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獣人村で目覚めたら  作者: ニガヒジキ
第1章 獣人村のオリバー
23/62

友達


俺は声がした方へ視線をずらすと、釣り竿と弓矢を持ったケバルトが立っていた。俺の名を呼んだのはケバルトだったようだ。

ケバルトの声のおかげで口角下がりおばさんのパンチは引っ込んでいた。


ケバルトの奥に広がる空はもう完全に日が沈み、いつの間にかあたりは薄暗くなっていた。


「あら、ケバルトじゃない。どうしたのよ。このクソガキ、一緒にいじめにきたの?」


ケバルトの登場に気を抜いた俺は、ビンタが来ていることに気付くのが遅れ、左頬に痛みを感じると同時にケバルトの方に吹き飛ばされた。


「うわっ!」


俺を笑う意地悪い二人の声が響き渡る。


「あらぁ、エイミーの魚の糞が地面に落ちてるわ。ケバルト、一緒に掃除しましょう?」


……ああ、また悪口が始まるのか。もう本当にいい加減にしろよ。


俺がおばさんたちを睨みつけていると、ひょいっとケバルトが俺の顔を覗き込んできた。俺の目つきなどおかまいなしに話しかけてくる。


「大丈夫か、オリバー。 ありゃー、ちょっと擦りむいてるな。ま、このくらいならすぐ治せるわな」


ケバルトはなんてことなさげに俺を立たせ砂埃をパンパンと払うと、おばさんたちに向かって仁王立ちした。


「おばさんたちさー、さっきっからオリバーのことクソガキとか耳なしって呼んでるけど、人の名前も覚えられないのか? おばさんたちの方が馬鹿じゃん」


まさかケバルトが自分たちに意見するとは思っていなかったようで、気持ち悪い笑い声がぴたりと止まった。


「それにいつも二人一緒に仕事してるよね? どっちがどっちの魚の糞なの?」


魚の糞の方であろう口角が下がったおばさんは、焦ったように言い返す。


「ケバルト、耳なしなんかをかばうわけ? わたしたち、耳なしとは仲良くするなって言ったわよね?」


……そんなこと言ってたのかこのおばさんたち。本当になんなんだろう。


「おばさんたちにそう言われてから考えたんだけど、なんでオリバーと仲良くしちゃいけないのかわからなかったんだよなー。俺らと同じ耳がなくても何にも悪いことないじゃん。それに俺たちもう友達なんだ」


「その耳なしが友達? はっ。嘘も大概にしなさいよ。そんな惨めなやつと仲良くするとカルツェ族まで惨めが移るわよ?」


口角下がりおばさんがそう言うと、ケバルトは溜息を吐きながら同情を込めて言い返す。


「友達と仲良くして惨めが移るワケねーじゃん。おばさんたち、大人二人がかりで子どもをいじめて恥ずかしくないのか? おばさんたちの方がよっぽどトゥルフ族の恥に見えるよ? それに……悪口ばっかり言ってると口角って下がってくんだってさ。クレルおばさん、知ってた?」


口角下がりおばさんは急に目を泳がせ始めた。口角が下がってるの、気にしていたっぽい。

さすがケバルト。エイミーに「失礼を自覚していない」と言われるだけある。とてもストレートだ。俺はちょっとだけ気持ちがすっとした。


「あとニクヒルおばさん、オリバーをビンタするとかやりすぎ。仕事サボって何してんだ? そんなに仕事したくないなら俺からギルダおばちゃんに言っといてやるよ」


ニクヒルおばさんと呼ばれたボサボサ髪のおばさんは、舌打ちをすると嫌味ったらしく俺たちに唾を飛ばす。結構距離を取ったつもりなのにすごい飛距離だ。


「やだわねぇ。サボってないわよぉ。これは躾よ躾!! 自分の立場がよくわかってない愚かな子供に教え込んでるだけよぉ?」


何を言っても無駄だと判断したのか、大きな溜息をつきながら首を左右に緩く振るケバルトは、転がっていた桶を拾ってきてくれ、そのまま俺に体育会系の爽やかな笑顔を向ける。


