2月(下)ーー満月に藤
「私の家具も見てもらいたいな」
店内を一通り見せてもらったところで、ミアシャムさんが言った。
「ミアシャムさんも職人なんですか?」
店内にはアランさんの作ったものしか置いていなかったので、ちょっと驚いた。ミアシャムさんの家具はどこに置いてあるのかと思ったら作業場にあるらしく、奥へと案内された。
作業場は、店内よりもちょっと広いくらいの大きさかな? 木材や仕掛品、工具などが整然と並んでいた。できる職人さんの仕事場っていう感じがする。
私は、自分の雑然とした〈工房〉を思い浮かべながら、整理整頓を決心した。
そんなことを考えている間に、ミアシャムさんは手際良く衝立を片付けて、家具を出してきた。
「じゃ〜ん! 私の自信作の箪笥です!」
籐を編んで作られた明るいブラウンの箪笥は、形こそオーソドックスだけど、金具の装飾とか、握りやすい取っ手とか、細部にこだわりが見えた。雰囲気としては、カントリー風というのが近いかな?
自分で効果音をつけて紹介するだけあって、箪笥はとても可愛かった。私は一目で気に入った。
アリーセ王国やその近辺では、籐の家具といえば、海辺の高級別荘に置かれていることが多く、高級品のイメージが強いけど、目の前の箪笥はもっと親しみやすく、あすこと荘の部屋に置いても違和感がなさそうだった。
「この箪笥、とってもかわいいです!」
私がミアシャムさんを振り返って言うと、ミアシャムさんも「そうでしょう!」と嬉しそうに微笑んだ。
それから、私たちは、長椅子(アランさんが作った売り物らしい。)に腰かけ、箪笥を眺めながら少しおしゃべりをした。
最初はどんな家具が好きなのか、とか、今日はどんな家具を見にきたのかというごく普通の話題だったのだが、私が1月に転勤で王都に来たことや、家具が全然無くて林檎の入っていた木箱で食事をとっていることを面白おかしく話すと、ミアシャムさんはちょっと迷ってから、アランさんとの結婚をお互いの両親から反対されて、駆け落ち同然で、この店を開いたことを教えてくれた。
ちなみに、なんと、私は記念すべきお客さん第1号らしい!
私とミアシャムさんのおしゃべりを中断したのは、アランさんがコンコンと壁を叩く音だった。
「盛り上がっているところすみません。ホットレモンを入れたので、御一緒にいかがですか?」
「あっ! つい話し込んじゃったけど、もう4時じゃない!」
ミアシャムさんが、壁の時計を見て、慌てて立ち上がった。そしてしまったとでもいうように目を彷徨わせた。
「熱いですから気を付けてどうぞ。」
アランさんは挙動不審なミアシャムさんをスルーするように私にマグカップを渡すと、目の前にある籐の箪笥をちらりと見た。なんとなく、困っているような、でも仕方ないなぁという諦めと納得がないまぜになったそんな表情だ。
私は、思い切って尋ねてみることにした。
「籐の家具を買うことが出来るのは、このあたりではフェルラン商会だけだと思っていました。」
アランさんにそれはそれは深いため息をつきかけてやめた。
「おっしゃる通りです。ミア、籐の家具を見てもらうなら、きちんと説明したら?」
アランさんが苦笑を浮かべながら言うと、ミアシャムさんは「今説明しようと思ってたところよ!」と弁解した。
「お気づきのとおり、ミアシャムは、籐のフェルラン家の出身です。普通ならお嬢様として何不自由なく暮らしていたのでしょうが、昔から好奇心旺盛で、作業場に出入りしているうちに自分で家具を作りだし、気が付いたら一端の職人になっていたそうです。」
アランさんが説明すると、ミアシャムさんも腕を組みながら補足してくれた。
「うちは職人気質なの。初代が家具職人だったから、代々家具職人として修業するのが慣例になっていて、兄が3人いるけど、みんな一度は弟子入りしているわ。それに、私はお嬢様なんてガラじゃないし、家具を作っているのが性に合うの。そういうアランの家こそ、貴族の流れをくむ由緒ある名家の跡取りだったでしょ? 月のファーブル家を知らない人はいないわ。」
「僕は妾の子だけどね? しかも、権力争いに巻き込まれたくなくて家具職人になったのに、後継ぎが一昨年賭場でスキャンダルな死に方をしたがために急遽呼び戻されたという曰く付きの跡取りでした。アリーセ王国の方なら、これ以上の説明は不要でしょう。僕たちの結婚は大反対されました。」
フェルラン商会とファーブル商会は、どちらもアリーセ王国で一二を争う豪商だ。創業地こそアリーセ王国だが、東の大国マグノリアや西の王国へリファルテでも商売を行なっているので、比べる対象をこの大陸中に広げても、5本の指に入るくらいには有名な商会だ。
そして、両家は長年の商売敵でもある。
そんなフェルラン家の一人娘とファーブル家の跡取りが結婚したいと言い始めたんだから、周囲はさぞかし慌てたことだろう。
さきほどミアシャムさんから「駆け落ちした」と聞いたとき、ロミオとジュリエットを思い浮かべたけど、案外間違いじゃなかったかも。
「店の看板が「満月に藤」なのは?」
と尋ねると、
「「いやがらせ」」
