あの貝殻をくれ
「あの三人組、【信号機】みたいだったなー」
ケバルト、ニコラス、ライナーの三人が、遠くで潮干狩りしているのが見えた。ケバルトの髪色は煉瓦色だったが、日の当たり方によっては赤にも見える。黄色頭のニクラスと、青色頭のライナーが一緒にいると、信号機を思い出させるのだ。大和時代に見た信号機の配色を思い出しながら、そう独りごちるとカーリンが唇を尖らせた。
「オリバー、また訳のわからないこと言ってるー。シンゴウキって何?」
「んー、あの三人組のことだよ。これからそう呼ぼうと思って」
「変なの」って顔で見ているカーリンとエイミーの気をそらすために俺は別の話題を振る。
「そういえば、ケバルトってあんな性格だったっけ? 俺、もっと意地悪なやつだと思ってた」
「ケバルトは失礼を自覚していないだけで、意地悪ではないわね。さっぱりしてる性格だし。でも力加減のできないバカよ」
「……本人はいじめてる自覚はないかもしれないけど、力が強いからいじめられてるように感じたことはある、わたしは」
……なるほど、ケバルトは体育会系なのかな? やっぱりあの映画鑑賞で見た映像はオリバーの感情フィルターが入ってそうだな。
ふむふむ、とうなずいていると、嬉々として穴を掘っていたコパンが長い耳をピンと立て、急に威嚇しだした。見ている方向は信号機チームがいる方だ。
俺がその方向を見ると、青色頭が走ってきているのが見えた。
ライナーは俺達の前に到着すると、息を切らしながらエイミーの前に立つ。よっぽど急いでいるようだ。
「みんな、助けてくれ! ニクラスの右腕がアワフキ貝の魔物に食われたんだ!」
「アワフキ貝に食われた?」
エイミーとカーリンはすぐさま目を身体強化し、「うわ! でっか……」と驚いたような声を出した。俺はまだ身体強化使いこなせてないので、よく見えないが確かに何か大きいものがあるのは見えた。
……アワフキ貝って、さっきエイミーが説明してくれた神経毒の泡を吹く貝だよな? それが魔物化した? 人食べるくらいでかいの?
「お願いだ、一緒に来てくれ! ケバルト一人じゃ全然殻が割れないんだ!」
「あんた、都合良くない? カーリンとオリバーに謝るとき、そんな大きい声出してなかったじゃない」
「うっ……それは……」
エイミーは迷惑そうな顔をしながらそう言うと、ライナーは言葉に詰まった。「自業自得だよね」という感想しか出てこない。
「カーリン、オリバー、どうする? あたしは、謝る態度が悪かったニクラスを助ける気が全然わかないのよね」
俺もエイミーの気持ちはわかる。けれど、魔物に食われて死んで当然だとまでは思えない。
エイミーの厳しい言葉を聞いたライナーは、跪いてカーリンと俺に必死で謝り始めた。ここでの謝罪は頭を下げないので、元日本人の俺としては見てるとちょっともどかしい。
カーリンは「どうしたらいいの?!」という表情でオロオロと俺とエイミーを交互に見ていたが、俺は別のことを考えていた。
……あのアワフキ貝の貝殻って石けんの材料になるかなあ。
カーリン達の反応を見る限り、かなり大きい貝のはずだ。貝殻をもらっていいならむしろ協力させてほしい。
必死に謝るライナーは今にも泣きそうな顔で謝罪を続ける。
「森で蹴ってごめん、カーリン! オリバーの魔物も取っていこうとして悪かった! あとで何でもするから助けてくれ!」
……今、耳にとても素敵な言葉が入ってきた気がする!