「オリバー、浜に用事があったんだろ? あんなおばさんたち放っといて、一緒に行こうぜ」


「うん……行く」


ケバルトが言い返してくれたおかげで俺の怒りは収まった。左頬も擦り傷も痛むが今はこの場から早く去りたい。後ろから視線を感じるが、振り向かずまっすぐ浜の方へ歩いていった。


「あの、ケバルト。助けてくれてありがとう」


「おう。何か気持ち悪い大声が聞こえたから、揉め事かと思って行ってみたんだよ。そしたらオリバーが絡まれててビックリした! オリバーの声が聞こえたらもっと早く行けたんだけどよ、お前我慢強すぎ」


浜を歩きながら、はははっと笑うケバルトは肩を組み、俺の頭をガシガシと撫でる。ケバルトもあのねっちょりした声を気持ち悪いと思っていたようだ。全力で同意させていただきたい。


「今日も貝を取りに来たのか? 言ってくれりゃあライナーかニクラスが喜んで持ってったのに」


あの二人が喜ぶ理由はカーリンに会えるからだろう。前にうちに魚と貝殻の粉末を届けに来てくれたときもデレデレしていた。


「今日ほしいのは海水なんだ。エイミーに一人で行くなって言われてたんだけど、それを破って一人で来たらあのおばさんたちが……」


さっきまで言われていた嫌な言葉を思い出すと、怒りよりも悲しさが勝ち、肩を組まれたまま下を向いた。


「俺の両親が何をしたって言うんだ……」


「なあオリバー。あのおばさんたちが言ってたこと、気にすんなよ」


悲しさに寄り添うこともなく、でも同情することもない声のトーンでケバルトは俺に呼びかけた。


「でも、あんなに言われるとさすがに気になるよ」


あんなに罵られると、中身が大人の俺でも精神的に来る。

はあっと溜息を吐きながら浜辺に近づき、俺は海水を汲もうとしゃがみ込み、暗くなった浜に、白い波が静かに押し寄せてくるのを黙って見つめた。


「うーん。でも、俺から見える事実は、オリバーの両親も、俺の両親もこの村を救った英雄ってことだ。おばさんたちがなんて言ってたか、ちゃんとは聞こえなかったんだけどさ、あのおばさんたちの言うことはデタラメなことが多いんだ。俺もデタラメを聞かされた」


もし、あのねっちょりおばさんの話が本当だったら、俺の両親が何か罪を犯したことがきっかけで、一族共々この村に引っ越してきたことになるんだろうか。

両親の代わりに俺が何か償わなければならないんだろうか。

ケバルトに励まされても、そういう罪悪感が頭をループする。


「それに」とケバルトは俺の隣にかがみ、変わらぬトーンで喋り続ける。


「あのおばさんたちが言ってたように、トゥルフ族がどこからかこの村に来たなら俺は感謝してる」


俺はケバルトを見上げると、薄暗い中でもはっきりとわかる笑顔を俺に向けていた。


「じっちゃんが言ってたんだ。オリバーの父ちゃんに声をかけられてなかったら、どこかで野垂れ死んでたかもしれねえって。ってことはよ、俺がここで生活できてるのは、オリバーの父ちゃんのおかげってことだろ?」


……そうか、そういう捉え方もできるのか。ケバルトはまっすぐだなあ。


ケバルトの言うじっちゃんとは、きっとタギノさんという親代わりの人のことだろう。


「うん、うん。そうかもしれない。ケバルトがそう言ってくれて嬉しいよ」


ケバルトの笑顔を見て、さっきまでループしていた罪悪感が薄れていった。


「でもさ、あのおばさんたちがオリバーにひどいこと言ってたけど、そんなこと言ってどうしたいんだ? って思ったぜ。おばさんが子供にばか! クズ! って言って何が楽しいんだか、俺にはわからなかった」


俺はそう言われてハッとした。たしかにそうだ。

「謝れ」と言われたが、あんなものに従うはずがないし生まれ持った容姿を謝ってなんになるのか。

それに両親の悪口を言われ、獣人の耳が無いことへの差別をあからさまにされた。あと左頬も擦り傷も痛い。

思い出すとどんどんイライラが募っていく。


……日本だったら侮辱罪と傷害罪で逮捕できるのに!


