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獣人村で目覚めたら  作者: ニガヒジキ
第1章 獣人村のオリバー
16/62

手のかかる弟

 家までの道を歩いているあたしは、塩作りの見習い仕事から帰宅中。

 オリバーとカーリンは今日も一緒に森に行って身体強化の練習をしてる。

 そろそろ帰ってきてる頃かな? 


 昨日オリバーが寝ている最中に、オリバーが作った薄い靴下を縦にも横にもミョンミョン伸ばして、実際に履いた。そして、マネして作った靴下を今日履いて行った。

 カーリンとオリバーは同い年だけど、身長的にも強さ的にも末っ子。しかもオリバーの荷物籠は今コパンの寝床になっている。つまり、荷物籠に入ってない靴下があたしに何をされようがオリバーは文句が言えないのだ。今まで言われたこともないけど。


……オリバー、これはお手柄よ。あとで母さんにも教えてあげよう。


 冬に履くゴワゴワの靴下と違って、密着感があってサラサラしている。一番嬉しかったのは、砂が靴に入っても足にくっつかないことだ。塩作り見習いとして浜に行くことが多いけど、あたしはまだ見習いだから漁師からの雑用もやらされる。

 道具の手入れで浜を歩き回ることが多いあたしにとっては、この薄い靴下は一日の終わりを気持ち良く迎えさせてくれたのだ。


……最近のオリバーにだったらお礼が言えるかも。


 ルンルン気分でまっすぐ帰っていると、家の周りをコパンが走り回っているのが目に入った。

 いつもならオリバーの元荷物籠で寝てるか、エーバーの骨を夢中で食べてるか、それかカーリンたちと遊んでるはずなのに。何かあったのかな?


 コパンは父さんがハイス山で拾ってきた。テレピコトゥルフという狼の魔物らしい。父さんの話通り、賢い魔物だと思う。トイレの仕方や簡単な指示だったらすぐに覚えた。これだけでもすごいけど、もっとすごいのが、人の感情がわかること。靴作りがうまくいかなくて机に突っ伏してたオリバーを、慰めに行ってたのはびっくりした。


……でもそんなに頭良いなら、家の周りを走るのを辞めなさいよ! 近所の人がびっくりしてるし変な目で見てるから!


 近所の人にはあたしと母さんが井戸に洗濯に行くとき、弱いオリバーのために魔物を飼うことを報告していた。「悪い魔物じゃないから、安心してね」って言っておいたのに、あんな真っ黒の魔物が一心不乱に走り回っていたらご近所さんが怖がってしまう。


 あたしは玄関前でコパンを待ち伏せ、あたしに気づいて「おかえり」の顔になった瞬間、がしっと取り押さえると、家の中に連れ込んだ。この家でオリバーよりあたしの方が偉いのをわかっているようで、大人しく運ばれている。


「オリバー! コパンがすごい興奮して家の周り走り回ってたわよ!」


 あたしは台所がある居間に、オリバーとカーリンがいないのを確認すると、大声で呼びかける。背負籠の中に木の実や木切れが入っているから、森からは帰ってきてるはずだ。


 寝癖のついたオリバーが目を擦りながら寝室のドアを開けた。


「ごめん、寝てた」


「コパン、遊んでほしかったんじゃない? なんだか目がギンギンよ」


「今日森から帰ってきてからなんだ。コパンの赤い魔石あるでしょ? あれに自分から頭をぶつけたりもしてたんだ。魔力が増えて、急激に大きくなったら魔力コントロールが難しくなるから、今はまだあの大きさなのに……」


 コパンが勝手に魔力を吸収しそうだから、赤い魔石は今、物置の高いところに置いたらしい。

 オリバーはベッドの方を心配そうな目でちらりと見る。あたしもつられて寝室を覗き込むと、カーリンも寝ていた。なんだかいっぱい切り傷がついてるし、朝着てた服とは違う服を着てるのが気になった。

 オリバーがコパンを抱っこし、静かに居間の方に行くよう指差した。


「今日、森でニクラスとライナーがコパンをさらおうとしたんだ。近くにいたカーリンが辞めさせようとしたんだけど、敵わなかったみたいで怪我をした。俺が助けに行って、コパンは取り返したんだけど……」


……なんですって? あたしが一緒だったらボコボコにしてやったのに!


