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5月(下)--旅行の計画とワイバーン

 お隣のマーキアの町に行くという荷車の後ろに乗せてもらって、揺られること1時間。私はリーンハルトの街を見渡せる高台に来ていた。

 原っぱにシートを広げ、クッションの上に寝そべる。隣には本が数冊と冷たいレモンティーが入った魔法瓶にお弁当。


 草原を吹き抜ける爽やかな風が心地よい。木陰に入れば今日は絶好のピクニック日和だ。


 もっとも、今日の目的はあと二つある。


 先月、ミハイル室長代理からお知らせがあり、無事、6月に長期休暇バカンスをもらえることになった。

 まるまる1ヶ月お休みなので、普段できないことをするチャンスだ。これまでの長期休暇は、論文を書いたり、魔道具の製作や改良をしたりして過ごしてきたが、今年は4年ぶりに冒険に出かけようと思っているんだよね。


 行き先はもちろんゴーレムがいるサキシオル島。ギリア海に浮かぶ浮島の一つで、今私が眺めているガイドブックによると、「絶海の孤島」とも呼ばれているらしい。

 もちろん、せっかくギリア海まで遠出するのだから、ついでに他の島も回ってみようと思っている。


 ただ、一つ懸念があって、私は最近ダンジョンらしいダンジョンに潜っていないので、完全に腕が鈍っているのだ。前回の地下迷宮は魔獣にも罠にもエンカウントしていないので流石にノーカンね。

 ギルドの早朝訓練には週に一回参加しているけど、この前もシエルくんの動きに全くついていけなかったし、訓練中に短杖や魔道具を使うことはほぼない。

 ギリア海に着いたら、向こうで冒険者のグループを護衛に雇おうかとも思っているけど、それでもやっぱり最低限の動きは出来るに越したことはない。


 という訳で、本日のメインは短杖を用いた実戦形式の訓練です。


 でも、まぁ、せっかくの休日だし? まずは清々しい5月の陽気の中ごろごろして1週間のお仕事の疲れを癒しても良いと思うんだよね。

 

 

 それから、今日は出がけにギルドによって、いくつか依頼も見繕ってきた。ヘケナ草原に生息する草花や昆虫の採集依頼なんかが最近よく残っていたので、それを片付けようかなと思っている。旅費の足しにもなるし。

 でもまぁ、さすがにワイバーンの生け捕りなんていう無茶な依頼に手を出すつもりはないけどね。


 こちらは絶対にしなければならないというわけではないし、依頼の中の一部についてはここに来る道中で既に完遂済みなので、残りはごろごろしてから、見つけたらラッキーぐらいの心持ちで当たろうと思っている。



 というわけで、私はクッションに身を沈め、サンドイッチをつまみながら、ギリア海のガイドブックをめくって、候補地の選定を開始した。



 まず紹介されているのは冒険者にも観光客にも人気のチルラン島。島に住む小型竜が吐いたドラゴンブレスが冷えて固まったという伝説のある「暁の雪の宝石」がとれることで有名なところだ。ギリア海の中でも一番大きな島で、風光明媚な場所でもあるから、昨今の空賊騒ぎにもかかわらず、観光客で賑わっているらしい。

 

 船で行くにしても汽車で行くにしても、ギリア海での活動拠点はこの島になる。気合をいれて、美味しい料理屋さんやお土産の情報をチェックしていく。



 続いて取り上げられているのは、ハルサラバ島。ピーコック鳥の生息地の一つとして有名な島だ。ピーコック鳥の羽は普通は青緑色なのだが、ハルサラバ島のピーコックはなんと薄桃色。そして極稀にだけど、金色の羽を持つ個体がいるらしい。

 薄桃色の羽は重力に作用する力があって、なかなかお高い素材なので、入手できたら大変嬉しい。この島は有力候補だね。


 

