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おわり

「魔道具が暴走して、そこらじゅうから〈聖印石〉や〈星晶石〉を使用した浮遊型の魔道具類が集まって来ているのだ。次の角を右に曲がると騎士団の詰所があって、そこで返却作業を行なっている。飛んでいったものを探しに来たのなら、早く引き取りに行きなさい」


「なるほどです。ありがとうございます、騎士様」


 疲れた顔の騎士様にお礼を言って、私は再び歩き出した。騎士様は「次の角」と言ったけど、区画が大きいせいで、「次の角」まで結構距離があった。道は暗く、ポツンポツンと所々に設置された魔灯の明かりを頼りに足速に歩く。


 それにしても寒いね! コートと手袋にはもちろん防寒用の〈陣〉を刺繍してるけど、どうしても時折冷たい風が侵入してきちゃう。


 ようやく角を曲がると、ちょっと行ったところに詰所があった。いかにも商人という身なりの男性が、返却してもらったらしい〈人形ドール〉を大八車に積み込んでいるし、手ぶり身ぶりで飛んでいってしまった物を説明している男性もいる。


 およ? 一生懸命説明しているのは、ひょっとしてアランさんでは?


 満月に藤の看板が目印の家具屋さん。ミアシャムさんの姿はないので、お一人で来たらしい。知り合ったのは今年の始め頃、私が王都に来てすぐの頃だったのに、なんだかもう何年も前のことのように思える。月日が過ぎるのは早い。


 アランさんは、若い騎士様が取り出した布を順番に確認して、ついに飛んでいった布を見つけたらしい。受け取りのサインをして、帰ろうと振り返ったところで私と目が合った。


「おや? 貴女は……」


「お久しぶりです。エリーセです。ミアシャムさんとラティス君はお元気ですか?」


 私は気を利かせて一気に挨拶した。ラティスくんというのは二人のお子さんの名前だ。髪色は頑固そうな鳶色で口元はアランさん似の天使だ。


 あのあと何度かミアシャムさんには会ったんだけどアランさんにはお目にかかる機会がなかったので、忘れられてるかなぁと思ったけど、さすが大店の息子さん、名前は出てこなかったけど、顔はちゃんと覚えていてくれたらしい。


「おかげさまで妻も子も元気です。エリーセさんも何か飛ばされてしまったんですか?」


「そんな感じです。飛ばされたのは知り合いの男の子なんですけどね。アランさんはその布を飛ばされたんですか?」


「そうなんですよ。ゼブ砂漠で買った布なんですけどね、〈浮遊〉の陣が付いていて重い物を運ぶのにとても便利なんです。今日ようやく年末の大掃除に取り掛かれまして、これも洗濯して干していたんですが、飛んで行きました」


 それを聞いて私の興味は一気に布の方に向かった。〈軽量化〉の陣は私もよく刺繍してるけど、〈浮遊〉の方は刺繍技術が確立されていなかったはず……。


 私がじーーーーっと布を見つめていると、圧力に屈したアランさんが苦笑しながら布を広げて見せてくれた。


「ほうほう。失礼します!」


 さっと目を通して全体を把握してから、じっくりと細部を見る。刺繍でないのは間違い無い。キラキラしたゲル状のもので〈陣〉が描かれている。なるほどね、〈聖印石〉を糸にするのは難しいから、砕いてゲルに混ぜたのか。


 でも、どんなに細かく砕いて沢山混ぜたとしても、線のどこかで隙間が生じそうなのになぁ。これは魔法の大原則の一つなんだけど、魔力で描くにせよ、刻むにせよ、刺繍するにせよ、〈陣〉には線の断絶があってはならないのだ。

 

 私の知らないところで、隙間があっても大丈夫!という大発明がされてない限りだけど、そんな発明があったら絶対に知ってるはず。


「もしかして再現できたりします?」


 私が一人でうんうん唸っていると、アランさんが商売人の顔で尋ねてきた。この布、絶対高そうだもんね。分かるよ。再現できたら、使いたいし、売りたいよね。


「チャレンジしてみたいとは思いますけど、できたとしても大量生産したり売ったりはしたくないです。ゼブ商人だけは絶対に敵に回したくありませんから」


「……やっぱり無理ですか」


 む。できないとは言ってないぞ? と思ったけど、現状できる訳でもないので、大人しく布をお返しする。


「ありがとうございます。ミアシャムさんとラティスくんによろしくお伝えくださいね」


「ええ、もちろんです。エリーセさんも良いお年をお迎えください」


 私たちは年末のお決まりの挨拶を交わして別れた。




 さて、ネアくんの〈人形ドール〉はここにいるかな? ちょっと不安に思ったけど、若い騎士様に〈人形ドール〉の特徴を伝えると、あっという間にネアくんの〈人形ドール〉が出てきた。


