12月(下)ーーさがしもの
ネアくんはやや緊張していたけど、お茶会は和気藹々と進んだ。《森の魔女》様は一言も発しないし、ツバメの執事さんは給仕に回ったので、主に話すのは私である。
現在の話題は「錬金術師界で今話題の新技術ベスト3(エリーセ調べ)」だ。おそらく私以外の人にはかなりどうでもいい話題だと思われるが、優しいことに皆相槌をうって傾聴してくれている。
え? 話題がおかしいって?
じゃあ聞くけど、このメンバー相手に何を喋ればいいの? 私には逆立ちしたって全員がもれなく楽しめるような話題は提供できないよ。無難な話題No.1の天気なんてさっき30秒で終わったし。ということで、2杯目の紅茶をおかわりしながら、ネアくんに話を振ってみた。
「ところでネアくん。《森の魔女》様にお尋ねしたいことがあるんじゃなかった?」
さも要件を知っていますよ〜という雰囲気で話題を振ったけど、実は私は何も知らない。むしろ、私も聞きたかったことだ。
ネアくんは突然話を振られて目を瞬いた。けれども、本当はずっと聞きたかったに違いない。一瞬で表情を切り替えると《森の魔女》様を真っ直ぐ見て言った。
「あの、ボクの〈人形〉を見かけませんでしたか? 勝手に動き出しちゃって、追いかけてたら、この森に入ったところで急に消えちゃったんです」
ネアくんは、しっかりと自分の言葉で尋ねた。
ネアくんの〈人形〉といえば、この前お父さんと一緒に作ったやつかな? もっとも、日々マイナーチェンジを重ねているらしく、この前見かけた時には結構複雑な動きができるようになっていた。
《森の魔女》様がおっとりとツバメの執事さんに見ると、意図を察した執事さんが恭しく、けれどもはっきりと答えた。
「存じておりません」
「そう……ですか」
「しかし、〈人形〉が消えた理由であれば明らかです。正確には消えたように見えた理由ですが」
ツバメの執事さんが付け加えた言葉にネアくんがゆっくりと顔を上げる。
「どういうことですか?」
「これは内密に願いますが、森の周りには少々特殊な《結界》を張っております。無理に入ろうとすると、命あるものは元いたところに戻って行き、命なきものはそのまま通り抜けてしまうのです。キミの〈人形〉は森に吸い込まれたのではなく、森の反対側から出て行ってしまったのでしょう」
「森の反対側……」
「高級住宅街の方かな?」
私が助け舟を出すと、ツバメの執事さんが頷いた。
「エリーセ様のおっしゃる通りです」
あの辺りはあすこと荘がまるまる10軒は入るような豪邸ばかりが立ち並んでいる。高い塀が多いので、数メートルしか浮かない子供用の〈人形〉なら立ち往生してそうだし、何より私兵や騎士様が随時見回っているので、謎の浮遊体が飛んでいたら、あっという間に捕獲されていそうだ。
あれ、ゴールは案外すぐそこじゃない?
「今から見に行ってみようか?」
手がかりが見つかったことで、思わず明るい声が出た。けれども、ネアくんは首を横に振った。
「ううん、もういいよ。きっと捕まって捨てられちゃってると思うから」
やっと手がかりをつかんだのに、ネアくんは尻込みし始めた。
確かに、ネアくんのいう通りかもしれないけど、そうじゃないかもしれないのに。どうしてここにきて尻込みしちゃうかなぁ?
納得いきませんという顔の私を見て、ネアくんが「もう遅いし、あんなところを夜にうろついていたら、捕まっちゃうよ」と諭してくる。
あれ? 私の方がお姉さんだよね? なんだか立場が逆転しているような気がする。
でも、ネアくん、ちょっとものわかりが良すぎるんだよね。子供らしくないというか。このくらいの年の子は、わがままイヤイヤも大人に叱られるくらいがちょうどいいって言うのに。お姉さんは、心配ですよ。
ちなみに《森の魔女》様は穏やかにネアくんを見つめているし、ツバメの執事さんは礼儀正しく、けれども興味ありませんって顔でスタンバっている。……え、協力してくれるの? ハハ、まさかね?
