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獣人村で目覚めたら  作者: ニガヒジキ
第1章 獣人村のオリバー
27/62

カーリンの進路

前話の続きです。

オリバーの家で石けん作りをしているところから。


 石けんを作っている最中に「そういえば」と、話が切れたタイミングで俺は昨日のカーリンの様子を思い出し、見習い仕事について聞いてみた。


「カーリンは冒険者見習いと塩作り職人見習い、どっちになるの?」


 カーリンは楽しそうな表情からだんだん諦めを滲ませたような悲しげな表情に変わり、石けんを見つめていた。

 カーリンの仕事について聞いたことがなかった俺は、軽い気持ちで質問してしまったけど、何かダメだったのだろうか。


 悩んでいるのが丸わかりな表情のカーリンは「わたしは……」と言うと、一呼吸置いてポツポツと話し始めた。


「悩み中なの。塩作りならエイミーと一緒にできるから楽しそうなんだけど、ずーっと浜にいることになるでしょ? でもわたし、この村を出てみたいの。シュティローおじさんが話してくれる他の村とか、街をこの目で見てみたい」


 この獣人村は、職種が少ない。俺が聞いた限りでは、塩作り職人、冒険者、あとは漁師くらいしかないのだ。

 昨日、街には石けん職人という仕事があることをディータおばさんから聞いたが、基本的に子どもたちは親の就いている仕事の見習いになることが多い。俺はカーリンもこの習わしに従って、 塩作り職人か冒険者の見習いになるのだと思っていた。


「じゃあ、冒険者見習い?」


 カーリンは首を緩く左右に振る。


「わたし、戦うのが苦手なの。森でコパンを取られそうなとき、本当に怖かったの。でもわたしがなんとかしなきゃ! って頑張ったんだけど……冒険者って護衛の仕事もあるみたいだから、わたしにできるのかなあって不安があって……」


 なるほど。確かに俺から見てもカーリンは戦いや言い争いが苦手だと思う。

 森でのコパン盗難未遂事件があったときは本当に怯えていたから、あのとき大声を出すのは相当勇気を出してくれたんじゃないかと今になって思った。

 獣人はみんな強いと勝手に思い込んでいたが、そうではないらしい。エイミーの強さがきっと異常なのだ。


……そもそもこの村でしか働けないのか? 他の村や街に働きに行けないのか?


 この世界の仕事についてよく理解していない俺は、日本にいたころの感覚である提案をした。


「他の村とか街に行って、仕事を探せばいいんじゃない?」


「わたし、それとなく他の仕事も見てみたいってシュティローおじさんに言ってみたことがあったんだけど、紹介できないから諦めなさいって言われたの……」


……なるほど、紹介できる仕事の中から選べってことか。でも、カーリンが他の仕事も見た上で納得してこの村で仕事を探すのか、渋々この村で仕事を探すのかじゃ働くモチベーションが変わってくるんじゃない?


 俺はカーリンの将来を勝手に心配し、勝手な提案をすることにした。


「そうなんだ。じゃあ、俺が他の村に行ってみたいって言ってみるから、カーリンも付いてきなよ。そうすれば、カーリンはその村の中を見られるだろ? シュティローおじさんに何か聞かれたら、仕事選びに悩んでるから冒険者の仕事を見たいって言いなよ」


「え……?」


「昨日のディータおばさんの石けん職人の話みたいにさ、他の村とか街には、この村にはない仕事がたくさんあるかもしれないじゃん? シュティローおじさんにお願いして、一緒に行ってみない?」


……それに街よりも近いところに村があれば、そっちには連れてってもらえるかもしれないし……


「近くに村があれば、通って仕事ができるかもしれないだろ?」


 俺の淡い願望は隠し、カーリンを誘う。シュティローおじさんは冒険者としてあちこち行っているなら、村を出て仕事をしてはいけないことはないと思う。ただ、紹介してもらうのが難しいだけで。

 でもどこかの村に通って仲良くなれば、紹介なしでも働けるんじゃないだろうか。それに俺が村に行こうと提案したのだ。もし本当にカーリンが働きたいところを見つけたら、俺は全力でカーリンの良いところをプレゼンするし、何だって手伝うつもりだ。


「……なんで、オリバーはそこまで考えてくれるの?」


 不思議そうな、でも泣きそうになっている顔でカーリンは俺に問う。孤児なのに育ててもらっているから、わがままは言えない、諦めるしかないと思っていたのがカーリンの顔には出ている。


 俺はこの世界で目覚めたときからカーリンに世話になってるし、石けんもカーリンが手伝ってくれてから成功に一気に近づいた。俺はカーリンの力になれることなら何でもやってやりたい。

