大満足よ
俺の鼻血も無事止まり、水浴び終わりのカーリンの髪を拭き上げると、若葉色の髪に天使の輪ができ、艶が出ていた。髪がぴょんぴょん跳ねて活発そうなボーイッシュな印象だったのに、手ぐしで整えてあげると本来の髪質の良さが引き立ち、愛らしいショートカットになった。あ、もちろん服は着ているよ。
……ニクラスとライナーはどんな反応するんだろう? また見惚れるかもな。プププ。
「エイミー、ディータおばさん! 見て、こんなに綺麗になった! 石けんができたんだ!」
夕方、仕事から帰ってきた二人に報告をするとディータおばさんは俺の全身をまじまじと見て、目を輝かせた。
「あら、本当ね。 昨日より顔色が明るい感じがするわ。日に焼けてるのは変わらないのに……なんで? それに髪が乾いているのにこんなに艶が……石けんって身体も洗えたかしら?」
……あー、そう言えばディータおばさんに石けんの話をしてなかったな。多分、全身を液体石けんで洗ったんだと思われてるっぽい?
「液体の石けんじゃなくて、固い石けんを作ったんだよ。それで洗ったから臭くないんだ。 ほら、いい匂いでしょ?」
「オリバー! 髪をツヤツヤにする液できたの?! だからこんなにサラサラになってるの?!」
ディータおばさんに説明していると、エイミーは興奮した口調で俺にまとわりつき、俺の髪に手を滑らせ、クンクン匂いを嗅ぎ始めた。
……楽しみにしてくれてたんだな、エイミー。まだかまだかって言ってたもんな。
「髪をツヤツヤにする液、シャンプーって言うんだよ! 洗い方があるから、今日はわたしが洗うの手伝ってあげるー! どっちから水浴びする?」
もうすでにピカピカになっているカーリンの声を聞いてそわそわしているエイミーを見て、微笑みながらディータおばさんが促す。
「先にエイミーが入ってきていいわよ。わたし、晩ご飯作っちゃうから」
「ありがとう、母さん! カーリン、教えて!」
キャッキャと物置に消えていった二人を見送り、俺は晩ご飯の手伝いを開始した。
「見て母さん! すごい綺麗になった! なんかツルツル! 髪の毛もゴワゴワしてない!」
晩ご飯が出来上がった頃に風呂から上がったエイミーは、はしゃいでディータおばさんに洗い上がりの髪を見せびらかしていた。俺とカーリンもすでに見せびらかしたので、ディータおばさんはもう聞き流すスタイルになっている。
「うんうんー、髪色が綺麗になってるわねー。じゃあ、ご飯を食べるから席についてちょうだい」
心なしかいつもよりスープを流し込むのが速いディータおばさんは、俺たちより早く食事を終えると新しい水を汲みに行き、すぐ戻ってきた。ディータおばさんもシャンプーを楽しみにしてくれているようだ。
ディータおばさんが戻ってくる間にカーリンも食べ終わり、水浴びの手伝いに行った。食卓についているのは俺とエイミーだけだ。
向かい合うように座っている風呂上がりのエイミーはツヤツヤの髪に指を通し、機嫌良さそうに何度も匂いを嗅いでいた。幸せそうにご飯を食べ、嬉しそうに尻尾が左右に揺れているのが可愛らしい。
「エイミー、ハイス山まで苦結晶を取りに一緒に行ってくれてありがとう。シャンプーの使い心地はどうだった?」
髪には濃いめのクリーム色に艶が出て、灯りの当たり具合によっては光っているように見えた。ボサボサになっていた肩まである天然ウェーブの髪はまとまり、綺麗に波打っていてエイミーの気の強そうな美人系の顔を際立たせている。
「大満足よ。またこのシャンプー? だっけ? この液をくれるならハイス山に苦結晶を取りに行ってあげるわ」
いつも通りツンとしているが、大満足という言葉をもらえた。協力的な態度を示してくれているのは、素直に嬉しい。俺も大満足だ。
「ありがとう、でも大丈夫! 俺もコパンと一緒なら、行って帰ってこれるようになったから」
「そう……じゃあ……えーと……」
エイミーは視線を左右にさまよわせ、もごもごと言い淀んでいる。
……シャンプーがなくなったら、ほしいのかな?
