靴作りの裏側
エイミーに髪を切ってもらってから、オリバーとカーリンが靴作りをするところの話。
本編に入れると長すぎたので閑話にしました。
「よかったわ。でも、これからが本番よ。服を着て髪の毛を集めておいて」
……え? 髪の毛を『捨てといて』じゃなくて『集めて』?
俺はエイミーに髪を切ってもらった後、それを何に使うかわからぬまま言われたとおり髪の毛を集めていると、カーリンとコパンが家に入ってきた。
「オリバー、ずいぶんさっぱりしたね。ちゃんと顔が見えるの久しぶりかも」
「うん、エイミーの腕が良かったからね!」
カーリンに笑われないってことは、きっとまともな髪型なのだろう。
……エイミー姉さん、器用すぎるぜ!
この家にハサミはないらしく、エイミーは俺の髪の毛を、剃刀のような刃物で切っていたのだ。「まさかつるっつるに剃られるのでは?」と戦々恐々としていたが、エイミーは器用に刃物を使い、カットしてくれたのだ。もちろん俺に切り傷はない。巧みな刃物使いのエイミーを褒めていたら、耳を赤くしたエイミーはぶっきらぼうに俺とカーリンに指示を出す。
「カーリン、そろそろ靴を作るからテーブルに来て。オリバーもさっさと毛を集めなさい」
「はーい」
俺が床に落ちている自分の髪の毛を両手でかき集めていると、カーリンは物置から髪の束を持ってきた。
「え? カーリンの髪の色と同じ? 何でそんなにたくさんあるの?」
カーリンが持っていたカーリンの髪と同じ色の髪の束を指差した俺は首を傾げていると、エイミーが呆れたような目で俺を見た。
「なんでって、靴を作るために今まで溜めておいたじゃない。今までに切ったオリバーの髪も物置にあるから床のを集めたら持ってくるのよ」
「え? 髪で靴を作るの?」
「他に何で作るのよ?」
「当然のことを聞くな」という顔でエイミーは言うが、それがこの世界での常識なのだろうか。今まで髪の毛で作った靴なんて見たことがない俺は頭に疑問符がついたまま、エイミーに急かされ床の毛集めを再開した。
……髪の毛で靴が作れる?! それがこの世界の常識なの?! 髪の毛で靴を作るって、すごくチクチクする靴になるんじゃ? それだったら俺、木靴のままでいいなあ。
床の毛を集め終えると、カーリンが俺の分と思われる髪の束を物置から出してきてくれた。お礼を言い、包を開いて顔を出した俺の髪の束の上に、さっき集めた髪の毛を載せエイミーを待つ。
そのエイミーは物置から大事そうに包みを抱え、俺とカーリンの前に二つずつそっと置いた。
「靴作りでもしも髪が足りなかったら、これを使いなさいって。お母さんが言ってたわ」
その包みの中には、髪の束が入っていた。
カーリンの前にはカーリンの髪の色に似た若葉色と銀色のものが、俺の前には黄緑色と紺色のものが並んだ。
「こんなに……」
カーリンは両手で口元を押さえると、潤んだ瞳で真っ直ぐに髪の束を見つめていた。俺はその理由がわからず、エイミーの言葉を待つ。
「それは二人の両親の髪の毛よ。あの闇の霧をはらう前に、『子供に遺せるものを』って髪を切っていたらしいの。
自分の髪の毛だけで作った方が丈夫になるから、靴は自分の毛だけで作った方がいいんだけど…… 毛から服も作れるから予め渡しておくわね」
どうやらこれは両親の髪の束だったようだ。母親の黄緑色の髪はとても長く、俺の身長と同じくらいある。俺にとって直接の親ではないが、子を思う気持ちを目の当たりにし、鼻の奥がツンと痛くなった。
「お母さんとお父さん、わたしのためにこんなに髪の毛を切ってくれてたんだ……大事に使わなきゃ」
エイミーの話を聞くとカーリンはボロボロ泣き出し、締め付けられたような声でそう言うと、切れ長の目を細めたエイミーは優しい表情で慰めるようにそっと背中を擦り、落ち着くまでそうしていた。
カーリンの涙につられて泣かないようにするため、俺は雑談のつもりで俺は気になることを聞いてみた。
「エイミー。ちょっと質問なんだけど、髪の毛なんかで靴を作ったらチクチクしない?」
カーリンに向けていた優しい表情から一変。エイミーは「あんた正気?」という顔で俺を見ると今度は目を吊り上げた。「怒られる?!」という恐怖で思わず顔の前に腕をばってんすると、案の定強めの物言いが飛んできた。
「あんた、二年前あたしの靴作りをじろじろ見て、さんざん邪魔してたじゃない。 チクチクしないようにこれから加工するのよ! また髪の毛ぶっかけるわよ!」
「えぇ?! ご、ごめんなさい?!」
……なんか俺にだけ当たり強くない?!
先程までの優しい顔はどこにいったのだろうか。わからないから聞いただけなのにめちゃくちゃに言われて俺も泣きそうだ。しかも前のオリバーは忘れているのか、俺には邪魔してたなんて記憶がないのにとんだとばっちりである。
「ふふ……髪の毛ぶっかけられたオリバー……あはは!」
俺が怒られてるのに何が面白いのか、カーリンは未だ涙を浮かべたまま、笑っていた。
どうやら二年前の髪の毛をぶっかけられた俺の姿が面白かったらしく、思い出し笑いをしているらしい。
……笑えたなら、まあいいか。俺は怒られ損だけどな!
