イグアナバニーガールの嬌声
お久しぶりです。新人賞用の長編を書いている合間に書いた性癖短編です。
皆様のお口に合えば僕は大変喜びます。
このヒロインが好きだってなったら僕のお友達ですね。
「あぁ……また始まった……もう、やめてくれよ……」
日曜日の午前一時。真っ暗な部屋のベッドの上で俺は両耳を押えて体を丸めている。
十八になってやっと憧れの東京に来て夢にまで見た大学生活が始まると思った。
だがそれは一瞬で壊された。大学でいじめにあった訳じゃない。むしろ友達は多い方。彼女に振られたわけでもない。そもそもできたこともない。
「二日連続だぞ……なにしてんだよ……」
では俺がこんな夜に一人で言葉を震わせながら耳を押えるのはなぜか?
それは、
「あぁん……もうそんなにがっつかないの? あっ、すごい……そんなに奥まで……」
お隣さんの生活だ。いや、性活というべきだろうか。
女の甘い甘い嬌声がこちらの部屋まで聞こえ、耳を塞いでいても聞こえてくる。
最初は正直興奮した。
こっちに来て挨拶をしたとき、隣の人が女の人とわかって薄い本みたいな展開を正直したいした。でもそんな気持ちもとっくに消え、今では悩みの種でしかなく、今日もまた立派に芽を出してすくすくと育っている。
「だめだよぉ……お隣さんに聞こえちゃうぅっ……からぁ!」
とっくに聞こえていますけどね。
こんなにイラついているのにしっかり反応する俺の息子が憎い。まだ薄い本展開を期待しているのか我が息子よ。
何とか鎮めようと閉じた瞼に力を籠める。
それと同時。女の声はいよいよ佳境に突入する。
「あっ……タカちゃんもうダメっ……」
初めて男の名前を聞いた。なるほどタカちゃん。隣の女の人の彼氏はタカちゃん。
俺の人生でも一位にランクインするようなことをなぜか頭で反芻する。
「はぁ……。明日言いに行こう……」
今日も俺は喘ぎ声をBGMにして睡魔に襲われた。
翌日。俺は女の声で起きた。
「もう朝っ、なのにぃぃ……っ! すごっ……」
「嘘だろ……?」
一晩中やっていたのか!? やべぇ奴じゃん。
とにかくこれ以上俺の生活を侵されてはたまらない。さっさとシャワーを浴びてお隣さんのところに行こう。
というわけでやってきたお隣さんの部屋前。多分まだお楽しみ中。日曜の朝を邪魔するのは少々申し訳ない。とかは全く思わない。これは全部俺の為。俺の幸せシティボーイ生活の為。
とはいうもののいざチャイムを押そうとすると手が震える。
「俺の為……これは俺の為……」
何度も念仏の様に唱え震える指でチャイムを押す。
―――ピンポーン
やけに軽快なチャイム音。それが消え、部屋の奥からパタパタと足音が聞こえてくる。よかった。居留守を使われると思った。
「すみません。隣の者ですがー」
「ぁい。今出ますよっと」
想像したよりも低い声が聞こえてきた。なんていうか、酒で声がガサガサになった先輩もこんな声だった気がする。
ゆっくりとドアの隙間から姿を現した女性を見て俺は目を見開く。そして後悔する。やばい時に呼んでしまった。
雑に一つ結びにされた黒い長髪を揺らしながら出てきたお隣さんはバニースーツを着ていた。
そして俺を見つめる目は二つだけではない。
彼女の肩の上。緑色のはだに長い尻尾。まるで小さなドラゴンのようなその見た目は。
イグアナだ。
喘ぎまくるお隣さんがバニースーツ着てイグアナを肩に乗せている。夢でも見てるのかと思ってしまう。
「こんちわお隣さん。だぴょん」
「だぴょん?」
俺の思考はまた一歩混乱へと向かう。
「あー。わりぃ。ミスった。昨日の夜、タカちゃんとよろしくやってたからさぁ」
生気のない垂れた目でこっちを見ながらヘラヘラするお隣さん。
「あの……彼氏さんと何するのも自由っすけど声、聞こえてましたよ」
正直どこを見ればいいかわからない。
「あぁ? 彼氏ぃ? んなもん居ねぇって。そもそも要らねぇし」
「え? でもタカちゃんって……」
彼氏がいないわけがない。毎週末あんな声を聴かされているのだ。
「いや、だからタカちゃんはこの子。ほかにだれが居んのよ」
お隣さんが指さしたのは肩のイグアナ。指に反応してタカちゃんはお隣さんの指をくわえる。
「あぁんっ……。お隣さんが見てるからぁぁ……」
寝る前に聞いた声だ。本当に彼氏なんて居なかった。
「それ部屋でやってください。ここでやると音漏れとかそんなんじゃ済まなくなりますよ」
「あー。ここでヤッたら露出プレイもいいところだもんなぁ。それも悪くないけど捕まるのはさすがになぁ?」
「なぁ? ってなんで俺に聞くんすか」
俺の方を見てにやりと笑うお隣さん。ちょっと頬が赤い。
