6月(下)ーー夜明けのゴーレム
その日は朝から雨が降りしきっていた。
真っ白な花びらも雨の中ではくすんで見える。起き抜けの頭で、ぼんやりとそんなことを考えていたけど、そろそろ朝食の時間だ。私は身なりを整えると、静かに部屋を出た。
島には全部で3棟しか建物がなく、私はそのうちの一つ、テンメイさんのお家に泊めてもらっていた。
ちなみに、他の2つの建物は倉庫と研究棟で、いつもなら学者さんや学生さん達がいるらしいけど、今は国際会議とそれに続く学術大会のせいで、誰もいないんだとか。
警備兵すらいなくて大丈夫なのかと思ったけど、これはいつものことらしい。辺境のため、空賊に内通したり、ゴーレム核を横流しするような輩が続出したことがあって、随分前に島に常駐の警備兵は廃止されたのだとか。もともと、島の中央の〈結界石〉のお陰で容易には侵入できないし、島の周囲をパトロールすれば十分という判断に至ったそうだ。
というわけで、今この島にいるのは、公式には私とテンメイさんの二人だけだった。
雨と土の匂いがする廊下をまっすぐ進むと食堂で、朝早いのに、テンメイさんはもう台所に立ってくるくると働いていた。
「おはようございます。」
「おはようございます。よく眠れましたか? 昨日は遅くまでお付き合いいただいて、ありがとうございました。」
声をかけるとテンメイさんがわざわざ手をとめて返事をしてくれた。
けれどもお礼を言うのは私の方だ。昨晩は雑談に付き合って貰った挙句、ゴーレムの資料まで見せてもらったのだから。
テンメイさんと私は全然性格も気質も違うけど、話をしてみると、なんとなく馬があった。同じ本を子供の頃に夢中になって読んでいたことがわかってからは、好きな小説の話で盛り上がり、おすすめの本を紹介しあってだいぶ仲良くなったような気がする。
「こちらこそありがとうございました。同世代の方と夜中まで話したのは学生の頃ぶりで、楽しかったです! あの、何かお手伝いできることはありますか?」
とってつけたようにお手伝いを申し出たけど、「もうすぐ出来ますから、ゆっくり座っていてください。」と遠慮されてしまった。
大人しく待っているべきかと思ったけど、手持ち無沙汰でついうっかり、口を開いてしまう。
「浮島でも雨が降るんですね。」
よりによって天気の話題なんかふってしまったけど、、テンメイさんは、「もちろんですよ。」と頷き、サキシオル島は、ギリア海の島々の中でも高度の低い島なので、地上と同じくらい雨が降るし、雲の中に入ってしまうことも多いので、悪い日が多いくらいだと教えてくれた。
「なので、どちらかというと、昨日みたいに一日中晴れている日の方が貴重ですね。」
「そんなに!! 洗濯物が大変そう…。」
「ふふ、その感想は初めてです。でも、たいてい〈浄化〉で終わらせていますので不都合はありませんよ。」
主婦感満載のややズレたコメントにもかかわらず、テンメイさんはふんわりと花が綻ぶように微笑んでくれた。
とても同い年には見えないくらい、テンメイさんは落ち着きのある人だった。気遣いができて、穏やかで、美人。
しかも、一つ一つの所作が洗練されていて、薬味を盛り付けてる手つきにすら美しさを感じる。テンメイさんの動きにあわせて揺れる翡翠の簪を目で追いながら、どちらかというとガサツな私は、人生で何度目になるかわからない「めざせ! お淑やかな女性」なるキャンペーンを心の中で開催することにした。
ただ、このキャンペーンの寿命は短かった。テンメイさんを見習って早速背筋を伸ばしてみたんだけれど、朝食ができた頃にはいつもの猫背に戻ってしまったのだ。
その後、朝食をいただきながら、今日の予定をテンメイさんと確認した。
テンメイさんは島にいるほとんど全てのゴーレムのことを把握しているので、今日は島を案内してもらうことになっているのだ。
昨晩聞いた話だと、テンメイさんは管理人になってから今年で8年目だけど、幼い頃から先代の管理人とサキシオル島に住んでいたらしい。「人間といるより、ゴーレムといる時間の方が長いかもしれません。」というのは冗談だろうけど、それでも相当長い時間をゴーレムと過ごして来たのは間違いないだろう。
テンメイさんがこれまで綴って来たゴーレム達の観察記録を見せてもらったのだが、大きさや外観はもちろん、ゴーレムの性格や行動履歴などが事細かに記されていた。
はじめて名前をつけたゴーレムのこと。
名前を呼んだらゴーレムが振り返った日のこと。
2頭のゴーレムが並んで島を歩いているのを見かけたときのこと。
生まれたばかりのゴーレムのこと。
