折り返した先で
サキシオル島は大小多数の空賊船に取り囲まれていた。古い船もあれば最新型のものもある。予め話を聞いていなかったら、本物の海賊船だと思い込んで疑いもしなかっただろう。そのくらいうまく〈擬態〉していた。
レオンはそのうちの一艘の上に音もなく降り立つと、私のこともそっと下ろしてくれた。
ここは島のどのあたりだろうかとあたりを見渡していたが、レオンが一息つく間もなく船伝いに移動を開始したので、置いていかれないように慌てて追いかける。
レオンが聖力で補助してくれたので、短杖がなくても船から船へと飛び移れる。他人の動きに合わせて聖力を行使できるのはさすがとしか言いようがない。
私たちは島を横目に見ながら、船から船へと飛び移り、島の外側を時計回りに進んだ。時折、空賊の身なりをした男達を見かけたけど、ゴーレムは一体も見かけなかった。
みんな、すでに狩られてしまったのだろうか?
それとも隠れているのだろうか?
心配は尽きないけど、今はレオンについていくしかない。前方にテンメイさんの家が見えた頃、レオンはスピードを緩め、私を連れて〈現界〉と《聖界》の《間》に入った。
《間》からは〈現界〉を見ることができるが、一定の例外を除いて、〈現界〉から《間》を伺い知ることはできない。しかも《間》に入れるのはごく一握りの才能を持った人だけだから、身を潜めつつ島を探索するにはもってこいの方法だ。特に私のようなお荷物がいる時には、これほど便利な方法もないだろう。
《間》に入った瞬間は、まるで暖かい海に飛び込んだようだった。張り詰めていた心が解れていくのを感じた。
けれども、レオンは汗をびっしょりかいて、浅い呼吸を繰り返していた。人の身で《間》への道をこじ開けるのは並大抵のことではないけれども、レオンほどの聖力持ちがここまで消耗するほどではないはずなのだが。
レオンはテンメイさんの家の裏庭までやってくると、壁にもたれかかるようにへたり込んでしまった。
「レオン、大丈夫!?」
常にないレオンの様子に焦ってかけよったが、手で制された。
「問題ない。ちょっと力を使いすぎただけ。それより、このポーションの栓切ってもらえる?」
「分かった。」
急いでポーションを開けようとしたけど、慌てているせいでうまくいかない。それでもなんとか栓を開けて渡すとレオンは一気にポーションをあおった。
レオンが一息つくのを眺めながら、自分の無力さを痛感する。私にできることと言ったら、あとで特製ポーションを差し入れることくらいしか思いつかない。
レオンはしばらく目を閉じてじっとしていたけど、ポーションを飲んだおかげか大分顔色がよくなってきた。ちょっと安心したことで周りを見渡す余裕がでできた私は、すぐ側にある窓が泊めてもらった部屋の窓だと言うことに気がついた。窓から中を覗いてみると、部屋はかなり踏み荒らされていた。戸棚という戸棚は開け放たれ、中のものが床に散らばっている。
「ちょっとだけ、家の中を探してきてもいい?」
「待って。あんまり離れられると何かあったとき困るから一緒に行く。」
そういうと、レオンはもう一本ポーションを取り出した。しまった。労るべきところなのに、無理をさせてどうするのだ。
「ごめん、私が考えなしだった。お願いだから無理しないで、もう少し休もう。」
自分の配慮のなさに嫌気がさす。レオン一人なら、《間》に入る必要なんてなかったことは明らかなのに、これ以上迷惑をかけてどうするんだ。
しかし、レオンはあっという間にもう一本ポーションを飲み干すと、口元を拭いながら立ち上がった。
そして「もう大丈夫。」と言って歩き始めたけれども足取りが若干重いような気がする。なんとかレオンにもう少し休息をとらせねば。
「レオンが大丈夫でも私にはまだ休息が必要です。なのでもう少し休もう。ね!」
「え? エリーセ何もしてないよね?」
「…………。」
おのれ。何もしてないのはそうだけど、そうだけど! そういう返しはないんじゃないかな!?