「エイミー、怖い顔になってるよ」


 苦笑いしているオリバーに、あたしは話の続きを促す。


「コパンの行動を見てると、強くなりたいと思ってるんじゃないかなって。魔力を赤い結晶から得ようと頭をぶつけてるんだろうし、外を走り回ってたのは体力をつけるためかな? カーリンが泣いてるのを見て、悔しかったんだと思う。 さらわれそうになったのはコパンなんだけどね」


 困ったような笑顔でオリバーはそう言ってるけど、悔しかったのはオリバーもだと思った。


……コパンの悔しさを感じ取ったってことは、オリバーも同じような気持ちになったからでしょ。


「それでさ、カーリンがこのことをシュティローおじさんとディータおばさんに言いたくないって言ってるんだ。それでいいのかな?」


「理由は聞いてないの?」


「俺がカーリンの服を洗いに行ってるときにはもう寝ちゃってたから、聞いてない」


「服? なんで?」


「切り傷の血がついたのと、あと蹴られた跡がついてて……エ、エイミー?」


 あたしはニクラスとライナーを見つけ次第、ぶん殴ること脳内予定表に刻み込んだ。カーリンを蹴るとはやってくれるじゃない? 

 オリバーがオドオドしながらあたしの顔を見ているから、多分、今怖い顔になってる。


「オリバーに怒ってるわけじゃないから気にしないで。あいつらをどうやって浜に埋めようか考えてただけだから」


「なんか怖いこと聞こえた!」


 オリバーは耳を塞いでいるが、顔はちょっと笑っている。オリバーもムカついてたのね。


……埋める想像でもしないと今すぐにでも足があいつらを探しに行きそうなんだもん。


「あははっ! 冗談よ。でも、父さんと母さんに報告したくない理由をカーリンに聞いてみないとわからないわね。明日、ハイス山に行くときに聞いてみるから、それまでは三人の秘密よ」


「え、ハイス山行くの?! カーリンも怪我しているし、俺【筋肉痛】なんだけど……」


「……なんて言ったの? 明日あたしとカーリンだけに行かせるわけ? あんたが苦結晶欲しがってるのに?」


 オリバーが何か聞き取れない言葉を言ったが、表情が行きたくないと言っていた。

 さっき寝室で見たところ、カーリンの傷には癒やしがかけてあった。大きな怪我は特にない。獣人は寝れば大抵回復するんだから、カーリンも明日には元気になるはずだ。


……もしカーリンが行けなくても、あたし一人で行けるから大丈夫。


 あたしは、オリバーが言っていた髪がツヤッツヤのサラッサラになる液を早く使ってみたい。見習い仕事を始めたら、さらに髪がゴワゴワするようになったのが、ここ最近の悩みだった。あたしがオリバーに断らせないように強めに言うと、オリバーは「やっちまった」という顔をしながら、背筋をピンと伸ばした。


「いえ! 行きます! 俺を連れてってください!」


……良い返事ね。




 翌朝、両親を見送ってからハイス山に向かっていると、やっぱりオリバーが一人荒い息遣いで後ろの方を走っていた。一人だけ準備した水筒を首から下げ、邪魔そうに持っている。

 全身の身体強化ができるようになったようだけど、あたしたちについて来れていたのは途中までだった。カーリンはまだあたしと同じ速度で走っている。


……やっぱり獣人は寝れば治るのよ。


 昨日からオリバーはキンニクツウがどうとか言ってたけど、いつも通り足が遅いから別に大丈夫だと判断した。


……そろそろオリバーは限界かな?


