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9月(下)ーー秋の狩猟祭

 昼休憩をしっかりとったあと、ギルドが手配した馬車に乗ってヘケナ草原に出た。もちろん横にはアレクサンドラさんがいて、移動中、休憩の間に仕入れてきたらしい情報を色々と教えてくれた。


 当然といえば当然だけど、話題は秋の狩猟祭のことばかりだった。


 秋の狩猟祭は、狩った魔獣の大きさを競う大会で、一番大きな魔獣を狩って持ち帰った人が優勝だ。

 秋の狩猟祭で上位に入賞すれば指名依頼がくるし、上位3位までにはギルドから豪華な副賞が贈られるので、冒険者はもちろんのこと猟師や若手の騎士なんなら普通のおっちゃんたちも結構参加している。

 

 ただ、参加者が多い分午前の早い時間にめぼしい大物は狩り終わっていることが多い。ご多聞に漏れず、今年も大勢が決していた。



「昼前の時点で暫定1位は、冒険者のルーカスとモーリス兄弟が狩ったブラキオスで、19.93mもあるって話よ」


「それは大きいですね」


「ええ、これはもう優勝間違いなしよね―」


 ブラキオスというのは首の長い超大型魔獣だけど、19.93mもあるものは私も見たことがない。規格外の大きさと言っていいだろう。


 巻き返しを図るには実質超大型のワイバーンか、この季節たまに飛来するファフニールというドラゴンを狙うしかない。どちらも攻撃力が非常に高いので、残っているのは相当腕に覚えのあるグループか、向こう見ずな人だけだ。

 


 ワイバーン狩りは盛り上がると言えば盛り上がるんだけど、危ないからね。監視員としては気が気でない。


 あと、午後からの懸念事項はもう一つある。秋の狩猟祭では15歳以下の子供を対象とした部門が設けられているのだけど、今年はこの部門にベル第一王女殿下と東のリヒト・ディソーネ第2王子殿下と西のルース・デラルナ王弟殿下が参加するのだ。

 エスメラルダ第二王女殿下はまだ小さいので、参加を見送ることにしたらしい。


 子供部門用には特別エリアが用意されていて、つのなしホーンラビットとかコボルトなどの弱めの魔獣にしか遭遇しないようになっているし、今年は熟練の調査官を監視員としてこれでもかと配しておいたので、トラブルはないと信じているけどね。


 私は新米監視員なので、子供用エリアそのものではなく、隣接する湖のすぐそばのエリアを担当している。

 

 このエリアの主なお仕事は狩猟に熱中するあまりついうっかりエリアをはみ出しちゃった子供達を追い返すことと、確信犯でエリア侵犯を試みる悪ガキを捕まえることだと先輩方からは聞いている。


 私とアレクサンドラさんは少しずつ移動しながらのんびりと〈千里眼〉の短杖で監視を続けたけど、明らかに変装していますという感じの護衛っぽい二人組を遠くに見かけただけで、あとはひたすら平和だった。


 そのほかに見かけるものといえばときおり遠くの空を悠々と飛んでいくワイバーンくらいかな。今年はどうやら凄腕の魔導師がいるらしく、魔法の射程範囲に入るや簡単に打ち落とされてしまっていた。


 ただ、どのワイバーンも若干小ぶりっぽいので、逆転優勝には足りなさそうだ。

 冒険者たちはワイバーンを打ち落としても、すぐに、次のワイバーンの到来に備えていた。


 そんな感じでワイバーン狩りをいくつか見物していたら、なんとエレンシアさんから通信が入った。


「もしもし、こちらエリーセです」


『あぁ、連絡がついてよかった。エリーセさん、落ち着いてよく聞いてね。実は、どこぞのお貴族様が秋の狩猟祭で優勝したいばかりに、生きたワイバーンを大金で購入し、ヘケナ草原に隠していたという情報が入りました』


 エレンシアさんの言葉に凍り付く。


 私、数か月前ヘケナ草原でワイバーンを生け捕りにしたような気がするんだけど、まさかね?