「本当に大丈夫だから。まったく、いつもなら《間》に入るくらいでここまで消耗しないのに。なんだってこの島、《聖界》からも《魔界》からも遠いんだ?」
「もしかしたらだけど、ゴーレムと関係があるかも。」
なぜかレオンから呆れられている。むすっとしつつも返事をすると、私からそんな答えが返ってくるとは思っていなかったらしい。レオンが振り返った。
「どういうこと?」
「ゴーレムは昔この世界に落ちてきた人が、元いた世界の技術で作ったものでしょ? ゴーレム達が何百年もかけて島の土を踏みしめて歩きまわったことで、少しずつ《聖界》からも《魔界》からも遠ざかったのかもしれないと思って。」
「は? どういうこと?」
レオンがもう一度尋ねた。
「私の師匠が提唱してる仮説なんだけどね、異界から〈召喚〉を行った場所だったり、異界に由来する力があるところだと、その世界に引っ張られて《聖界》や《魔界》から遠ざかるんじゃないかって。〈異界からの来訪者〉一族が住むエリスライト渓谷とか古の〈召喚陣〉が眠っているファンノワールの黒き森とかって、他の場所より〈聖力〉も〈魔力〉も効きが弱いっていうでしょ? あれと同じじゃないかなって思うの。」
まぁ、なかなかに専門的だしまだ仮説段階の話だから、レオンが知らないのは当然のことだと思う。私が知ってたのも、師匠が研究してたからだし。けれども、冒険者なら知っておいて損はない仮説だし、この説明をしてる間はレオンを休ませることができる。ちょうどいいかと思って本格的な説明をしようかと思ったけど、レオンが気になったのは仮説の方ではなかった。
「いやいやいや、ゴーレムの方だよ。ゴーレムって人が作れるものなの?」
「えっ? 聞いてたんじゃないの?」
今度は私が首を傾げる番だった。てっきりテンメイさんとの会話を聞いていたと思い込んでいたけど違うのかな? あれ? もしかして、喋っちゃいけないことを喋ってしまった?
「確かに隠れて見てたけど、必要な場合をのぞいてプライバシーには配慮してる。だから、会話の中身までは知らない。」
レオンが私の思考を読んだかのように教えてくれた。あと、レオンは意外と紳士だった。
「そっか。じゃあ、今のは忘れてくれていいよ。」
「忘れるわけないだろ! まったく。ゴーレムが人によって作られるモノだとすると、1番の問題は、あいつらがその事実を知って動いているのかどうかだな。あと、製作コストとか、誰でも作れるのかについても情報が欲しい。」
レオンは私が少し漏らした情報からどんどん考察を進め、足りない情報と集めなければならない情報を確認していった。冒険者稼業を辞めても一流の学者になれそうだ。
「で、エリーセ。手持ちの情報を教える気はある?」
レオンの問いにしばし考える。この状況を考えると、情報共有は必須に思える。けれども、勝手にテンメイさんのことを喋るのは気が引ける。
私に私の事情があるように、レオンにはレオンの事情がある。彼は、目的のためなら、使える情報を使うのに躊躇ったりしないだろう。
「レオンだって、私に全部話してる訳じゃないよね? 例えば、どうして私をこの島に連れてきたのか、とか。」
「……それは情報交換がしたいってこと?」
レオンが面白そうに聞いた。
「ううん。違う。情報を共有しておいた方がいいとは思うけど、テンメイさんとゴーレムのことは他の人に漏らさないでほしいなと思って。」
「……エリーセは情報を提供する。僕はそれを他の人に言わないってことか。分かった、約束する。エリーセが心配なら後でになっちゃうけど、〈誓約〉してあげようか?」
「いや別にいいよ。むしろそこまでされると引く。」
〈誓約〉は強制的に約束を守らせる方法の一つだ。無理に破ろうとすると、大きな代償を支払うことになる。普段の生活ではまず使わない。
それに、レオンは他者と距離置こうとするところがあるけど、仲間や友達は大事にする子だ。私に約束したことを破るとすれば、何かのっぴきならない事情がある時だろうし、そんな時にはむしろ約束を破って欲しいと思う。
