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8月(上)ーーお迎え

 〈ゼヴ砂漠〉に巨大魔力反応を観測! 異界からの侵攻か?


 今朝の新聞の見出しはこうだった。昨晩遅くに地震があったことは知っていたけど、まさかこんな騒ぎになっていたなんてね。いつも通りギルドに出勤すると、ミハイル室長代理や中年3人組が盛り上がっていた。珍しい取り合わせだなと思いつつ「どうしたんですか?」と尋ねたら、少し呆れられてから新聞を渡されて、ようやく昨晩の地震がただの地震ではなかったことを知ったのだ。


「あれに気がつかないって、お前どれだけ鈍感なんだよ」


「仕方ないじゃないですか。私は魔力も聖力も分からないんですから……」


「そうだったな。悪い、お前仕事できるから魔力がないってこと、いつも失念しちまうんだ」


 ミハイル室長代理。褒めてごまかそうとしたってそうはいきませんよ。でも、褒められて悪い気はしないので、その時点でミハイル室長代理の作戦勝ちなのかもしれない。


 一般大衆向けの記事だが、測定された魔力の簡易分析結果など、なかなかに興味深そうなことも書かれている。私は見せてもらった新聞をありがたく自分のデスクに持ち帰ってじっくり読んでみることにした。中年3人組から後で返せよと言われた気がしたけど、よく聞いていなかった。昔から活字を見ると一気に集中してしまって、周りが見えなくなるんだよね。


 ふむふむ。異界から「なにか」がやってきたことは間違いないけれども、「なにか」は分からないと。そして、現場に残された足跡からは北に向かったとみられるが、どこに行ったかはわからないと。

 

 とにかく分からないことだらけみたいだね。


 新聞記事は、まだ危険であると決まったわけではないが、安全であるともいえないので、夜間の外出や防犯に気を付けるようにとしめくくられていた。けれども、こんな巨大な魔力を持っているヒト相手に、いったい何を警戒しろというんだろう? 


 私がもう一度、魔力の簡易分析結果を眺めていると、ミュルミューレちゃんがキノコのぬいぐるみを抱きしめて寄ってきた。6月にギリア海にいったときに出会った例のキノコのぬいぐるみだ。あのキノコの胞子と一緒にお土産として渡したら、ミュルミューレちゃんはとても喜んでくれた。頑張って選んだお土産を喜んでもらえると嬉しいよね。


 ミュルミューレちゃんは私が持っている新聞を横からのぞき込むと、文章部分は読み飛ばして、やはり分析結果の部分に注目した。


「さすが、大学の測定機ですね。あの規模の魔力反応でも測定できるんだ。さっき、昨日の魔力反応が大きすぎてギルドの測定機が一式ぜーんぶ壊れたって、ミハイル室長代理が嘆いてたんです」


「えっ! 壊れちゃったの?」


 測定機などの精密機器は高い。購入するにしろ、修理するにしろ予算的なところで我々にしわ寄せが来るに違いない。だが、ミュルミューレちゃんは嬉しそうに言った。


「はい。しかも、今朝修理を依頼しようとしたら、3か月待ちだって言われてしまって。私がこの前から取り組んでるお仕事は測定機がないと進まないので、しばらく開店休業状態ですね~」


 しかし、ミュルミューレちゃんの発言は、鬼の室長代理、ミハイル・グリンカに聞きとがめられてしまった。


「なーにが、開店休業状態だって? 『秋の狩猟祭』の準備が押してるって知ってるよな? お前に追加で仕事を割り振ってやろう。喜べ! 満員御礼だ」


 あちゃー。ミュルミューレちゃん、仕事が増えちゃったよ。口は災いのもとって本当だね。


 『秋の狩猟祭』は、『春の祝祭』と並ぶアリーセ王国のお祭りだ。伝統的に『春の祝祭』は騎士団が、『秋の狩猟祭』は我々ギルドが運営を担っているので、ギルドは夏くらいから大変忙しくなる。らしい。伝聞なのは、私は今年が初めてだからだ。


「それから、エリーセ。お前も余裕がありそうだな」


「えっ!?」


 ちょっと待ってミハイル室長代理。私はすでに仕事いっぱいですよ。今やってる地下迷宮関連の資料を今月中にまとめますとモーベット教授に言っちゃったので、今週は残業かなって思ってたところです!


