11月(下)――占い
午後、私たち姉妹は街に繰り出した。密輸入してしまったアイスドラゴンの鱗をそのままにしておくわけにはいかないので、急遽、事後申請書類を作って役所に提出しに行く必要があったからだ。
書類はすんなりと受理され、私たち姉妹はほっと胸をなでおろした。
そのあとは、せっかく外出したので、週末に開かれる蚤の市をのぞいてみることにした。蚤の市は毎週末開催されているのだが、いつか行くだろうと思って結局1年近く行けてなかった。
こういうのは、親しい人とおしゃべりしながら見て回るのがいいのだということにしておこう。
というわけで、右手にカレーパン、左手に冬林檎を握りしめ、ホットワインとパンケーキ、キャラメル味のポップコーンを宙に浮かせている妹に若干引きつつ、私も揚げたてアツアツのマグロのカツを頬張る。
うん、美味しい!
美味しいものを食べた時、人は美味しいとしか表現できないのだ。つまり、とても美味しい。
おうちでも作ることができないかと、味の分析を試みる。このタレは、玉葱とニンニクのみじん切りを醤油や味醂で炒めたものと見た。お酒もちょっと入っているかもしれない。
もぐもぐしていると、妹が私のマグロのカツをじっと見ていた。
「一口いる?」
尋ねてみると、「欲しい!!」と即答された。
「これ、おいひい。わたひも買っへこひょうかなぁ」
「食べながら喋らないの」
そう注意すると、無言でクリームの載ったパンケーキが目の前に差し出された。食べていいってことかな? ありがたくいただいておく。
パンケーキを小さく切り分け、口に運んで気づいた。クリームがレモン味だ! すっきりとした後味はとても私好みだった。一口じゃなくて、一皿丸々食べたいなぁと思ってしまう。わたひも買っへこひょうかなぁ~
せっかく蚤の市に来たのに、何故か食べ物ばかり買ってしまう私たちは似たもの姉妹と言えよう。
いや、繊細な銀細工とか、雪華石膏のブローチとか惹かれるものもあるんだけどね、ちょっとお高いのだ。「このお金があれば、あの素材が買えるから……」と考えちゃうのは錬金術師の宿命だと思って欲しい。
そして、その我慢の分リーゾナブルで美味しい食べ物を買ってしまうのだ。
「ところでお姉ちゃん。今年の年末年始の休暇に、お父さんとお母さんが北方帝国に来てくれるって話だけど、お姉ちゃんも一緒に来るの?」
あれだけあった食糧をいつのまにか完食した妹がハンカチで口元を拭きながら尋ねた。恐るべし、妹の胃袋である。
「いや、結婚30周年でしょ? たまには二人で旅行してきてほしいから、私は王都で年末年始を過ごそうかなって思ってる」
「そっか~、やっぱりそうだよね。面白い魔道具店を教えてもらったから、来年の長期休暇は北方帝国に来て欲しいな」
そんなふうにとりとめのない会話をしていると、突然物陰から声をかけられた。
「ちょういと、そこのお嬢さん方、〈占い〉はいかがかね~?」
路地の間から手招きしていたのは小さな女の子だった。なぜか付け髭を付けていて、絶妙なナマズっぽさを醸し出している。しかも、自分よりはるかに小さな女の子に「お嬢さん」なんて呼ばれて、正直、反応に困る。
多分、私は今なんとも言えない表情をしていると思う。しかし、女の子は細長い棒を何本も持ってジャラジャラと鳴らし、大真面目に精一杯の営業をかけてきた。
「私、天災を占わせたたら、一門で右に出るものがいませんぞ。そちらのお嬢さんは、れんあい運が光り輝いております!」
女の子は妹をびしっと指さして言い切った。何という自信だろう。そして、羨ましい。
しかし、妹は1mmも惑わされず、冷静に突っ込みをいれた。
「恋愛運って天災と全然関係ないじゃん!? あと、いつ占ったの!?」
「恋なんて天災みたいなものですぞ」
「そうかなぁ?」
「と・に・か・く! 人生最初で最後のモテ期が到来するので、このビッグウェーブに必ず乗ってくださいませ。が、しかし! おぉ、なんということでしょう……!」
「え、と……、なにかあるんでしょうか?」
「忘れ物に注意です! じゃなくて、ここから先は有料なのですぞ!!」
「…………」
お金を支払わなくても占ってくれるなんて斬新な占い師さんですね。一生懸命両手で口を押えているけど、もう遅いと思うよ?