「おや、この〈人形ドール〉は〈所有者登録〉がないのですね?」


 立派な口髭を蓄えた騎士様が、若い騎士様から受け取った〈人形ドール〉をひっくり返しながら尋ねてきた。


「子供用のキットで作ったものですからね」


「ほう。見たところ貴女は子供用のキットで遊ぶ年齢には見えませんが」


「さっきも説明しましたよね? 知り合いの男の子に頼まれて探しにきたんですってば!」


 私がちょっとイライラしながら説明すると、若い騎士様が「あちゃー」という顔をした。え? なに? どういうこと? 口髭の騎士は首を振って、どういうことか教えてくれた。


「ふむ。そうすると、貴女に返却できませぬな」


「えっ!?」


 はぁ? 小さな子供をこんな時間に引っ張ってこいってか? ふざけるのはその口髭だけにしてもらえませんかね?


「当然でしょう。〈人形ドール〉のような高価な物を持ち主以外の方に返しては騎士団の名折れ!」


 出たよ、「騎士団の名折れ」。うちの国の騎士様は大変仕事熱心だけど、四角四面すぎて融通が効かない。こういう時騎士様はいつも「騎士団の名折れ」と口にするので、だいたいの市民はこの台詞を聞くと、青汁を3杯くらい飲んだ気分になるのだ。


「それとも委任状をお持ちですかな?」


「お持ちじゃないです」


 小さな子供に委任状書かせるってまたまた冗談きついですよ! 本当に持ってたら怪しさ満点じゃない!


 はぁ〜〜〜。一度あすこと荘に戻って、ネアくんかネアくんのお父さんに来てもらった方がいいだろうか? でもそれはできれば避けたいなぁ。通信で確認してもらう? いやでも証明になるかと言われれば証明にはならないよね……。

 

 私が困り果てていると、後ろから穏やかそうな、けれども少し疲れの滲んだ声が割り込んできた。


「それは間違いなく、うちの息子の〈人形ドール〉です。そちらのお嬢さんは息子に頼まれて飛んでいった〈人形ドール〉を引き取りに来てくれたのです」


 なんと、やってきたのはネアくんとネアくんのお父さんだった。助かったけど、なんというか申し訳ない。引越しの準備で絶対に忙しいはずなんだよね。あと、任せなさいと大見得切った手前、今のやり取りを目撃されていたのは、ちょっと恥ずかしい。穴があったら入りたい気分だよ!!!


 けれども、ネアくんとネアくんのお父さんが来てくれたおかげで、ネアくんの〈人形ドール〉は無事戻ってきた。


 なんと、〈人形ドール〉の内部にネアくんの名前と住所がきちんと書かれていたのだ。そういえばそんな話をネアくんから聞いたような……。小さなお子さんをお持ちの方、どんなに面倒でも、お子さんの持ち物にはきちんと名前を書いてあげましょうね。


 というわけで、今日はこの辺りで! バイバイ!!



◇◆◇



 さて、一年の最後の日の夜、私はスープを作っていた。そう、年越しのスープだよ!


 大晦日の夜にスープを作るのはこの国独自の風習だ。他の国ではそんなことをしないと知ったのは、大学生の時だっただけれども、寒い冬の日に温かなスープを飲んであったまるって、良いと思うんだよね。もっと広まればいいのにと思う。


 ちなみに、この日はどんなスープを作っても構わないとされている。むしろ、家庭によって独自の進化をとげたスープが振る舞われると言った方がいいかもしれない。めちゃくちゃ豪華な具沢山のスープもあれば、旨味だけで勝負したシンプルなスープもあるらしい。

 

 私が作っているのは、母直伝の七色の野菜スープである。赤パプリカ、にんじん、黄色パプリカ、ブロッコリー、玉葱、キャベツ、さつまいも。色の異なる七つの野菜で作るスープで、トリの胸肉も入っているし、しっかりと胡椒も効かせてるよ!