「あの、まさか……?」


『大丈夫よ。エリーセさんが生け捕った方じゃないから』


「よかった! いやあんまりよくない。全然よくない」


『確かによくないですね。それでですね、そのお貴族様は、湖のほとりの洞窟の中でワイバーンを飼っていたらしいのです。ですが、午前に狩られたブラキオスの方が大きいことに腹をたてて、成長剤と増強剤を過剰に投与しようとしているらしいのです』


 私は思わず呻いた。湖のほとりってこの近くじゃない!! それに、それに……


「そんなことしたらワイバーンは狂暴化して、檻なんて簡単に破って外にでちゃうだろうし、なんなら目が血走って、血管も浮き出て、ついでに普通の2倍くらいの大きさになっちゃうんじゃないかしら?」


 バサリと緩慢な動きで目の前に飛来したワイバーンを見上げながら尋ねてみると、エレンシアさんは事態を悟ったらしく黙り込んだ。眉を下げて困っている姿が思い浮かぶようだよ。


 目の前のワイバーンの大きさはゆうに30mを超えていて、狂暴化のせいか、もはやワイバーンというよりかバハムートと言った方がしっくりくる感じだった。


 しかも、これだけでも十分最悪の事態だというのに、エレンシアさんは申し訳なさそうに付け加えた。


『それからエリーセさん、近くに第一王女殿下がいらっしゃったりしませんか?』


「はい!?」



 エレンシアさんの言葉にぎょっとして振り返ると、そこには一人の少女が満面の笑みで立っていた。



「見てみて! とっても大きなワイバーンだわ! あれを狩れば私たちの優勝は間違いなしね」



 キラキラした瞳でワイバーンを指さしているのは、会ったことはないけど、顔は知らないけど、我らが第一王女殿下で間違いなかった。しかも後ろから高価そうな装備で固めた少年が二人追いかけてくるところだった。


 な・ん・で、こんな時に限って王女様来ちゃうのかな!? 


 〈千里眼〉のおかげで彼方から監視員や冒険者に扮した護衛達が必死に走ってくるのが見えたけど、ここに来るまでまだ時間がかかりそうだった。


『あと52秒で応援が到着します。それまでなんとか耐えてください』


 エレンシアさんの祈るような言葉で通信は終了。もうやるしかない。


「アレクサンドラさん、そこの女の子をお願いします!」


 私の大声が気に入らなかったのか、狂暴化したワイバーンが挨拶がわりといわんばかりに〈咆哮〉した。けれども、私だって準備はできている。


 左手に握った短杖で〈爆風ブラスト〉を起こして〈咆哮〉を一蹴する。自慢の〈咆哮〉に対抗されるとは思っていなかったのだろう。狂暴化したワイバーンは一瞬怯んだ。


 その隙をついて、第一王女殿下とアレクサンドラさんの二人ががいるのとは反対方向に大きく〈跳躍〉。 私を追ってこれるように、わざと高く、緩やかに、ワイバーンの頭上を跳んでみせたところ、狂暴化したワイバーンは簡単にこの挑発に乗ってきた。


 ワイバーンはその場で180度向きを変え、完全に第一王女殿下とアレクサンドラさんに背を向けた。そして、もう一度〈咆哮〉を繰り出そうと大きく口を開けた。


 いまだ!


 私は待ってましたとばかりに新しい短杖を振った。紫電の魔法陣が狂暴化したワイバーンの口の中に現れ、〈反射板リフレクター〉を形成すると、次の瞬間、ワイバーンの放った〈ドラゴンブラスト〉を弾き返した。


 狂暴化したワイバーンは吐き出そうとしていた〈咆哮〉を飲み込んでしまい、目を白黒させている。



 こうなればしめたものだ。アレクサンドラさんなら、今のうちに第一王女殿下を連れて逃げてくれるはず。


 私がアレクサンドラさんに向かって叫ぶと、アレクサンドラさんから了解の返事があった。けれども、ベル王女殿下には、今が絶好のチャンスに見えたらしかった。



「いっけーー!〈ファイヤランス〉」


 ベル王女殿下が具現化した炎の槍が狂暴化したワイバーンに降り注ぐ。


 だが、この攻撃に悲鳴を上げたのはワイバーンではなく、私だった。


 10歳の子供が〈ファイアランス〉を行使できるなんてすごいことだと思う。けれども、その程度の魔法でワイバーンを討伐できるのなら冒険者は誰も苦労しない。後ろがガラ空きだったとしても、そんなことに大した意味はない。