何かを手伝わないとシャンプーをもらえないと思っているのかもしれない、と考えた俺は、エイミーに笑顔を向ける。
「なくなったら俺かカーリンに言ってね。新しいシャンプーを作ったら感想がほしいから」
「……わかったわ。ありがとう」
布団に入るまで、エイミーは鼻歌を歌っていた。
「ディータおばさんの髪、長くて洗うの楽しかったー!! すごくサラサラしてるよー!」
「泡で頭を洗ってもらうなんて初めての経験だったわ。でもこんなにサラサラした髪は久しぶりで本当に嬉しい。手伝ってくれてありがとう、カーリン」
ディータおばさんの胸にかかるくらいの長い髪は、櫛で梳かす度に、柔らかなクリーム色がキラキラと光っていた。
テーブルに両手で肘を付き、ニコニコしながらカーリンはその様子を見ている。
「身体のベタベタも石けんだとすぐ取れるのねえ。ちょっと突っ張る感じがあるけど……でも、すっごくさっぱりしたわ。固い石けんが作れるなんて、オリバーは石けん職人にもなれそうね」
「え? 石けん職人なんて仕事あるの? この村に?」
「この村にはないわねえ。確か街でそんな仕事があると聞いたことがあるわ。わたしたち夫婦からは紹介が出来ないけど……つい思い出して言っただけよ。オリバーは冒険者になるんでしょ?」
……そんな仕事があったんだ。やっぱり早く村から出て、他の街や村も見てみたいな。
「俺は冒険者になるけど、漁師、塩作り職人、冒険者の他にも仕事があったんだってびっくりしたんだ。カーリンは知ってた?」
俺がぱっと顔を向けると、さっきの笑顔は消え、考え込むように机を見つめるカーリンは名前を呼ばれたことに気付いていなかった。
「カーリン?」
「へ?! あ、仕事? わたしもオリバーが言ってた三つしか知らなかった!」
また笑顔に戻っていたが、俺はさっきの思いつめた顔を思い出す。仕事の話で笑顔が消えたように見えたのだ。
……仕事のことで悩んでるのか? そういやカーリンの見習い先、聞いてなかったな。
「オリバー、コパン、また洗っていい? 夕方に洗ったけど、興奮して外で土にまみれちゃったでしょ?」
「ああ、うん。洗っても大丈夫だよ」
カーリンに見習い仕事について聞くタイミングを逃してしまった俺は、今度時間があるときに聞くことにした。夕方、カーリンの後に洗ったのにも関わらず、すぐに土まみれになったコパンをもう一度洗うべく物置に連れて行く。
水にビビって俺の腕にしがみついているコパンをカーリンが手早く洗う。
「カーリン、そのままコパンを持ってて!」
コパンの身体を拭き上げ、カーリンに押さえててもらっている間に、俺はドライヤーをイメージして、火と風の属性を使って温風を手から出す。
「わー、温かい風が出てる! すごーい!」
……複数の属性を使うときって、結構魔力を消費するんだよな。手早く済ませなきゃ。
「俺が温かい風を出しておくから、カーリンは拭いてって! 多分、さっきより乾くの早いと思うから!」
びちゃびちゃのまま逃走し、土に寝っ転がって俺とカーリンを呆れさせたコパンのために、ドライヤーを思いついたのだ。
実はオリバーの家で何度か練習した。火炎放射が出たときはびっくりしたけど。
風属性の扱いを覚えなきゃいけないと思ってたから練習にもってこいだ。
……あれ? 魔力増えてるのかな? 前に火の鳥を飛ばしたときより魔力に余裕がある!!
