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2月(上)ーー調査官室

 はじめの一か月は、王城の地下迷宮から大量の美術品や書籍、それから古い魔道具が次々に運び込まれて、調査官室は大忙しだった。残業も多かったし、私も何度か地下迷宮に降りた。壁画とか大規模な魔道具はおいそれと持って帰ってくるわけにはいかないからだ。


 地下迷宮で見た中では、全体に薄い青と緑の魔法陣が彫られた白い部屋が圧巻だったかな。用途はまだよく分からないけど、とにかく綺麗で、これが役得というやつかと思った。

 

 でも、全体的にはとても疲れたというのが正直なところだ。家に帰ってきても、疲れ果ててすぐに眠ってしまうような有様で、ついつい家のことが疎かになってしまった。働き始めたころもこんな感じだったなぁ。


 非番の日も、役所に引っ越したことを届け出たり、各種免許の書き換えや銀行の手続といった細々とした用件を片づけないといけなくて、まとまった時間がとれなかった。


 何が言いたいかというと、ここ一か月間、私は、ずっとギルドでもらった木箱の上でご飯を食べていたのだ。

 せっかく一から家具をそろえることができるのだから、じっくりと考えたいと思っていたら、こうなってしまった。

 さすがに、固い床寝袋で寝るのは一晩で十分だったので、王都に着いた次の日にベッドだけは買ったし、仕事始めの前に冷蔵庫も買ったけど、それだけだ。


 私は、机と椅子が欲しい。あと、ソファ! ふかふかのソファに寝そべってゆっくりと小説を読みたい!


 2月に入ってようやくお仕事の方も少し余裕が出てきた。今日は、半休をもぎとったので、午後から家具店を覗きにいきたいなぁと思っている。


 そんなことを考えていたら、後輩調査官のシエル君が声をかけてきた。



「エリーセ先輩! 番号Cの120番から144番までの壺ですけど、絵柄は〈暁の詩編〉の一節を描いたもので間違いなさそうです。」


 ちなみに彼も錬金術師である。同じ大学だったらしく、なにかと慕ってくれる。


「ありがとう。それじゃあ、やっぱりモーベット教授にお願いした方がよさそうね。連絡してくれる?」


「そう指示されると思って、すでに連絡しておきました。教授自ら引き取りに来てくれるそうです。」


 このやりとりからお分かりいただけたかと思うが、シエルくんはとても優秀な人材だ。

 私が「さすがシエルくんね。助かるわ。」と心から伝えると、爽やかな笑顔で次の仕事に向かっていった。持つべきものはできる後輩だね!



 調査官室のみんなが現在取り組んでいるのは、発掘された物品の目録作りと簡易調査である。 

 私が担当しているのは、次々とダンジョンから固定の転移陣を通って運び込まれてくる発掘品を整理して、各調査官に配転することである。調査官によって、得意不得意があるので、そのあたりを見極めながら、でも負担が偏らないように配転をしていくのは、結構気を遣う。

 それと、一部の発掘品については、大学や王宮などの高度な研究機関にお引き取りいただくのだが、こういった連絡や手配をするのも私のお仕事かな。こちらも当然気を遣う。



 今は、運び込まれる発掘物の数と種類が落ち着いたので、大分楽になったが、初めのころは大変だった。


 例えば、目にエメラルドが嵌められた大理石の像が出土されたのだけど、魔力のある人には一見して素晴らしい魔道具であることが明白だったらしい。なので、担当したがる調査官たちが色めきだち、誰が担当するかを巡って熾烈な争いが繰り広げられた。

 逆に、何の変哲もない魔石とか金塊なんかについては、余計な仕事なんかしたくないという調査官が多くて、仕事を押し付けあっていた。


 これに錬金術師と魔導士の長年の確執が加わって、調査官室は、一時混乱に陥った。


 小さなオーデン支部では起こりえなかった問題であるが、調査官室には「派閥」というものがあった。「魔導士派」と「錬金術師派」は仲が悪いらしく、何かにつけ、お互いの仕事をあげつらうだとか。魔導士と錬金術師では、アプローチの仕方も得意なことも違うのだから、棲み分けができてしかるべきだと思うのだが、そうではないらしい。


 都市伝説かと思っていたけど、派閥って本当にあるんだね。


 こういうとき、上司がきちんと采配してくれるといいのだが、ウォルフガング室長以下、出来る調査官は皆地下迷宮に潜っていて、調査官室にはいなかった。


 グアンちゃんによると、ウォルフガング室長は、自らフィールドワークに出かけたりダンジョンに出向いたりすることを好み、調査官室でじっとしていることができない人らしい。

