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 姫香は二つ返事で、食事会への参加を承諾してくれました。「もちろんいいよ!」と笑った姫香の頬のエクボを、今でもなぜか鮮明に覚えています。


 食事会は、それは楽しいひとときでした。俊彦くんの軽快なギャグに、冷静につっこみを入れるあなた。私たち女子二人は、そんな二人のやり取りにいつまでも笑っておりました。あんなに無口だったあなたが、女性とも自然と会話できるような青年になっていて、私は少し寂しくも自分事のように誇らしい気持ちでいっぱいでした。


 帰り際に、俊彦くんが「また、今度このメンバーで飲み会しようよ」と言ったとき、そしてあなたがそれを快諾してくれたとき。私は、ああ、生きててよかった!と思ったものです。笑わないで下さいね。あの時の私は幸せの絶頂にいたのですから。


 そして俊彦くんの言った「また会おう」の言葉は決して社交辞令にはならず、次も、さらにその次も食事会は開催されました。この四人での食事会が続く限り、この先ずっとあなたに会える。それも、かつて遠くからただ眺めるだけの存在だったあなたが、手を伸ばせば届く距離にいる……これほどの幸福があっていいのでしょうか。


 しかし、私はあなたとどうにかなりたい……例えば男女の仲になり、二人きりで逢瀬を重ねる、なんてことは願ってはいませんでした。そのようなことを望んではいけないと考えていましたし、どんなに距離が近づこうとも、あなたは私にとっていつまでも神々しい存在だったのですから。



◆◆



 そうして月日が流れ、ある日。私は姫香に呼び出されました。「大事な話があるの……うちに来て」と神妙な声色で頼まれた私は、どうしたことかと慌てて彼女の家に行きました。


 部屋に入るなり、彼女は涙目で私にこう訴えました。「どうしよう……私、桐島くんのこと好きになっちゃった!」その告白を聞いたときの私の顔といったら……自分で想像するのも恐ろしいです。どんな顔をしていたのでしょう。機会があれば、今度、姫香に直接聞いてみて下さいね。


 ともかく彼女は「四人で食事会をするうちに彼を好きになってしまった」こと。しかし「彼は自分に、というよりも女性に興味がない」こと。等々、下を向いて語り始めたのです。私は姫香の言葉に、黙って頷くことしかできませんでした。


 そうして自分の思いの丈を私に打ち明けた姫香は、やがてすっきりとした表情になってこう言いました。「ねぇ……お願い。私の恋、応援してくれる?」

 あぁ、神様。私はどうすれば良いのでしょうか。その日初めて、私は今まで神に真剣な祈りを捧げてこなかった自分の怠慢さにひどく怒りを感じました。確かに私は、あなたと()()()()()()()()訳ではない。ですが、姫香があなたと()()()()()()と思っていたとは、想像もしていなかったのです。


 しばらく考えて、私は結論を出しました。私が姫香を制止する権利などありませんし、なにしろ可愛い友人の頼みです。次々と沸き上がる複雑な感情を圧し殺し、私は笑顔で「応援する」と答えてしまいました。


 神様。わたしがあの時「応援しない」と答えていたら、この物語の結末は変わっていたでしょうか。いいえ、きっと変わりません。どちらにせよ、あなたにとって私は物言わぬただの石のような女で、姫香は自ら一歩を踏み出した、勇気ある女神なのですから。


 さて、姫香は水を得た魚のように、その日からあなたへのアピールに勤しんでおりました。当時は、よく姫香からメールが来たものです。「桐島くんが返事をくれない」だの「デートに誘ってくれない」だの……その度に私は、自分の心の奥底で渦巻く黒い感情と戦いながら、「催促してみなよ!」「姫香が積極的になってみなよ!」などと、友人らしいアドバイスを送りました。


 成人式から一年が過ぎ、最初は一ヶ月に一回だった四人の食事会も、いつの間にやら三ヶ月に一回ほどのペースになっていました。そんなある日のこと、姫香から電話を受けた私は衝撃的なことを伝えられました。


 「やった!ついに……桐島くんが、私に告白してきたんだ!私たち、付き合うことになったの。どうしよう……嬉しい!」姫香の声は、うわずって震えていました。きっと、彼女はまさに幸せの絶頂にいたのでしょう。


