降りかかる災難
暴言が多い話になります。きつい言葉が苦手な方や、今気持ち的に辛い方はご注意ください。
熱が下がり外に出てもいいと言われた日に、俺は石けん作りに使う道具があるか、オリバーの家へ探しに来た。定期的に掃除をしていたが隙間風から砂が入ってきているようで、ジャリジャリした床を歩きながら台所にある道具を漁る。
「鋳鉄の鍋がある! よかったあ。……あー、でも一つか」
俺は一人ブツブツ言いながら、足りない道具がないか確認する。
その結果、なんとか石けん作りはできそうだ。石けん作りに使うものをテーブルに並べていく。
鋳鉄の鍋、木製お玉、コップいくつか、壺、布切れ、桶、苦結晶、焼いた貝殻の粉末、森で取ったパルメの実、井戸から汲んできた水。あとは等間隔に切れ目を入れたマイ定規(枝)と貝(砕いていないもの)を準備した。
この定規で配合に必要な水の量や、石けんを作るのに必要な液の配合量をはかるのだ。そして、貝殻の枚数で何メモリ分かを記録する。使ってないベッドに並べればテーブルを占領しないだろう。
本当は塩も使いたかったが、もらえないかディータおばさんに聞いたところ、「塩は食べるのにも使うし魚の臭い取りにも使うのよ。あとは他の農村からもらえる卵やバターとの物々交換にも使うからあげられないわ」と言われてしまった。残念。
……塩がなくとも石けんはできるからな。あったら質が良くなるってだけだし。なくても大丈夫。さ、明日から作ってみよう!
「俺、森から帰ってきたらあっちの家で石けん作るね!」
晩ご飯中にあっちの家、つまりオリバーの家で石けんを作ることを家族に宣言し、俺は家の手伝いと、自分の体力強化の訓練後に石けん作りを開始することにした。
「反対されるかな?」と身構えてたら、「牛脂、ないわよ?」とディータおばさんに別方面の心配をされた。石けんは牛脂を使って各家庭で作るもののようで、石けんを作ることに関しては特に変な顔はされなかった。牛脂なしで作る石けんというのは不思議がっていたけど、「オリバーが前向きに頑張るならやってごらん」と応援してもらえた。
意外と楽しみにしてくれている様子のエイミーと、ニコニコして「頑張ってね」と言ってくれたカーリンのためにも俺は全力で取り組むつもりだ。つもりだった。
「全然無理じゃん……」
石けんを作ると宣言してから何日、いや何週間経っただろうか。あまりにも進捗が悪く、途中で数えるのを辞めてしまった俺は、オリバーの家でがっくりと項垂れていた。
……石けん作り、大変すぎる!!
苛性ソーダ水を作ってしまえばこっちのもんだと思っていたが、俺の読みが甘かった。というか、それ以前に作業が危険だったのだ。
苛性ソーダ水と植物油を加熱してタネ作りをしているとき、液体が弾いて火傷をした。
「そう言えばアルカリって目に入ると失明するじゃん!」ということをこのとき思い出した俺は、全身から火を出す属性鎧を応用し、属性鎧・水バージョンの習得に急いで取り掛かった。
水属性ならコパンやカーリンの傷を癒やすのによく使っているし、他の属性より慣れている。それに火バージョンだと、部屋が暑いし家が燃えそうだった。今回は水属性が一番合ってると思ったから水で全身を覆うことにしたのだ。
ただ、水で覆われた部分で道具に触れるとびしゃびしゃになる。そこで、身にまとう水の量を変化させられるように訓練し、拳と足首から下だけは覆わないというちょっと器用な使い方ができるようになった。今では水の量を少なくすれば、石けん作り1回の全行程はずっと属性鎧・水バージョンを維持できるようになっていた。
……まさか石けん作りの工程が魔力コントロールの修行になるとは思わなかったよ! そしてこの特訓にかなり時間を取られたぞ。
