表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/39

3月(上)ーー不審者再び

「春の祝祭」の前日、私は洗濯物と格闘していた。冬物の服を洗ったり干したり。春物の服を引っ張り出してきたり。お布団も変えなきゃね。春はとにかくやることがいっぱいだ。


 「春の祝祭」というのは、春分の日を祝うアリーセ王国の伝統的なお祭りだ。当日はもちろん前後も祝日なので、3連休である。大事なことなので、もう一度言うと、3連休なのだ!


 3連休っていいよね。魅惑の言葉だよね。名前を聞いただけでドキドキしちゃうよ!


 

 3連休の魅力についてならいくらでも語れそう。そんなお馬鹿なことを考えながら洗濯物を広げると石鹸のいい匂いが広がった。

 ブラウスやタオルを次々に干しながら、この3日間のざっくりとした予定をたてていく。


 まず、1日目。今日は、今やっている洗濯を終わらせたら、植木鉢の製作と種まきをしようと思います。2月の末に種苗屋さんで種を買って、そのままになっちゃっているので、早く蒔いてあげたい。


 続いて、2日目は、総合受付嬢のエレンシアさんと一緒に「春の祝祭」の最後を飾るフィナーレコンサートを聞く約束になっている。今年招かれた歌姫がとても素晴らしい歌声の持ち主らしいので、ギルドの2階の噴水広場に面した窓辺から、一緒に歌を聞きませんかとお誘いいただいたのだ。

 あと、美味しい屋台がいっぱい出るらしいので、お昼も晩も外食にしちゃおうかなぁと思っている。


 そして、3日目。明後日は雨予報なので、ちょっと朝寝坊して、一日本を読んだり、刺繍をしたりしようかなと思っています。お祭りとか騒がしい日の次の日ってゆっくり体を休めたいから、雨でちょうどいいかもね。


 予定はあくまで予定だから、何かあれば臨機応変にいきましょう!



 洗濯物を干し終わると、いったん家に入り、約2ヶ月間お世話になった林檎の木箱を引っ張り出した。ご記憶にあるだろうか、私が食卓代わりにしていたあの木箱である。


 テーブルと椅子を買いに行ったはずなのに箪笥だけ買って帰るという失態をおかしてしまいましたが、箪笥を運んできてくれたアランさんにお願いして、部屋の雰囲気に合うテーブルと椅子を作ってもらいました。ちょうど、1週間前から食事をテーブルでとることができるようになって、人間らしい生活が可能になった。


 でも、この2ヶ月間苦楽を共にした木箱には愛着が湧いてしまい、捨てるには忍びないんだよね。というわけで、生まれ変わってもらいます!



 裏庭に作業用シートを広げ、その上に木箱を置き、穴あけ機を取り出します。


 この穴あけ機は予め機械の先端を空けたい形に変形しておけば、簡単に穴を開けることができる優れものだ。本当は錬金術や魔道具の作成の際に使う道具だけど、便利なので、日曜大工でも積極的に使っている。


 これで、まず、底の部分に排水用の穴を空けていく。それから、網をひき、〈火〉の魔石で小石を炙ってから、底が見えない程度に薄く敷きつめる。虫が出てきたり、根が枯れたりしたら、嫌だからね。

 続いて、培養土も同じように炙ってから入れる。培養土の方は炙る必要があったのかどうか分からないけど、とりあえず炙った。


 木箱の蓋の部分は、〈防水塗料〉をしっかりと塗って、受け皿代わに使う。


 あっという間にプランターの完成だ!


 人差し指で土に小さな穴を開けて、フレッシュレタスの種を撒き、ふんわりと土をかぶせる。


 だいたい3ヶ月くらいで収穫できるかな? サラダはもちろん、お肉を包んで食べたり、サンドイッチにしても美味しいので、育てるならフレッシュレタスはおすすめだ。


 仕上げにジョウロで水をあげると、虹がかかった。

 ついでに庭に置かせてもらっている薔薇の鉢にも水をやる。


 この薔薇は、私が錬金術を学び始めた頃から育てているものだ。淡いピンク色の花が咲く品種で、蕾がふんわりと綻ぶ頃が一番美しい。もう一鉢、〈薔薇水〉というとんでもなく高価な化粧水の材料になる真紅の薔薇もあるけど、こちらは〈工房(アトリエ)〉内で、月光しか通さない特別製のドームに入れて、聖水だけで育てている。

 薔薇は、〈薔薇水〉の他にも錬金術の材料としては結構メジャーなので、自分で育てている錬金術師はけっこう多い。自前の温室を持っている人もいるくらいだ。


 よし、お水はこんなものでいいかな?


 木箱にいっぱい土を詰めたので、私が持って運ぶにはちょっと重すぎた。仕方ないので、杖を振って〈浮遊〉させ、そのまま出窓から部屋の中にゆっくりと運び込んだ。出窓はよく陽が当たるので、室内菜園にはちょうどいいだろう。そのまま出窓にそっとおろす。



 柔らかい春の日差しが部屋の中に差し込み、「春眠暁を覚えず」という言葉が浮かんでくる。

 このまま、ゆっくり昼寝をするのもいいかなとも思ったけど、ゆっくり散歩がてら、東公園のバザーを見に行くことにした。こんないいお天気の日に家に閉じこもっているのはよくないよね。ついでにお昼ご飯も調達出来るかもしれない。


 出かけるならきちんと戸締りしないといけないなと思い、出窓に近づく。


 すると、先ほど置いたばかりの元木箱の植木鉢越しに部屋の中を伺う不審者と目があった。


 不審者が多すぎて、どの不審者か分からないって?


