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はじまりは半分

 夕方、迎えの船が来た。


来た時と同じで、レオンがリーダーを務めるパーティーが護衛を買って出てくれて、一緒にやってきた。今までどこにいたのか知らないけど、レオンもしれっと他のパーティーメンバーとともに船に乗っていた。


 船長さんはテンメイさんと顔見知りらしく、何やら話したいことがあるようだった。チラッと聞こえた感じだと、テンメイさんの親戚が病気で容体が良くないらしい。聞くつもりはなかったのだが、船長さんの声が大きくて、「見舞いに行ってやれ」と説得を試みているのが耳に入ってきてしまったのだ。


 一緒に船に乗っていこうと誘った方がいいのかなとも思ったけれども、テンメイさんに島を離れるつもりはなさそうだった。まぁ、この島に誰もいないというのはさすがにまずいよね?



 私がトランクを船内に運び込み甲板に出てくると、テンメイさんは船長さんとの会話を切り上げ、こちらにやってきた。


 船長さんは「口では勝てん。」とこぼしながら戻って来たが、私たちが最後の挨拶を交わすのを待ってから、船を動かしてくれた。



「エリーセさん、またいつかお会いしましょうね。あなたのゴーレムを見せて貰えると嬉しいわ!」


「テンメイさんも元気でね! また会いに行くわ!」



 船はゆっくりと上昇し、向きを変えると薔薇色の空へと漕ぎ出だした。最後にもう一度と思ってテンメイさんに手を振っていると、船内からレオンが出てきて横に立った。横目で見た限りだけど、どことなく不機嫌そうだ。


 どうしたんだろう? 


 気にはなるけど、今はテンメイさんとの別れを惜しみたい。私はテンメイさんに視線を戻した。


 船は島を離れ、テンメイさんの姿も小さくなっていくけど、テンメイさんはずっと見送ってくれていた。


 その姿も肉眼では見えなくなった頃、私はレオンに尋ねた。



「レオン、どうしたの? 船内に入る?」



 けれども、レオンは私の問いかけには答えず、空を見上げ、しばらくしてからぽつりと呟いた。



「始まる。」


「え?」



 訝しげにレオンを見たけれど、レオンは私のことを見ていなかった。横顔からは何の表情も読み取れない。



 始まるって、いったい何が?



 私の疑問に答えてくれたのは船長さんの怒鳴り声だった。



「空賊だ! みんなどこかにつかまれっ!!」



 私が事態を把握する前に、船は唸るような駆動音とともに激しく右に傾いた。体がふわっと浮き上がったところをレオンが支えてくれる。

 レオンがいなければ危うく虚空に放り出されるところだったことに気がつき、後から冷や汗が出てきた。


 なんとか体勢を立て直して前を見ると、前方に黒い船が次から次へと湧き水のように現れて、地平線を埋めて行くところだった。


 私たちの乗る船はなんとか空賊船の大群をやり過ごそうと、そのまま右方向に高度を下げていった。しかし、このままだとギリギリのところで船が接触しそうだ。

 向こうも同じように思ったのか、端にいた空賊船がまるで邪魔だとでも言うように、砲門を開けた。


 禍々しい魔力が充填されていく。



 船長はもちろん〈シールド〉を展開したけど、これで防げるんだろうか?


 かと言って、私も空賊船の大砲に対処可能な短杖が思いつかない。他力本願としか言いようがないけど、レオン達を頼りにするしかない。



 そして、ゴールデンブレイヴ・パーティは全く慌てることなく、最低限の動きで大砲に対処した。すなわち、魔力が光線となって放たれる直前、このくらいよくあることだと言わんばかりにレオンが手を振ると、見えない力が働き、まるで巨人の手が真横から押してくれたかのように船が横滑りして軌道から逸れた。