とお二人から答えが返ってきた。
とんでもなく大反対されたんだろうなぁ。フェルラン家の象徴の「藤」とファーブル家の象徴である「月」を一つの看板の中に同居させるなんて、商人の間ではタブー中のタブーだ。
でも、そのあとすぐ、ミアシャムさんはシュンと元気をなくしてしまった。
「本当は、こんな話お客さんにしてはいけないことくらい分かっているんだけど、今日は開店日でしょう? やっぱりどこか不安になっちゃってたんだろうね。表にはピンとくる家具がなかったみたいだし、私が一番自信をもって見てもらえるのは籐の家具だったから、つい、ね。ごめんなさい。」
「いや、僕が職人として不甲斐ないせいだ。謝るべきは僕だ。」
二人は交互に謝り始めた。
なるほどね。一人前の職人でさえ、自分の店を持つというのは大変なことだ。開店にこぎつけるまでに何年も準備することもあると聞いたことがある。開店した暁には、選りすぐった商品を置きたいはずだ。
ミアシャムさんが一番自信のある籐の家具を店頭に置かなかったというのは、二人なりの理由があるんだろうなと思う。けれども、そうすればそうしたで、ミアシャムさんは不安になってしまったということか。
私も錬金術師の端くれだから、2番手や3番手の装備でダンジョンやフィールドに行く怖さと不安は良く分かる。準備はいつだって万全にしておきたい。
ミアシャムさんは、ミアシャムさんなりに工夫を凝らしているんだろうな。みせてもらった箪笥は、同じ籐でも、これまでフェルラン商会が扱ってきた高級路線の家具とは全く違う雰囲気だった。
これならフェルラン商会が販売を差し止めようとしても、正攻法ではできないだろうな。
これから先、二人は他にも苦労するだろう。でも、私はなんとく、二人を応援したくなった。なにより、ミアシャムさんの作った籐の箪笥はとてもかわいい。ここで買わずして、何を買うのか!
「ミアシャムさん、先ほど見せてもらった籐の箪笥をひとつ、いただけますか?」
私は、この日、箪笥を一つお買い上げした。
◇◆◇
箪笥は、後日運送屋さんに届けてもらうことになった。私は来た時と同じで肩掛け鞄一つで帰ることができる。
既に日が落ちてしまい、あたりは暗い。アランさんが「せめて噴水広場まで送ります」と言ってくれたが丁重に辞退した。屋根の上を〈跳躍〉して帰ればすぐに家に帰れるし、パワーアップした〈全自動迎撃装置〉も装備しているので、大抵の荒事は逃げ切れる。むしろ、アランさんが無事に帰れるかの方が心配だ。
二人に見送られて店を出ると、建物の角から、男の人が3人こちらの様子を窺っていた。一列に並んだ鳶色の髪がとても目立っている。
目が合うと3人はびっくりしたように顔を引っ込めた。ミアシャムさんのお兄さん達かな? 髪の色が一緒だ。
あまりにあからさまな不審者具合に私もちょっと戸惑ったが、行動力があるようにもコミュニケーション能力が高いようにも思えなかったので、無視することにした。
実害のない不審者は無視が一番!
遠回りになるけど、3人がいるのとは逆の方向に進む。
たとえ人通りがほとんどなかったとしても、大きな通りの真ん中で〈跳躍〉するのは良しとされていない。どこか建物の影に入りたい。
幸い、次の建物の角にちょうど良さそうな路地があった。早足で角を曲がり、〈付け袖〉を振って、〈跳躍〉の短杖を取り出す。
上下左右の安全確認をし、声をかけられる前に〈跳躍〉した。
こうして細い路地には、紺色の外套を着たおじさんが残された。
柔和な表情だけど、それがかえってやり手の商売人らしさを感じさせる。そう思うのは私が彼の正体を知っているからかな?
ファーブル商会は手広く商売をしていて、ギルドとも取引があるのだ。1度だけだが、私も見かけたことがある。彼は間違いなく、ファーブル商会の会頭だ。そして、口元がアランさんにとても良く似ていた。
あのおじさんが私を追ってきていたのは気がついていた。でも、ここで私が下手にアランさん達の状況を教えてしまったら、それで満足してしまって、仲直りの機会を奪いそうな気がしたんだよね。
安全のためにブーツのかかとに仕込んだ〈幻灯石〉を光らせてから、もう一度大きく〈跳躍〉する。
屋根から屋根へと夜の街を駆け抜けながら、私はちょっとホッとしていた。
ミアシャムさんもアランさんもいつの日か家族と仲直りできるんじゃないかな? 何せ、雪がちらつくような冬の寒い夜に、多忙な会頭が自ら様子を見にくるくらいだもの。
あぁ、でもなんとなく、アランさんの方は時間がかかりそうな予感がする。アランさんは穏やかそうに見えて、一筋縄ではいかないところがありそうだ。案外、ミアシャムさんの方が先に義父と仲良くなってたりしてね。
短杖のおかげで、あすこと荘には10分くらいで帰り着いた。ちょっと息が上がっちゃったけど、冬の夜の冷たい空気の中を走り抜けたので、気分は爽快だ。
「ただいま〜」
103号室の灯りをつけると、部屋の真ん中で木箱が私の帰りを待ってくれていた。
あぁ! 食卓と椅子、買い忘れたっ!
爽快感は一瞬で吹き飛んだ。木箱でご飯を食べる日々はもう少し続きそうです。