「確かにネアくんはお家に帰る時間かもね。だったら、私が代わりに見に行ってくるよ」
「え……、いいよ。迷惑でしょ?」
私の提案にネアくんはちょっと心が動かされたようだったが、やっぱり断った。
「そのくらい問題ないよ。代わりにね、一つだけ約束して欲しいことがあるの」
私はゆっくりと切り出した。
「なに?」
「ネアくんには、いろんなことにチャレンジして、いっぱい失敗して、他の人にも頼れるようになって欲しいな」
「いっぱい失敗したら、ダメじゃん」
「うん。でもね、そう言っとかないと、これから先の人生、ネアくんがね、どうせダメだろうって思ったとき、簡単に諦めちゃうんじゃないかなぁって今急に心配になったんだよね」
「……」
「世の中には一人ではできないことがいっぱいあるの。助けが必要な時もね。ネアくんのことを大事に思っている人は、そんなとき、ネアくんに声をかけて欲しいなぁって思ってるって知っておいて欲しいの」
俯くネアくんに、私はさらに話を続ける。
「ネアくんは、私が困っていたら助けてくれるでしょう?」
「もちろんだよ!」
「ありがとう。それと同じように私もネアくんの力になりたいな」
それからしばらくの間、ネアくんは目から出てきた水を誤魔化すのに忙しそうだったので、私は《森の魔女》様と先に話をつけておくことにした。
「というわけですので、私たちはそろそろお暇しようと思います。すみませんが、なんでもいいので、魔力の通った棒状のものを一ついただけますか?」
「こちらなどいかがでしょう?」
ツバメの執事さんは、すぐさま一本の木の棒を差し出した。細く白い流木だ。握りやすい太さで、長さも申し分ない。図々しいお願いにも快く対応してくださったお二人に心から謝意を伝える。
「差し支えなければ、その木の棒で何をするのか教えてもらっていいですか?」
質問したのは意外なことにツバメの執事さんだった。この執事さんの興味は《森の魔女》様にしかないのになぁと思って、横を見ると、《森の魔女》様がワクワクしてこちらを見ていた。謎解明である。
何か奇跡的な逆転策を期待されているようで、申し訳ないなぁと思いつつも、いたずらっぽく笑って言った。
「《森の魔女》様は〈おまじない〉ってご存知ですか?」
◇ ◆ ◇
みなさんは〈道しるべのおまじない〉を覚えていらっしゃるだろうか? 魔力の通った長い棒や杖をたて、倒れる方向でとるべき道を占うというあの〈おまじない〉である。
「あ〜した天気にな〜れ」と言いながら靴を飛ばして天気を占う〈靴飛ばしのおまじない〉や「好き」と「嫌い」を交互に言いながら花びらをむしっていって好きな異性に脈があるかを占う〈花びらのおまじない〉と並んで、我々市民や冒険者の暮らしに馴染んでいるのが〈道しるべのおまじない〉である。もちろん私も大変お世話になっている。
しかし、〈おまじない〉は魔力のない私や魔術を体系的に学んでいない子供でも簡単にできちゃうので、《魔女》やその眷属の皆様はひょっとしてご存知ないのでは? と思ったら、案の定ご存知なかった。
「世界には我々の知らないことがたくさんあるのですね」
そうこぼしたのはツバメの執事さんである。なんというか、盲点?みたいなものだと思いますよ?
対するネアくんは首を傾げていた。
「それって、道に迷ったときに使うものでしょう?」
その通り。だけど、それだけじゃないんだよな〜
「棒を倒す時、行きたい場所を念じるでしょう? 代わりに探し物を念じたらどうなると思う?」
「あっ! そうか!」
分かってもらえて何よりです。
という訳で、私とネアくんは、《森の魔女》様とツバメの執事さんに別れを告げ、日が沈んだばかりの王都に戻って来た。
ネアくんをお家まで送り届けるとーー荷物は先に港に送ったそうで、部屋の中はがらんとしていたーー私はすぐさま〈跳躍〉の短杖で屋根の上を駆け、高級住宅街の入り口に向かった。
お屋敷が立ち並ぶこの一角には、豪商や騎士、貴族が住んでいる。大国の貴族街や高級住宅街と比べると、物々しさはないのだけど、やっぱり夜間ともなると、私兵や騎士の見回りが増えるし、短杖を握っている庶民は確実に職務質問の対象になる。残念だけど、ここからは短杖の使用はできる限り控えておこう。
私はさも「ここの住人に用があるんですよ〜」という雰囲気で高級住宅街へと入って行った。本当に知り合いがいればいいんだけど、この区画に実家があるシエルくんは、昨日再び〈ゼヴ砂漠〉に旅立ってしまったから、この手は使えない。
だが、私の心配は杞憂に終わった。
「ちょっと待ちなさい」
なんと、歩き始めてすぐ騎士様に呼び止められてしまったのだ。騎士様はマントを翻してあっという間に私の目の前に立ち塞がった。なかなかの威圧感に眉が下がる。帯剣してるみたいだし、あんまり近寄ってほしくないなぁと思いつつ、落ち着きを払って尋ねる。大丈夫、私にやましいことは何もない。
「騎士様、何か御用でしょうか?」
「ん? 君は探し物ではないのか?」
「え? なぜそれを?」
どういうことだろう。私が首を傾げると、騎士様は大きく息を吐いた。




