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3月(下)ーー春の雪

 夕方、私とネア君は、手を繋いでギルドに向かった。


 あの後、ネア君は考えこむように黙り込んでしまったので、あんまり話していないけど、「はぐれたりしないように手をつなごう」と言うと、素直に手を握ってくれた。弟や妹が大きくなってからは小さな子と手なんか繋ぐことがなかったので、暖かくて柔らかい感触に、私の方が緊張してしまった。


 ギルドに着くと、すでにエレンシアさんが1階の受付カウンターのところで待っててくれていた。外の雑踏が嘘のように、ギルド内は静かだった。

 ネア君に了解をとって簡単に事情を説明すると、エレンシアさんはちょっと考えを巡らせてから言った。



「花火の時間が来るまでこちらのホールで過ごしていただくのは構わないと思いますが、懸念事項があります。」


「懸念事項?」


「予報よりも早く雨が降り始めるのではないかと思うのです。フィナーレコンサートは野外ですから、雨が降ると中止されます。その場合花火も中止されるのではないでしょうか?」


 歌声が雨音にかき消されてしまうらしく、例年フィナーレコンサートは雨天中止らしい。私のコートにひっついていたネア君も、「花火はちょっとくらい雨が降ってもあげられるけど、コンサートがないなら花火もないと思う。」と教えてくれた。


 なるほど、雨か。今の話だと、運営は〈消雨〉魔法を使ったり、特大の〈防雨膜〉を張ったりはしないということかな。どちらもかなりのコストと準備が必要なので、お祭り程度では使わないという判断は理解できる。


 ネア君が不安げにこちらを見上げているが、ちょっと待ってね。

 

 フィナーレコンサートと花火に連れて行くと請け負った以上、依頼は完遂してみせましょう。問題は方法よ!



 考えるときの癖でぐるぐると歩き回ってしまう。



「エリーセさん、もしかして、雨を降らせない方法を考えているんですか?」


 エレンシアさんが尋ねてくる。


「うん。気圧を上げたり下げたりしたらどうかなと思ったんだけど、不確実だよね?」


「気圧をあげるという発想がまずありませんでしたが、時間にそれほど猶予があるようには思えません。〈消雨〉系の魔法を使わない限り、降ってくるものは止めようがないのではないでしょうか?」



 良いアイデアが思い浮かばないので、ひとまず空模様を確認することにした。ネア君の相手をエレンシアさんにお願いして、裏庭に面した窓まで行って空を見上げると、灰色の雲がかかっていた。春の天気は不安定だ。昼間の陽気が嘘のように気温も下がり始めているような気がする。


 ん? ちょっと寒すぎない?


 奇妙に感じて、裏庭に出てみると、なんと昨日追い出したはずの不審者が壁にもたれかかるように立っていた。



「あなた、まだこの街にいたの!?」


 私はエレンシアさんやネア君に気づかれないように静かに叫んだ。


「別件で色々ありましてネ。それより、お話は聞かせてもらいましたヨ? 少年が母親に逢えるとは思えませんけどねェ。あなたも罪なヒトだ。でも、姫君が〈悲劇〉を御所望なら、ワタクシ助力を惜しみませんヨ? 雨を消すくらい簡単なコトですから。」


 不審者がカッコつけて手を差し出してきたけど、不審者度が増しただけだった。なんというか、残念感が半端ない。


「気持ちだけありがたく受け取っとくわ。気持ちに区切りをつけるために必要なだけだから、たとえお母さんに会えなくっても、悲劇にはならないでしょうね。強いて言うなら、少年の成長の物語ってところかしら。あと、私はお姫様ではありません。」