 私は少しだけ携帯を耳から離し、空を見上げて風の音に耳を澄ませました。果たして空は、絶望的なほど青く澄んでおりました。「おめでとう」私の口をついて出た言葉は、姫香にはどんな風に聞こえたのでしょうかね。



◆◆



 それから数ヶ月が経ち、四人の食事会はすっかり自然消滅しておりました。無理もありません、あなたと姫香は食事会など無くてもいつだって会えるのですから。


 そんな時、私は急に俊彦くんに「会って二人だけで話がしたい」と言われました。一体私に何の話があるというのか?半ば警戒しながら私は彼と会うことにしました。

 指定の居酒屋に着くと、彼は既に相当酔っている様子でした。私を見つけ、へらりと笑った彼の顔は、真っ赤な煉瓦色に染まっておりました。


 「姫香ちゃん……桐島(あいつ)と付き合ってるんだって?」「うん、そうみたいだけれど」私が答えるなり彼は、ダン!とジョッキを机に打ち付けました。チッと舌打ちをして、呂律の回らない舌で彼は話し始めたのです。


 一年前、私と同じく姫香に「桐島くんが好きになった」と打ち明けられたこと。姫香に協力しているうちに、段々と彼女のことを好きになってしまったこと。そして……自分の想いを打ち明けた俊彦くんは、姫香に連れられてホテルで一晩を共にしたこと。「私のこと、好きになってくれてありがとう。でも、ごめんね……これはそのお詫び」姫香はそう言って、俊彦くんの体を引き寄せたそうです。


 私は、手足が徐々に冷たくなっていくのを感じました。姫香の愛嬌のある笑顔が思い浮かびます。まさかあの子が、そんなことをするとは……いいえ、そんなことはとるに足らないことです。肝心なのは、桐島くんを……あなたを好きなまま、姫香がそのような行動に出たということです。


 さらに俊彦くん曰く、姫香との体の関係は今でも続いているということなのです。姫香が俊彦くんの部屋に出入りしている、という事も私は聞き逃しませんでした。もちろん、最初は信じられませんでした。だって、そうでしょう?あなたと姫香は、その時すでに交際をしているのですから。


 その一晩で姫香の秘密を共有し、すっかり俊彦くんと仲良くなった私は、ある決意をします。洗いざらい、あなたに姫香のしてきたことを暴露するのです。


 ……ですが、どうしてもできませんでした。いざ実行しようとすると、ふいにあなたの過去の姿が浮かぶのです。遠い目をして窓の外を見つめていた、あの無垢で思慮深い少年の姿が。あなたに真実を突きつけるということは、同時にあなたを汚すということに他ならなかったのです。私は秘密をそっと胸の奥にしまいこみ、鍵をかけました。あなたを守りたい、その思いが強かったからです。



◆◆



 そうして月日は流れ、大学生から社会人と変貌を遂げ、お互いにすっかり疎遠になった頃。私宛に、姫香から結婚式の招待状が届きました。新郎はあなたで、新婦は姫香。可愛らしいレースの招待状に触れた瞬間、私の中でカチリと鍵の開く音がしました。


 ごめんなさいね、桐島くん。私は、長い間閉ざされていた溢れ出す想いを、留めることはできませんでした。あぁ、ですがどうか、どうか。この手紙に同封した写真を、決して見ないでください。見るとあなたに、不幸が襲いかかってしまうのです。私の良心が出来る忠告は、たったこれだけなのです。


 あなたは写真を見ないと思うので、関係ないかもしれませんが、同封の写真は私が俊彦くんの部屋に用意したカメラで撮影したものです。くっきりと写っているはずです、無精髭を生やした俊彦くんと、あなたの可愛らしい新婦が、いやらしく交わる姿が。こんな写真を撮ることなど、造作もありませんでした。何しろ私と俊彦くんは今でも()()()なのですから。


 そうそう、最後に一つだけ。姫香、お腹に赤ちゃんがいるんですってね。おめでとうございます。今風に言いますと「授かり婚」ということですね。……果たして、父親は誰でしょうね。


 それではお元気で。お二人と、お腹の赤ちゃんの末永い健康とご多幸をお祈り申し上げます。


敬具


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