ちらりとみると、妹はどうすればいいか分からず困り果てていた。うちの妹は、奔放に見えて実は人見知りをするタイプなのだ。同じく人見知りだったけど、世間に出て働き始めたらいつのまにか治ってしまった私が、ここはなんとかしなければ。
「かわいい占い師さん? 私のことも占ってもらえませんか?」
なけなしの大人の余裕をかき集めお願いしてみると、小さな占い師は、ぱぁっと顔を輝かせた。
「えっ!? 私、……かわいい?!」
そっちに喜ぶんかい!!
「あ、でも、私たちは二人とも魔力がないけど大丈夫?」
この世界で〈占い〉と言えば、魔力の『相』なるものから運勢を読み解くのが一般的だ。魔力を流すと魔力が可視化される専用の版を使うのだが、どうやら彼女は違うらしい。
占いをお願いされたのがよほど嬉しかったのか、「特別演出もお付けしますぞ!」と言って、先ほどジャラジャラと鳴らしていた木の棒を宙に放り投げた。
「夜空に帳をおろしましょう」
子供特有の甲高い声が歌うように呪言を紡いだ瞬間、「また先にお代をもらうの忘れてませんか?」という疑問を忘れるくらい驚くべき光景が目の前に広がった。
宙に散らばった木の棒は黒い鳥に姿を変え、私の周りを飛び回り、その軌跡をなぞるように色とりどりの〈陣〉らしきものが現れては消えていく。
「微睡の中、視えた星があなたの運命」
だが、そのどれもが私の知るどの〈陣〉とも全然違うのだ。大小様々な正方形と長方形が組み合わさって一つの模様を形作っている。円を描いていない〈陣〉なんて、ありえるのだろうか? 魔力が流れていかないんじゃ……。
それとも、呪言を〈陣〉にしたらこんな形になるのだろうか?
「東に瞬く星に吉凶を問う」
私が考え込んでいる間も呪言は続く。
「西に輝く星に象 (かたち) を問う」
呪言が終わると、黒い鳥も空中でぴたりと動きを止め、地面に吸い込まれるように消えていった。あとは占い師の宣託を待つだけ。
だが、小さな占い師は、真上に輝いた赤い星を見て黙り込んでしまった。
これは……相当に悪い結果を覚悟すべきかもしれない。でも、聞かないという選択肢はなさそうだ。
「えーーーっと、占いの結果を教えてもらってもよいかな?」
とても気を使って尋ねる。なぜ、私の方が気を使っているんだろうね。
小さな占い師は、私に促されてようやく口を開いた。
「別れの時、迫り来る。又と再び会うことなし。残された時間は多くありません。会える時に会っておくのが宜しいかと」
「……そっか。占ってくれてありがとう。さて、お代は如何ほどですか?」
「えっと。でも、お代をもらえるような占いじゃなかったから……」
「それは違うわ。悪い占いにほどお代を払うべきなの。お金を払って厄を流すってわけね。だから受け取って?」
そう、これは悪い占いを忘れるための必要経費なのだ。自分に言い聞かせながら小さな手に金貨を1枚握らせる。
「あ……、ありがとう。どうか、あなたに幸せが、訪れますように!」
小さな占い師さんの口から溢れたのは〈占い〉ではなく、「願い」であり「祈り」だった。
「うん。あなたにも幸せが訪れますように。それから、《占の魔女》様に宜しくお伝えください」
「! 師匠とお知り合いなのですか!」
鎌をかけてみたところ、大きな瞳がこぼれんばかりに見開かれた。やっぱりね。
「一度お会いしたことがあるだけですけどね」
「お姉ちゃん《魔女》様に会ったことあるの!?」
今まで黙っていた妹が突然割り込んできた。
「いちおう。そういえば、《森の魔女》様から《招待状》をもらったような……」
あ。やばい。《招待状》のこと忘れてた。
そして、小さな占い師さんに別れを告げ、《魔女》様のことを根掘り葉掘り聞き出そうとする妹をなんとか宥めながらあすこと荘に帰りつくと、裏庭のベンチに目を赤くはらしたネアくんが腰掛けていた。