 さらにガイドブックを読み進めて行くと、ユニークな生物が生息する島々が紹介されていた。歩くキノコがいるらしいトキワナル島に、強い催眠作用のある鱗粉を振りまくライティア蝶がいるタオリテ島などなど。

 

 ただ、歩くキノコと言われると、ミュルミューレちゃんの顔が思い浮かんで来る。正直言ってこの前の件でキノコはお腹いっぱいだ。トキワナル島は今回は外そう。でも、ライティア蝶はいいかもしれない。普通の冒険者や学者は蝶に近づくことが出来ず採取に苦労しているみたいだけど、私なら自動で鱗粉を弾けるので普通の昆虫採集とそんなに変わらないかも。自慢ではないが、子供の頃、私は虫取りの達人だったのだ。タオリテ島の横に「虫取り網」とメモする。


 一通り目を通したけど、最有力候補はタオリテ島で、次点がハルサラバ島かな。旅行は行く前が一番楽しいというけど、本当だね。


 レモンティーをお代わりして、次の本を開く。こちらはゴーレムについての専門書だ。ゴーレム文字の研究とか、ゴーレムと相性の良い素材とか、後ろの方にはゴーレムの生態とかについてとにかく小難しく書いてある。


 そう、難しく書いてあるのだ。そんな本を5月の陽気の中、柔らかなクッションの上に寝そべって読んでいたら、何が起こるか。


 直にまぶたがトロンとおりてきて、私はあがらう間も無く寝落ちしてしまった。



◇◆◆



「……リーセ、エリーセ。流石に起きた方が良いと思うよ?」



 どことなく面白がっているような声が耳に届き、意識が働き始める。



 うーーーん。起きなきゃなぁ。



 目を開けて体を起こしてみると、私の視界一杯に大きな白い牙がズラリと並んでいた。あと、真っ赤な舌も見えるね。


 寝ぼけた頭で考える。



「…ワイバーン?」


「うん、ワイバーンだね。正確にはヘケナ・シア・ワイバーンだけど。」



 私の疑問に先ほどの声が答えてくれた。まぁ、学術名なんか聞いた覚えはないけどね。


 ぼんやりとしたまま、両手を上げて体を伸ばすと、ワイバーンは顎が苦しくなったようで、噛むのを諦めた。牙と舌が離れていく。お陰で青空と緑の草原が視界に戻ってきた。


 目の前のワイバーンは、つぶらな瞳で「なんで噛めないんだろう?」という風に首を傾げてから、今度は鋭い爪でちょいちょいと突いてきた。もちろん私は〈全自動迎撃装置〉のお陰で無事だけど、危ないことするなぁ。


 


 少し離れたところで、知り合いの冒険者が一人、頬杖をついて私とワイバーンを見物していた。


 声をかけてきたのが誰なのかを把握し、ため息をつきそうになった。



「襲われてるなら、見てないで助けてくれたら良かったのに。」


「エリーセなら大丈夫だと思って。それに、僕がきた時にはもうすでにワイバーンがじゃれて遊んでたよ。」


「つまり?」


「面倒くさい。」



 今度は自重せずため息をつく。どうやら助けてくれる気はないらしい。仕方ないので左手を振って付け袖から短杖を取り出し、そのまま振り抜く。


 使った短杖は〈縮小化〉。


 ワイバーンが猫ほどの大きさになったところで〈縮小化〉を止めると、ワイバーンは私に見下ろされて首を傾げた。なかなか可愛いけれど、小さくてもワイバーンはワイバーン。危険なので、そのままお眠りいただき〈障壁〉を檻代わりに展開して包み込む。


 いっちょ上がり! 


