を食べ終え片付けをするとお尻まですっぽり被さるマントを装着し、森に行くときのように弓矢を背負う。シュティローおじさんはもう先に行ってしまった。
「行ってきます!」
ディータおばさんとエイミーに見送られ、カーリンとコパンとともに村の入口に行くと出入り口には6人の大人と3人の見習いらしき子どもが集まっていた。子どものうちの一人は俺に森で声をかけてくれたレーゲンだとわかったが、その子以外、子どもも大人も含めて全員見たことがない。みんなこの村の冒険者らしい。トゥルフ族もカルツェ族も入り混じって喋っている。
服は自分の毛で作ったようで、髪色と同じ色の服を上下、身につけていた。子供たちだけ、ズボンや上衣が別の色のものを身に着けていた。
すでにその輪に入り、仕事モードの顔でなにやら話しているシュティローおじさんは俺たちの姿に気付くと、手招きして大人たちに向き合わせた。
「みんな、この二人がオリバーとカーリンだ。そして、この狼の魔物がオリバーの従魔のコパン。今日からブロックドロフ村で物々交換の手伝いをさせるから、俺は今日遅れて街に行く。いつも通り依頼を受けてくれ……おい聞いてるか、ヴェラート」
尖った声でヴェラートと呼ばれたおじさんは、全然話を聞く気がなさそうな態度だ。この人だけ腕を組んで明後日の方向を向いている。シュティローおじさんにまた声をかけられると、ボサボサの前髪の間から俺を侮蔑したような目で見下した後、声の主に向き直る。
俺はこの目を知っている。混血児だと俺を詰ったあのおばさんたちと同じ目だ。
「わざわざそんなガキどもの紹介で時間を取らせるな。俺は先に行く」
コパンが俺の前に立ち、唸り声をあげるとヴェラートが苛立ったようにこちらを振り向いた。コパンはニクラスたちにさらわれてから悪意のようなものに敏感になっているのか、敵意を感じると警戒するようになったのだ。
「そんな小せえ犬、ガキが逃げる時間稼ぎにもならねえな」
「おい、やめろ。俺の命令をしっかり聞く分、お前よりは役に立つ」
シュティローおじさんが言い返すと、ヴェラートは舌打ちし、村を出ていく。
ヴェラートはコパンが大きくなることを知らないのだろうか。
暴言を吐かれたあと、残された俺たちの間にはなんとも言えない空気が漂っていた。
「はいはい! 俺たちもそろそろ行きましょうか! ごめんね、オリバー、カーリン。あのおじさんは最近ちょっと機嫌悪いんだ」
手をパンパンと叩き、俺たちににこやかに話しかけてくれたのは、焦げ茶の髪色の優男だ。随分と若く見えるこの優男は俺とカーリンの前でしゃがみ込み、挨拶をしてくれた。背中から槍の刀身部分が顔を出している。この人の武器は槍のようだ。
「俺はイェンスっていうんだ。あんまり会ったことなかったよね。よろしくね、二人とも。あとコパンもよろしく」
イェンスはコパンにも律儀に挨拶してくれた。すごい良い人だ。さっきの意地悪なおっさんの態度を見たからだろうか、いきなり好感度が高い。
……初対面の挨拶は大切だ! 今目の前にいる人たちは今後俺の先輩たちになるんだ。しっかり挨拶しなきゃ。
「はじめまして。オリバーです。今日からシュティローおじさんの仕事のお手伝いをします。よろしくお願いします」
「わたしはカーリン、です。よろしくおねがい、します」
頑張って俺の真似をして話すカーリンも、イェンスとその後ろに並んでいる人たちにも挨拶をすると、「よろしくな」「頑張れよ、お手伝い」と声を返してくれた。
「挨拶も済んだし、そろそろ出発するぞ」
シュティローおじさんは俺の頭にマントを被せ、微笑みながらポンポンと頭を軽く叩くと、村の入り口にある荷車をぐんっと引っ張る。見たところ小魚が20匹以上、大きな魚が10匹前後、あと大人の両手に収まるかどうかの小袋と布を乗せた荷車を身体強化も使わずとても楽々引いているように見えるけど、絶対重いと思う。この人はパワーの化身なのだろうか。
「コパン、大きくなってね」
俺がコパンに魔力を注ぐと、狼神サイズになった。小柄な女性も乗れるであろうサイズのコパンを見て、大人の冒険者たちは驚きに目を見張り「これがテレピコトゥルフか……」「よくこんなに大きくできたもんだな」と口々に感想を言い合っている。
