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拝啓
新緑の候、若葉が生い茂る暖かな季節となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか?
……なぁんて、冗談です。私たちに、こんな堅苦しい挨拶は不要ですよね。人に手紙を送ることなんて滅多に無いので、ちょっとふざけてみたかったのです。
おふざけはそこそこにして。まずは、桐島くん。結婚おめでとうございます。せっかく結婚式に呼んでくれたのに、行けなくてごめんなさい。
ウェディングドレスに身を包んだ姫香は、さぞ美しく、可愛らしい姿だったでしょう。……ごめんなさい、姫香から結婚式の写真を送ってもらったのだけれど、まだ見れていなくて。
幸せいっぱいに包まれて、何もかも順風満帆なお二人に、ささやかながら祝福の言葉を送りたく、筆を執りました。少しばかりお付き合い下さいね。
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思えば、私と桐島くんが最初に出会ったのは、小学六年生の春でしたね。あなたは転校生で、普段とりたてて何の事件もない田舎町の小学校は、それだけで大盛り上がりしました。だって、他所の街から転校生が来ることなんて、滅多になかったのですから。
初めてあなたを見たとき、私はびっくりしました。陽に当たったことのないような色白の肌に、さらさらと風を受ける茶褐色の髪の毛、そして、水晶のように透き通った瞳。
そして、名前を呼ばれたときの静かで落ち着いた返事。すっ、と一本筋の通ったような立ち姿。私がそれまでの人生で出会った男の子たちと、あなたはまるきり違いました。
あなたは教室の中で、少し浮いた存在でしたね。もちろん悪い意味ではありません、あなたの周りには友達がたくさんいましたから。
しかし、チャンバラや近所での探検ごっこなどに精を出す他の男の子たちと違って、あなたは教室の隅で静かに読書をするほうが好きだ、そんな顔をしていたように思います。
そんなあなたに、私は密かに憧れを抱いていました。結婚したばかりのあなたに、こんなことを言うのは不躾だと分かっています。しかし、どうか私を許して。もう少しだけお付き合いいただきたいのです。
中学校に入って、あなたの神々しさはより輝きを増しました。小学校の時と変わらずやたらと動き回る者たちや、恋愛がどうこうだの騒ぎ立てる男子生徒もいる中、あなたの存在は教室の隅に埋もれがちとなりましたが、それでも私はあなたをずっと目で追い続けていました。
あなたは同学年の男の子が興味を持つ、流行りのゲームや漫画や色恋沙汰、果ては破廉恥な雑誌や媒体など、まるで興味がないという顔をし、またそんな話で盛り上がる彼らと決して反発することなく、ただ黙って文庫本に目を落としては、時々憂いを帯びた目で窓の外を見つめているのです。
なぜ、女子生徒はあなたの魅力に気づかないのか。私は甚だ疑問でした。いいえ、訂正します。数名はきっと気づいていたはずです。
なにせ、当時は女子の人気といえば「永山くん」だの「小佐田くん」だの、派手な男子が総取りしていましたからね。あなたが彼らの人気の影に潜んでしまうのは至極当然でした。しかし、陰ながらあなたに恋心を抱いていた女子生徒は、決して少なくなかったはずです。
私は、小さく芽生えた自分の慕情を、大切に、大切に育てました。誰かに踏みにじられないよう、誰にも悟られないよう。実際、このことを私は親しい友達の誰にも伝えたことはなかったのです。今の今まで。
成績優秀だったあなたは、街を出て大きな街の高校に通い始めました。残念ながら、私はあなたと一緒の高校に合格するという夢は叶いませんでしたが。願わくばずっと、傍らであなたの姿を見ていたかった。たとえ、親しい関係にはなれなくとも。
そうして小さな灯火を胸に宿したまま、私は地元の高校、大学へと進みました。その間、私の方はとりたてて波の無い、平凡な生活が続いていたと思います。
大学生になった頃は、数人の男の人に交際を申し込まれ、実際にお付き合いしたこともありました。しかし、私の中であなたへの憧れは依然として影を潜めず、やはりお付き合いした方ともすぐ駄目になってしまうのです。
あなたは遠くの街のとある有名な大学で、元気にやっているようだと風の噂に聞きました。どんな些細な情報でも、あなたのことであれば私はそっと大事に胸にしまっておきました。
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そんなある日、私の人生に転機が起きました。成人式のために、あなたがこの街に帰ってくるかもしれない、と噂を聞いたのです。
当日、晴れ着に身を包んだ私は、すがるような思いで「どうか、どうか最後に一目あなたを見させて」と、普段祈りもしない神に必死に頼みかけていたのでした。
成人式が終わり、私は人の群れなす待合室のロビーであなたの姿を探していました。その時、とある男性に声を掛けられました。小学校から高校まで一緒だった、俊彦くんでした。
「久しぶり……元気だった?なんだか、見違えるようになったね」まじまじと私を見ながら彼はそう言うのです。彼とはさして仲良くはなかったので、困惑し、どうしたものかとはにかんでいた私ですが、彼は思いもよらずこんなことを言ってきました。
「今度、会わない?二人が嫌なら、友達つれてくるからさ。そうだな……おうい、桐島!」突然、彼は声を張り上げました。私がどれだけ驚いたか、お分かりでしょう?五年間もの間、会いたいと願ってきた人の名前が叫ばれたのですから。
呼ばれて、ロビーの奥から人を掻き分けてやって来たのは、スーツを見に纏った美しい青年でした。私がずっと憧れてきた少年、桐島くんの面影を色濃く残しつつ、あなたはどこか凛とした表情も備えておりました。すっかり言葉を失った私に、あなたは優しく微笑みかけてくれました。「やぁ……綺麗になったね」
瞬間、私の心はまるで炎の矢で撃ち抜かれたかのように、熱く燃え上がりました。この気持ち、あなたにはお分かりでしょうか?あなたのたった一言で、あの時私はどうにかなりそうなほど見悶えていたのです。
俊彦くんの段取りで、幸運なことに私はあなたと俊彦くんと三人で食事をする機会を得ました。しかし俊彦くんは「人数的に、もう一人女子がいるほうがいいよなぁ」と呟きます。確かに、殿方二人と私一人では、きまりが悪いかもしれませんものね。早速私は、中学校からの友人である姫香に声を掛けたのでした。
次回、完結します。