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6月(中)ーーデトリアーノ

 次の日の朝起きると、大きな窓の外には、ギリア海のぬけるような青空が広がっていた。蒼空を流れゆく島々のシルエットが遠くに見え、時折、白い花びらが風に乗って流れてくる。


 チルラン島をはじめギリア海の浮島には、年中真っ白な花が咲いているので、こうして花びらが流れてくるのだ。島が近づくにつれて花びらの量は増していき、たなびく雲と相まって白い海のようだ。小さい頃学校で習った古い詩に、ギリア海では「水なき空に波ぞ立ちける」とあるのだが、まさにそのとおりの光景だった。

 


 部屋で朝食をとってほどなく汽車はチルラン島に到着した。


 昨日のことが気まずくて、例の親子に見つからないよう素早く汽車を降りる。夏服をパリッと着こなした駅員さんに切符を見せて改札を出ると、先についていたレオンが眠そうな目で出迎えてくれた。



「おはよう。わざわざ来てくれたの? ありがとう。」


「エリーセは方向音痴だから。迷子を回収するより迎えに行った方がマシなんだよ。」


「……確かにそれはそうだけど、言い方!」


「さて、行こうか。」



 つい、いつもより高いテンションで挨拶してしまったけれども、レオンはいつもどおりだった。私の抗議をスルーして宿屋街に向かって歩き始めたので、仕方なく追いかける。


 チルラン島は面積の8割が岩山で、麓の〈ステーション〉の近くを除けば、狭い道が多い。黒っぽい石を丁寧に敷き詰めた路地は異国情緒に溢れていて、見ている分にはとても楽しい。


 ただ、坂や階段も多くて、宿への道はほとんど山登りだった。


 レオンは、人のいない方を選んで進んでいく。せっかく街を歩くんだから、露天とかお店を冷やかして行きたかったなぁと思うけど、仕方ない。代わりに他のパーティーメンバーの動向について尋ねてみよう。



「ほかのみんなは今日はどうしてるの?」


「エドガーとフェルは先週から空賊退治に同行してる。今日の昼にはちゃんと戻ってくるよ。」


「やっぱり空賊出るんだ。」


「聞いてたより少ないけどね。」


「へぇ、そうなんだ。」



 ギリア海の浮島はどこか特定の国に属するのではなく、新大陸にある国々が共同で管理することになっているちょっと特殊な地域なのだ。資源とかで揉めないようにという趣旨だそうだ。

 各国が持ち回りで守備に当たっているのだが、今年は我らがアリーセ王国が当番を務めている。ただ、アリーセ王国は弱小国なので、海賊に舐められまくっている。例年より空賊被害が多いのは間違いなくそのせいだ。アリーセ王国も騎士団の団長を派遣したり、冒険者を雇い入れて、なんとか凌いでいるらしく、今はなんとか小康状態を保っている。

 エドガーさんとフェルビドさんも冒険者枠で参加してるんだろうな。



「ヴァルディノートさんはこっちに残ってるの?」



 もう一人のパーティーメンバーであるヴァルディノートさんについても尋ねてみる。ヴァルディノートさんはパーティー最年長のおじさんで、とても頼りになる熊みたいな大男だ。


「ヴァルディならまだ寝てる。」


「こんな時間まで寝てるなんて珍しいね。」


 

 早起きが基本の冒険者が9時を過ぎても寝てるなんて、何かあったのかな? 先月お会いした時はいたって元気そうだったけど。



「酒の飲み過ぎ。宿でエリーセの水薬を待ってるよ。」



 なるほど、二日酔いでしたか。水薬とポーションを多めに持ってきておいてよかった。

 でも、ヴァルディノートさんももう若くないんだから、飲み過ぎには気をつけてほしい。



 そんなことを思っていると、レオンが急に立ち止まった。


 なんだろうと思って周りを見渡すと、右の狭い路地から、のこのことキノコが歩いてくるところだった。


 あれは、もしや、トキワナル島にいるという歩くキノコでは?



 誤解のないように言っておくと、私には、ミュルミューレちゃんと違って、キノコを愛でる趣味はない。どちらかというと、金輪際見たくもないと思っていた時期が私にもありました。


 しかし! しかし! しかし! 


 今目の前にいるキノコの短い足を懸命に動かす仕草、そしてつぶらなお目々のかわいさは別格だ! 



「かっわいい!」



 思わず叫ぶと、「「はぁ?」」と男二人が間抜けた声を出して私を見た。



 ん? いつのまにか、一人増えてる? 



「かわいいって、エリーセ本気で言ってるの?」



 レオンが困惑顔で尋ねてくる。もう一人の男も「お前正気か?」みたいな顔でこちらを見てくる。精悍な顔立ちに日焼けした肌と金髪がとても派手だ。しかも額には大きな刀傷が走っている。美丈夫なんだろうけど、どう見ても堅気の人では無さそう。


 

 誰か知らないけど、とりあえずレオンの背中に隠れておく。



「だって、とてもかわいいし。」



 のこのことこちらに向かって歩いてくるキノコを指差してもう一度いうと、二人は睨みつけるようにキノコに視線を向けた。


 呑気に歩いていたらキノコの方も目つきの悪い二人に見つめられているのに気がついたらしく、歩みを止めると、ふるふると震え始めた。



「エリーセの趣味は理解できないけど、まぁいいや。とりあえず、倒していいかな?」


「え? きのこを? お願いだからやめてあげなさい。」



 あんなにかわいいキノコをいじめるなんて!という気持ちを込めて訴えると、レオンが視線を私に戻して「あれ、一応魔物だからね。しっかりしなよ?」と言い始めた。


 他方、おじさんはといえば、相変わらずキノコの方を見ながら、ぽつりと言った。



「知ってるか? あのキノコ、醤油を垂らして炙ると旨いんだぜ。」


「「!!!!!!」」



 おじさんがつぶやいた言葉に、私とキノコは震え上がり、レオンは再びキノコを見た。



「へぇ、旨いんだ。」


 

 おいそこ、嬉しそうに言わないで!!