 狂暴化したワイバーンの分厚い皮膚は〈ファイアランス〉をいとも簡単に弾いた。焼け焦げくらいできるかと思ったけど、それすらない。そして、ワイバーンはノーダメージとはいえ、自分を害しようとしている敵がいることに怒りをあらわにした。

 具体的には極太のしっぽを何度も地面に打ち付けながら両翼を羽ばたかせ、空高く飛び上がった。

 

 土が飛んできたといってベル王女殿下がきゃあきゃあ言っているけど、泣きたいのはこっちだよ。せっかく私が注意を引き付けていたのに、下手に挑発しないでほしかった。


 ワイバーンは、血走った目で〈ファイアランス〉を放ったベル王女殿下とアレクサンドラさん、そして後からやってきた東のリヒト・ディソーネ第2王子殿下と西のルース・デラルナ王弟殿下を見下ろしており、今にも特攻しそうな勢いだ。


 護衛達は今も一生懸命こちらに向かって走っていたが、彼らが到着するよりも、狂暴化したワイバーンが殿下達を攻撃する方が早いだろう。


 アレクサンドラさんが剣を掲げ、殿下方を守るように前にでた。それを見てリヒト王子殿下とルース王弟殿下もそれぞれ剣を抜いた。


 ベル王女殿下は頼もしそうに少年二人を見ているけど、その二人はベル王女殿下が突進したせいで、政治的にも男の子のプライド的にも引くに引けなくなっただけだと思うよ!

 

 

 さて、狂暴化したワイバーンにも対抗できるほどの威力がある短杖を使えば真下近くにいる殿下方にも被害がでる。かといって、威力を下げれば、狂暴化したワイバーンの皮膚に弾かれるかもしれない。


 とすれば、今とれる手段は一つ。私は〈付け袖〉を振って次の短杖を取り出すと、上から下へ思いっきり振り切った。

 

 次の瞬間、




 とぷん。




 という音ともに、秋の空に水のたまが出現した。


 そして、その中で狂暴化したワイバーンが溺れていた。


 はい、上空にいるワイバーンをすっぽりと包み込むように、巨大な球状型の〈結界〉を張って、その中を水で満たしてみました!


 護衛のみなさんが「えっ!?」という感じでワイバーンを見ているけど、走るスピードを緩めないで欲しい。


 息ができずにワイバーンが水の中で暴れまくっているんだよね。

 球状型〈結界〉の強度は全結界の中でもピカイチだけど、向こうも生死がかかっているから〈結界〉を破ろうと必死だ。時折、〈結界〉がうっすらと赤みを帯びている。


 もしも〈結界〉が破られたら、あとは護衛の皆さんのお仕事ですからね!


 と言っても、まぁ? 私も簡単に〈結界〉を破られるつもりはないけどね。


 ということで、再び〈付け袖〉を軽く振って〈巨人の手(ジャイアント・ハンズ)〉の短杖を取り出すと、球状型の〈結界〉内の水を混ぜてみた。ぐるぐると何度も回していると流れるプールの要領で大きな流れができ、最初は流されまいと頑張っていたワイバーンも力尽きたのか水と一緒にぐるぐると回りはじめた。


 そんなところで、ようやく護衛の皆さんが到着し、それぞれ護衛対象を保護してくれた。


 それを見て私がどれだけ安堵したことか。そして、いまだ上空で回り続けるワイバーンを見上げ「ごめんね」と謝って〈巨人の手(ジャイアント・ハンズ)〉の短杖をしまった。



 けれども、これで仕事が終わったわけじゃなかった。一度緩んだ緊張感をかき集めて、私はベル王女殿下のもとへ向かった。



 ベル王女殿下は怪我をしてないかとか守護魔法に綻びが生じていないかとか色々と確認を受けてる最中だったけど、近づいてきた私を見て「まずい」と思ったようだった。


 ほぉ、「まずい」ことをした認識はあるんだ。けれども安心してくれたまえ。君を怒るのは多分私の仕事ではない。私のお仕事は子供用の特別エリアから出てしまった子を追い返すことだ。これについては大目にみてあげるつもりはないよ。



