プロローグ
小野上大和、27歳。今日、5つ下の妹が大学を卒業したのでささやかながらお祝いをしようと、帰り道を急いでいるところだ。今日は20時前には家に帰ることができた。
「お兄、おかえり!今日はいつもより早くあがれたんだね」
「ああ、今日はいつもの2倍、話しかけるなオーラを出してたからな」
「あんたはまたそんなこと言って。さ、手を洗ってお父さんに手を合わせてきなさい。そしたらご飯を食べましょう、陽菜もお腹ペコペコでしょ?」
妹の陽菜は「早く早くー!」と言いながら椅子からぶら下がる足をパタパタさせている。母さんが皿の準備をしているのを横目で見ながら手を洗い、そそくさと仏壇に向かう。
うちは母子家庭で、父さんが残してくれた小さな家で母と妹と3人で暮らしている。陽菜は大学に行きたがっていたから、俺が高校時代からアルバイトをして家計を助けていた。俺は特に大学に行きたいとも思っていなかったし、これと言ってやりたいこともなかった。
というより、母を支えなければ!と小さい頃から必死で、自分のやりたいことなんて後回しだった気がする。高校卒業後は地元の企業に就職し、就職した先はまあまあブラック企業だったが、給料は良かった。順応性が高い性格だったおかげで今でも働き続けている。
仏壇に手を合わせ、食卓に向かう。今日は妹の好きな唐揚げと寿司が並んでいる。みんな着席したのを確認し、母さんが乾杯の音頭をとる。
「陽菜、大学卒業おめでとう!乾杯!」
母さんの乾杯の音頭に合わせて、俺と陽菜も母さんのグラスにカチンと合わせた。
「陽菜、俺のマグロをやるからきゅうり巻きをくれ」
「こんなに美味しいものが嫌いだなんて人生8割損してるよお兄〜」
「いいんだよ、俺は唐揚げをたくさん食べるからな!」
「あっ!お兄取りすぎ!私の分も残しておいてよ!」
「大丈夫よ、まだ残ってるからたくさん食べなさい」
3人でわいわいといつもよりちょっと豪華な夕飯を食べ、デザートとして母さんお手製チーズケーキが出てきた。これも妹のオーダーである。「これは売れるよ、お母さん!」と妹は食べる度に言っているが、俺もそう思う。市販のものより美味しいチーズケーキだ。じっくり味わいながら食べ、片付けがある程度終わった頃にはもう23時を過ぎていた。
「明日も早いし、俺先に風呂入るわ」
母さんも陽菜も明日は休みだったので俺が先に風呂に入らせてもらう。
「はあー、気持ちいい… それにしても、陽菜がもう社会人かー」
湯船に浸かりながら独りごちる。
…もうそろそろ自分のために生きてもいいんじゃね?
今まで家計のため、母と妹が少しでも楽になるように懸命に働いてきた。学生時代はプラモデル作りにハマっていたが、バイト代は基本的に家計の足しにしていたから、月に1つか2つくらいしか買えなかった。
そして最近は、家事や仕事を優先にしてきたから趣味を新たに作ることはしなかった。
自分のためにお金を遣ったり、またプラモデルを始めたり、一人暮らしするのも良さそうだなあ。
これから先、自由に生きてみたいな。
なんて思いながら湯船から立ち上がると、左胸と背中にズキンと痛みが走った。
…なんだろう、この痛みは。
と思っていると痛みが引いていく。一瞬の出来事だった。
多分食べすぎて変なところが痛くなったのだろうと、自分の中で勝手に納得し、風呂から上がった。
頭を拭きながら自室のベットに座り、スマホを見ていると左胸と背中にまたズキンと痛みが走った。しかも今度はさっきよりも長い。
「うぅ…なんだ…この…痛み…」
俺は痛みに悶ながら布団にバタンと倒れ込む。胸が締め付けられるように痛い。助けて、と思った次の瞬間、意識が暗転した。
始めてしまいました。お楽しみいただけたら嬉しいです。