けれども、私が断ったせいでレオンが謎のこだわりを見せた。
「帰ったら絶対にする!」
「別にいいし。それより知りたいことはなんだったっけ? あっと、作り方とかは知らないよ。」
「僕にもプライドってものがある。」
「そんなことでプライドは傷つきません。というか、その程度で傷つくプライドならポイしちゃえ! それより、何が知りたいの? もう勝手に喋っちゃおうか?」
というわけで、私がテンメイさんとゴーレムについて知っていることを話すと、レオンもちょっと迷ってから、いくつかの重要事実を教えてくれた。
「まず、今日の件だけど、北方帝国でも事前に気がついている可能性が高い。その場合、当然どこかで邪魔をすると思うんだ。今日のところは、北方帝国がどのくらいの数のゴーレム核を奪っていくのかを知りたいと思ってる。」
「もしかして、それで私がギリア海に行くくことも聞きつけたの?」
「いや、逆。エリーセが捕獲許可証をもらったって聞いて、絶対におかしいと思って調べたら今回の件が分かったんだ。」
「……そ、そっか。」
私のプライバシーに配慮してるんじゃなかったのか?と言いたくなるのをなんとかこらえる。
「それから、僕も今さっき気がついたんだけど、《間》に本物の「レディー・アンジェラ号」が停泊してる。」
「えっ!?」
「昔、北方帝国とデトリアーノは裏で繋がってるって噂を聞いたことがあるけど、噂は本当だったってことかな。この島で《間》にあれだけ大きな船を隠すなんて、敵ながら感心するよ。」
そう言いつつ、レオンは面白くなさそうだった。
だが、そこまで話したとき、急に表が騒がしくなった。たくさんの足音と話し声が近づいてくる。
私とレオンは顔を見合わせてから、近くにあった樽の後ろに回り込んだ。ちょうど、今朝朝食をとった部屋だ。《間》にいる私たちのことは見えないから隠れる必要はないんだろうけど、気分の問題だ。レオンは私につられて隠れたものの首を捻っているけど、見えないからと言って目の前に立って盗み聞きをすることができるか?ということだ。
男達は土足で家の中に乗り込んで来た。音が漏れてくるので、私は壁に身を寄せて会話を聞こうと耳をそばだてた。かたわらではレオンも壁にもたれかかって、目を閉じている。聴力を強化して私より広範囲の音を拾っているんだろうな。
家に乗り込むなり、リーダー格の男の苛立たしげな声が響き渡った。
「まったく、どうすんだよ? ここまでやったのにゴーレムが一体もいませんでしたなんて報告できると思ってんのか?」
「すみませんね。でも、見つからないものは見つからないんです。」
ゴーレムが一体もいない……?
気になる内容に思わず頭を上げて、室内の様子を伺うと、緩そうな男がだらしなくソファに寝転んでいて、その傍には書類の束を持った男が立っていた。
上司と部下だろうか?
上司の方は頭のネジが2、3本飛んでそうな、いかにもヤバそうな人で、本職の空賊と遜色ないんじゃないかと思うくらい見事な変装だ。これに対して、部下の方は変装にちょっと違和感を感じる。くたびれた感じが自由に生きる空賊というより、胃薬の手放せないサラリーマン臭を漂わせているのだ。
二人の会話は続いていた。
「せめて管理人の女くらい見つけて来いよ。案外家の中で隠れてるんじゃねぇの? お前ももう一度探して来い。ほら、行った行った。」
「隊長、その間にサボる気でしょう?」
「仕事がないのが悪い。」
「ありますよ。山積してますからね!?」
ふむ。とりあえず、テンメイさんはこいつらには捕まっていないけど、どこにいるかも分からないということかな? あと、偽空賊達はゴーレムのことは何も知らなさそうだ。
かたわらのレオンを見上げる、レオンが頷いてくれた。情報収集は十分できたということらしい。となると、次は本物の「レディー・アンジェラ号」を見にいくことになるかな?