 相変わらず、とんでもない聖力だ。


 空賊船から放たれた光線は何もない空を切り裂いて行き、何かが焦げたような不快な匂いだけが風に乗って届いた。


 空賊船は進路から外れた私達の船に興味をなくしたらしく、私たちの上を大挙して進んでいった。



 その先にあるのはサキシオル島しかない。

 空賊船が向かう先は明らかだった。




 正直いって、この時自分が何を考えていたのかよく覚えていない。とにかく私は船内に駆け込み、船長さんに訴えた。



「テンメイさんを助けに行かなきゃ! お願いです、サキシオル島に戻ってください!」



 けれども、緊張の糸が切れた船長さんは自嘲と諦めとほんの少しの苦さを浮かべた目で私を見ると、「あの船を見ただろう。デトリアーノ相手に勝ち目はねえよ。」と言い捨て、後ろからついてきたレオンに「なんとかしろ。」といいたげな目線をよこした。



「お疲れのところ、すみません。エリーセには僕から言って聞かせますから。」



 レオンは何事もなかったかのような落ち着いた声で船長さんに謝ってから、私に向かって手を伸ばした。



「エリーセ、行こう。」


「どうしてよ!」



 どうしても理解できなくて、私はわめいた。


 エドガーさんとフェルビドさんが心配そうにこちらを見ているのも、ヴァルディノートさんが頭をがしがしとかいているのも全部全部気に入らない。


「レオンなら、あんな空賊くらいすぐに倒せるでしょう!? なんで?」


「………。」


「……! もういい、それなら私一人でいくからっ!」



 そのまま、レオンの横を通って外に出ようとしたが、出来なかった。まさかと思って後ろを見ると、レオンが腕を掴んでいた。



「!?」



 絶対に弾かれると思っていたのに、〈全自動迎撃装置〉は全く作動しなかった。



「別に驚くことじゃないでしょ? エリーセに敵意も害意も持ってないんだから。ついでに言うと、エリーセの意思に反することをするつもりもない。だから、一度僕の話を聞いて? それから判断してくれればいいから。」



 レオンは私の目を見て静かに言った。驚きすぎて少しだけ冷静になった頭がここは折れるべきだと告げる。



「………分かった。」


 

 そう答えるしかなくて、答えただけだけど、周囲は明らかにホッとしたようだった。


 でも、レオンは「場所をかえよう。」と言っただけだった。




 レオンが連れてきたのは、窓のない客室キャビンだった。ソファとローテーブルが置いてあるだけの簡素な部屋だ。

 レオンは部屋に入るや〈幻影〉と〈空間断絶〉を同時に施し、盗聴防止を図ってから話を始めた。




「時間がないから、結論を先にいう。エリーセを連れて島に戻る条件は3つだ。」


「戻ってくれるの!?」



 びっくりして思ったより大きな声が出てしまったけど、レオンは微塵も表情を変えなかった。



「連れて行かなきゃエリーセは納得しないでしょう? でも、条件は絶対に飲んでもらうから。」


「条件って?」


「一つ、これから島で何を見聞きしても『サキシオル島が空賊に襲われた』とだけ答えること。二つ、この船を出てから帰ってくるまで、この船を離れたことを誰にも悟られないこと。言っとくけど、あの『空賊』と戦うなんて論外だから。そして三つ、エリーセの装備を全部ここに置いておくこと。その〈全自動迎撃装置〉もだ。」


「三つ目、意味が分からないんだけど? 危ないところに行くなら必要不可欠でしょう?」



 他の二つもよく分からないけど、別にいい。でも、三つ目は自殺行為な気がする。


 レオンも私が三つ目の条件に疑問を挟むことは予測済みだったらしく、すぐに答えてくれた。けれども、レオンの話はにわかには信じられない内容だった。



「そもそも、さっきの奴らは本物の空賊じゃない。あいつらの正体は西のヘリファルテと東のヴェレンクラフトの特務部隊ってところだ。今頃、島の〈結界〉を破ろうとしてるか、ゴーレム核の略奪しようとしてるところだと思う。」


「そんなまさか! 嘘でしょう? だって、どう考えたって条約違反じゃない!?」



 レオンが嘘をついている可能性は低いけど、すんなりと受け入れられるものでもない。頭がグルグルする。



「そうだね。だからわざわざ空賊に扮して島に向かってるんだろうし、こうして『目撃者』まで用意してるんだ。大事なことだからよく覚えておいて。チルラン島に戻ったら、『サキシオル島が空賊に襲われた。』って言うんだ。絶対に、海賊の正体をバラしちゃだめだ。正体を知ってるかもしれないと気取られるのもなしね。もし、正体を知ってると思われたら、この先ずっと両国から追われることになるよ。」