他にも薪を使った火加減のコントロールが難しかったり、木製のお玉が徐々に溶けていってしまったりと、大変なことはあった。だけど一番心にきたのは植物油と苛性ソーダ水を混ぜまくっても分離したままなことだ。
成功なら、混ぜていくと植物油と苛性ソーダ水が混ざり合い、タネが乳白色に変わっていくのだが、失敗だと混ざり合わずに分離したままなのだ。
その光景を目の当たりにすると今までの工程全てがおじゃんになる。石けん作りは無理なんじゃないかなと思えてきてしまう。
「失敗の原因ってなんだろう? まあ、目分量でやってることが一番の原因なんだけどさ……はあ。量りがほしいよ。 でもたまにけん化反応があったり、火傷をしたってことは、やっぱりアルカリ性ではあるから作ってるのは苛性ソーダ水で合ってる。あの苦結晶はアルカリで合ってたんだ。
あとは何が原因? 配合量が悪いのか? それか水? 井戸水しか使ってないけど海水の方がいいのか? 塩も入ってるから塩析も一緒にできるか? ……明日は海水でやってみるか。よし、今日のうちに用意しておこう」
そうと決まれば早速浜に行くぞ! と俺は桶を持って玄関を出た。
辺りは紫色に暮れていて、浜の方へ歩いていくと海の向こう側に沈んでいく夕日がまだ少し顔を出していた。
波の音がだんだん近づいて来るのを感じながら、ふと、エイミーに「迷子になるから一人で浜には行くな」と言われたことを思い出した。
……まっすぐ歩いて、海水をすくって家に戻るだけだ。別に一人でも大丈夫だろ。さすがにそれだけで迷子になるはずがないからな。
俺はもうすでに塩作り小屋の近くまで来てしまっていた。何やら作業をしている影が見えたが、大人二人しかおらず、子供のような影は見えなかった。もうエイミーはいない時間帯だろう。
……エイミーには事後報告をしよう。
そう考え、塩田に挟まれた道を浜に向かって歩いていると、どこからか意地悪い声が聞こえてきた。
「あ〜ら、魚の糞みたくいつも族長の娘にくっついてるくせに……今日は一人なのね〜?」
「まあ、本当だわ。トゥルフ族の面汚しの息子がよたよた歩いてきたわね……ふふっ」
……え? 俺のこと?
声がした方へ目を向けると、トゥルフ族の耳の生えたおばさん二人が、俺の方を見ながら塩田の近くに立っていた。建物の影に身を寄せて立っていて顔も髪型もぼんやりとしか見えないが、あの二人しか近くにはいない。
突然の謗りに驚いて声も出せず、呆然と二人を見ているとさらに暴言は続く。
「耳なしの出来損ないが、浜に何の用があるわけ?」
「あんた最近浜に来るようになったわね〜? 前に もう二度と! わたしたちの前に! 顔を見せるな! って言われたこと、馬鹿すぎて忘れちゃったのかしら〜?」
言葉を区切り、語気を強めて言う声は影からぬるりと出てきて俺を責める。
生ぬるい風を頬に感じながら、どす黒い悲しみの感情とともにオリバーの記憶が蘇ってきた。確かにあのねっちょりとした喋り方で「もう二度と来るな」と言われたことが過去にあったようだ。
涙で歪んだ視界のその先にいたおばさんは、束ねた薄汚いピンクの髪がばさばさと乱れているのも気にせず、罵詈雑言を浴びせている。その隣の口角が下がった女は、貶されるのは当然だと言うような目でオリバーを見下していた。
きっと、この記憶のおばさんたちがあの二人だな、と瞬時に理解した。
……なんだこの人たち……怖い……
今もなお発せられるひどい罵倒が俺の胸に刺さり、そしてオリバーの鬱々とした記憶を刺激する。思い出したくもないのに言葉の暴力を振るわれ続けた日々が蘇ってくるのだ。