「それもそうだな。うん、なんかまたムカついてきた!」


「ははは! 今日は災難だったな! ……あ、じゃあ今からこの海水、ぶっかけに行くか? ぜってえビビるぜ、あの二人」


俺が鼻息荒く苛立ってると、ケバルトはいたずらっぽく笑いながら素敵な提案をしてくれた。

背後から海水をぶっかけビショビショになるおばさん二人を想像すると、胸がすっとして、笑えてきた。


「……また往復するの大変だし、エイミーたちも心配するから今日のところは見逃してやろう」


こほん、と咳払いをしわざとらしく偉そうな態度でそう言うと、笑いながら帰路についた。


ケバルトと一緒にシュティローの家まで帰った俺は、一旦オリバーの家に海水を置き、シュティロー家に戻った。ケバルトはディータおばさんと話していて、エイミーとカーリンはその話を真剣に聞いているようだ。小型犬サイズのコパンは骨を俺に見せに来た。


「でさ、ニクヒルおばさんとクレルおばさん、サボってたんだぜ。今日帰ったらギルダおばちゃんにも言っておくよ」


「はあ……またオリバーにそんなこと言ってたのね。オリバーを助けてくれてありがとう、ケバルト。あの二人のことは、仕事態度で前から問題になっててギルダとも話してたのよねえ。 そうだ、ほら、これ持って帰りなさい」


「え、いいのか? 卵なんて久々だ!」


昨日シュティローおじさんが持って帰ってきた卵を三つ受け取ったケバルトは、尻尾が左右に大きく揺れている。本当に嬉しいらしい。

俺が帰ってきたことに気付いたエイミーは椅子に座ったまま顔を向けた。


「オリバーおかえり、浜に行くときは声かけてって言ったじゃない」


「ごめんなさい……」


エイミーはいつものツンケンした態度は出さず、優しく声をかけてくれた。でも、悪いのは俺だ。素直に謝ろう。


「次から浜には必ずエイミーと行くよ。もうあんなひどいこと言われたくないから」


女の子に頼りっきりで申し訳ないが、もう本当に一人では行きたくないと思った。人と違う見た目だと言うだけで、あそこまで罵られるとは思ってもいなかった。

思い出すだけで嫌な言葉が俺の心を蝕んでいく。ケバルトと笑って少しはましになったが、やはり憂鬱な気持ちにはなる。


「わたし、明日からオリバーと行動する! オリバーに前守ってもらったもん! 今度はわたしが守る番!」


「カーリンのこと、守りきれてなかったけど……」


「いいの! 今度はわたしも行くからね!」


「オリバー、貝殻がほしいならまた持ってきてやるよ。うちにまだあるしな。そういやこの間、ニクラスがたくさん貝を拾ってきたんだぜ。でさライナーが対抗して……」


「わ、わかった。ありがとう、そのときは声かけ……」


「ワンワン! ワンワン!」


「コパンも骨ありがとう、でも自分で食べてい……」


「カーリンだけじゃダメよ、オリバー。浜に行くなら絶対あたしに言うこと!」


「はいはい! オリバーは一人しかいないんだから、一気に喋らないの! オリバーが困ってるわよ」


ディータおばさんが笑いながらパンパンと手を叩くと、みんな顔を見合わせたと思ったら俺を囲みまた話し始めた。コパンはどうやら骨の取り合いっ子をしたかったようで、俺に骨を握れと要求してくる。あまりのカオスっぷりに思わず笑ってしまう。


……どの世界でも家族と友達がいるって、ありがたいことだなあ。


俺の両親が何をしたんだろう、という謎は残ったままだったが、みんなのおかげで俺は鬱々とした気持ちに(まみ)れたままにならずに、一日を終えられることができた。


……二、三日悪夢にうなされたけど。



ケバルトが通りかかってくれたことでオリバーは地獄から開放されました。

相手にするだけ無駄だと、冷静に考えればわかりそうだけど渦中にいると気づけないものです。

ケバルト、大手柄。

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