 そもそも、まだオリバーがハイス山まで走りきれるとは思っていない。体力をつけさせてやってくれ、と父さんに言われたので、強制的に連れてきた。

 あたしたちが早めに泉に行って、帰りにオリバーと同じ速度で帰った方が良いかな? オリバーが倒れても背負って帰るだけだしね。

 カーリンに視線を送りうなずくと、二人でくるりと振り返り、追いつこうとするオリバーを待つ。


「オリバー、あたしたち先に行くから自分のペースで走っておいで。ちゃんと苦結晶は取ってくるから。コパンはオリバーと走ってきて。なんにもないと思うけど、なんかあったら大声で吠えるのよ」


 返事をしたコパンとうんうんうなずいて水筒の水を飲むオリバーを置いて、あたしとカーリンは一気に速度を上げた。



「オリバーから聞いたけど、昨日のこと、父さんと母さんに知られたくないの?」


 泉の近くで寝そべって休んでいるカーリンに声をかける。流石にカーリンも疲れたみたい。

 昨日オリバーと話し終えたら母さんが帰ってきてしまい、カーリンからは何があったか直接聞けなかった。泉に来る道中に何があったかを聞いたけど、やっぱり悪いのはニクラスとライナーだと思う。父さんと母さんに言えば、ケバルトも含めた三人の引取人であり、カルツェ族の族長でもあるタギノさんが二人をみっちりと怒ってくれるだろう。

 あたしは革袋を引っくり返して手をつっこみ、苦結晶を掴んでポキっと取る。


「わたし、ただの子供のケンカで済ませたいって思ってるの。そうすれば、あの二人は怒られないし……」


「あいつらはタギノさんに怒られるべきよ。いや、浜に生き埋めの罰をくらえばいいのよ」


「ぷぷっ、なにそれ? 初めて聞いた!」


「あたしが考えた罰だからね」と笑いながら言うとカーリンは起き上がりころころと笑った。近場にある苦結晶を取っていってる。


「うんとね、わたし、あの二人の見習い先がなくなるのが嫌なの。前言ってたままなら、二人とも漁師見習いになると思うんだけど、タギノさんがこのこと知ったら、多分見習いの話もなくなると思う……すごく厳しい人だから」


 猫のような耳がついたカルツェ族のカーリンは、あたしの家に来る前に、孤児引取人のタギノさんのところに住んでたことがある。だから性格がわかるのだろう。


……でもあたしからすると、言葉遣いと振る舞いが荒いだけで、あんまり優しさを表現できないだけだと思うんだけど……


 あの二人の仕事先が見つからなくなろうが、別に他を探せばいいじゃないと思いながら、苦結晶をあと二、三個取ると革袋の紐を結ぶ。


「それにわたしも孤児だからわかるもん。漁師は身内で船を使ってるところが多いから、タギノさんがダメって言ったら、二人が行く宛がなくなっちゃう。あの二人も孤児だから……」


 耳をしょぼんと垂れ下げ、カーリンがそう言うとあたしはハッとした。カーリンが孤児ということをすっかり忘れていたあたしは、カーリンが言ったことを全く思い付かなかったのだ。こういうところ、あたしは思いやりがなくてだめだなって思う。


 どうやらカーリンは、森であった騒動を大事にして、ニクラスとライナーの将来が潰れることを心配しているらしい。


……カーリンは優しいなあ。こういうところ、すごく大好き。


 あたしはカーリンの頭を撫でていると、カーリンがあたしの服に顔を埋めるように抱きつく。


「だからお願い、シュティローおじさんにもディータおばさんにも言わないで」


「わかった、言わないでおく。その代わり、あたしがぶん殴っておいてあげるわ」


「ふふっ、それは良いかも……あ! 殴らなくていいよ! オリバーがニクラスに体当りしてた!」


……え? あの弱いオリバーが? オリバーがやり返せるはずなくない? あ、でもオリバーがエーバーを賢く倒したって父さん、言ってたっけ? でも結局止めを刺したのは父さんって言ってたしなあ。


 ニクラスにやり返すオリバーを想像できなくて「うーん」と首をかしげたけど、あたしを見上げるカーリンの青い瞳に嘘は見当たらない。その目は爛々と輝いていた。


「オリバーがね、すんごい速さで走って、逃げてるライナーを追い越して、その先を走ってたニクラスまであっという間に追いついたんだよ。で、ニクラスに思いっきり体当たりしてたの。多分、ニクラスはあたしよりひどい傷だと思う」