「お前ら二人で当日の警備を見直してくれ。理由は朝礼で話す。それと、その資料は今すぐ閲覧権限の設定をしとけ」


 そういって、ミハイル室長代理は、ドサッと紙の束を私の机の上に置いた。ひええ、高さにして30cm。狩猟会場の地図から当日のタイムスケジュールに警備を依頼する冒険者のリストなどなど。


 どうやら災いのもとになるには、口だけではないようだ。


 私達が思わず顔を見合わせている間に、ミハイル室長代理はそのまま定位置につくと、いつものように朝礼を始めた。ちなみに室長は昨日の件で王城に呼ばれているらしく、今日はいない。


「すでに知っているものもいると思うが、今年の『狩猟祭』には、ベル王女殿下とエスメラルダ王女殿下、それから東のリヒト・ディソーネ第2王子殿下と西のルース・デラルナ王弟殿下がお忍びでご参加する。これに伴って警備体制を見直す。例年とは違うこともあると思うが、気を引き締めてかかるように。担当は、エリーセとミュルミューレだ。二人は、騎士団と近衛、それから東西の警備担当者と打ち合わせしてくれ」


 うわぁ。


 騎士団と近衛は仲が悪い。この二つの組織の間に入って警備体制を調整するとか、どんな嫌がらせですか! しかも、これに加えて東西の王族の警備担当者も加わるとなると、考えるべきことがありすぎて、どこから手を付けていいのか分からない。

 

 なんとか、同じような事例の経験者に話を聞くとかできないかな?


 お仕事をしていると、いわゆる「嫌な仕事」に遭遇することは結構ある。けれども、「嫌な仕事」はいつまでも続くわけじゃない。いつかは終わるし、今回なら9月末で終わることがすでに分かっている。終わりが見えているだけマシなのだ。


 よし、頑張るぞ!


 そう思ったとき、シエル君が挙手して発言の許可を求めた。


「どうした? シエル」


「エリーセ先輩もミュルミューレも、今まで一度も『狩猟祭』に参加したことがありません。補佐に入ってもよろしいですか?」


「あぁ、構わんぞ」


 なんと! シエルくん!! エリーセ先輩は今猛烈に感動しています!!

 

 隣を見ると、ミュルミューレちゃんも顔を輝かせている。二人で天の助けがやって来たかのようにシエルくんを見ていると、シエルくんが苦笑しながらこちらにやってきた。

 

 もちろん、ミュルミューレちゃんと二人でもしっかりやるつもりだったけど、シエルくんがいると心強い。


 まずはこの資料を一通り確認して、作戦を練ろう。




 と思ったのですが、資料多すぎ。そもそもモーベット教授に提出するレポートが仕上ったのが午後4時。大量の資料を残り1時間で読み終えるのは無理だった。しかも、シエルくんが昨年と一昨年の警備資料を借りて来てくれたので、資料はさらに増えた。


 このまま残業するか、この資料を持ち帰って家で読むか。私は家に持ち帰ることを選んだ。隣でミュルミューレちゃんが燃え尽きている。一日集中して仕事したら、夕方には疲れちゃうよね。


「後は明日にして、帰ろっか?」


 私が声をかけると、ミュルミューレちゃんはあっというまに元気になった。


 机の上を片付けて、持って帰る資料は〈軽量化〉の〈陣〉を書いた布に包んで鞄へ、その他の資料は室長室の鍵のかかる棚にしまう。


 まだ仕事中のエレンシアさんに手を振ってから、ミュルミューレちゃんと一緒にギルドを出ると、ミュルミューレちゃんが切り出した。


「先輩、実は私、この間のバカンスで一儲けしてきたので、魔導師用のローブを新調しようかと思ってるんです。それで、今度『カレンドゥラ服飾店』に一緒に行ってもらえませんか? 先輩の意見が欲しいです!」


 「カレンドゥラ服飾店」というのは、魔導師や錬金術師の衣装を作らせたらアリーセ王国で一番のお店だ。王室御用達でもあり、お値段はちょっと、いやかなりお高い。ミュルミューレちゃん、かなり奮発するみたいだね。


「もちんろんいいけど、いつ行く予定なの?」


 「カレンドゥラ服飾店」で衣装をあつらえる機会なんてそうそうないからね。どんなふうに服を作るのか気になる。こんな魅力的なお誘いを逃してなるものかと私は尋ねた。


「今度の土曜日なんですが、大丈夫ですか?」


「大丈夫だと思う」


 私は、スケジュール帳を確認することなく言った。だって、土日の予定なにもないんだ……。だめだ、自分で言って辛くなって来た。


 そのあとはミュルミューレちゃんとどんなローブを作るのかで盛り上がり、あっというまに寮の前まで来てしまった。


「では先輩、お疲れ様でした! この後も気をつけて帰ってくださいね!」


 ぶんぶんと音がでそうなくらい手を振ってから、ミュルミューレちゃんは寮に入って行った。



 私はそのままあすこと荘に帰り、ご飯を食べて、お風呂に入って寝た。つまり、なにが言いたいかというと、持って帰った資料は、鞄から出されることがなかったということだ。


 まぁ、社会人あるあるだよね? ね?


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