「とにかく。俺は戻りますんで、声小さくしてくださいね」
「あー。りょうかいりょうかい」
軽く返事をされて俺とお隣さんの会話が終わった。
部屋に戻りスマホをつつく。今日は日曜。まだ東京に来たばっかだしどっかに行こう。
そういえばスカイツリーに行ったことなかった。見に行くのもありだな。
「行こうかな」
何となくする外出が一番楽しいように思う。特に知らない街に行くのは楽しい。
※ ※ ※
なかなか悪くない観光だった。見上げすぎてちょっと首が痛い。
「はぁ、ただいま」
首を押えながら玄関を開ける。足元に何かある。
「ん? 手紙?」
一通の手紙が落ちていた。だが切手も宛名も書いていない。
「誰からだこれ」
ワンルームの部屋に戻りながら手紙を開ける。
『お隣さんへ。私の声毎晩聞いていたんだね。やめてほしいみたいだけどちょっと無理だと思って手紙を書きました。会社で溜めたストレスの発散だから仕方ないよね。もっと聞きたかったら来てもいいんだからね。お隣より』
丁寧な文字で書かれた怪文書。
しかも封筒には合鍵が同封されていた。
「どういうことだよ」
とにかくあの人がやばいことは分かった。明日カギを返しに行こう。
それよりも手紙の内容だ。
どうしたものか……。
※ ※ ※
タカちゃんがあおむけに寝転がった私の上に乗って私と目を合わせる。
「あー。明日会社行きたくねぇな……。お隣くんに注意されたからいつものは出来ないし……」
とは言ったものの服装は未だにバニースーツ。寝て起きたらスーツを着て街を歩かないといけない。嫌すぎる。せっかく面白そうなお隣くんがやってきたのに乗りは悪そうだし、合鍵渡したのは我ながらやりすぎたと思ったが明日には返ってきそう。
「つまんねぇの」
そろそろ日付が変わる。またつまんない五連勤が始まる。
そんなことを考えていたら最高のアイデアが浮かぶ。
「くひひ。やってみよ」
タカちゃんを私の隣にどけて私は部屋の壁を指で叩く。
―――コツコツコツ
※ ※ ※
―――コツコツコツ
隣から物音が聞こえる。またなんかやってるのだろうか。
今日の外出中ずっとお隣さんの姿が頭にチラついた。口調は荒っぽかったけど結構綺麗な人だったし、それに彼氏いなかったし。
「いやいやいや。ありえないって」
一瞬でもそんなことを思ってしまう。さすがにお隣さんと親密になるのはフィクションだって。
―――コツコツ、コツ
また隣から聞こえてくる。何が目的だろうか。
「あれ、寝たんかな」
うっすら声が聞こえる。
本当に何がしたいのだろう。あの人は。
「はぁ……」
―――コンコンコン
返事をするように壁をノックする。
「あの、寝るんでやめてくださいって」
多分聞こえているはず。多分。
「んだよ起きてんじゃん」
返事が返ってきた。聞こえてた。よかった。いや、よくはないか。
「合鍵持ってんでしょ。ちょっとこっちおいでよ。暇つぶししようぜ」
「僕明日大学なんですけど」
「私だって明日会社だよ。くひひ」
悪い笑い方するなぁあの人。
「とにかく来いよ。絶対な」
「はぁ、わかりましたよ。ついでに合鍵返しますから」
「はいはい。りょうかいりょうかい」
大きなため息を吐いて部屋から出る。東京の眩しい夜。日付が変わっても人は動いている。そう思うと少し心が躍る。
「入っていいんだよな……」
手にした合鍵を鍵穴にゆっくりと挿し込む。シリンダーの凹凸を感じながら奥までいれたあとひねる。
―――かちゃり
簡単に開いた鍵。ドアノブを握って扉を開けると目の前にバニースーツが現れた。
「くひひ。ようこそ……」
腕を握られ玄関に引き寄せられる。
「うおっ」
いきなり引っ張られてそのまま玄関に入ってしまう。
―――カチャリ、ジャラジャラ
「はい。逃げられない」
速攻で鍵を掛けられた。チェーンまで。
「ほら、靴脱いで」
言われるまま靴を脱いで部屋に上がる。
「お、お邪魔します」
俺の腕を握ったままのお隣さんは僕と同じ間取りのワンルームに無言で入ってゆく。
「暇つぶしって何ですか?」
「まぁ、すぐわかるって」
この人がバニースーツじゃなくて、ワンルームからタカちゃんが俺の方を見ていなかったらこの後の出来事に胸を踊らされていたかもしれない。
「言っとくけどエロいことなんて一個も起きないぞ」
「き、期待してないです!」
「タカちゃん~。お待たせ。こっちお隣さんだぴょん」
俺を無視して突然声色と語尾が変わるお隣さん。
「またぴょんって」
「あ、そういや何歳?」
「十八ですけど」
「わけぇ……まだ十代かよ。ってことは酒も飲めないのか」
「飲めないですね」
「そっか。じゃなんか飲みたいもんは?」
「水で大丈夫ですよ」
「あいよ」
