石けん完成わくわく
俺が最後に浜に行った日からさらに数週間過ぎ、外は真夏の日差しが照りつけていた。窓からたまに入ってくる風が俺が今いるオリバー家での唯一の涼みで、額ににじむ汗を拭いながら俺とカーリンは石けん作りの佳境を迎えていた。
「よし、これをコップに流し込んでみよう!」
「今までで一番いい出来じゃない? ちゃんとトレースもできてるし!」
石けんの作り方を教えているうちに、「生地に道具の跡がつくことだよ」と説明したらトレースなんて専門用語もすぐに覚えられた。カーリンは素直で吸収力のある賢い子だと思う。
俺が浜で悪口を言われた日の翌日から、「また浜に一人で行かないように見張る!」と 言い張り、カーリンは俺と一緒にオリバーの家に来るようになった。
俺の擦り傷を治すと申し出てくれたが、軽い擦り傷だったから断った。
「じゃあ石けん作りを手伝う!」と有無を言わせぬ威圧感で迫られたので、ありがたく手伝ってもらうことにした。
ちなみにカーリンのフェイスライン下にあった首の傷はもう治っていた。ライナーに蹴られたときにできたこの切り傷は、よーく見れば薄っすら傷跡があるが、日常生活を送る分には目立たない。頑張って毎日癒やしをかけてよかった。
俺は出来上がった石けん液をコップに流し込みながら、「無事に固まりますように」と祈る。
「材料が揃えば簡単にできると思っていたけど、そうじゃなかったんだね」と言われたが、俺も全く同じ感想である。
石けんが分離せずまとまったきっかけは、俺が魔力を使って出した水を、作業工程で使ったことだった。
石けん作りが何も上手くいかず、井戸に水を汲みに行くのさえ面倒くさくなり半ばやけくそで手から水を出したのだ。
それを苦結晶水溶液を作るのに使ったら、今までで最も手応えを感じたのだ。
それから各工程で使う水も魔力を含んだ水に変えた。
危ない液を作る工程は俺がやり、カーリンには火加減や、混ぜる作業をお願いした。身体強化で混ぜてくれたからかなり速かった。おかげで俺は属性鎧・水バージョンを維持できる時間が増え、他の作業ができる時間が増えたのだ。
ちなみに汲んできた海水で作った石けんは、結局できなかった。一番扱いにくかった。おばさんたちに悪口を言われ、あんなに嫌な思いをして取ってきた海水なのに残念だ。
「あとは布をかぶせて保温しておこう。あんまり暑すぎないところ……物置の日陰のところでいっか」
暑すぎても寒すぎても、石けんは出来上がらなかったはずだ。日陰において、一応熱が逃げにくいように余った布でぐるぐる巻きにしておこう。
そして翌朝。俺とカーリン、コパンは森に行く前にオリバーの家に駆け込んだ。
布を剥がし、コップの中を覗き込むと、石けんはコップの中で固まっていた。逆さまにしても液は垂れてこない。
……すごい! ちゃんと固まってる! やっと出来上がった……!
初めて固まった石けんを見て、俺は大人気もなく泣いてしまった。見た目は子供だけど。
「あれ? 固まっちゃってる……失敗かな、オリバー? これってどうな……えぇ?! 泣いてるの?」
「つい嬉しくて、涙が……」
「じゃあ、これは成功なの?」
「そう、固まっていいんだ。成功だよ、カーリン!」
「……そうなの?」
……そういやカーリンにコップに流し込むところまでしか説明していなかった!
液体石けんしか見たことがないカーリンは、固い石けんと言われてもよくわからないらしい。「これが正解?」と疑問符だらけのカーリンと、嬉し泣きしている俺の温度差を感じざるを得なかったが、今はこの成功の嬉しさに浸りたい。
しばらくして俺の涙が引っ込んだころ、カーリンはつんつんとコップの中身を突きながら、好奇心に満ち溢れた目で俺を見た。
「オリバー、もうこれって使えるの? 早く使ってみたい!」
「これは乾燥が必要なんだ。今日はまだ無理だよ。 えーと、今日が火の日だから、次の次の火の日に一回試してみよう。今日はこれを取り出して、切っておしまいだよ」
……二週間の乾燥で足りるかな?数週間って具体的にどのくらいなんだろ……
「固い石けんは、使えるまで時間がかかるんだねえ。次の次の火の日には使えるの?」
眉尻を下げて残念そうな顔でこちらを見ているが、俺もどのくらい乾燥が必要かはっきりとはわからず、同じような顔になってしまう。
「使えるかもしれないし、使えないかもしれない。しっかり乾燥しないと洗うときピリピリするんだよ。次の次の火の日になってみないとわかんないな……」
猫の耳までしょぼんと垂れてしまったカーリンを励ますために、俺は必死に頭をフル回転させる。
「えーと、待ってる間に、別の石けんも作ってみようよ! 今度は香りも付けてみよう! カーリンもオーランの実の香り、好きだろ?」
オレンジのような香りと味がするオーランの実はまだ森で取れるはずだ。俺は新しい石けん作りへ気持ちを誘導すると、カーリンは顔を輝かせた。
