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6月(上)ーー汽車の旅

 6月の第一週、私は王都の外れの〈ステーション〉からギリア海に向けて旅立った。


 子供連れの着飾った貴婦人や太ったちょび髭のおじさんに続いて汽車に乗り込み、まずは荷物を置くために個室に向かう。個室付きの〈人形ドール〉が荷物を私の手から奪うように引き取って、部屋に案内してくれた。


  

 私に割り当てられた部屋は青を基調にした高級感に溢れた空間で、さすが一等車という感じだった。青い薔薇の散った壁紙に金色の光が灯る小さなシャンデリア。家具とカーテンは白色で統一されていて、壁には青磁のお皿が掛かっている。


 車内で一泊する予定なので、今回は奮発して一等車の個室を予約したのだ! ワイバーン様様だね。


 豪華過ぎるお部屋だと眠れないという人もいるけど、私は枕さえ合えばどこでも眠れるからね。部屋の真ん中に置かれた大きなベッドに恐る恐る腰掛けてみると、ふっかふかだった。清潔なシーツの匂いと柔らかさに包まれて、思わず幸せを感じてしまった。


 しかし、なんといっても凄いのは大きな丸い窓からの眺めだった。この前乗車した時は睡魔に負けてしまったけど、今回はこの景色を堪能したいものだね。


 ギリア海までは、西の王国ヘリファルテの首都ステラマドリッド、芸術家の集まる街エストゥディオ、岬の街アルテサーノ、そして、海中都市ナディールの各駅に停車することになっている。途中から海の中を走るのでそちらも楽しみだな。

 

 まずはサロン車と展望車に行ってみよう! 一等車に乗れる機会なんてそうそうないので、車内もしっかりと観て回りたいし、あとね、売店では車内限定のお土産もあるらしいから、ちょっと寄っておこうかな〜と思って。



 廊下に出ようとドアを開けると、ちょうど小さな淑女レディが二人、目の前を笑いながら駆け抜けて行くところだった。ホームでも見かけたけど、二人とも同じ服を着ていて背格好も同じなので、双子なのかな? 


 あと、片方の子は母親のものとおぼしき羽のついた帽子を持っているけど、その帽子絶対高いよ! お母さんに怒られない? 


 そう思っていると後ろから侍女が早足でやってきて、「すみません」と言いながら女の子達を追いかけて行った。後ろ姿から疲労が滲み出ているように見える。大変そうだなぁと思いつつ苦笑いで見送る。

 汽車に乗ったら子供達がはしゃぐのはある程度仕方ないことだ。私だって気分が浮ついている自覚がある。お仕事頑張って!


 でも、サロン室で「星屑のケーキ」を食べていると、侍女が母親らしき貴婦人に双子を捕まえ損なったとひしゃげたボンネットを渡しながら報告していたので、二人は現在も逃亡中らしい。育ちは良さそうだけど、なかなかのじゃじゃ馬娘みたいだ。

 貴婦人がため息をつきながら、「もう放っておきなさい。夕食には戻ってくるでしょう。」と侍女に言っているのが聞こえてきた。


 ナプキンで口を拭って苦笑いをごまかすしかないね。



 さて、汽車は西の王国を通過するまでは空の上を走っていたけど、大陸の西端を過ぎてしばらくすると、徐々に高度を下げ、次の停車駅である海底都市に向かって海にダイブした。


 事前に読み込んでおいたガイドブックの指南に従って、一面ガラス張りの展望車の一列目に陣取っていたのだけれど、海に飛び込んだ瞬間は迫力満点だったし、汽車を覆った小さな無数の泡が消えると、西南の温かく穏やかな海の光景が私たちを迎えてくれた。


 ルビーのような珊瑚や銀色の泡の中を色とりどりの魚の群れが汽車と競うようにしばらく並走する。汽車の魔力に寄ってきてるらしいけど、海が深くなるにつれて、一匹、一匹と戻っていった。

 光が届かなくなったころ、代わりに現れたのは銀色に光る不思議な生物たちだった。客室乗務員さんが灯りを落としてくれたので、プラネタリウムを見ているようだ。


 でも、あれ、きっと最近話題の素材だ。少ない魔力で長時間光り続けるので、最新型のシャンデリアとかランタンの灯りに用いられていると聞いたことがある。ちょうど私もランタンを新しくしたいと思っていたんだよね。


 なんとかして捕獲できないだろうかとガラスに近か寄ると、スーっと銀色の光が消えてしまった。


 あれ? これって私のせい? こわくないよー! 戻っておいでー!



「お客様。深海の生き物は魔力を持っているものが多いので、聖力を行使されますと、魚達が逃げて行ってしまいます。」


 私の邪さが原因かと思ったけど、違うらしい。客室乗務員のお姉さんが困り顔で新婚旅行中のカップルにお願いしていた。


 席に戻ろうと振り返ると、先程の双子の片割れが後ろの席から転げ落ちてきていた。



「………。」


「………。」



 目があい、しばし無言で見つめ合う。うっかり前の席に転げ落ちるってどういう時に起こるんだろう?