「ふうーん。つまらないですな。」


 私が断ると不審者は心底退屈そうに言った。


「それでは、ワタクシの出番は無さそうなので、先にお暇させて頂きますネ? ()()()()()()()()()()()。」



 黒いシルクハットを少し上げて、不審者は夜に溶けるように消えていった。私は思わず眉を潜めたが、次の瞬間、見送りもそこそこに、ホールに向かって走った。



「エレンシアさん、雪! 雪だったら雨音がしないから、コンサートもできるよね!?」


 滑り込むようにホールに戻っていきなり言ったものだから、エレンシアさんはびっくりしてしまった。でもすぐに端末で検索して記録を辿ってくれた。


「72年前、降りしきる雪の中でコンサートが行われたという記録があります。」


「雨雲を雪雲に変えちゃえば良いのよ!」


 私が興奮して言うと、エレンシアさんは数回瞬きしたあと微笑んだ。


「なるほど。ですが、相当な広域に〈魔法陣〉を展開せねばなりませんし、上空までかなりの距離が必要ですね。及ばずながら、私もお手伝いしてよろしいでしょうか?」


「お願い出来ると嬉しいです。上空までは〈浮揚〉で行こうと思うの。上空で〈跳躍〉しながら〈冷却〉をかけていけば…」


「広範囲展開する必要も遠距離展開する必要もないと言うことですね?」



 この2つは難しいし、費用もかかるし、何より魔道具の補助が必須だ。


「エレンシアさんには、地上の温度の調整をお願いできますか? 3度以下まで下げて欲しいんです。」


 私は急いで〈付け袖〉を振って〈冷却〉用の杖を取り出したが、エレンシアさんは静かに首を振って、総合受付の上の気温計を指さした。



 今の外気温は1度だった。



 下がりすぎでは? と思ったけど文句なんかあるはずもない。ネア君にギルドホールから絶対に外に出ないように言って、裏庭に出る。



「さて、警備にあたってる騎士団の方々に気づかれないように、迅速に〈上昇〉する必要がありますね。」


 エレンシアさんが指を鳴らしながら、空を見上げて冷たく微笑む。


 あれ? エレンシアさん私以上にヤル気満々じゃないですか? 

 あと、逆らってはいけない雰囲気がするんですけど。


「エリーセさん。準備はいいですか?」


「は、はい。」


 心の準備は全然できていなかったけど、肯定の返事をするしかないよね。すると、エレンシアさんはほとんど無色の〈多重立体魔法陣〉を展開し、私の手をとったかと思うと急上昇した!


 景色が一瞬で変わり、1秒後には王都の遥か上空の雲の上にいた。眼下には暗い雲海が波打つように広がり、頭上には半月がぽっかりと浮かんでいる。


「この高さなら、宮廷魔道士や騎士団の探索の範囲外だと思うので、早く〈冷却〉していきましょう!」


 待って欲しい。〈全自動迎撃装置〉が上手く働いてくれたので物理的なダメージを受けなかったけど、急すぎる移動に私の心臓はドキドキしてるし、エレンシアさん本当に受付嬢なの? 〈多重立体魔法陣〉って高位の導士でも難しい技術ですよね? 完全にオーバースペックじゃないですか?



「と思ったのですが、さすがに魔力切れですね。杖を貸していただけますか?」



 良かった。エレンシアさんの才能はまだ人の域にあった。受付嬢としては絶対にオーバーしてるけど。

 

 私は素直に〈冷却〉と〈跳躍〉用の杖を渡した。


 説明しよう。この杖には予め〈隠匿〉処理が施されているのだ。普通に魔力を使うと、魔力を察知されるので、戦闘の際やこっそり行動する際などには、〈隠匿〉が欠かせないから、有事に備えて準備してあったのだ。

 

 私とエレンシアさんは二手に分かれ、ネア君のために雪雲作りに励んだ。時間に余裕があったので、〈微風〉の杖で王都の上空の雲をちょっとでも薄くしておく。



 大仕事を終えて、私とエレンシアさんが雪の結晶と共に地上に降り立ったのは、「春の祝祭」フィナーレコンサートが始まる5分前だった。



 春の雪の中で行われたコンサートは、とても素晴らしいものだった。儚げな歌姫の奏でる甘いセレナーデは皆の心にしみわたり、大きな拍手が贈られた。


 そして、アンコールが終わると、花火が上がり始めた。


 たくさんの人が空に咲く大輪の花を見上げなら帰っていく中、ネア君は、最後の一人が帰るまでずっと、噴水の前で待っていた。



 最後の花火が上がってから、たっぷり1時間は経っただろうか。ギルドの前で待っていた私達のところに、ちょっとだけ凛々しくなって戻ってきた。私達は内心ホッとして出迎えた。


 そして、私とネア君は、再び手を繋ぎ、あすこと荘に帰っていった。


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