 そしてなにより、毎朝俺を起こしに来てくれる。それが一番ありがたいのだ。


「いつもお世話になっているお礼。一緒に考えるくらいなんてことないよ。俺、カーリンがどんな道を選んでも、応援するから。それに……」


 俺は一呼吸おき、カーリンに向き直る。カーリンが安心して仕事探しをできるように、そして仕事が見つからなくとも大丈夫だよ、とセーフティネットを用意してあげたい。


「もし他の村にもやりたい仕事がなかったら、俺がカーリンを冒険者見習いに勧誘するつもりだからさ!」


 カーリンの顔からはさっきまでの悲しそうな名残は消え、代わりに「どういうこと?」という興味が出ていた。


「実は俺、解体が苦手なんだ……魔物と戦ってる間、カーリンにはどこかに隠れてもらって、倒し終わったら解体をしてほしい。それも立派な冒険者の仕事だろ? んで、護衛の仕事のときはコパンの近くにいなよ」


 以前、シュティローおじさんが言っていた。魔物を討伐したら証拠として魔物の一部を剥ぎ取り、それを冒険者ギルドというところに持っていかなければならない、と。魔物を仕留めることはできても、イノシシの魔物であるエーバーの血抜きを見てぶっ倒れた俺にとって、解体や剥ぎ取りはハードルが高いと思う。いずれ慣れなければならないと思うが、すぐに一人でできる気がしない。

 解体に抵抗がないカーリンにやってもらえるなら、カーリンが冒険者になるのは俺にもメリットがある。


 森で何度か魔物や動物の解体をする機会があったが、俺の身体はそれを拒否した。今まで信号機チームかカーリンにお願いしていたのだ。


 カーリンはそれを思い出したのか、首を縦に振りながらふふっと笑い出した。


「森ですごく嫌がってたもんねえ、解体するの。 ……わかった! わたし、オリバーに付いてって、他の村の仕事を見てみる! ありがとう、オリバー!」


 カーリンはいつもの天真爛漫な笑顔に戻ると俺にぎゅっと抱きついてきた。前々から思っていたけどボディタッチが多い家庭だと思う。

 普通のテンションの俺は今日は何かが爆発することもなく、その親愛を示すハグを素直に受け入れた。

 カーリンは心のつかえが取れたような晴れ晴れとした表情でシャンプー作りに戻っていた。



「シュティローおじさん。俺、コパンと一緒ならハイス山を往復できるようになったよ! もし街よりも近くに村があったら、行ってみたいんだけど……」


「ああ、体力が付いてきたってエイミーが言ってたな。俺からも声をかけるつもりだったんだ。いきなり街に行くより、近くの村で獣人じゃない人間にも、慣れておいた方が良いと思ってだな」


 一人遅めの晩ご飯を食べているシュティローおじさんにお願いすると、びっくりするくらいさらりと許しが出た。あまりにあっさりと許可を取れたことに驚いたものの、シュティローおじさんも俺を外に連れ出すことをちゃんと考えてくれていたんだと知り嬉しくなった。


「この村から一番近いブロックドロフ村で、オリバーは俺の仕事の手伝いをしなさい」


 テーブルにかけているカーリンは、ちらちらとこちらの様子を伺っている。


「コパンもかなり大きくできるようだしな。ただな、オリバー」


 シュティローおじさんは食事の手を止め、真剣な眼差しを俺に向ける。


「この村を出るときには必ず、獣人の耳がついたマントをかぶるんだ。この村を出ると、人と見た目が違うってだけで追い出そうとする人たちがいるかもしれない。夏で熱くて申し訳ないが……マントを作ってからなら近くの村に連れてってやる。この約束、守れそうか?」


 俺はこの間塩作り小屋の近くでおばさんたちに呪詛のような言葉を浴びせられたことを思い出し、首のあたりがきゅっと詰まる。確かに人間と獣人の混血と言うだけで、獣人の耳がなくて尻尾が生えているというだけで、見た目の悪口を言われた。マント程度で身を守れるなら頑張って作るが、外さなきゃいけない場面ではどうすればいいのだろうか。


「どうしてもマントを外さなきゃいけないときは、どうするの?」


「街にはマントを付けたまま飯を食うやつもいたし、冒険者ギルドにも普通にいたな。どうしてもマントを外さなきゃいけないような場面は、お貴族様や偉い人と話すときくらいだ。村ならなおのこと、会うことはないだろう。オリバーはそうそうお目にかかることはないさ」


 ……あ、そうだ。この世界は貴族と呼ばれる人たちがいるんだった。シュティローおじさんがそう言うなら、まあ大丈夫か!