 はっ! もしかして悪戯の定番「背中に張り紙」だろうか!?



 慌てて右手を背中に回して何かついていないか確かめるけど、何もない。


 「背中に張り紙」じゃないなら、なんだろう。あと、もう一人の女の子はどこに行っちゃったのかな?


 そんなことを考えていると、女の子は人差し指を口の前に持ってきて「しー」と言っている。何やら懇願されてしまったけど、保護者が困ってたら言わざるを得ないからね? 思わず眉が下がる。


 女の子は体勢を整えると、忍足で展望車を出て行った。


 しばらくゆっくりと深海を眺めていたけど、銀色の光は戻って来なかった。警戒心が強いのかもしれない。

 真っ暗闇を見ていても仕方がない。ちょうどお腹もすいたので、レストランに移動しようかな。でも、その前に絶対に化粧室に行って背中に何か付けられてないか確認しなくちゃね。



 結論から言うと、この時化粧室に行ったのは正解だったのだと思う。カランと乾いた音を立てて大理石の床に何かが落ちた。



◇◆◇




 時間は午後6時前。夕食には少し早いけど、私が訪れた時、食堂車には先客がいた。ひしゃげた帽子を意地で被っている貴婦人と先程の双子の片割れだ。


 子供がいるから夕食が早いんだね。


 二人は、もう一人の女の子が席に着くのを待っているらしい。


 ウェイター役の〈人形ドール〉が席に案内してくれようとするのを制して、親子がいるテーブルの前に立つ。双子の母親が不快そうに私を見上げた。


 まぁ、見知らぬ人が夕食の席に割り込んできたら「こいつ、誰だ?」って思うよね。でも、仕方ないんだ。私だって嫌だけど、話をしないわけにはいかない。腹を括って一本の短杖を二人の前に置いて言った。



「蛟竜の脂で作った蝋燭が芯に使われています。この短杖は、貴女のものですよね?」


 私が真っ直ぐ女の子を見て問いかけると、女の子の肩がわずかに揺れた気がする。しかし、母親はそれには気づかなかったらしい。


「貴女いったいなんなの? 失礼極まりないわ。」


 さりげなく子供を背中に庇ってるあたり、悪い母親ではないんだろうけど、なんというか余裕が無さそうな人だなぁ。



 下手なことを言うと収集がつかなさそうだ。なんと説明するべきか。話の順番を考えていると、ちょうど良いタイミングで侍女が泣きそうな顔で食堂車に入ってきて言った。



「シュテラお嬢様がどこを探してもいらっしゃいません!」


「そんなはずないでしょう? よく探したの?」


 

 双子の母親は、形の良い眉をひそめて聞いた。



「もちろんです! 隅から隅まで何回も探しました。でも、どこにもいないんです。」



 それだけ言うと侍女はとうとう泣き始めてしまった。



 やっぱり、双子のうち、一人が消えてしまったんだ。



「まさか、誘拐なんてことないでしょうね?」



 母親が立ち上がって震える声で言った。騒ぎになっては困るので、なんとか制して提案する。



「まずは、そちらのお嬢さんに事情を聞いてはいかがですか?」


「そんな悠長なことを言っている場合じゃないのよ! それとも…。まさか貴女シュテラをどこにやったの!!」


 

 わお。それは濡れ衣だよ。


 

 興奮しているせいだと思うけど、詰め寄るのはやめてほしい。〈人形ドール〉が間に入ってくれたので、両手を上げて降参のポーズをとりながら距離をとる。ついでに後ろにいる女の子の様子を窺うけど、自分で説明する気は無さそうだ。



「私が説明するけど、いい?」


 

 念のため女の子に確認してみたけど、良いともダメとも言わない。完全に黙りこくってしまっている。了承はもらえなかったけど、君たちのお母さまが睨んでいるからね。話さないわけにはいかないよ。



「その杖は〈蜃気楼ミラージュ〉の杖なんです。希少な杖なのでご存知ないかもしれませんが、これがあれば幻影を作り出せます。」


「それがどうしたっていうのよ!」


「それを使えば、この場にいない人をいるように見せかけることができるんです。短杖は子供でも簡単に使えますし、〈聖印石〉がついているので操作性も問題ありません。」



 母親が黙った。値踏みするような視線でこちらを見てくれたので、これ幸いと早口で説明を続ける。



「もちろん、幻影なので、近くに寄ったり触ったりしたら分かってしまいます。でも、娘さんは2人とも汽車に乗るや否や走って行ってしまったのでしょう? 近くで見ていないのでは?」


