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7月(上)ーーレイチェル=アレクサンドラ

「お先に失礼しまーす。」


 今日のお仕事はこれで終わり。手際よく測定器やメモを片付けると、他の調査官や受付嬢の皆さんに挨拶をして、私は裏口からギルドを出た。


 ミュルミューレちゃんやシエルくんは、私と入れ替わりで長期休暇バカンスに入ったので、終業と同時にギルドを出る日が続いている。さらにいうと、仕事終わりに寄り道したり、休日に遊びに行く気分にもならないので、7月に入ってからはあすこと荘とギルドを往復する毎日だ。

 私を慕ってなにかと声をかけてくれるあの二人のありがたさを今更ながら実感している。


 ちなみに、ミュルミューレちゃんは故郷の〈メリュジーヌの森〉に里帰りで、シエルくんは〈ゼヴ砂漠〉にいる師匠のもとで修行をしてくると言っていた。ミュルミューレちゃんが「お土産を楽しみにしていてください!」と言っていたけど、いったい何を持って帰ってきてくれるのだろうか? 


 けれども、今の穏やかな生活も悪くないと思う。今日も寄り道することなく、まっすぐあすこと荘に帰り着くと、101号室の前で、大家のレダさんと背の高い褐色肌の女性が雑談しているところだった。


 相手の女性は初めて見る人だった。目鼻立ちがはっきりしていてハキハキと喋っているので、ちょっとキツそうな印象を受けるし、スタイルも抜群で、着ているものや話し方から自分に自信を持ってるタイプだと分かる。もしかしたら私の方が年上かもしれないけど、お姉さんと呼びたくなるこの感じを分かってもらえるだろうか。

 話しをするのは億劫だけど、横を通るのに挨拶をしないわけにはいかない。仕方なく近づいていくと、お姉さんがジロリとこちらを見た。内心怯んだけれど、つれてレダさんも振り返ったので、ひとまず無難に挨拶した。


「こんばんは〜、ただいま帰りました。」


「あぁ、エリーセ。おかえり。あんたに手紙が届いていたよ。おや、どこに置いたかね?」



 レダさんはポケットをひっくり返した後「二人ともそこで待っていておくれ。」と言うや、私たちを置いて部屋に引っ込んでしまった。


 暗い廊下にお姉さんと二人取り残される。


 なんとも気不味い沈黙が落ちた。お姉さんが腕を組み直して、私を見下ろしてくる。本人は睨んでるつもりではないのかもしれないけど、威圧感を感じる。困ったなぁと思うけれども、私だって社会人ですからね、初対面の人とだって人見知りせずに一応話せるんですよ! 本気を出せばね!!


 心を落ち着けて、エレンシアさんの受付嬢スマイルをイメージ。フレンドリーな雰囲気を心がけて話しかける。


「はじめまして。103号室のエリーセ・イーゲンです。」


 ヨシっ! 言えた! 心の中でガッツポーズを決める。しかし、


「知ってるわ。」


 その返しは完全に想定外でした。お姉さんの興味なさそうな返事に心の中で握りしめた右手が行き場を失う。ここからどうやって会話をつなげていったらいいんだろう? 無理じゃない?

 私が早くもお手上げ状態になってしまったのを知ってか知らずか、お姉さんはフッと笑って言った。


「わたしはアレクサンドラ。レイチェル=アレクサンドラよ。ここには6月に越して来たの。」


 自己紹介してくれるんだ……。


 では、なぜはじめから名乗ってくれないのだろうか? 一番はじめの「知ってるわ。」って必要でしたか!?


 なんて思いを心の底に封じ込めて、無難に「よろしくお願いします。」と返しておく。けれども正直言って、これ以上会話を続ける気力はないよ? 何を話せばいいのか思いつかないし、1日頑張ってお仕事してきたのに、この仕打ちは辛い。


 けれども、アレクサンドラさんの方は私と話したかったらしい。わくわくした感じで尋ねられた。


「それより、あなたの部屋に泥棒が入ろうとしたって本当? 何か盗まれたものとかあった?」


「えっ!? 泥棒ですか?」


 初耳なんですけど。いや、でも確かに長期休暇バカンスから戻って来た日、103号室の扉を開けようとしたら、〈泥棒避け〉と一つ目の〈結界〉が破られていた。てっきり、ネアくんやそのお友達がうっかり触っちゃったのかと思ったけど、あれってもしかして泥棒のせいだったりしたのかな? 急に怖くなって来たぞ。


「アタシも越してくる前のことだから詳しく知らないんだけど、そこにコソ泥が3人〈酩酊状態〉で転がっていたそうよ? 1階の錬金術師の部屋が目当てだったんじゃないかってみんな噂してて、あなたのこともそこで聞いたの。泥棒対策してない錬金術師なんているわけないのに、馬鹿な泥棒よね。」


「並の泥棒ではそれなりの準備と覚悟があっても無理だと思います。」


「やっぱりそうなんだ。」


 アレクサンドラさんの言うとおり、錬金術師は希少な素材や高価な魔道具、それから研究成果を抱え込んでいるものなので、泥棒対策はバッチリだ。大学の授業に防犯対策の科目があるくらいだし、高名な錬金術師が急死した場合、高度な防犯対策が講じられた研究室や〈工房アトリエ〉をどうやって開けるかで相続人達が頭を悩ますくらいだ。一番有名なのは、ここ1世紀未だ破られていない高額懸賞金のかかった白の賢者の〈工房アトリエ〉だ。


 ん? あれってもしかして〈全自動迎撃装置〉を使えば破れたりしないかな?


