3月(中)ーー春の祝祭
あくる日、私は朝から王都の東の公園に出掛けた。今日前半の目的は、バザーと「春の祝祭」限定発売のお皿だ。建国当初から続く食器店が販売しているのだが、毎年絵柄が違うのだ。ちょうどお皿が足りなかったので、王都に来た記念に買いに出かけることにしたのだ。
「春の祝祭」というだけあって、街中はいつも以上に花が飾られ、街灯にかけられたタペストリーもピンクや黄色、オレンジといったお祭にふさわしい陽気なものになっていた。
それと、王都では、ここ2〜3年ほど、〈春の祝祭〉の日に女性にマーガレットを一輪贈るのが流行っているらしい。もらったマーガレットは、帽子にさして飾るのだとか。街のいたるところで、妙齢の女の子達がどっさりと白い花を飾った帽子を見せ合いっこしているのは大変微笑ましい。
私にくれる人? 残念ながらいないかな? 帽子もかぶってないしね!
いろいろ脇見しながら歩いていると、噴水通りに続く大通りに出た。ちょうどこれからパレードが始まるらしく、人でいっぱいだ。
パレードが目的で来たわけじゃないけど、せっかくなら見てみたい。背が低いので、つま先立ちをしてみたけど、その必要はなかった。春の精に扮した少女達は、花びらを降らせながら大型のゴーレムに乗ってやってきたからだ。ゴーレムは十分な高さがあり、後ろにいる人にもよく見えるよう設計されていた。ゴーレムは、花や電飾で飾られて眩しいくらいだ。
春の精の後には、花輪を頭に載せた竜と騎士が威厳を持って続く。近くにいた子供が隣の母親らしき女性に説明しているのを聞くに、どうやら子供達に人気の童話の登場人物に扮したパレードらしい。竜が両翼を広げてみせると、子供達から歓声があがり、騎士が胸をたたいてそれに応える。
そのあとも音楽隊が元気よくマーチを演奏しながら行進し、道化師が音楽に合わせてひょうきんなポーズをとって子供達を笑わせていた。
最後に髪にマーガレットをさしたお姫様が通ると、小さな虹がいくつもかかり、パレードは終わった。
小さな紳士淑女の皆さんの興奮は覚めやらぬようだったけど、お祭りは始まったばかり。パレードを楽しんだ王都の人々は次の目的地へと散らばっていった。
先週職場でもらったパンフレットによると、この後、王立競技場では午前は竜騎士による曲芸飛行のデモンストレーションが、午後からはレースが行われ、王都の東の公園では3つの劇とバザーが開かれるらしい。そして、夜はフィナーレコンサートと花火だ。イベントが目白押しだね。
私もいそいそと公園に向かい、昼過ぎには、本日の戦利品である薄いピンクのカーネーションだけで作られたリースの入った箱にお皿の納められた箱、それからチョコレートクロワッサンや食パンの入った紙袋を両手に抱えてあすこと荘に帰ってきた。
調子に乗って色々と買いすぎたので、腕も足も痛い。早く荷物を置いてお昼ご飯を食べたいと思っていたのだが、大家のレダさんが、建物の入り口のところの段々に腰かけて私の帰りを待っていた。
「もう帰ってこないんじゃないかと思って心配したけど、よかったよ。」
「こんにちは。どうされたんですか?」
私は首を傾げて尋ねた。レダさんからは何も頼まれていなかったはずだけど、忘れん坊なものでちょっと自信がない。
「ネア、挨拶しな。」
レダさんは、私の疑問には答えず、後ろを振り返って声をかけた。
正体を確かめるべく、レダさんの後ろをのぞき込むと、栗色の髪の小さな男の子がレダさんのスカートを掴んで俯きながら現れた。
話したことはないけど、あすこと荘に住んでる子だ。まだ6歳くらいで、なかなか利発そうな顔立なのに子供らしい表情があまりなかったから印象に残っている。
「こんにちは。」
ちょっとしゃがんで挨拶すると、レダさんのスカートを掴む手に力がはいった。
「ネア、挨拶もできないようじゃ、人にものを頼むなんて、100年早いよ。」
「・・・こんにちは。」
どうやらネア君は私に頼み事があるらしい。レダさんの教育的指導の賜物で、かすかな声だけど、挨拶が返ってきた。
「私が話すとなると、細やかな配慮はできないよ。それでもいいなら説明してやるけど、どうする?」
レダさんが尋ねると、ネア君は、すぐに頷いた。
「エリーセ。荷物を置いたら管理人室に来ておくれ。そこで説明するよ。」
レダさんは、深いため息をつきながら私に言った。
その後、管理人室でレダさんから聞いた話をまとめると、ネア君の頼みとその背景事情はざっとこんな感じだった。