「あぁ、ちょうどあのくらいの大きさが一番旨い。」



 …ひどい!



 そこで遂にキノコは逃げ出した。



 短い足を懸命に動かして逃げる姿もかわいいな。名残り惜しい気持ちでキノコを見送る。

 この二人は私が責任を持って足止めするから、頑張って逃げ切るんだよ! あと、また会えたらいいな!


 レオンと見知らぬおじさんは、私の後ろで「もったいない。」とか「柚子もあいそう。」「それいいな。今度絶対やる。」という不穏な会話を交わしていたけど、私が振り返るって睨むと口をつぐんだ。


 だが、肩をすくめている姿に全く反省の色は見えない。


 ところで、このおじさん、さりげなく会話に加わっているけど、誰なんだろう?

 先ほどまではかわいいキノコが居たから後回しにしていたけど、こうなった以上疑問に感じざるを得ない。


 感じざるを得ないけど、でも、まぁ、よく考えてみれば、このおじさんに特に興味ない。


 どちらかというとあまりお近づきにならない方が良いように思う。不審者ではないけど危険人物っぽいなと分類し、正体なんて知らなくてもいっかと結論を出す。


 それから早くこの場から立ち去りたくて、レオンに「そろそろ行こう。」と声をかけた。つまり、逃げようというお誘いだ。けれども、レオンはその場をなかなか動こうとしなかった。



 レオンよ。そのおじさんと仲良くなりたいなら、私の居ない時にしておくれ。



 見知らぬおじさんは、そんなレオンを面白そうに見ていたけれども、ふっと笑ってから軽く跳躍して屋根に上がった。


 

 なんと! 均整の取れた体つきから、相当鍛えているんだろうなと思ってはいたけど、とても柔らかく、軽やかな動きで、思わず目を奪われてしまった。



「じゃあな。兄ちゃん、頑張れよ!」



 彼はそれだけいうと、ひらりと身を翻し、屋根の向こうに消えた。



「今の人、知ってるの?」


「会ったのははじめて。でも、嘘だろう。よりによってあいつが出てくるなんて、最悪なんだけど。」



 そう言って、レオンは顔をしかめた。どういうことかと促すと、ちょっと迷ってから教えてくれた。


「今のはおそらく、ロドリーゴ・デトリアーノ。ギリア海きっての空賊だよ。」



 あぁ、やっぱり空賊だったんだ。心の中で納得する。絶対にカタギの人間じゃないと思ったんだよね。



「エリーセ、事の重大性をちゃんと認識できてる? エリーセを守りながらあいつと戦うのは僕でも無理だからね。」


 

 レオンが嫌そうに言う。

 


「それはつまり、レオンより強いってこと?」


 

 ちょっとイジワルして尋ねると、今度は無表情になった。感情を露わにしないように努めているようだ。



「そんなことは言ってない。エリーセっていうハンデが大きすぎるだけ。今日はおそらく本当に偶然鉢合わせしたんだと思うし、この島に長居するとは思えないけど、今回は絶対に単独行動するなよ?」


 

 それだけいうと、レオンは先ほどよりずっと速く歩きはじめた。



 心配してくれているんだろうか? でもまぁ、レオンと同じくらい強いとすると、本気で攻撃されたら確実に〈全自動迎撃装置〉は壊れるだろうなぁ。もしかして、さっきも私が気が付かなかっただけで、二人は戦闘態勢に入っていたのかもしれない。



 デトリアーノの名前は私でも聞いたことがある。もう何年も新聞やギルドの連絡板を賑わせている空賊だ。愛船「レディー・アンジェラ号」に乗って現れたかと思うと、瞬く間に大事件を起こし、あるいは金銀財宝を略奪していくその様は、すでに伝説の域に一歩足を踏み入れていると言っても過言ではない。


 確か、お芝居にもなっていたはず。


 あと、本当かどうか分からないけど、裏で北方帝国と繋がっているんじゃないかとか、旧大陸にあった砂漠の王国の末裔らしいという噂もある。


 なので、レオンが警戒するのも分からない訳ではない。


 食堂でご飯を食べてる時も、お土産を物色している間も、ライティア蝶を採りにいったときも、遊覧船に乗ってる時も、とにかく私が何をしていてもレオンはついてきた。


 他のメンバーもデトリアーノの名前を聞くや、情報を集めたり、作戦の確認をしたりしてたから、おそらくこの反応は正しいんだろうね。


 まぁ、街の外を一歩出たら警戒するのは当たり前だから、私はそこまで気にならなかった。



 でも、サキシオル島にまでついていくと言い出したのだけは困った。他の浮島と違って、上陸するのにさえ、許可証が必要なんだけどな。

 いくら私が「上陸許可証」がない以上ついてきてはいけないと言っても、レオンは聞かなかった。



 というわけで、サキシオル島の管理人テンメイさんが出迎えてくれた時、私は心の底からレオンの密航がバレませんようにと願って冷や汗をかきながら挨拶したのだった。


桜花

散りぬる風の

なごりには

水なき空に

波ぞ立ちける


紀貫之

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