「追われる…?」



 ひどく現実味のない言葉だ。



「世界に名だたる大国が条約に違反して不可侵海域を侵略したあげく、ゴーレム核を略奪したなんて、北方帝国がこの大陸に介入する口実を与えるようなものだろ? 口封じするに決まってる。」



 レオンは辛抱強く説明してくれた。いつもなら「そんなことも分からないのか?」って馬鹿にしそうなのに。そう思うと、私はちょっと落ち着きを取り戻した。



「…私は魔力も聖力もないから、装備を一式置いていけば捕捉しようがない?」


「理解してくれて嬉しいよ。その〈全自動迎撃装置〉は魔力運用が特殊過ぎて、うっかり作動したら絶対に誤魔化しが効かない。あと、この船を監視している人はエリーセのことを装備品の魔力反応で捉えてるだろうから、この点からも装備を置いていきたい。」



 レオンはようやくホッとしたようだった。



「分かったわ。全部置いていく。」



 そういうと、レオンは荷物の中からブーツとマントを取り出して渡してくれた。どちらも何の付与もされていないシンプルな品だ。

 いつのまに用意したのかと聞こうとしたけど、やめた。レオン達の事前準備が万端なのは、事前にこうなる可能性を知っていたってことだ。


 やや複雑な面持ちでブーツとマントを眺めながら、〈聖印石〉のネックレスを外す。続いて付け袖を止めていたボタンに手をかけたとところでふと思いついた。



「…レオン。」


「ん?」


「あんた、いい男になったわね。」



 初めて会った時はまだ15歳だったっけ? あんなに幼かった子がこんなに成長したんだなぁと感慨をこめて言うと、レオンは真っ赤になって憤慨し始めた。


「はぁっ!? エリーセ意味わかんないんだけど? 別にエリーセのためだけに行くんじゃないし!!」



 せっかく褒めてあげたのに。しかも、レオンは一通り慌てると、今度は気持ち悪がりはじめた。なんと失礼な。

 けれども、先ほどまで大人びていたのに、こうなると急に年相応に見えてくる。こんな時でなければからかってやったのになぁ。


 それに、今はそれよりも言っておくべきことがある。


 

「さっきはごめん。それからありがとう。」


「クソっ…。」



 感情のやり場がなくなったらしい。悪態をつくと今度は項垂れ始めた。お忙しいことで。



 ちょっと満足しながらテーブルの上に外した装備品を順に並べていると、ドアを叩く音がした。誰が来たんだろうと緊張したけど、顔を出したのはエドガーさんだった。


 テーブルの上に並んでいる装備品を見て、状況を把握したらしい。けれども、紅色の光をなくした石を見て首を傾げた。



「あれ? 結局ゴーレム核もらったんだ?」



 レオンから途中まで話を聞いていたのかな?



「ええ、『持ってないと不自然でしょう?』って出発間際にテンメイさんが。」


「まぁ、確かに。ゴーレム核を取りに行って持って帰ってこなかったらおかしいか。在庫があって良かったな。でも、へぇ、このゴーレム核、随分と古いものだなぁ。」



 エドガーさんは核を透明のケースごと持ち上げると、〈魔眼〉で観察しながら言った。


 古いっていったいどういうことだろう? 


 けれども、私の疑問はレオンによって遮られてしまった。



「エドガー、そんなことを言うために来たのか?」


「いや、島の〈結界石〉が破られたから来たんだけど、ゴーレム核だぞ? つい気になって。」



 エドガーさんが少年のようにわくわくした顔で答えた。



「今はそんなことしてる場合じゃない。」


「ごめん、ごめん。でも、レオンは俺が言わなくても気づいてただろ。さて、留守番は俺に任せて、いってらっしゃい。気をつけてな。」


 

 エドガーさんは最後だけ表情を引き締め、真剣な口調で言った。


 レオンはエドガーさんに向かって一つ頷くと、私の手を引くと、床を蹴って〈転移〉した。


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