 もちろん、それだけで全てが解決するわけじゃないけど、結構いい線まで行けるのではないだろうか。今度誰か誘って挑戦してみるのもいいかもしれない。


 とはいえ、会話の途中で思考に没頭するわけにはいかない。そこまで考えてから、私は改めてアレクサンドラさんを見た。

 抜群のプロポーションに目を奪われるけど、健康的でよく鍛えられている。一方的に私のことばかり知られているのもなんだか納得いかないので、私も彼女に質問してみることにした。


「アレクサンドラさんは、お仕事は何をされているんですか?」


「わたし? 今は護衛をやってるわ。必要があれば諜報活動もするけど、こっちはあんまり向いてないのよね。エリーセさんも護衛が入り用ならいつでも呼んでね。あっ、でも〈不落の錬金術師〉に護衛は必要ないか。」


 アレクサンドラさんはすんなりと教えてくれたけど、諜報活動してるって言っちゃっていいのかな? あと、最後に気になる単語が聞こえて来た。〈不落の錬金術〉ってどこまで浸透してるんだろう。この前も言ったような気がするけど、二つ名ってなんだかむず痒い。


「やっぱりそう呼ばれているんですね。でも、万能というわけではないですよ。」


 苦笑いで答えながらも、1ヶ月前のことを思い出すと深いため息が出てしまう。あの時、私は本当に何も出来なかった。

 

 私が二つ名に喜んでいないのを見て、アレクサンドラさんは意外そうな顔をした。


「あれ? 気にそまない感じ? カッコイイと思うけどなぁ、「難攻」ですらなく「不落」。いいじゃないの。自分の努力が評価されてるんだから、ありがたく受けとっておけば?」


「確かに、アレクサンドラさんの言うとおりですね。」


 私は神妙にうなずいた。こういう前向きな考え方は素直に見習うべきなのだと思う。


 活力に溢れてる人や前向きな人と話していると、自分まで元気になってくることがあるけど、今の私はそれに近いような気がする。アレクサンドラさんの気負いない前向きさは、ギリア海の一件で知らず知らずのうちに消極的になっていた私を深みから引き上げてくれた。

 

 吹っ切れた訳ではないけれども、いつまでも下を向いてうじうじと思い悩んでいても仕方がない。前に進もう。私にできることは限られているけど、限られているからと言って、そのできる限りのことをしなくていいということにはならない。

 何をするか。それはおいおい考えていけばいいことだ。


 背筋を伸ばして顎を引く。目線をあげると、様子を見守っていたアレクサンドラさんが組んでいた腕をほどいた。そして、口を開いて何か言いかけたところでレダさんが戻って来た。


「待たせてごめんよ。エリーセ、これがあんたの手紙だよ。それから、アレクサンドラが欲しがってたスープのレシピも持って来たよ。」


 何を言おうとしのか気にはなったけど、レダさんの言葉が意外でそちらに気を取られてしまった。アレクサンドラさんは自炊派なのかな。料理している姿が想像できない。


「わたしが料理するのってそんなに似合わない?」


 どうやら私の思考回路は完全に読まれているらしい。アレクサンドラさんが顔をしかめて聞いて来た。


「いえ、そういうわけでは……」


「家にいる時は料理なんてしないから、別にいいわよ。護衛って行き先によっては何日も屋外で食事をとることもあるから、スープの類のレシピはいくらあっても足りないの。」


「あぁ、分かります。私も野外調査の時とかよくスープを作っていましたけど、いつも同じ味付けだと飽きますよね。そういう時は乾物街3番エリアのドナカ食材店で売ってるスープの素がオススメです。」


「3番エリアのドナカ食材店ね。オッケー、今度行ってみる。」


「小麦にシチュー鍋が目印です。」


「ありがとう。」


 アレクサンドラさんに情報提供をしていると、横でじっと聞いていたレダさんが嘆かわしそうに首を振って言った。


「まったく最近の若い子ときたら。そんなのに頼っていたらいつまで経っても料理はうまくならないよ。」


「はい……。」


 ご忠告ごもっともです。でも忙しい時とか屋外で料理する時は見逃して欲しいなぁ〜

 隣を見ると、アレクサンドラさんも同じことを考えているようだった。


 アレクサンドラさんと私は目配せするとそろそろ退散することにした。


 レダさんとアレクサンドラさんに挨拶をして、先ほどより少しだけ軽い足取りで103号室に向かおうとしたところで、すれ違いざまアレクサンドラさんが耳元でささやいた。


「あなた、しゃんとしてるときの方がいい女よ」


 弾かれるように振り返ったけれども、アレクサンドラさんは、背中越しに手を振ってそのまま建物を出て行ってしまった。


 

 い、いったい今のはなんだったんだ? ちょっと頬が火照っちゃったんですけれども!


「ただいま!」


 部屋の扉を開けると、私はちょっとやけくそ気味に叫んだ。


10万字いったよ!!

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