「幻影なら、一緒にいたリュラがすぐに気がつくわ!」


「気づくもなにも、〈蜃気楼ミラージュ〉の杖を振ったのがそのリュラちゃんだったら?」



 大きく目を見開くと、母親はゆっくりと娘を振り返った。双子の片割れは相変わらず押し黙って下を向いたままだったけど、その様子からある程度事情を察したらしい。


 母親は短杖を見下ろすと、躊躇いがちに手に取り、振り下ろした。


 しかし、何も起こらない。


 どう言うことかと視線で問うてくるので、仕方なく答える。



「…その杖、魔力が空っぽなので、振っても何も起きませんよ?」



 気不味い沈黙が降りる。あまりにも居た堪れなかったので、思い切って話題を変えることにした。



「えーっと、多分、彼女は空っぽになった短杖の始末に困って、私のポケットに短杖を隠そうとしたんだと思います。そうよね?」



 あの時、銀色の光を捕まえられないかと、私が急に窓に近寄ったので、リュラちゃんは体勢を崩して、転げ落ちてしまったんだよね?

 

 話題を変えつつ、双子の片割れに事実確認を試みる。私は探偵でもなんでもないから、間違っていたら訂正して欲しいのだけど。



「リュラ、どうなの?」



 少しきつい口調で母親が問う。しかし、女の子は黙ったままだった。



 「シュテラはどこにいるの? これだけは答えてもらいますからね。」


 「………。」


 

 あとのことは、親子で話し合ってくれたらいい。そう思ったのだけど、ふと疑問が湧いてきた。



 リュラちゃんは、この短杖をどうやって手に入れたんだろう?



 一つの疑問は更なる疑問を生む。短杖にもいろいろあるけど、〈蜃気楼ミラージュ〉みたいな希少な素材を使った複雑かつ高度な杖は間違いなく特注品だ。子供に作れるような代物ではない。しかも、高価な〈聖印石〉つきだなんて。


 今回のために特注した短杖を、わざと双子に渡した人物がいる?



 そういえば、先ほど双子の母親は「誘拐」と言ったのではなかったか?

 胸が早鐘を打つ。最悪の可能性に思い至り、私はつとめてゆっくりと尋ねた。



「さっき、誘拐とおっしゃられましたが、心当たりがおありなのですか?」


「えぇ。夫はアリーセ王国の外務大臣です。最近、脅迫状が届いたとかで、私は子供たちを連れて故郷に帰る途中です。」



 双子の片割れが驚いたように母親を見上げる。子供たちを不安にさせないように、敢えて伝えていなかったらしい。

 でも、今はそれどころじゃない。母親も同じ可能性に思い至ったのか、息を呑んだ。



「セバスに連絡をとって! 早く!」


「それが、奥様。通信機も見当たらないんです。」


「何ですって!」



 もはや悲鳴のようにしか聞こえない声に、リュラちゃんが耐えきれなくなったのか、ポケットからシルバーの通信機を取り出した。


 双子の母親が慌てて通信機を受け取り起動させると、場違いなほど明るい子供の声が響いた。



『わぁ! もうバレちゃったの?』


「シュテラ? シュテラなの!?」


『げげ! お母さま、まさか泣いてるの!?』


 

 通信機から元気な声が聞こえてくる。



 うーん。もしかして、いや、もしかしなくても、早合点だった?



 双子の母親はその場に崩れ落ちているし、侍女とリュラちゃんはぽかーんとしている。

 私? 背中を嫌な汗が滝のように流れているよ。



「スミマセン。私の早合点だったようデス。」



 間違いなく私の目からはハイライトが消えてると思う。



「いえ、無事ならそれに越したことはありませんし、そもそも悪いのはウチの娘たちですから。」



 そんな会話をこそこそと交わしていると、通信機から男の人の声が聞こえてきた。



『ディアか? シュテラが汽車から脱走して帰ってきたのだが、連絡しようにも通信を拒否していただろう。何かあったときに困るんだから、通信拒否はやめなさい。』



 双子のお父さんかな? 精神的ダメージの著しい母親に追い討ちをかけるのはやめてあげて欲しい。ほら、ブチっと通信を切っちゃったじゃないか!



 ホッとした反動か、その後、ディアさんは晩ご飯を猛然と口に運びながらリュラちゃんを叱っていた。豪快に切り分けられるステーキに恐れをなし、リュラちゃんと私は縮こまって夕食を食べることになった。


 なぜ、私まで……。


 私はそそくさと夕食をかっこむと、早めにお部屋に退散することにした。まったく、慣れない推理(こと)はするもんじゃないね。


 廊下に出ると、新婚旅行中のカップルが言い争っているのが聞こえてきた。正直、今晩、これ以上の修羅場は勘弁してほしい。


 鍵をかけると、〈人形ドール〉に朝まで誰も取り継がないでとお願いして、ふかふかのベッドに倒れ込んだ。

エリーセの推理は半分正解で半分間違いでした。双子に短杖を渡した人物の目的は何なのでしょうか?

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