まず、去年の暮、ネア君の両親は離婚した。どういう話し合いをしたのか分からないけど、お母さんがあすこと荘を出ていき、ネア君は、花火職人のお父さんと暮らすことことになった。お母さんは、お別れも言わずに家を出ていき、今日まで会えていないらしい。
次に、ネアくんは去年お母さんと「春の祝祭」のフィナーレコンサートに出かけ、その帰り道、お父さんがあげる花火を一緒に見たそうだ。その時、お母さんと「来年もお父さんの花火をここで一緒に見ようね。」と約束したそうだ。
ネアくんの頼みは、今年もフィナーレコンサートに行きたい。そして、去年と同じ場所で花火を見たいというものだ。
正直いって、お母さんが今年フィナーレコンサートに行くとは考えにくいし、ましてや、別れた夫があげる花火を見に来ることなんてないんじゃないかと思う。でも、小さな男の子に、目に涙をためながら、「約束したんだもん。」と言われたら、断れないよ。
こうして、ネア君とフィナーレコンサートに出かけることは決定された。エレンシアさんも怒ったりはしないだろう。
ちなみに、レダさんは、最近頭痛がして体調が悪いそうで、ネア君を連れていってあげることができないと断ったけど、私がフィナーレコンサートに行くと言っていたのを思い出し、私が帰ってきたらフィナーレコンサートに連れて行ってあげてと頼んであげると言ってしまい、玄関口で私が帰ってくるのをずっと待っていたらしい。
体調が悪いというレダさんを気遣って、私たちは103号室に移動した。
まだお昼を食べていなかったので、買ってきたチョコクロワッサンでも食べようかな?
ネア君にも声をかける。
「ネア君はもうお昼食べた? 私は今から食べようと思うの。」
ネア君は首を横に振って、「まだ。」と答えた。
どうやら、お昼も食べずに帰ってくるかどうか不確かな私を待っていたらしい。子供というのは、時々とても一途に物事に向き合うことがあるけど、ネア君にとっては今日がそういう日なんだろうな。
「チョコクロワッサンかピザトースト、どっちがいい?」
ネア君はちょっと迷ってから「ピザ、トースト」と答えた。聞けば食べたことがないらしい。ネア君にも手伝ってもらいながら、お昼を作ることにした。
面白かったのは、ピーマンをトーストの上に乗せるところで、明かに私の分と思しきトーストに乗ってるピーマンの量が多かったことかな?
片方はピーマンてんこ盛りで、もう片方はピーマンが2枚しか乗ってないって、もう笑うしかないでしょう。人生の悩みとピーマンが同じ位の重さを持っているとはね。でも、分かるよ。私もピーマンは好きじゃなかった。
ちなみに、ピーマンてんこ盛りの方を指して、「こっちがネア君の?」と尋ねると、ネア君が瞳を揺らしてから、ピーマンを1枚だけ自分の方に移動させたので、私はネア君にバレないようにお盆に隠れてこっそりと笑うはめになった。
出来上がったピザトーストは、ネア君のお気に召したらしい。足をぶらぶらさせながら、あっという間に平らげてしまった。
美味しいものを一緒に食べると、人はちょっと仲良くなれる気がする。
そんなことを考えていると、ネア君はミルクを飲み干すと、ポツリと私に尋ねた。
「やっぱり、ママは、僕のこと、いらなかったから、置いていったのかな?」
沈黙がおりた。答えにくい質問だけど、こういう時は、ごまかさない方が良いと思う。話したいことを整理してから私は言った。
「人の心や考えをあて推量するのは、やめた方がいいよ。たいがい当たらないし、正解が分からないから、行き違いになっちゃうこともあるかもね。」
ネア君が空っぽになったお皿から視線を上げて、私を見た。パン屑を払ってから話を続ける。
「人が何かをするとき、理由が一つだけのこともあれば、二つ、三つあるときもあるわ。もっとたくさんの事情が複雑に絡みあってるときもあるかもね。やりたくて、やることもあれば、やりたくないのにやることもあるし、何も考えてなかったなんてこともある。その時はよくても後悔することもあれば、やって良かったと思うこともあるものだし。他の人の気持ちや考えを推測するのはとても難しいことだと思う。ごめん、上手く説明できないや。」
「ううん、でも、『そんなこと思ってるはずないよ』って言われると思ってたから。」
「なるほど。ネア君の推量は外れた訳だ。」
私が悪戯っぽく言うと、ネア君は視線を彷徨わせたけど、もう一度私と目を合わせてくれた。
「私はね、ネア君のこともネア君のお母さんのこともきちんと知らないから、お母さんの気持ちを判断するための材料がないわね。だから分からないとしか答えようがないかな?」
私は出来る限りの優しさを目にこめて、ネア君の質問に答えた。