 今回も、1月の初旬に私が赴任した時にはすでにダンジョンに出てしまっており、今日まで一度も帰ってきていない。なので、臨時召集された私たちは会ったことがない。


 「賢者」の称号をお持ちだが、完全な詐欺だろうというのが若手調査官の総意である。


 しかも、先程言ったように、今回の調査には、室長だけではなく、副官をはじめとするベテランの調査官がみんな出向いてしまっていた。

 残されたのは、寄せ集めの若手と、能力的に室長についていくことのできない本部職員。リーダー不在の調査官室は、ほとんど機能していなかった。


 人の手が入っていないダンジョンなんて、なかなか見られるものではないから、研究者として興味深々というのは分かる。

 でも、次から次へと送られてくる大量の発見物を前に、誰が何を担当するのかというところで揉めていたら、仕事がはかどらないじゃないか。そのあたり、きちんと采配してから出かけて欲しかったなぁ。ベテランの一人でも残しておいてくれたらこんなことにはならなかっただろうにと思う。まったくもって、困ったことである。


 仕方がないので、シエル君に相談の上、大学時代に師匠について発掘調査に行った時に見た方法をちょっとアレンジして提案することにした。


 調査はまだ初期の段階。この時点で調査官がまず一番最初にすべきことは、ずばり目録作りと簡易調査だ。

 発見場所、魔力や聖力の有無、大きさ、重さ、どういう性質、性能をもっているかといった予め決められた調査項目について、各調査官が調査し、埋めていくのだ。

 すべての調査対象について簡易調査を2回行う。錬金術師と魔導士では得意分野が違うので、案外見落としとかが見つかったりするらしい。ダブルチェックは重要なのだ。

 

 この方法を提案したとき、調査官室の反応は微妙だった。やりたいことができるとは限らないし、余計な仕事は確実に回ってくるものね。でも、お仕事にそういう側面があるのは今さらだと思うよ。


 一部の調査官たちは、異議を述べようとしていた。


 しかし、その時、グアンちゃんが調査官室に入ってきたのだ。「エリーセ先輩。オーデン支部の受付嬢アメリーさんから電話が入っていますよ! 困ったことはなーい?っておっしゃっています。」と言いながら。


 アメリーさんの名前が出た瞬間、調査官室が静かになった。そして、さっきまで不満たらたらだった調査官たちが調査項目のリストをひっつかんで仕事にとりかかりはじめたのだ。


 えっ? なんで? あとグアンちゃんとシエル君がとびきりの笑顔なのは何!?


 後日グアンちゃんから聞き出したところによると、アメリーさんは、昔この大陸で大活躍した冒険者で、その時ついた二つ名が「爆炎のアメリー」というらしい。気に入らないものや理不尽なものは全て笑顔で爆発させてなかったことにすることで有名だったとか。


 冒険者を引退してギルドに勤めるようになってからも、ギルドに出入りしていた悪徳商人を追い出したり、さぼろうとする受付嬢や足の引っ張り合いをする調査官達を改悛させたりと、縦横無尽の大活躍! ただ、その手法は先程述べた通り、過激なものだった。

 というわけで、今でもギルドに勤め始めた新入職員に一番初めに教えられるのは、「爆炎のアメリーさんにだけは絶対に逆らうな」ということと、アメリーさんの武勇伝だそうです。


 私はそんな話を聞いてないけどね! そっか!アメリーさんの目の間でそんな話、できるはずないものね!

 オーデン支部の気弱でちょっと頼りないギルド長の顔が浮かび、私の脳内でごめんねと謝ってくる。



 つまるところ、できる後輩シエル君と調査官室のごたごたにうんざりしていた受付嬢達に、私はうまく使われたって訳だ。しかし、そのくらいでお仕事がうまく回るのなら、いくらでも使ってもらえればと思う。こうして、なんとか半日であれば有給をとれるまでにはなってきたのだからね。


 私はそわそわしながら、午前のお仕事を終え、お昼の鐘が鳴るのと同時に調査官室を出た。

 モーベット教授の対応は、シエル君にお任せしておこう! モーベット教授は美人だからきっと喜んでくれることだろう。決して、高飛車で面倒な教授の対応を押し付けたわけではないからね?


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