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1月(下)ーーあすこと荘での一日目

 汽車はちょうどホームに着いたところだった。車掌さんに切符を見せ、トランクを持ち上げて汽車に載せる。トランクももちろん軽量化しているけど、圧縮して色んなものを詰めているし、元が大きいので結構な重さになっているのだ。

 私が空いているコンパートメントを見つけて座席に座ると、汽車はゆっくり王都に向かって出発した。


 汽車の中は暖かくて、心地良い振動がした。早起きしたからか、不審者ストレスのせいか、出発後まもなく私は眠ってしまった。空を行く汽車の車窓からの景色を見られなかったのはとても残念だけど、ぐっすりと眠ったおかげでとても気分が良い。しかも、王都にはあっという間についた気がする。



 トランクを押して、リーンハルトの中心部に向かう。


 初めて見るリーンハルトは、活気に溢れたかわいい街だった。街路樹や花壇は手入れが行き届いていて、街灯にはおしゃれなタペストリーが掛かっている。大通りの建物が煉瓦造りで落ち着いた雰囲気なだけにタペストリーや草花の鮮やかな色がとても映えていた。


 街のシンボルである時計台の下の広場には噴水があり、待ち合わせの人がちらほら。行きかう人は、甘い食べ物やお花を売っている屋台を覗いて買い物を楽しんでいる。

 

 そして、雑踏の向こうに見える大きな建物がギルドだった。ギルドの紋章である白い鈴蘭を中央に配した青色のタペストリーが3階の窓の下からかかっており、一目でギルドとわかるようになっている。


 屋台や大道芸はあとでゆっくり楽しむことにして、まずはギルドに行かないとね。



 ギルドの中も人でいっぱいだった。ド田舎のオーデンとは比べ物にならないほどの人が出入りしている。時間は正午過ぎ。休養日らしき冒険者のグループもいるけど、ほとんどはクエストの依頼者のようだ。受付カウンターの上に、鈴蘭を模したオブジェに銀色のプレートが2枚掛かっていて、受付の番号と取扱業務が表示されている。


 受付の1番から5番は、新たにクエストを依頼する人のためのカウンターで、依頼書と報酬金を預かるところ。次の6番から10番が完了したクエストについて依頼者に報告したり成果物を渡したりするカウンター。11番が冒険者の登録や更新、それから講義の受講に関するカウンターで、12番が完了したクエストを報告するところになっている。


 大きなギルドでは、時間帯によってカウンターを増やしたり減らしたりすると聞いたことがある。取扱業務のプレートは取り外せるようになっているので、その時々に応じてプレートを掛け替えればいいのだ。夕方冒険者が帰ってくる頃には、半分以上のカウンターが冒険者専用になるんだろうなぁ。


 そして、入ったところにあるのが総合案内と表示のあるカウンターで、これぞギルドの職員という感じの金髪の巻き毛の受付嬢がいて、私を見ると、にっこりとほほ笑んで「ようこそリーンハルトギルドへ」と迎えてくれた。

 ザ・受付嬢というスマイルに感心しつつも私は、辞令と身分証明書を示して、挨拶した。


「こんにちは。オーデン支部から異動してきました、調査官のエリーセ・ディートリンデ・イーゲンです。無事到着の儀、ご報告に参りました。宜しくお願い致します」


「確認させていただきます」


 受付嬢は、すばやく身分証明書をクリスタルにかざして魔力を通し、私の名前や所属を確認してから、手元においてある青いベルを振った。音ではなく魔力が鳴るベルのようだ。眼鏡をかけて魔力を追ってみると、受付の奥の部屋にベルがあるようで、呼応しているのが分かった。さすが大きなギルドともなると設備も立派だなと感じ入る。


「案内の職員が参りますので、しばらくお待ちください。それと、長旅お疲れ様です。私はエレンシア。これからよろしくお願いします。」


 そう言って、エレンシアさんはもう一度、今度はにっこりと笑ってくれた。



 案内の職員さんは、すぐに迎えに来てくれた。案内してくれることになったのは、グアンという15歳の女の子で、見習いとして働きはじめたばかりとのことだった。

 彼女に連れられて慌ただしくギルド長と事務長に挨拶した後、せっかくなので、一通り、調査官室や保管庫を見せてもらった。職員との顔合わせは他の調査官や職員が全員そろってから一同に会したときに行うとのこと。いちいち仕事の手をとめて挨拶なんてしていたら業務が滞ってしまうからね。


 グアンは、今日一日私を案内してくれるそうだ。リーンハルト生まれのリーンハルト育ちだそうなので、王都のことを色々と聞きたかった私としては大変嬉しい。王都のことをいろいろ教えてもらいながら歩く。


「それでは、次はアパルトマンにご案内しますね。」


「宜しくお願いします。どんなところか、楽しみだわ。」

 

 ギルドの寮はすでに職員でいっぱいだそうで、私が住むのは急遽ギルドが借り上げた一般のアパルトマンになったそうだ。ギルドの裏口から出て、途中で美味しそうなカレーパンを売っているお店や山葡萄のジュースを売っている屋台に寄り道しつつも約30分。くねくねした路地を通り、正規の女性寮の前を通過し、小さな川を渡ってしばらく行ったところに私が住むことになるアパルトマンは建っていた。