 ぐつぐつとお鍋で煮ていると、コンソメの匂いが部屋中に広がっていく。思わず息を吸い込んでしまった。こういうのを「幸せ」というのだろうか。


 それから、この国にはもう一つ、古くからの風習がある。大晦日の夜に、屑聖晶石の明かりを灯したランタンを飛ばすのだ。


 ランタンは、街のそこらじゅうで売っていて、一人一個ずつ、ランタンに自分の名前を書いて飛ばすことになっている。なお、売られているランタンのほとんどは駆け出しの魔術師や万年金欠の錬金術師の内職で作成された物で、内職としての単価は安いから、量で勝負するしかない。


 魔術師や錬金術師が夜鍋して必死に作ったランタンであるということさえ知らなければ、冬の夜空にランタンが舞う光景は幻想的の一言に尽きる。温かなオレンジ色の光は、寒さを忘れて思わず見入ってしまう何かがあるんだよね。


 一生に一度は見てみたい光景の一つとかで、遠くからわざわざ見にくる人もいるくらいだ。



 おっと、そろそろランタンを飛ばす時間かな? 王城から荘厳な鐘の音が聞こえてきた。もうすぐ夜中の12時だ。


 お鍋の火を止めて、コートを羽織って、あすこと荘の屋根に登ると、すでに空には沢山のランタンが舞っていた。


 私も屑聖晶石に願いを込めて明かりを灯すと、ランタンに入れて、両手を離した。ふわりと風に乗って、私のランタンが夜空に昇っていく。


 屋根の上に寝転がって自分のランタンを目で追う。あすこと荘には私の他にランタンを飛ばす人がいないので、かなり長い時間、私は自分のランタンを見ていられた。


 そうしている間にも、空に浮かぶ光の数がどんどん増えていき、夜がほんの少し明るくなったような気がする。


 そして、王都中の人々がランタンの舞う光景を心ゆくまで楽しみ、そろそろスープを飲みに行こうかなと思う頃。数多の光は渦を描くように、王都の上空を流れ始め、徐々にアリーセ王国の紋章の形を取り始めた。


 あっ! 先日、ネアくんの〈人形ドール〉が誤作動を起こしたのって、もしかして、これの試験運転の影響だったのか! 


 これはこれで面白い試みだと思うけど、私はランタンが自由に舞い散っている方が好きかなぁ、と一生懸命準備した人が聞いたら泣きそうなことを考えてしまった。


 アリーセ王国の紋章が完成すると、王都の至る所で拍手と歓声が上がったので、どうやら失礼なことを考えていたのは私だけだったようだ。反省します。


 紋章は完成するとしばらくそのまま空の上を時計回りに回っていたが、徐々に形が崩れていき、今度はまた別の何かの形を取り始めた。ん! 今度は〈魔法陣〉かなぁ? でも、今まで見たことのあるどの〈魔法陣〉にも似てないから、なんちゃって魔法陣かも。それに、もちろん線が繋がっている訳じゃないから、あくまで形だけだろうしね。後で調べようっと。



 今年もいろいろあったけど、良い年だったなと思う。来年に持ち越したお仕事への憂鬱さとか、将来への不安とかがない訳ではない。けれども、そんなことは今この瞬間にはどうでもいいような気がするのだ。


 私は今年最後の夜、聖なる光りが王都中に降り注ぐのを見つめながら、私はゆっくりと目を閉じ、行く年に思いを馳せ…………、飛び起きた。



「えっ!?  何あの光!!」



 なんというか、今年も最後まで私らしい年だった。そう思う。それでは、また会う日まで!

ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました。

私は、日常会とか間に挟まる物語の第三者視点とかが好きで、そういう視点をつないで何か書けないかな?と思いつきで始めたのがこの連載です。

なので、この話は主人公が別にいて、完全にモブのエリーセちゃんが事件に巻き込まれたり、主人公とニアミスしたりしています。


うん、こんな訳の判らない設定の話を良く最後までお付き合いいただいたものだと思います。改めて御礼申し上げます。ブクマや評価、本当に嬉しかったです。


エリーセちゃんには主人公も張ってもらいたいので、いつになるか分かりませんが、番外編も書きたいなぁと思います。今のところ、大筋しかないですが、大学を卒業したばかりのエリーセちゃんに冒険に出てもらおうと思っています。そして、エリーセちゃん一人だと不安なので、レオンドーロくんを雇おうと思います。


それでは!



2023年7月31日追記:完結からこんなに日が経っているのに、今も時々呼んでくださる方がいらっしゃることに本当に感謝しています。プロットはね、できてるんですよ!

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