 シルクハットをかぶった胡散臭い雰囲気のやつだよ!

 〈世界樹〉で出会ったここ最近の中で、一番有害そうな不審者!!



「………。」



 しばし見つめあった後、私は素早く窓を閉め、鍵をかけて、カーテンを下ろした。ここまでわずか3秒! 我ながら素晴らしい動きだ。



「えええええ? そこまでしますカ? ご冗談でしょう?」



 不審者の声だけ聞こえてくる。

 まっとうな反応だと思うけど? とこころの中で返しておく。


 ああいう危ない手合いとは関わり合いにならないのが一番だ。続いて掃き出し窓も施錠して、カーテンをしめる。



 あ、洗濯物どうしよう…。

 

 流石に洗濯物が乾く頃には諦めて帰るよね?


 

 洗濯物がちょっと心配ではあるものの、とりあえず、この部屋の中にいれば大丈夫なはず。

 

 錬金術師や魔導士は高価な材料や魔道具を持っているので、泥棒に入られやすい。なので、大抵は部屋に〈結界〉や〈防御膜〉をはったり、〈(トラップ)〉を仕掛けたりするものなんだけど、私も万が一の事態に備えてこの部屋にちょっと強めの〈結界〉を張り巡らせている。

 強度で言うと、アリーセ王国の王宮よりちょっと上くらいかな?


 ただ、あの不審者は多分ものすごく強いから、破ろうと思えば、できるでしょうね。



「さすがに傷つくから、そろそろ冗談だって言ってくれていいんデスよ〜?」


「…………。」


「焦らす作戦なら、今が一番いいタイミングデスよ〜?」


「………………。」


 

 なんだかちょっとイラッとするけど、反応したら負けなので無視する。



「おーい。「雲の通ひ路」のマスターからサンドイッチを預かって来たんデスよ〜!」



 な ん で す と !


 

 私が素早くカーテンをめくると、不審者が左手に袋を上げ下げしていた。

 素早く解錠し、窓を開けると、不審者があからさまにホッとしながら言った。


「おおっ! やっと出てきてくれましたネ!」


「どうもありがとう!」



 私は、お礼を言ってサンドイッチを奪うと、再び窓を閉め、鍵をかけ、カーテンを下ろした。ここまでわずか2.5秒。サンドイッチにつられて、先ほどよりもさらに動きに磨きがかかっているような気がする。



「えええええええええ? 嘘でしょう?」



 いいえ、嘘ではありません。



「鬼畜! ドS! 人非人!!!」


 

 不審者の魂の叫びをバックミュージックに袋の中を確認すると、きれいに包まれたサンドイッチイッチが入っていた。4つずつのセットが3つ。


 丁寧な〈シールド〉もかかっていて、作りたての状態が保たれている。とっても美味しそう!



 紅茶を煎れようと台所に向かうと、不審者が台所の窓に顔を貼り付けて待っていた。お願いだからやめて欲しい。

 

 私は戸棚からお客様用のカップを追加で出すと、反対側に回るよう合図した。




 家にあげるのは絶対に嫌だったので、裏庭のベンチに座ってサンドイッチを食べることにした。ポットとカップをお盆に載せて、庭に出る。庭は、ちょうど色とりどりのチューリップが見頃を迎えていた。


 

 裏庭から見える森の向こう側に、いつもはない薄緑の〈防御膜〉っぽいものがかかっていた。ちょうど《森の魔女》の《領域》のあたりだ。



 う〜ん、警戒されてるなぁ。



 紅茶を注ぎながら尋ねてみる。


「あなた《森の魔女》に何をしたの?」


「はて、知らない魔女ですね?」


「………。」


「信用ないですネェ〜」



 信用していませんから。おおかた、何をしたか忘れたか、そもそも自分のかけた迷惑に気がついていないかのどっちかでしょう?

 仕方ないので、話題を変えることにした。



「ところで、今日は何をしにきたんですか?」


「貴女に会いに行っても良いと思ったからですネ!」


「ちょっと意味分からないから、分かるように言ってもらっていいですか?」


「『雲の通ひ路』が店の入り口を移動させることになったのデ、そのことをお伝えしてきて欲しいとマスターに頼まれ、行ってもいいかなと思ったというだけですヨ? 単なるお使いデスね!」


「ええ!? じゃぁ、〈世界樹〉の〈(ステーション)〉に行っても、このサンドイッチが食べられないの!?」


 私はショックで手に持ったサンドイッチを見下ろした。



「貴女、驚くほど食い意地はっていますよネ?」



 そこの不審者、うるさいぞ!



 私は慰謝料代わりに不審者の皿の上のサンドイッチを掴み、口に入れた。



「あぁー! ワタクシのサンドイッチ!!」



 不審者が身をよじって抗議するが、胡散臭さが増すだけだった。



「さて、サンドイッチも食べ終わったことだし、早く帰ってくれていいわよ?」


「まだ一口も食べてませんケド!」



 この後30分ほどかかって、なんとか不審者を帰し、その後は何ごともなく、3連休の一日目は終わった。


あとで文章整えます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