 3階建ての薄いベージュ色の建物で、2階の端の窓からふわりとたなびくレースのカーテンが見えた。部屋の住人は料理中のようで食欲をそそる香ばしい匂いと鼻歌がもれてくる。

 アパルトマンの後ろには大きな木が何本も生えた森になっている。30分歩いただけなのに、ギルドの前の広場や近くの市場の雑踏が遠くに感じられる、静かで穏やかな場所だった。


「中心地からは少し離れていますけど、静かで住みよい場所だと思いますよ。後ろは《森の魔女》の住まう《領域》で、そのさらに向こうは、高級住宅街が広がっています。」


 グアンがきちんと説明してくれる。今日は《魔女》に縁のある日なのかもしれない。

 《森の魔女》と言ったら、深い森の中に住んでいそうなのに、田舎とはいえ一国の首都に住処を構えているのは面白いなぁと思う。

  

「話には聞いていたけど、こんなに人がいっぱいいる街の中に《森の魔女》が住んでいるなんてびっくりね。」


「昔から、この国ができるずっとずっと前からお住まいだそうです。昔は森の中に住んでいたのに、気が付いたら周りの森がなくなっていて、街のど真ん中になっていたっていう話です。」


「グアンはよく知っているね。」


「王都では有名なお話しなんです。酒場とかでも、旅人や冒険者を相手に酔っ払いがよく話すそうなので、エリーセさんもこれから何回も耳にするかもしれませんね。」

 

 そんなことを言いながら、グアンが門を開けてくれた。お礼をいって中に入る。


 建物に入ってすぐのところにカーテンつきのカウンターがあった。早咲の小ぶりなスイセンがガラスの花瓶に飾ってある。グアンが呼び鈴を鳴らすと、高く澄んだ音がなり、中でごそごそと物音がした後、カーテンが開いて白髪のおばあさんが顔を出した。


「おはようございます。今日から入居させていただく職員を連れて参りました。エリーセ・イーゲンさんです。錬金術師だそうです。」


 グアンが紹介してくれたので、私も礼儀正しく挨拶をする。最初の印象は大切だものね!


「エリーセさん。こちらは『あすこと荘』の大家さんのレダさんです。」


 大家さんは、グアンの紹介に頷くと、老眼鏡をずらして値踏みするように私を見てきた。薄い緑の瞳に見つめられ、緊張で背筋が伸びる。


「ふむ。錬金術師ならやっぱり1階の方がいいだろうさね。奥の部屋なら〈扉〉を固定するのに持ってこいの壁があるよ。」


 お眼鏡にかなったようでよかった。しかも錬金術師のことをよくご存じのようだ。103と書かれたプレートのついた鍵を受け取る。


「悪いけど、今朝は腰が痛むから案内してやれないよ。好きに見て、好きに使っておくれ。でも男を連れ込むんじゃないよ?」


 言ってレダさんが歯を見せて笑った。グアンのような未成年の子がいるのになんてことを言うんだとちょっと慌ててしまったが、グアンは平静そのもの。齢28歳にして、15歳の女の子の余裕に感心してしまう。まぁ、ギルドにいればこのくらいのからかい程度なんてことないかもしれないけど。

 私はもう一度宜しくお願いしますと言ってその場を辞した。




 103号室は大家さんの言う通り、廊下の一番奥にあった。グアンが鍵を開けると、かすかに埃っぽいにおいがした。長らく使われていなかったのだろうか。


 部屋の中は、家具も何も置かれていないので、がらんとしていて広く感じる。家具を置いたら狭くなるのはお約束だけど、どんな部屋になるのか、ちょっとわくわくする。


 103号室はエル字型になっており、台所や水回りを除けば部屋が一室あるだけだが、一人暮らしには十分な広さだ。それに、都会ではお風呂のない家も多いと聞いていたので、お風呂があるのがとてもうれしい。良い部屋を見つけて来てくれたグアンちゃんに感謝である。


 色々とやらないといけないことはあるけれど、まずはお掃除からかな。出窓を開けると澄んだ冬の風が吹き込んできた。拭き掃除をしたら、簡単に買い物を済ませて、夜は荷ほどきをしようと大まかな計画を立てる。


 グアンは礼儀正しくお手伝いを申し出てくれたけど、掃除や買い物は彼女のお仕事には含まれていないだろうから辞退した。その代わり、美味しい昼ご飯が食べられる食堂を教えてもらったし、冒険者用のリーンハルト市内の地図も貰った。

 〈水の魔石〉を取り出して洗面台の蛇口に備え付けると冷たく透明な水が勢いよく流れ出た。出掛けに母から渡された雑巾をきりりと絞って、私は腕まくりをした。



◇◆◇



 夕方、私はへとへとになってあすこと荘103号室に帰ってきた。拭き掃除は重労働だった上、市場に行った帰り道に迷ったのだ。慣れない土地で歩き回ったので、精神的な疲労が辛い。最終的には〈道しるべのおまじない〉まで使ってしまった。魔力の通った長い棒や杖をたてて、倒れる方向で採るべき道を占うのだが、有名な〈おまじない〉なので迷子であることが一目瞭然なのだ。洞窟や迷宮で使うのなら様になるけど、街の中で使うのは恥ずかしかった。