ライナーの口から出た、「何でもする」という言葉を俺は聞き逃さなかった。なんならエコーがかかって聞こえた。
「なあ、助けたらあのアワフキ貝の貝殻、俺にくれる?」
「貝殻? 貝殻でもなんでも、ほしければ持ってってくれ!」
「本当に何でもする?」
「ああ、何でもするよ! 俺が取った分の貝だってやるから!」
「いや、貝はいらない。でも貝殻はくれ。あと、砕くの手伝ってくんない?」
「え? 砕く? 何のために……いや、砕くよ! 手伝う!」
「よし、わかった。助けに行こう。でも、俺はライナーたちを許したわけじゃないから。それは忘れるなよ」
「……はい」
俺は貝砕きの作業員をゲットし、ニンマリ笑いながら走り出すと、エイミーは「仕方ないなあ」という顔で肩をすくめ、俺に続いてくれた。コパンとカーリンも後に続く音が聞こえた。
「助けに行こうって……ケバルトでも砕けないのに、オリバーじゃ歯が立たないわよ。多分、あたしが本気で殴ってもそんなに……」
「いやいや、エイミーはケバルトの次に強いじゃないか! 二人で思いっきり叩いて殻を壊してくれ!」
ライナーも俺の後ろを走っていたが、「先に行ってるね」と二人は行ってしまった。俺は魔力と体力を温存しながら追いかける。カーリンとコパンは俺に並び、この距離ならさすがに俺の視力でもアワフキ貝の大きさがわかる、というところまで来た。
……で、でけえー!!
右腕を貝殻に挟まれ、地面にだらんと寝そべってるニクラスの身長よりも幅が広いアワフキ貝が、そこにはいた。貝殻の上に子供が二人、横になっても大丈夫そうな大きさだ。高さは二メートルくらいあるんじゃないだろうか。
だけど、俺から見る限り、貝に魔石はついていない。
「カーリン、魔物なら魔石がついてるんじゃないの? ライナーは魔物って言ってたけど、あのアワフキ貝って本当に魔物?」
「まさか! 普通のアワフキ貝はあんなに大きくならないよ。多分魔石は貝の中にあるんだよ。それに……」
俺達は巨大なアワフキ貝の後ろ側から走っていったのだが、アワフキ貝はこちらにざざっと振り返って泡を吹いた。
同時に右腕を食われているニクラスが、まるで操り人形のように力なくぶらんと引きづられ、上に乗っていたケバルトは振り落とされた。
「今、足音に反応してこっちに振り向いたよね? あんな風に動く貝は、正真正銘の魔物だよ」
エイミーとライナーは泡をかわし、貝の後ろに回り込もうとするが、足音で正面を向かれてしまうようだ。
正面から行けば泡攻撃でみんな神経毒にやられてしまう。それに引きづられているニクラスが何度も振り回されて少し可哀想に見えた。
「ライナー、あんたはここで腕をこう! あたしを上げて!」
ライナーはバレーのレシーブの格好をさせられ、エイミーが走っていくと、空高く上がる。エイミーはそのまま落下を利用して踵落としを決めた。
……エイミー姉ちゃん、格闘家かよ! かっこよすぎぃ!
「かったーい! 全然砕けないじゃないの!」
絶対に決まったと思った踵落としに、俺は思わず拍手をした。だが、どうやらアワフキ貝には効いていなかったようでエイミーの方が痛がっていた。
エイミーに続き、ケバルトもライナーのレシーブで貝殻の上に着地し、二人でバコバコ殴り続けているがやはり砕けない。
俺はその様子を見て、一旦足を止めた。あの二人のパワーでダメなら、俺なんてもっとダメだ。作戦を練りたい。
……あの二人で殴っても割れないんだったら、俺がやっても結果は同じだよな。あれ、そもそもなんで殴ってるんだっけ?
またカーリンに質問だ。
「貝殻を砕いて、心臓を潰すんじゃないかな? 死ねば泡も止まるし、貝が開きやすくなるから。殻を砕いても心臓まで手が届くかわからないけど……」
……硬い殻を砕かなくても貝なんだし、焼き続ければ開くんじゃね?
「貝を開かせればひとまずニクラスを助けられるよね?」
「うん、そうだけど……あの泡に触ったらオリバーも動けなくなるよ?」
「大丈夫。俺に考えがある。エイミーとコパンはこのまま貝の真正面に立って、走り回ってくれない? 俺が後ろから回り込むから気を引いててほしい」
「それはいいけど、オリバーはどうするの?」
「俺は焼き貝を作りに行く!」
「……そっか! それなら殻を割らなくてもニクラスを助けられるかも! コパン、わたしとこっちにおいで!」
すぐその意味を理解したようで、コパンとともに貝の注意を引きに行ってくれた。カーリンとコパンは貝の前で走り回ってくれている。
俺の作戦は、至ってシンプルだ。
貝の上に乗り、俺の手から出る火で貝殻を焼き、開かせる。
貝が開いたらニクラスを引っ張り出してらって、俺は貝殻をもらう。
そして、ライナーに砕くのを手伝ってもらってみんなハッピー!