「わかった。じゃあ、すぐマント作るから!」


「シュティローおじさん、あのね、わたしも一緒にそのブロックドロフって村に行ってもいい?」


 俺が言い終わると、おずおずとカーリンが声をかけた。シュティローおじさんはカーリンの突然の申し出に二つ返事で承諾をする。フットワークが軽すぎてちゃんと考えているのかちょっと不安になる。


「外の世界と交流を持つのはいいことだし、カーリンがいた方がいざというときオリバーを助けられるだろう。何か困ったことがあったとき、村に呼びに来れるしな」


 気のせいかもしれないが、俺が混血児ということで何か問題が起こるかもしれないと心配しているような口ぶりだった。でも確かにカーリンがいれば、この村にすぐ応援を呼びに来れる。


 ……最近は俺がカーリンを守ってるけどね! とにかく、カーリンが他の村に行ける許可をもらえてよかった!


 俺はカーリンに「やったね」と目で合図すると、カーリンは嬉しそうにうなずいた。


「……ただ、前にも言ったと思うが、俺はこの村の外に仕事の紹介ができないからな」


 気遣わしげにそう言ったシュティローおじさんに、カーリンは「そんなことわかってるもん」と頷き返す。


「じゃあ、オリバーと一緒にカーリンも俺の仕事の手伝いだな。それとオリバー、ブロックドロフ村の宿屋の亭主に字を教えてもらいなさい。習いたがってただろう? 俺はいつも夜遅くに帰ってくるし、休みの日もオリバーにかかりっきりにはなれない。ご厚意で教えてもらえることになったから、しっかり学んでおいで」


 エイミーから話を聞き、字を覚えたいとシュティローおじさんに言ったことがある。七歳になり冒険者になったときに、依頼書を読み上げて字を覚えさせるつもりだったらしいが、俺が早めに覚えたいと訴えたところシュティローおじさんは外注することにしたらしい。その方が俺もありがたい。


「畑で育った野菜もあるし、最近ニクラスたちが魚を持って来てるからしばらくは食料調達しなくて大丈夫だ。次の水の日に一度亭主と顔合わせをするからな。それまでにマントを作っておくんだぞ、オリバー」


「うん! 初日はシュティローおじさんと一緒にブロックドロフ村に行って、宿屋の亭主さんと顔合わせをして、シュティローおじさんの仕事の手伝いをすればいいの?」


「そうだな、初日はそんな流れだ。オリバーたちのお手伝いは、この村で取れた魚や塩と、ブロックドロフ村の野菜や卵と交換をすることだ。村の出入り口に荷車があるだろう? 朝、あれに魚たちが載ってるんだ。俺と一緒に出発して、帰りは晩ご飯の準備に間に合うように帰ってくるんだ。荷車は俺が持って帰るから、二人は手ぶらで帰れ」


「え? 荷車は持って帰らなくていいの?」


「荷車には食べ物が入ってて、盗賊や魔物が出たとき二人だけじゃ守りきれないだろう? ブロックドロフ村からこの村まで盗賊は見たことはないが、子どもしかいなければもしかすると狙われるかもしれない。魔物もなかなか出ないと思うが……ま、荷車を運ぶのは俺がやるから、二人は周囲を見ながら往復すること。いいな?」


……そうか、盗賊が出たり魔物が出たりするんだ……日本では心配する必要がなかった出来事が起こるかもしれないんだ……


 俺はゴクリと唾を飲み込む。カーリンも少し顔が強張っているが、村に行こうと誘ったのは俺だと思い出し、極力平静を装って返事をする。


「わかったよ。コパンも強くなったし、たくさん魔物が出なければ行けると思う」


「ああ、移動中はコパンは一番大きくしておくんだぞ。それと、村に入るときは一番小さくしておけ。従魔の証がないと村の人がびっくりするからな。」


 この村の人にはコパンが飼い慣らしてある魔物だというのは周知してあるけど、よその村の人にはコパンがただの魔物で恐怖を与えるかもしれないから、小さくしておけとのことだった。従魔の証というものがコパンについていれば、問題ないらしい。


「従魔契約ってやつが必要なんだよね、確か。コパンはこんなにいい子で賢いのになあ」


 コパンは気持ち良さそうに俺に頭を撫でられ、こてんと横になった。


「オリバーが七歳にならないと従魔契約はできないから、それまでは我慢だな」


「はあい」


「オリバー、早起き頑張ろうね!」


……そうだ! シュティローおじさんの出発時間に合わせるってことは、早起きしなきゃいけないんだった!


「はい、頑張ります……」


……まあ、冒険者になるなら、きっとシュティローおじさんと同じく早起きしなきゃいけないんだろうな。慣れなきゃいけないんだから今から頑張ろう。


 それから俺は獣人の耳付きマントを作り、ブロックドロフ村に行けるようになったのは、夏の終わりのことだった。



ようやく村の外に出られるようになります。

オリバーのあまりの体力の無さに当初はシュティローもびっくりでした。

春の終りに街に行こうかとオリバーを誘いましたが、シュティローはもっと早くに行けるもんだと考えていました。


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