そして、歳古り寿命を迎えたゴーレムが土に還った日のこと。
読み進めていくと、テンメイさんがゴーレム達のことをすごく気にかけているのが伝わってきて、なんだか不思議な気持ちになった。引き込まれるように読み進めていだが、ふと気がつくと、隣でテンメイさんも懐かしそうにページをめくっていた。
大学の研究室やパレードなどで見かけたゴーレムはもっと機械的で無機質だったから、てっきり野生のゴーレムもそんな感じかと思っていたけど、全然違った。なんというか、プログラムされた存在なんかじゃなくて、紛れもない生き物なんだなと感じさせられた。
そういえば、ゴーレムの本を買ったはいいけど、生態系のページは確認してなかったなぁ。テンメイさんの観察記録ほど詳しいとは思えないけど、最低限読んでおくべきだった。勉強不足を反省するしかない。
「エリーセさんは、今日会ってみたいゴーレムはいますか?」
「はい! 雨が好きで、苔むしちゃってる子にぜひ会ってみたいです。」
私は即答した。穏やかでのんびり屋が多いゴーレムの中でもひときわマイペースを誇っていたので、印象に残っている一体だ。
これだけの情報なのに、テンメイさんは私が誰のことを言ってるか分かったらしい。
「彼なら今日も東の池にいると思いますから行ってみましょう。」
というわけで、朝食の後、私たちは島の東側に向かった。
テンメイさんは自分からはあまり話さないけれども、私が話題をふると色々と面白い話を聞かせてくれた。
特に面白かったのは、ギリア海の浮島で白い花ばかり咲くようになったいきさつにまつわる言い伝えかな。大昔、この辺りにあった国のお姫様が数多の求婚者を退けるためにそれぞれに難題を出したのだが、「国中の花の色を全部白に変えよ。」という課題を与えられた若くて優秀な星読みがこれを成し遂げたんだとか。
こういう話を聞くと、どういうカラクリがあるのか解き明かしたくなるよね。サキシオル島の〈結界石〉もこの星読みの手によるものらしいとくれば、優秀な導士か錬金術師だったと考えてよさそうだ。
それから、ゴーレム関係でも面白い話を聞かせてもらった。ゴーレム達はたいてい、島の西で生まれ、島の東で亡くなるんだって。東に何かあるのだろうか? どういう原理なのか全くもって謎だけど、皆同じ場所で亡くなるから、誰が言い出したのか、研究者の間では「ゴーレムのお墓」と呼ばれているらしい。
もちろん、テンメイさんだけじゃなくって私も実家の近くにある世界樹の話をしたり、調査官のお仕事について説明したりした。テンメイさんは聞き上手でもあったけど、エレンシアさんのことを話した時は素で驚いているようだった。〈人形〉だけど、普通の人と同じように総合受付嬢として活躍していると説明すると「世の中は広いですね。」と感心していた。
東の池までは結構な距離があったけど、話が弾んだおかげで、道中は楽しかった。
◇◆◇
東の池には大輪の真っ白な蓮が咲き誇っていた。
けれども、私の目を釘付けにしたのは、池のほとりにたたずむゴーレムだった。
まるでシャワーを浴びるかのように空を見上げて、本当に気持ちよさそうに雨に打たれている。
足を滑らさないように気をつけて、もう少し近づいてみると、ゴーレムの大きさがよくわかった。頭のてっぺんあたりにふかふかの苔が生えていて、まるで髪の毛みたいだ。そして、胸のあたりには紅色に鈍く光る石が埋まっていた。紛れもないゴーレムの核だ。
ある程度近づいたところで、ゴーレムが私たちに気がついた。ゆっくりとこちらを向き、テンメイさんを見ると、挨拶するように手をあげた。
テンメイさんも立ち止まって手をふる。
けれども、ゴーレムはそれだけ確認すると、また空を見上げて、先ほどと同じ姿勢で雨に打たれ始めてしまった。
「いつもはもうちょっと愛想がいいんですよ。昨日は一日中晴れていましたので、せっかく雨を楽しんでいるんだから今は邪魔しないでといった感じですね。」
テンメイさんが苦笑しながらもゴーレムの内心を解説してくれた。さすがマイペースなだけあるなぁと思ってしまう。
「さて、エリーセさん、この子を捕獲されますか?」
「あー…。」
テンメイさんの事務的な問いかけに、私の口から曖昧な音が漏れた。
そういえば、私はこの島にゴーレムの核を獲りにきたんだったね。忘れていたわけではないけど、目を左右に彷徨わせてから、なんとか答えを捻り出した。
「無理、かな?」
脳裏にレオンがずっこけている幻覚が浮かんだけど、無理なものは無理だ。ゴーレムと仲良しのテンメイさんの前であのゴーレムを攻撃して核だけ回収するとか、そんなことはおよそ人間の所業ではないでしょ?