森でたまに子どもに囲まれたことはあるが、自分より大きい人たちに囲まれたことはない。緊張した顔になっていたコパンがその場で動けなくなっていた。
「おーい! 行くぞ!」
シュティローおじさんが大声でみんなを呼んでくれたおかげで開放されたコパンとともに、俺も駆け足で村の外に出た。
「オリバーとカーリンの靴、面白いねえ。なんでそんな厚底なんだい?」
ブロックドロフ村へ走っている最中、イェンスが俺に話しかけてきた。俺はやっぱり走るのが遅くて、速度を加減してくれている荷車の後ろを走っている。荷台の左右をカーリンとコパンが囲み、他の冒険者と見習いたちは先に行ってしまった。なぜかイェンスさんが俺の横を走ってくれている。
「こうすれば、水たまりに、足を突っ込んでも……はぁ…はぁ…靴の中が濡れにくくなると、思ったから!」
「へえ。靴の裏の素材も面白いよね。今度俺にも見せてくれない? みんなが履いてる靴と違うよね?」
「うん……はぁっはっ……今度で……はあっ……良ければ!!」
……走りながら話すのはきつい!!
イェンスは息切れ1つせず、汗もかかずに爽やかに走っていたが俺はもう息を荒げながら走っていた。
予想はしていたけど、道が整備されていなくてデコボコしている。雨が降った後に荷車を引いたのであろう跡が道に残っていた。まじで靴を作ってよかった。
「あぁ、ごめんね。話しかけすぎちゃったね……お、麦畑が見えてきた。あと半分くらいだから頑張ろう!」
イェンスにそう言われ、俺が目線を左右に向けると確かに畑が広がっていた。だけど、想像してた黄金色の麦畑ではなく、緑色の草が何列にもなって生えていただけだった。
「これが……麦畑?」
「ああ、そうだよ。もう麦は刈っちゃったから今は寂しいけどね。夏の初めごろは一面小麦色で……えーと、黄色くなってて綺麗なんだよ」
小麦を見たことがないと思われたのか、言い直されたがおかげで俺が知っている小麦畑と似た景色になるんだとわかった。イェンスさんは結構気遣いができる人だと思う。
その後もひたすら走っていると、シュティローおじさんから声がかかった。
「オリバー、そろそろ着くぞ。コパンを小さくしてくれ」
「はい!」
荷車を止め、村の中に入れるために小型犬サイズに小さくなったコパンを見てシュティローおじさんが満足そうにうなずく。
「よし、今後もその大きさで村に入れるようにな」
俺が息を整えながら歩いていくとブロックドロフ村の入り口が見えてきた。
……おお! 村だ! ちゃんと村がある! あれ? しかも村の入口になんか立て看板が……あ。 文字が書いてある! 読めないけど。 文明があるぞー!!
文字を初めて見た俺は感動に震えながら、別の疑問が浮かんできた。
「イェンスさん、俺らの村にも名前ってあるの?」
「そっか、村から出ないとわかんないよな。俺らの村はリープベル村って言うんだよ。よそからじゃ獣人村って呼ばれてるけどね」
……確かに獣人村だよな。獣人しかいないもん。俺も心の中でそう呼んでたし。
苦笑いしてるイェンスと話していると、ブロックドロフ村の入り口までたどり着く。大人の背の2倍以上ありそうな高い柵が左右にそびえ立っており、それが門のようになっている。すごい。獣人村とは段違いだ。獣人村は「牧場かな?」というような格子状の柵が、入り口の左右に数メートル刺さっているだけなのだ。看板などもちろんない。
「すごい……大きい……」
カーリンも大きい門を見て、なんとなく緊張しているように見えた。手をぎゅっと握りしめている。
その様子を見てかイェンスがカーリンに声をかける。
「ははは、大きい入り口だよね。街に行くともっとびっくりするよ。さ、中に入ろう!」
ゴロゴロと荷車を引くシュティローおじさんに続き、イェンスに背中を押されながら俺とカーリンも入り口をくぐった。
やっと村を出たオリバー。
村を出て初めて済んでる村の名前を知りました。
カーリンもドッキドキです。