「へえ……やるじゃない、オリバー」


……あたしがぶん殴ろうと思っていたのに、オリバーが先にやってたとは。あとで褒めてあげよう。


「でもさ、オリバーの怒った顔なんて見たことなかったから、わたしびっくりしちゃった。すんごい怖い顔になってた」


 あたしもオリバーが怒る顔は見たことがない。泣いているか、怯えてるか、どちらかだ。あ、最近は笑う顔も増えてきたかも? でも、怒った顔はやはり浮かばない。


「それに最近、オリバーの様子変じゃない? 頭を打ってからオリバーがオリバーじゃなくなったような感じがするの」


 それはあたしも思っていた。だけど、それはオリバーの両親が死んじゃったことを、オリバーがやっと受け入れられたからだと思った。寂しくて泣きわめいたり、大暴れすることがなくなったなら、それは良い変化だと思った。


「確かにちょっと変わったけど、明るくなって良かったじゃない。今のオリバーの方が、あたしは好きよ」


「……それもそっか。うん、そうだねえ。髪も切って、ちゃんと顔も見えるようになったから余計に変わったように思ったのかも」


 ここ最近、オリバーのパッチリとした大きな薄赤い瞳には好奇心が宿るようになり、形の良い薄めの唇には人懐っこい笑みがよく見られるようになった。あたしが髪を切ってあげたら、よりはっきりとその表情がわかるようになった。コパンの世話をしている横顔には綺麗な鼻筋が映えていて、こんな綺麗な顔だったんだって思わずまじまじと見てしまった。


 明るくなったオリバーの表情を思い出していると、カーリンはこちらを見ながらくすくすと笑い、「このままオリバーと仲良くなれそう?」と聞いてきた。


「ま、オリバーが作るって言ってた髪をサラサラにする液の出来次第ね」


 笑いながらちょっと上から目線で言うと、カーリンは「じゃあ、オリバーのこと手伝おーっと」とニコニコしながら革袋の紐を引き縛った。


 あたしが自分の靴を作ったとき、せっかくまとめた髪の束をオリバーがぶちまけ、あたしはブチギレた。それから完全に萎縮したオリバーがあたしに近づかなくなってから、カーリンは何かとオリバーとあたしの間に挟まれて大変だったようだ。

 最近はオリバーから話しかけてくるようになったし、可愛いだなんて軽口も言うようになった。勝手に避けていたのはオリバーなんだから、あたしから距離を詰める必要はない。


……あ、でも靴下は真似させてもらったお礼言ってなかったな。 ……そうだ! 荷物籠作ってあげようかな? コパンに取られちゃってたし。うん、それならお礼を言うのも自然だ。


 荷物籠用の材料とオリバーにあげるリフレーズの実も採集して、カーリンと帰り道を走る。家まであと半分ってところで疲れ切ったオリバーと合流すると「もう行ってきたの?! はやっ!!」と驚きの声を出していた。


「ほら、リフレーズの実よ。食べたかったんでしょ?」


 取ってきた実をオリバーに渡すと、さっきまでの疲れ切った顔がパアッと輝くような笑顔に変わる。あたしを見上げながら「いいの?! くれるの?!」と喜ぶ姿は小動物みたいで可愛い。あたしはコクンとうなずくと、オリバーは薄赤の瞳を輝かせながら尻尾をぶんぶん振って喜びの声をあげた。よっぽど嬉しかったようだ。


「やった! ありがとうエイミー! さすがだぜー! ほら、コパンも食べよう!」


「コパンの分はこっちにあるから、それは一人で食べて大丈夫よ」


コパンの分もオリバーに渡すと、カーリンが「優しいお姉ちゃんだなー」とニヤニヤしながら言う。


「こ、これは、ニクラスにやり返したご褒美よ。コパンとカーリンを守ったご褒美!

ほら、早く食べなさい!」


 オリバーはへへっと笑いながら一個一個味わうように食べ、水を飲んでいる。


……仕方ない、水筒も持ってあげるか。まったく、手のかかる弟だな。


 オリバーもまあ、カーリンの次に大切な弟だ。冒険者になりたいなら体力も付けなきゃいけないけど、今日くらいはいっか。


 あたしたちはオリバーの速度に合わせて、家に向かって走り出した。


少し長くなってしまいましたが、今回はエイミー視点で物語が進みました。

苦結晶を(エイミーたちが)取りに行き、徐々に石けんづくりの材料が揃い始めています。


次は浜へ行きます。

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