9月(上)ーー混ぜるな危険
本日はいよいよ秋の狩猟祭。私は臨時スタッフの冒険者と二人一組で午前中は王都を見回り、午後からはヘケナ草原で狩猟祭の監視員を務めることになっている。
というわけで、鈴蘭の紋章が銀糸で丁寧に刺繍された腕章を身につけて、今日一日一緒にお仕事をする冒険者が現れるのを待っていた。
今日私の相方をつとめてくださるのは「百貫のシヴァージ」と呼ばれる冒険者さんで、二つ名の通り重量級の拳闘士だ。ギルドでも何度か見かけたことのある冒険者で、混雑するギルドホールでも頭一つ抜けていて、とても目立っていた。
しかし、シヴァージさんはいつになっても待ち合わせ場所の中庭に姿を現さなかった。
そろそろ見回りを開始する時間なんだけどなぁ。何かあったのだろうか?
窓ガラス越しに室内の時計を確認しつつ、きょろきょろ、そわそわしていると、受付嬢のエレンシアさんから通信が入った。
『おはようございます。エリーセさん、最優先で総合受付までお願いします』
「了解です!」
急いで向かうと、ギルドホールは待機中の冒険者でいっぱいなのに意外に静かだった。エレンシアさんは私が来たことにいち早く気がつくとにっこり笑って手を振ってくれた。そして驚いたことに、なんとウォルフガング室長もいて、壁にもたれかかるようにして静かに紫煙をくゆらせていた。
エレンシアさんに振り返していた手が途中で止まる。なるほど、室長がいるからみんな静かなんだね。
「室長がいらっしゃるなんて、何かあったんですか?」
極力足音を立てないように総合受付カウンターに近づき開口一番尋ねると、室長はうんざりしたように言った。
「……どいつもこいつもオレが仕事してるだけで事件扱いしやがって」
「あわわ、すみません! そういう意味ではないです。ミハイル室長代理では対処できないような事件でも起こったのかなって思っただけです」
私が慌てて取り繕うと、エレンシアさんが小さく笑ってから教えてくれた。
「ミハイル室長代理は昨晩体調を崩されたそうです。ギルド長は挨拶回りでスケジュールが詰まっているので、現場指揮を取れるのが室長くらいしかいないんです」
「なるほどです。そうすると、どうして私が呼ばれたんでしょうか?」
やっぱり事件だろうか?
「なんてことはない。今日の見回りの相方を変更するってだけだ。お前が組むのはそこにいるレイチェル=アレクサンドラだ」
室長に言われて後ろを振り返ると、長いポニーテールをなびかせて褐色肌のきれいなお姉さんさんがソファから立ち上がった。あすこと荘の住人のアレクサンドラさんだ。
「顔をあわせるのは3日ぶりかしら? 今日一日よろしく!」
アレクサンドラさんは室長の前とあってちょっと緊張していたみたいだけど、私を見ると友好的な笑みを浮かべてくれた。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
警備体制を組んだのは私なので、アレクサンドラさんが秋の狩猟祭に臨時警備スタッフとして参加することはもちろん知っていた。けれどもまさか彼女とペア組むとはね。大丈夫かな、わたし。
アレクサンドラさんは悪い人ではないのだけれども、なんとなく感性だとかリズムだとか、そういうものが合わないのだ。なので、結構頻繁に顔を合わせるものの、同じアパートの住人という以上の関係には発展しなかった。
「用件はそれだけだ。時間がない。見回りに出発しろ」
「エリーセさんの巡回コースと午後の担当エリアに変更はありません。気を付けていってらっしゃませ」
室長は必要最小限の指示を出すと早くも次の冒険者を呼び出して何やら指示書を渡しているし、エレンシアさんも一気に2件も通信が入ったらしく、そちらの対応にかかりきりになってしまった。
「それじゃあ、さっさと行きましょうか?」
アレクサンドラさんが私に言った。おかしいなぁ。主導権を握られてしまったぞ。ギルド職員としていかがなものかとは思うが、「えぇ、そうしましょう」という他ない。というわけで、私たちはすぐに見回りに出かけた。
狩猟祭というだけあって、お祭りのメインはヘケナ草原を会場にして行われる狩猟だけど、街中でもバザーや品評会、それからオペラなどが行われることになっている。あと、港の広場にはサーカスも来ているらしい。
私たちが歩き始めてしばらくすると、昼花火が打ち上がり秋の狩猟祭の開始を告げた。街のそこかしこで「わぁ!」と歓声が上がり、元気よくお祭りに繰り出して行った。お仕事中の私ですら高揚感を感じてしまう。
お祭りは始まったばかり。スリが出たり酔っ払いが騒ぎを起こすのはもう少し時間が経ってからなので、今一番警戒する必要があるのは……
「おいお前、なに割り込んでんだ」
割り込みなどをきっかけに起こる喧嘩だ。
「はいはい、そこのお二人離れてください!」
割り込もうとした男性が注意した男性に詰め寄ったところで急いで声をかけ割って入る。
「ああん、なんだお前? 女はすっこんでろ!!」
「私はギルド職員です。今日一日留置場で過ごしたくなければ、列の一番後ろにまわってください!」
「ちっ、ギルド職員かよ。知り合いに順番を取っておいてもらっただけだから、いいだろう?」
割り込もうとした男性がめんどくさそうに私を見下ろして言った。完全に舐められているのはわかるけど、負けるわけにはいかない。
前にいた気弱そうな男性に視線で問いかけると、全力で首を横に振られた。
それを見るや付け袖を振って、男の目の前に〈拘束〉の短杖を突きつけ、もう一度聞く。
「嘘はなしですよ? それにそもそも今日は一日順番取りも場所取りも禁じられています。1日留置場にいるか、列の最後尾に並ぶか。選びなさい」
「わ、わかったよ。そんなに頑張って凄まなくってもいいだろ? って、おおおい!?」
割り込み男は誤魔化そうとしたが、次の瞬間、私の後方を見て口をあんぐり開けた。あと、周りの人も私の後ろを指差して騒ぎ始めた。彼らの顔に浮かぶ表情は驚愕と怯え。
気になる。とても気になるけど、好奇心だけで対象から目を離すわけにはいかない……。
チラッと見てしまった。
「…………」
私が見たままを簡単に説明すると、アレクサンドラさんは持ってる剣を巨大化させていた。特大のワイバーンと同じくらいの大きさまで膨らんでるかなぁ。とにかくすっごく大きい。
アレクサンドラさーん、勝手に何をしているのか教えてもらってもいいですか!?