マントの裾を踏まないように気をつけながら立ち上がり、最後にもう一度家の中を振り返ると、部下の男が胡散臭い笑みを浮かべて、挽回策を上申するところだった。
「というわけで、島に潜んでいるであろうモノを炙り出すために、第9階位魔法〈終末の焰〉のご使用をご許可いただきたく。証拠隠滅も図れて一挙両得だと思いますよ。」
本当にヤバいのは上司じゃなくて部下の方だった。こんなところで攻撃型の第9階位魔法をぶっ放すとか正気だろうか? さすがの上司もソファから起き上がって胡乱げに部下を見ている。
「もうちょっと穏便な手はないのか?」
「どうせ怒られることには変わりありませんので、躊躇う理由はないかと。あぶり出しに成功すれば挽回の余地が生まれますし、何も起きなくても実験結果をとって報告すれば、なんだかんだいって喜ばれますよ? このまま帰るよりは遥かにマシでしょう。」
「……。」
「そろそろ巡回がくる頃です。迷っている時間はありませんよ? どうします?」
「全軍に船に戻るよう伝えろ。向こうさんへの連絡も欠かすな。」
「御意。」
頭を掻きながら部屋を出ていく上司に向かって、部下の男は芝居がかった仕草で胸に手を当てて答えた。
◇◆◇
これだけ離れているのに、〈終末の焰〉の熱気は私たちのところまで伝わって来た。
あの会話を聞いた後、レオンは私を連れて早々に島を離脱した。そして、島から十分離れると、「この辺りまで来れば大丈夫だろう。」といって、空中に即席の足場を作ってくれた。
透明の足場に腰掛けて島を眺めていると、空賊船が次々と離陸し、大きな円を描くように、島から一定の距離を保って空中で待機する様子がよく見えた。
全艦準備が整った頃、一番大きな空賊船が花火を打ち上げるように黄金の焰を空に向かって発射し、打ち上げられた焰は上空で破裂すると幾千幾万もの光線になって、サキシオル島に降り注いだ。
焰は燃え広がり、島は黄金の焰に包まれていった。
今日だけで目を疑うような光景を何度見ただろう。けれども、これはその中でも一番美しく一番残酷だった。
「きれいね。」
こんな時なのに、そんな言葉が口をついて出てきた。
レオンは「そうだね。」とだけ答えてくれた。
宵の空が輝くような金色の焰に彩られるのを呆けた様に見つめていると、島の下に潜んでいた本物の「レディー・アンジェラ号」が《間》から現れ、再び姿をくらました。島の下に船が隠れていると思っていなかったのか、あっという間の出来事に偽空賊船達は誰も気がつかなかったようだ。
第9階位魔法〈終末の焰〉は、魔力と聖力を糧に燃える焰なのだという。そのため、《間》にも焰が燃え広がり、隠れていられなくなったのだろう。
けれどもここはギリア海。本拠地の海で本物の空賊は悠々と逃げ切ってしまった。
いまだ焰は煌々と燃え続けている。
この光景をテンメイさんも見ているのだろうか。
「生きてさえいればなんとかなる。そう思って今は耐えるしかない。」
島を見下ろしながらレオンが言った。私に言っているのか、自分に言い聞かせてるのか。どちらなのか分からないけれど、「うん」と頷く。
もうしばらく私たちは燃え盛る島を眺めていたが、遠くに巡回船の光が見えた頃、偽空賊団は、綺麗すぎる隊列を組んで逃げて行った。そして、私のマントの袖口が乾いた頃、私たちも島をあとにしたのだった。