俺は自分の魔力の成長を密かに喜びながら、コパンを乾かしていった。
とてもふわふわになったコパンは、やはり興奮して家の中を走り回り、至るところに身体を擦りつけ、エイミーとディータおばさんを驚かせた。
「コパンは今まで通り、足と口周りの水洗いメインにしてあげようよ、オリバー。匂いが気になったらシャンプーで全身洗ってあげればいいと思う。毎回こんなに暴れるの、わたしイヤ」
「そうだね……洗い過ぎも良くないからそうしようか」
俺とカーリンは溜息をつくしかなかった。
俺は布団に寝っ転がりながら、今日のみんなの笑顔を思い出す。みんなが綺麗になり、俺も嬉しかった。
心残りがあるとすれば、シュティローおじさんだ。
……シュティローおじさんは仕事を頑張ってるから汚れてるのは仕方ないんだけど、俺の隣で寝るから一番石けんを使ってほしい……起きてて俺が洗うの手伝ってあげなきゃ……でもねむ……
結局起きていられず、大和時代以来のさっぱりとした身体で眠りについた。
翌日、森から帰ってきた俺とカーリンはオリバーの家に行き、カーリンが待ちに待ったオーランの香り付き石けんを使ってみた。
「ねえオリバー、ちょっとだけど、ちゃんとオーランの実の香りがするよ! 手が痛い感じもしないし……これって成功だよね?!」
カーリンが作った石けんの成功を一緒に喜ぶ。
「うん! それは成功だよ。ほんのり香る感じが良いね」
とても嬉しそうな顔でカーリンは手を洗っている。その調子で身だしなみに気を遣う子に成長してほしい。そして、一緒に生活を向上してほしい。
「一つだけ使って、あとはまだ乾燥させておいた方がいいよ。昨日洗ったとき、結構突っ張る感じが残ったでしょ? 乾燥させればしっとりした洗い上がりになるよ」
「へえー。よく知ってるね……」
カーリンから怪しむような視線を感じる。
……やべ、喋りすぎた?! 「なんでそんなこと知ってるの?」って怪しまれるかな……
「そ、そうかなあ? 出来上がった日の石けんはピリピリしたからね。乾燥させればさせるほど、それが和らぐんじゃないかって思ったんだ」
「そっか……オリバーが危ない作業やってくれてたもんね」
……セーフ! うまく誤魔化せた!
その後はボロを出さないように喋りながら石けんを作ったり、シャンプーを作ったりしていた。
「昨日エイミーもディータおばさんもすごく喜んでくれてたよね。あとねー、シュティローおじさんも石けん使ってたって、朝ディータおばさんが言ってた!」
……なんと!ナイス、ディータおばさん!
「自分が綺麗になったから、シュティローおじさんの汚さがより際立って見えたんだって」
「そうなんだ! でも良かったー、使ってもらえて」
「そういえばさ、ディータおばさんに作り方を聞かれたの。詳しくわからなくて苛性ソーダ水とパルメの実の油を混ぜたら出来たって言ったんだけど、わからないって言われちゃった……上手に説明できなくて残念だったなあ」
……おいおい、カーリン。俺は石けんの作り方はできれば内緒にしておきたいんだよね。
「ディータおばさんにまた聞かれても、作り方は内緒にしておいてね。何も知識がない人が危ない液を作って、それがもし目に入っちゃったら目が見えなくなるかもしれないんだ」
「確かに、あの液がかかると火傷みたいになるのは知ってたけど、目が見えなくなっちゃうなんて……それはやだ」
カーリンの腕にも、石けんのタネをかき回してるときに出来た火傷のような跡がポツポツと出来ている。「絶対に目に入らないようにやること」と注意したので、カーリンも気をつけて作業をしていたが最初は大変だったのだ。
ちなみに最近では、飛び跳ねた液を避けていた。反射神経がすごい。
「それに、色んな人が作り方を知ったら森のパルメの実がなくなるかもしれないだろ?」
パルメの実が取れず、石けん作りができない未来を想像したのか、カーリンは「絶対誰にも言わない!! エイミーにも言わない!」とぶんぶん首を横に振っていた。
ドライヤーは人気になり、たまにみんなの頭を乾かしてあげるようになりました。
(魔力に余裕がある日のみ)