そもそも私は牛肉は好きだけど、牛さんの息の根を止めるのは躊躇してしまうタイプだ。おかしいと言う人もいるけど、ためらうのはいいでしょう? むしろ人としてはためらいの気持ちを大切にすべきだと思う。
でもまぁ、ゴーレム核を採らないのなら、いったい何をしにこの島に来たんだって話だよね。ほんと、何しに来たんだろう。ライティア蝶の捕獲は大丈夫なんだけどなぁ。
思わずため息が出た。
それからしばらくの間、気不味い沈黙が流れたけど、先に口を開いたのはテンメイさんだった。私が落ち込んでるのを察して、声をかけてくれたのかも知れない。
「ゴーレムの利用方法に興味のある人は多くても、ゴーレムそのものに興味のある人は少ないので、はじめ、錬金術師の方が島に来ると聞いた時は驚きました。普通は核だけ送ってくれって言われますから、なんでこの人はわざわざ島に来るんだろうって。でも、今はエリーセさんが来てくれてよかったと思っていますよ。」
「私はそんなふうに言ってもらえるような人間じゃないです。ここに来たのだって、ゴーレムの核だけ送って貰えるって知らなかっただけですから…」
本当に、ゴーレムの核だけ送って貰えるなんて知らなかった。ミハイル室長代理そんなこと言ってたっけ? 私が聞いてなかっただけ??
思い悩んでいると、テンメイさんが再び口を開いた。
「昔、この国に稀代の星読みがいたんですって。」
脈絡のない話に目を瞬かせる。
「星読みは、こことは違う別の世界から落ちて来たんだそうです。その世界では、聖力でも魔力でもない別の力が存在していて、彼は、自分の妻とこの国に住むたくさんの人の暮らしを守るために、元いた世界の技術と自分の力を使ってたくさんのものを作りました。その中の一つがこの〈ゴーレム〉だと言われています。」
「テンメイさん?」
この話の先を聞いて良いのだろうか。少なくとも会って2日しか経ってない人に言っていい話ではないのではないだろうか。けれども、私が制する前に、テンメイさんはどこか遠くの方を見ながら話を続けた。
「星読みの血を引く私は、ゴーレムの核を作ることができました。」
「……。」
「私は長年一緒に過ごしたゴーレムを手にかけるのが嫌で、代わりに自分で作ったゴーレムの核を渡し続けてきたんです。」
「………。」
ゴーレムの核を使った戦艦や戦闘用機械兵は圧倒的な力を有する。野心のある国はもちろん、平和的利用を目指している国だって喉から手が出るほど欲しいに違いない。
本当だったら、私みたいな一介の調査官がゴーレムの核を手にする機会なんて一生来ないだろう。
毎年世界中の国や大学、研究室などの話し合いで割り当て数が決められるのも、希少なゴーレムが乱獲で絶滅しないように、ゴーレム核を巡って争奪戦が起きないように、そして特定の国や機関が過剰な戦力を持たないようにするためだ。
そんな状況の中、もし、ゴーレム核が天然自然にあるものではなく、人が作るものだと知られたらどうなるか。そして、特定の人にしか作れないと知れたら…。
「あの子を狩らないという選択をしてくれて、ありがとう。私は、私の他にも、ゴーレムのことを道具として見たくないと考えてくれる人がいることに救われました。だから、やっぱりあなたが島に来てくれてよかったと、そう思うんです。」
そう言って、テンメイさんはひどく儚げに笑った。そして、そんな彼女にかける言葉を私は持っていなかった。
気がつくと、いつのまにか、雨は上がっていた。
全部書くと長くなる上この小説の主旨からずれるので、巻きで行きます(ならなぜ書いた!って思いますよね。私も思います。本当にすみません。)
もしよければ、幕間は飛ばして7月から読んで頂ければと思います。