「香りもつけられるの?! オーランの実の香り、付けてみたい! 今日取りに行こう!」
……無事気持ちが切り替わったみたい。よかったよかった。
「よし、じゃあ石けんを切るからちょっと待ってて」
俺はコップから石けんを取り出そうとしたが、これが予想以上に取り出しにくかった。
短剣をぐさっとコップと石けんの間に刺して、指でほじくり出したが、指がヒリヒリするハメになった。毎回これをやるのはつらい。
……石けん用の型も必要だな、こりゃ。コップじゃだめだった。失敗、失敗。
コップから取り出した円柱型の石けんを、外で取った適当な雑草で押さえ、ナイフで金太郎飴のように切っていく。
石けんが切られていく様子をカーリンはニコニコしながら見つめている。早く乾燥させようとフーフー息を吹きかけている様子が、ちょっと可愛らしかった。
切り終えた石けんを乾きやすい場所に置くと、俺達は家を出る。いつも通り食料と木切れの調達のために森に来た。
「コパン、今日も虫の魔物を倒しておいで。でも遠くには行き過ぎるなよ」
魔力を額の魔石に注ぐと、コパンは俺が乗れるくらい、グングンと大きくなる。俺たちが石けん作りをしていたこの数週間でコパンの身体はどんどん大きくなり、一匹で森に出る虫の魔物を倒せるくらい強くなった。
おすわりしているときの顔の位置が、俺の頭と同じ高さになるくらい大きく成長したコパンは、昔見た超有名なアニメ映画に出ていたあの狼のような感じだ。少女を乗せて走る狼のように大きくなった。俺は勝手に狼神サイズと呼んでいる。
……コパンは真っ白な狼じゃなくて、真っ黒だけど。
「ワウ」と返事をし、顔にスリスリと頭を擦り付けたコパンは、大きくなるほど声も野太くなり、威嚇する声も凄みが増していて頼りがいがある。シュティローおじさんが言っていた「コパンは強くなるぞ」という言葉が現実味を帯びてきた気がする。
ちなみに俺は、最近森に弓矢を持ってくるようになった。以前バッタの魔物に襲われて以来、ケバルトにお古の弓を譲ってもらったのだ。まだまだ下手だが、地道に練習している。
……今度コパンに乗る練習もしなきゃな。あ、明日ハイス山まで走るし、ちょうどいいや!
「オリバー、今日もわたしが食べ物取ってくるね! ついでにオーランの実とパルメの実も拾っておくー」
カーリンの声で、石けん作りに使う材料の足りないものを思い浮かべる。植物油はなくなりかけていたから、パルメの実は確かに必要だ。
「確かにパルメの実は必要だね。あと、俺木材採集するから、鉈と短剣借りていい? 石けんを入れる型を作りたいんだ」
カーリンが背負籠から取り出した鉈と短剣を受け取り、俺たちはあとで集合することにして各々採集と狩りを開始した。
「よーし、作るぞ」
本当は石けんを押し出すタイプの型を作りたいけど、それは入れ子の箱を作らないとできない。
俺の技術では綺麗な入れ子の箱など作れないので、石けん一つの大きさを、木に彫るつもりだ。
型の中に葉っぱを入れて、それを引っ張れば触らずに石けんを取り出すことができるだろう。
俺は身体強化をすると手頃な倒木を鉈で割り、割った内側の方に短剣で石けんの形を書くと、もくもくと木を削っていった。
「できたー! 結構いい感じじゃないか? これなら取り出すときも楽になるはず!」
俺は汗を拭いながら、出来上がったお手製木型を眺める。
木陰で直射日光を避けつつ、十分厚みのある長方形の木材に、石けんの大きさの四角二つを彫った。この中に石けん液を流せば、一個分の大きさになる。四つの木材に作ったから、一応八つ分の石けんを作れる。
……帰ったら今日も石けんを作ろう! そしてカーリンの望み通り、オーランの実で香り付けをしてみよう。
オーランの実とパルメの実をたくさん取ってご満悦なカーリンと、たくさん動き回って楽しそうなコパンと合流すると、足早に森から帰り、石けん作りに取り掛かった。
わくわくしているカーリンとオーランの実の香り付き石けんを作り、俺が作った型にとろりとした石けんタネを流し込んでいく。一回の製作で二つの型に流し込んだ。次は材料を倍に増やしてもいいかもしれない。
……よし、葉っぱも入れたし取り出すときはこれを引っ張れば大丈夫! 指もヒリヒリしないぞ。
「出来上がるのが楽しみだね、オリバー!」
ニコニコしてるカーリンとハイタッチして、出来上がりを楽しみに待つことにした。
何週間という表現をこの世界で聞いたことがないオリバー。
完成したものの乾燥待ちです。
失敗材料はスライムにかけ、肥料にしていました。
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2022/6/1 修正しました。
(森にて)コパンの大きさは
修正前 伏せているときの顔の位置が、オリバーの頭と同じ高さ
修正後 おすわりしているときの顔の位置が、オリバーの頭と同じ高さ