手足の先端が冷たくなり、膝が勝手にガクガク震えてしまうのを俺は制御できなかった。呼吸が勝手に荒くなり、目に涙が浮かんでいるのを気付かれたくなくて俯いてしまう。
「まだ言葉が喋れないのかしら、この耳なし。質問にも答えられないわけ〜?」
キャハハハハと耳障りな笑い声に包まれ、それを聞いていたくなくて咄嗟に桶を手放し両手で耳を塞ぐ。頭の中で反芻されるその笑い声は、砂を踏み鳴らし近づいてきた。俺の呼吸がさらに荒くなる。
「耳を塞いでる馬鹿にも、わかるように大きな声で教えてあげるわ」
そう言うと息を大きく吸い込み、粘着質な話し方で俺の耳元で大声を出した。憎しみの感情をモロに感じ、押しつぶされそうな感覚に襲われる。
「あんたの親のせいでぇ、あたしたちはこんな村でぇ! 生活するハメになったのよぉ! こんな辺鄙なところに一族を追いやって! 塩なんか作ることになって! あんたの親は一族の恥! わぁかぁるぅ?! 恥から生まれたあんたも出来損ないよぉ!!」
「あんたは一生族長の娘にかばわれて生きるしかない出来損ないよ! このクズが!」
……もう辞めてくれ!!! 頭がおかしくなりそうだ!!
俺の願いは届くはずもなく、その後も罵詈雑言の嵐に襲われた。その中心にいる俺は身動きが取れない。とても長く、そして苦痛でしかなかった。身体が勝手に縮こまってしまう。
吐き出される黒い言葉が頭の中で響き渡り、二つの悪意から逃げたいのに足が鉛のように重く、震えることしか出来ない。心臓の音が頭の中で聞こえ、胃のあたりがジクジクと痛む。
……もう、心臓ごと吐き出してしまいたい気分だ。
そう思った瞬間、全く思いやりを感じない手が俺の髪の毛がガシッと掴み、いきなり上を向かされた。それと同時に左耳を塞いでいた手をバシッと払いのけられる。
髪を引っ張られる痛みに顔を歪めながら見上げさせられると、口は裂けたように笑みの形になり、目をニタニタさせたおばさんが俺を見下していた。
「お前が今言うべき言葉を教えてやるわ。よく聞いて覚えなさぁい?」
心底意地の悪い嘲笑が間近で聞こえ、全身に鳥肌が立つ。
「『見苦しい姿で生まれてきて申し訳ありません』って言うのよ、ほら!!」
……誰が言うかそんなこと!!
俺はあのスクリーンで、温かい笑顔の両親がオリバーに慈愛の笑みを向けているのを見ている。両親はオリバーが生まれてきてくれたことを本当に嬉しがっていたのだ。
……それなのに、なんでこんなおばさんに謝らなきゃいけないんだ……!!
俺がこんなやつに謝ったら、オリバーの両親が悲しむ。そう思ったら今までの鬱々とした気持ちが静まり、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「……いい加減にしろよ」
「あぁ? 誰に口応えしてんのクズが」
俺は歯をギリッと食いしばり、涙が浮かんだ目で精一杯おばさんを睨みつける。
「……生意気な目で見るんじゃないわよ!」
つばを飛ばした叫び声とともに左頬に降ってきたビンタを払いのけ、頭を掴んでいるおばさんの手首を右手で掴む。
手を離すまいと抵抗するおばさんの握力に負けじと、俺も力を込めていく。俺の髪がふわりと浮き上がる感覚に陥った。
「俺は、絶対、謝らない」
手首を掴む力にぐぐっと力を入れ、力負けしていることを悟ったのか少し焦りを見せたおばさんは、もう一方の手で俺の右手を引き剥がそうとする。
それを見て舌打ちをした口角下がりおばさんが俺を叩こうとしているのが見えた瞬間、浜の方から声が聞こえてきた。
「お、オリバーじゃん!」
石けん作りも上手くいかないし、浜でおばさんたちに絡まれるしで災難な一日のオリバー。
次の話で解決します。