私は心の中で叫びつつも、顔に出さないように頑張った。そして、あたかも打ち合わせ通りという感じで、もう一度割り込み男に言った。
「お分かりいただいたのであれば、列から離れていただけますね? さもないと……?」
とどめにニッコリ笑ってあげると、割り込み男は大人しく列から出て、そのまま走って逃げて行った。
おやおや、後ろに並ばなくてよかったのかな?
なーんていうのはちょっと悪役っぽいかな?
割り込み男が逃げていくと、アレクサンドラさんはあっという間に巨大化していた剣を元の大きさに戻した。
一応さっきのはやり過ぎではないだろうかと意見しておこうかと思ったのだが、それより先にアレクサンドラさんが話しかけて来た。
「さすがは〈不落〉の錬金術師ね。やるときはやってくれるんだ」
アレクサンドラさんがそう言った瞬間、ギャラリーの視線が私に集まった。そこかしこから「あの人が噂の……?」とか「さすがだけど、さっきのはちょっと怖かったわね」とかいう囁き声が聞こえてくる。
えっ? 過激なことをしたのは私ではなく、アレクサンドラさんですよー!
あと、怖いとか言われると傷ついちゃうからね。
そんなことを思っていたら、私の繊細な心をさらにえぐるような出来事が起こった。
「出たな! 悪徳錬金術師!!」
この辺りに住んでいるのであろう悪ガキどもが、徒党を組んで私を睨みつけながら言ったのだ。
えええ? なんで私が悪役になってるの!? あと、まだ悪徳錬金術師流行ってるの?
お子様方は私を監視すると宣言して、後をつけて来た。王都を警備しているはずなのになぜこうなった。仕方なく無視してお仕事を続けたけど、とてもやりにくかった。しかもアレクサンドラさんは他人事だと思って完全に楽しんでいたし。
「ふふふ。可愛らしいわね。でもこうも喧嘩が多いとイヤになるわ。まぁ、今朝だって警備担当者どうしで喧嘩する位だし? 仕方ないのかもしれないけど」
「えっ、喧嘩って何があったんですか?」
「あれ、知らない? 今朝ギルド前に冒険者が集合した時、これから仕事だっていうのに突然喧嘩し始めた奴らがいたの。「舞踏女王」パーティのフランツと陽光のサニングデールさんだったかな? 騒ぎになる前におたくの総合受付嬢が一瞬で2人を拘束しちゃったけど、二人とも負傷してたわ」
「なるほど。それで直前になって警備の相方が変更になったんですね。冒険者同士の組み合わせには細心の注意を払っているのですが」
私は警備体制を思い出しながら言った。フランツさんの相方とサニングデールさんの相方は仲が悪いことで有名だ。事情は知らないけど、二人の喧嘩も代理戦争感が半端ない。
「あっ、やっぱりそうなんだ。喧嘩を始めた2人の相方同士をペアにしちゃえばいいのにって思ったんだけど、完全にシャッフルされちゃったから、何かあるんだろうなと思ってたんだー」
秘密っていうわけじゃないらしいけど、ギルドでは冒険者の情報をデータベース化している。装備とか、使える魔法とか、依頼関係ではない情報だね。
人間関係についても結構詳細に把握していて、今回のようなギルド発注のお仕事や重要案件を依頼するとき、相性の悪い冒険者が一緒に仕事をしないようにするため「混ぜるな危険」というリストが存在しているのだ。
今回もきっと「混ぜるな危険」リストが更新されるのだろうなぁと思いながら、私達は折り返し地点の品評会会場に向かった。