カーリンに笑顔が戻ったことでエイミーのお怒りも静まった。「ありがとう、カーリン」と心の中で手を合わせておく。
まだ赤みが残る目のカーリンとわけもわからず怒られた俺は、エイミーに教わりながら靴を作っていく。
「切った髪の毛の束を半分ずつにして2つの塊にしたら、なってほしい素材の手触りを想像しながら魔力を流していくのよ。そしたら靴の形を作るんだけど、スライムをグニグニ押す感じで形を付けていくの。さ、まずは、靴の素材作りをやってみて」
そう言われ、俺とカーリンは靴作りのために魔力を流し始めたが、ずっと髪の毛の束である。目立った変化がなく、不安になりエイミーを見上げると「最初が結構時間かかるのよ。しばらくはそのまま流してて」と言われた。
「あたし、ちょっと森に行ってくるわね。すぐ帰ってくるから!」
返事を待たずに飛び出して行くエイミーを見送り、俺とカーリンは魔力を流すことに集中していた。
「いつになったら髪の束じゃなくなるのかなー」
俺は、髪の毛から別の手触りの素材になるということを未だに疑っていた。
大和時代にはなかった常識にまだ慣れていない俺は、理解を放棄しながら魔力を流している。理解しようとしたら何も手がつかなくなるのだから。
「あ!なんかまとまってきたよ!」
カーリンがはしゃぐような口調でそう言い、ちらっと見てみると確かにもじゃもじゃに集まっていた毛がなにか塊のようになっていた。ほどいてぐちゃぐちゃにした後の毛羽立った毛糸玉というか、できの悪いフェルトみたいな、そんな感じに見える。
俺も負けじと頑張って魔力を流すが、カーリンのようにまとまってこない。というか、魔力がなくなってきてお腹が空いてきた。
「魔力が足りないかも……お腹空いてきたぁー」
少し休んでは再び魔力を流し、地道にやり進めていると息を切らしたエイミーが帰ってきた。
「カーリンはいい感じに進んでるのね。オリバーは予想通りというか、進みが悪くても仕方ないかも。やっぱり人間の血が入ってると純血の獣人のようにはいかないわね」
エイミーによると、獣人は魔力を身にまとわせたり、自身の毛に魔力を流して自分の身体の一部のように使うのが得意らしい。
一方で人間は魔力の繊細な扱いや、想像したものを形作ることは得意らしい。
「人間も自分の髪の毛で靴を作れるの?」
「それは知らないわ。あたし、この村以外の村に行ったことがないから人間と話したことないし」
「それじゃあ、俺が靴を作れるかもわからないってことじゃん…」
「でも、オリバーにもトゥルフ族の血は流れてるじゃない。トゥルフ族のしっぽが生えてるんだし。時間はかかるでしょうけど作れるわよ。というか作りなさい。いつまでもオリバーの歩く速さに合わせてられないもの。 ほら、たくさん木の実を取ってきたから、これを食べながら頑張って」
「あ、ありがとう」
エイミーは森に食べ物を取りに行ってくれたらしい。籠の中にはピーツ豆という、落花生に似た味の木の実がたくさん入っていた。きのみの表面には水滴がついていて、すぐ食べられるように洗ってきてくれたのがわかった。
エイミーは言い方がきついときが多いが、意外と優しいお姉さんだなと思っていると、無邪気な声が聞こえた。
「あ、革っぽい素材になってきたかも!」
……カーリン早すぎ!!
俺はエイミーが取ってきてくれた木の実を食べながら靴作りに精を出し、カーリンに追いつくべく、髪の束にひたすら魔力を流しまくった。
「わーい!できたー!!」
無邪気に喜んでいるのは、カーリンだ。その髪色と同じく、若葉色の革素材のような靴が一足出来上がっていた。早速カーリンはできたての靴に足を入れ、楽しそうな雰囲気を感じ取ったコパンと共に部屋中をぐるぐると走り回っている。
一方俺は、髪の毛の束を革の素材に変えられたところで木の実の食べ過ぎで満腹になり、集中力が切れテーブルに突っ伏していた。
「履いてみて違和感がなければ大丈夫よ。あとは壊れないかどうかも一応確認しておくと良いわ。服作りも同じようにやればいいのよ。簡単でしょ?」
……魔力を流すのが大変すぎて俺には全然簡単じゃない!
人間とトゥルフ族のハーフで、この世界では混血児と呼ばれている俺と、純血の獣人であるカーリンの違いをまざまざと思い知らされた。きっと魔力の流しやすさが段違いなんだと思う。今日の俺の進捗は靴の素材を作るのは終えられたが、完成まで進んだカーリンの進捗と比べると半分くらいだろう。しかも、カーリンは俺と違い、ピーツ豆をそんなに食べていなかったのだ。
進捗が血によってここまで左右されるとは思っていなかった俺は、机と同化しそうなくらい落ち込んでいた。
コパンは俺の落ち込みを察知したのか、それともカーリンがエイミーと話し出して暇になったのか、俺の足元にやってくると膝に登ろうとして前足を椅子にかけてきた。
怪我をしている後ろ足に負担をかけないようにさっと抱き上げると、赤い瞳で俺をじっと見つめながら顔をペロペロと舐めてきた。その行動はまるで俺を励ましてくれているように感じられて、モヤモヤしていた気持ちが晴れていく。
……生まれ持ったものは仕方ないよな。俺は俺のペースでやってくしかないんだ。 よし! こうなったら走りやすい靴を作ってやる!
そう思い直し気合を入れた結果、俺はエンジニアブーツとシュティローの長靴みたいなブーツをミックスした靴を作ることにしたのだが、靴底用のゴム素材を作るのにもう1日かかることにこのときは気づいていなかった。
わんこって不思議と人の気持ちを察してくれますよね。
コパンはわんこじゃないけどw