……あのでかい貝殻は絶対に手に入れなければ!!
おっとっと、本音が出てしまった。まずは救出に専念しよう。
気持ちを切り替えた俺は、カーリンとコパンがアワフキ貝の気を引いているうちにゆっくり後ろ側に回るように歩いていき、すでに貝の上にいるエイミーに声をかける。ライナーのレシーブを使わなかったのは、貝の上に二人がいてうまく着地できなそうだったからだ。
俺は貝に乗っかると、両手に青い火を灯して貝殻に押し付けた。ジュッと焦げ臭い匂いが漂う。横でケバルトが「青い……」と言っているのを聞きながら、俺は魔力を注ぎ続けた。
両手で火を繋げ範囲を広げて熱すると、徐々に貝殻が焦げていくのがわかる。俺のやろうとしていることを理解したエイミーも貝に火を押し付け始めた。赤い火より青い火の方が熱いから、通常より速く貝が開くはずだ。実際に、エイミーの火の玉の方が焦げつくのが遅く感じた。
歯痒さと焦りを抑えつつ、上貝殻の下半分を焼き、鼻をつんざくような焦げ臭さを至近距離で感じていたら、アワフキ貝が急に左右に揺れ始めた。エイミーはさすがの反射神経で避け、ケバルトは貝の上から転げる前に飛び降り、俺は慌てて貝にしがみついた。
……うそお?! 殴られても暴れてなかったじゃん! このままじゃ俺も落ちる! もうちょっとなのに……あ!
全身を身体強化し、その上から火をまとうイメージをする。全身を火で覆えばもっと効率的に貝を焼けるはずだ。
……掌以外から火が出るかわからない! でもやるしかない! 全身から火よ、出てくれ!
「おりゃあああ!!!」
俺は掌に火の玉を出したときと同じ要領で、身体中に魔力を流し、全身から火を出すことを想像した。
すると、青い火が舐めるように俺の魔力の上を走る。掌に出す火と同じで熱さは感じない。
全身からゆらゆらと青白く光る火が出たことを確認し、俺は成功を確信した。
「よし! できた!」
全身火に包まれた俺は振り落とされないように大の字で貝にへばりつくと、焦げ臭さが増した。もうもうと煙が立ちのぼり、その煙が目に染みるが、ここで手を離したら貝の上から落ちてしまう。
あまりの煙たさに目をつぶると、今度は下からぎちぎちぎちと音が鳴り始めた。この音が攻撃するときのものなのか、それとも貝柱が貝殻から剥がれそうなときに出るものなのか、判断ができない。
……全身火だるま攻撃、めっちゃ魔力消費する!! 目も染みる! アワフキ貝さん、あと何秒でくたばりますか?!
貝に乗っている間の時間が永遠に感じられた。何分も火を出し続けている感覚に襲われ、もうすぐ魔力が底をつきそう! と思った瞬間、がばっと貝が開き、俺は勢いよく空中に投げ出された。目を瞑っていたので離れるタイミングがわからなかった。
……よし! 貝が開いた!
飛び上がりながら、ケバルトとライナーが貝に挟まれていたニクラスを救出したのが見えた。
……あ、これやばいわ。このままだと頭から地面に突っ込む!
「首が折れるのは嫌だ!」と力の入らない腕で顔の前でバッテンすると、空中でガシッと誰かに身体をつかまれた。俺の身体は上下逆のまま、地面にぶっ刺さらない程度の高さでその人は着地してくれたが、反動で内臓が口から飛び出そうになった。
誰がキャッチしてくれたんだろう、と視線を巡らせると、俺を優しい笑顔で見つめるエイミーと目があった。
「……ありがとう、エイミー。さすがだよ」
「まさかあんなにふっ飛ばされるとは思わなかったわね。でも、おかげでニクラスは無事よ」
「はぁ〜。よかったぁ」
へへっと笑い、力の入らない身体をエイミーに立たせてもらい、支えられながらアワフキ貝の元へ歩き始めた。
オリバーから目を離さず、吹き飛ばされた瞬間にダッシュで追いかけたエイミーが影のMVPです。