 疲れた体に鞭打って、本日の戦利品を収納する。今日私が購入したのは、洗濯用の大きな桶が1つとお風呂用の中くらいの桶が1つ。マルシェ用の大きなバッグが1つ。あとは石鹸とシャンプーにリンス、そして、食料品。


 ちょうどいい時間だったので、私はさっそく夕食の準備に取り掛かった。今日のメニューは蕪とソーセージのスープに、パンとチーズだ。


 トランクを開け、いつもフィールドやダンジョンに出かける時に持っていく携帯型のお鍋を火にかけ、オリーブオイル引いて、みじん切りにしたニンニクと玉ねぎを炒める。玉ねぎの色が透き通ったところで水を入れ、一口大に切ったソーセージや蕪を投入してしばらく煮る。塩と胡椒で味を調えれば、できあがり。

 ちょっとお行儀が悪いけど、お皿がないことに気が付いたので、お鍋からそのままいただくことにした。

テーブルも椅子もないけれど、温かい食べ物は、一人で夕食をとる寂しさと今日一日の疲れを和らげてくれたような気がする。


 夕食をとっている間に外はすっかり暗くなってしまった。お腹が満たされて、ゆっくりしたいなぁと思うけど、もう一つ仕事が残っている。〈工房アトリエ〉に入るための〈扉〉の固定は、今日の内に済ませておきたい。〈工房アトリエ〉には愛用の枕があるのだ。


 まず、眼鏡をかけてレンズを〈魔眼〉に切り替えて〈隠し扉〉や〈ゲート無効〉の魔法などがないかを確かめる。次に〈聖眼〉に切り替えて同じことをする。

 〈扉〉の上に〈扉〉を設置してしまうと空間が歪んだりねじれたりしてしまうし、〈ゲート無効〉の施された場所に〈扉〉を作ろうとすると〈工房アトリエ〉が壊れてしまうので、確認は大事なのだ。


 うん、大丈夫。何もない。


 次に、巻き尺を取り出して〈扉〉の大きさに合わせてチョークで印をつけていく。もちろん、あとでちゃんと消しますよ!

 上の方は手が届かなかったので〈浮揚〉の杖を使って浮かぶ。椅子の一つくらい確保しておくべきだったなぁと少し後悔する。杖の材料は高いのだ。

浮かんだまま上の方から〈釘〉を〈金槌〉で打ち込んでいく。〈釘〉は、軸にフクロウの羽と翡翠の粉末が充填された魔銀製。〈金槌〉で打ち込むごとに、淡い緑の光を発しながら溶けるように壁に沈み込んでいく。


〈ゲート〉の固定は2年ぶりの作業なので、少し緊張したが、無事に〈釘〉を打つことができた。あとは、〈鍵〉で〈工房アトリエ〉を開けるだけ。胸にかけた〈鍵〉を取り出し、ゆっくりと壁に近づける。すると、〈鍵〉が震えながら壁に吸い込まれ、鍵のあったところを中心に淡い緑の光の〈魔法陣〉が展開された。〈魔法陣〉は徐々に輝きを増していき、色も金色に代わる。私は、ゆっくりと〈鍵〉を回し、〈開錠〉した。カチャリと音がする。


 次の瞬間、幻想的な光と魔法陣は消え去り、元の薄暗い部屋に戻っていた。さっきまでと違うのは、白い壁のあった場所に、木目の美しい〈扉〉があること。私は、ほっと一息つくと、ドアノブを回して、〈工房アトリエ〉に入った。


 〈工房アトリエ〉の中は足の踏み場もないので、荷物を出していく。まず、まくら、寝袋、毛布の3点セット。ベッドを買うまでは寝袋生活になる予定である。

 そして、服と下着。服は5着あって、1着はフォーマルなドレス。成人した時に両親が仕立ててプレゼントしてくれたもので、高かったのだろうなと思う。頻繁に着るわけではないし、かなり嵩張ったけど、《迷宮》が見つかった件でレセプションとかがあるかもしれないので持っていくようにとアメリーさんから助言いただいたのだ。備え付けのクローゼットを開けてトルソーごと移動させる。無理に押し込めたせいか、裾のところが少し皺になってしまった気がするので手アイロンで伸ばしておく。他の4着は普段着なので、クローゼットの隅の方にハンガ-でかけておく。


 続いて宝石箱も持ち出そうとしたけれど、昼間はお仕事でいないので、〈工房アトリエ〉の方が安全だと思いなおし、元に戻す。高価な宝石が入っているわけではないけれど、思い入れのある品がある。けれども、うっかりと箱を開けてしまい。母から受け継いだアメジストのブローチとか、10歳の誕生日にもらった指輪とかを見て感傷に浸ってしまった。掃除や整頓の時あるあるだが、時間をとられてしまい、こうして私の王都一日目の夜は更けていった。


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