お隣さんのむき出しになった背中を眺めながら話す。
色白の肌は絹のように綺麗だった。初めてこんなに長く女の人の背中見たかも。
立ち上がったお隣さんはキッチンに向かう。
「ちょっとテーブルの上のもんどかして」
「わかりました」
机の上の物って時計しかないじゃん。
とりあえず机の端にデジタルの置時計を置いてお隣さんを待つ。
机に向かって正座をして待っていると隣に置かれた座布団にタカちゃんがゆっくりとやってきた。
イグアナ。初めて本物を見た。なんかちょっとカッコいいかも。というより。
「ここペット禁止じゃなかったですか?」
「知るかよそんなの。ペット禁止なら私が出なきゃだし」
「……何言ってるんですか」
「そのまんまだよ。私はタカちゃんのペットだからな」
キッチンから姿を現したお隣さんはコップに注がれた水ともう片方の手にビールをもって入ってきた。
「はい」
「ありがとうございます」
タカちゃんを抱きかかえ座布団に座るお隣さん。
「あの。こんな事聞くのもあれなんですけど……」
「何よ」
ビールを飲むお隣さん。バニースーツで。
「なんで週末にあんなことしてるんですか」
「ありゃ発作みたいなもんよ。日ごろのストレスがこうなるんだ」
バニースーツをちらりと見ながら「似合うでしょ」というお隣さん。
似合う事は否定しない。
「ストレス……ですか」
「そう。ストレス。タカちゃん私の指噛むの好きだからさ。それが気持ちいいのよ」
やっぱりやばい人だ。
「あと一つ。なんで僕を呼んだんです?」
「お前と暮らしたいから」
「はぁ⁉」
俺を指さしたお隣さん。
「タカちゃんがお前の事気に入っちゃったんだよ。だからお前と暮らしたい。わかるだろ?」
「いやわかんないですよ」
「まじか……」
「そりゃそうでしょ……」
腕を組んで「んー」と唸るお隣さん。
「あっ! 私とお前が付き合えば良いじゃん! どう? OLとの同棲生活!」
「だめでしょ……」
「何で⁉ 彼女いないでしょ?」
「そりゃ……彼女は……」
「だろぉ? おねぇさんが養ってやるし、なにしたっていいんだぜ?」
正直彼女は欲しい。それにお隣さんは好みだ。でも‼ なんか違うくないか……?
付き合うってもっと段階踏んだり、甘酸っぱいものじゃないの?
「何黙ってんの? 本気にした? 私は本当だけど」
「いや、いくら何でも急すぎますって」
「ふぅーん。断りはしないんだ」
ニヤリと笑うお隣さん。そういえば名前すら知らない。
「だって名前も知らないじゃないですか」
「それ重要?」
「はい?」
名前なんて気にしてない素振りをしてビールを飲み干すお隣さん。
「私と君が付き合って一緒に暮らす。私の事嫌いじゃないからまだこの家に居るんでしょ?」
「それは……」
「じゃぁ決まりじゃね? よろしくお隣さん」
強引過ぎる。握手を求めるように手を差し出す。お隣さん。
「……」
俺はその手を握った。
心臓の音が一番大きく聞こえる。
「くひひ。早く私の事好きになれよ」
そんな事を言ってくるお隣さんにもう惹かれているいる事はまだ、言えない。
「よろしく、です」
満足そうに「くひひ」と笑ったお隣さんは僕の手を強く握る。
その夜。俺はお隣さんと一緒にベッドで寝転がっていた。しかも抱きしめられて。
タカちゃんに助けて欲しいが彼は座布団で気持ちよさそうに横になっている。
「んん……。もぞもぞすんなよくすぐったい」
「ご、ごめんなさい……」
「だーかーら、ため口にしろって」
「もっとなれたらため口になりま……なると思う」
世の中のカップルみんなこんな事してるのか……? 全員心臓強すぎだろ。
「まぁ、今日は何もしねぇから安心しな」
「今日は……?」
「くひひ。お楽しみだな」
満足そうにそういったお隣さんは大きく欠伸をする。
「んじゃ私はもう寝るわ。お休み」
「お、おやすみ……」
※ ※ ※
彼氏が私の腕の中で眠ってから一時間位。寝顔も可愛いんだなこいつ。
ほっぺたを指でつつく。どうしてもにやつく頬を止められない。
「くひひ。よろしくな翔太」
隣に来たその日から知っている名前を呟く。あの日から私の心にはこいつだけ。からかって楽しんでいただけだったけど自分のものにしたくなってしまった。
そして今日その願いが叶った。
「作戦せいこー」
もうメールで仕事を休む連絡をした。
翔太が起きたらどうしてやろうか。考えるだけでもすぐに起こしたくなる。
「ぐっちゃぐちゃにしてやろ♪」
朝が来るまで後四時間位。
終わり
読んでくださってありがとうございました!
ぜひ感想を頂きますと今後のモチベーションアップに繋がり、新人賞の長編が完成します。
そんな気がします。
ではまた。