「監視員から警告します。15歳以下の部門の参加者がこのエリアに立ち入ることは禁じられています。即刻、子供用のエリアにお戻りください」


 私はあらかじめ決められている警告文言をできる限り感情を込めないように告げた。

 

 感情を込めないようにしたのは、そうしないと怒ってしまいそうになるからだ。拗ねたりわがまま言ったりするかなと思ったのだが、私の言葉に反発したのはベル王女殿下ではなく護衛の方だった。


「おい、お前! ベル王女殿下に失礼だぞ。ギルド職員風情が、とっとと失せろ!」


 そんなこと言われてもねぇ。私、監視員だし。お仕事してるだけだし。お忍びで参加したのお宅の王女様だし。


 じとーっと見たのが気に食わなかったのか、護衛はさらにいきりたった。


 けれども、これまた意外なことに、私に食ってかかった護衛を止めたのはため息をついたベル王女殿下だった。


「し、しかし……」


「私の言うことが聞けないの?」


「いえ、そのようなことは決してございません」


「じゃあね、あのワイバーン、そのままお父様のところに運んでおいて欲しいの」


「え? あのワイバーンをですか?」


「うん、お願いね!」


 やむを得ないという感じで護衛が数人ワイバーンの元へ走っていったので、水を〈消失イレイス〉し、〈結界〉を解除しておいた。


 その間に、ベル王女殿下は残っていた護衛も全部追い払ってしまっていた。なんという手際の良さだろう。


「監視員さん。私たちはこれで帰るわ。構わないですよね?」


「問題ありませんよ。参加者用の腕輪もここで回収しておきましょうか?」


 ここで帰るって本当か?と内心警戒していると、それに気がついたのか、今度は完全に悪戯っ子の顔で言った。


「ううん、自分で返しに行くわ。でも、迷惑かけてごめんなさい。ちょーっとあの二人のことを試してみたくって」


 ベル王女殿下が離れたところにいるリヒト王子殿下とルース王弟殿を見て言った。


「……もし、相手と良い関係を築きたいと思うのなら、本人はもちろん、第三者に対しても、相手を試したなんて言わない方が良いですよ」


「むぅ。そこは人を試すようなことはしちゃダメっていうところじゃないの?」


「試さないで済むなら試さないに越したことは無いと思います」


「ふーーん。じゃあ、お姉さんなら、あの二人どっちの方がいいと思う? ちょっと意見を聞いてみたくなっちゃった」


 遠くの空を見ながら、ベル第一王女殿下は尋ねた。その姿はまるで重責なんて感じていないですよと言っているようだった。こういう風に、弱みを見せまいと頑張る女の子は応援したくなるんだよね。でも、私はちょっといじわるな答え方をしてみた。

 


「うーーん。私ならもっと“いい男”を選びますね。少なくとも、どちらがいいか迷う程度の男は選びません」


 私に国政のことはわからないけど、たとえ分かったとしても同じ結論にたどり着くと思うね。



「……監視員さん」


「はい?」


「なんていうか、結婚できなさそ〜」


「…………」


 第一王女殿下の呆れたような声に私は固まった。


 結婚できなさそう? 結婚できなさそう? 


 聞き捨てなりませんね。結婚できなさそうとはどういうことですか? こう見えて私だって! 私だって!! そりゃ結婚してないけど!!!!!!

 


「じゃぁ、私たちもそろそろ戻るね?」


 私が一言もいいかえせないうちに、ベル第一王女殿下はちょうど迎えに来た二人の少年の元へかけていった。


 金髪の快活そうなリヒト王子殿下に、黒髪の真面目そうなルース王弟殿下かぁ。


 子供エリアに戻ろうとしている殿下達を引き止めることはできず、私は、護衛と二人の少年を引き連れて子供エリアに戻っていくベル王女殿下の後ろ姿を見送った。


 くそう。

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