 まさか、ワイバーンの生け捕り依頼を達成出来るとは。しかも、こんなに簡単に生捕りできていいのだろうか。

 いきなり襲われたらパニックになるところだけど、寝ぼけていたおかげで結果的にとても落ち着いて対処できた。



 改めて右を見ると、頬杖はそのまま「捕まえてどうするの?」と質問がとんできた。



 ワイバーンは文字通り片付いたわけだし、そろそろこいつのことを考えないとね。彼の名前はレオンドーロ・アレクシオス。今や知らない人はいない「ゴールデン・ブレイヴ」というパーティーのリーダーだ。


 4年前の長期休暇(バカンス)の時、まだ無名だった彼らを雇って一緒にダンジョンに潜ったのだが、それはそれは刺激に溢れる休暇だったとだけ言っておこう。まぁ、楽しかったのは楽しかった。

 そう思ったのは彼らも同じだったようで、その後魔族が蔓延るレッドデイヴィス島を制圧したことで一躍有名になり、「レッドデイヴィスの英雄」と呼ばれるようになってからも、親交は続いた。


 ただね、このレオンドーロ・アレクシオスというのは、とても厄介な性格の持ち主なんだよね。礼儀正しく他人との距離感を大事にするエリーセさんが躊躇なく呼び捨てにできる人間ということから察してほしい。奴の実態は、とにかくデリカシーとデリカシーとデリカシーに欠けているのだ。


 他のメンバーは皆気持ちの良い人ばかりなのに……!



「それにしても、エリーセは相変わらずだよね。懐かしいなぁ。爆睡する野営当番なんて、後にも先にもエリーセだけだよ。」


 うん、こういうところとかね。

 どうせ私は一度寝たら朝まで爆睡して、アナコンダに飲み込まれても、火山が噴火しても起きないですよ〜〜〜だ!


 心の中で盛大に文句を言っていると、レオンが私を指差して言った。



「よだれ。垂れてる。」


「えっ!?」



 慌てて口周りを触るけど、何もない。ジトっとした目でレオンを見る。



「嘘だよ。」


「……覚えておきなさい。」



 うん、こういうところもだね! 



 頑張って睨み付けるが、レオンは口元を少し緩ませて笑っているだけだ。余裕綽々というやつだ。ムッとしつつ、私はレオンに尋ねた。



「それで、どうしてここにいるの?」


「そろそろ長期休暇バカンスでしょう? ギリア海に行くなら冒険者がご入用かなと思って。」


 

 レオンはそう言って「喜んでいいよ?」と微笑んだ。



「なんで私が長期休暇バカンスにギリア海に行くことを知ってるのよ?」



 いったいどこから情報が漏れたんだ。相手は世界中を飛び回る冒険者で、私は一介の調査官だぞ。たまたま知ったなんてことはあるはずがない。



「情報収集は冒険者の基礎だからね。エリーセの動向は把握してる。」


「誰から聞いたの?」


「情報源秘匿権を行使しま〜す。」


「ふーん。じゃあ、新しい情報をあげましょうか。冒険者は現地で調達しま〜す。」


 

 いつもなら私たちの言い合いを止めてくれる他のメンバーがいないので、言い争いはどんどんエスカレートしていく。



「へぇ〜現地調達か〜 あっ! もしかして、エリーセお金ないとか? そっか〜 一流の冒険者は高くつくもんね〜」



 うっ。これは地味にクリティカルヒットだ。というか、資金に余裕のある錬金術師なんてほぼいない。理由は余分なお金があれば素材を買ってしまうから。私は老後の資金を別に貯めてるからまだマシな方だけど、自転車操業の錬金術師は多い。レオンは錬金術の実情を知って煽っているのだ。性格の悪い奴め!


 しかし、今日のエリーセさんは一味違うのだ。このワイバーンを持って帰りさえすれば大金が手に入る!



「残念でした〜。ワイバーンの生け捕り依頼を今達成したから、1000万手に入るんです〜〜!」


 

 それを聞いて、レオンがいつもの無表情に戻った。ぶっきらぼうと言ってもいい。



「誰だよそんな依頼出したのは。と思ったけど、エリーセのことだから、専属受注したわけではないよね?」


「えっ? うん、そうだけど。それがどうしたの?」



 専属受注すると、自分だけが専属的に依頼を受けることになり、他の人はその依頼を受注出来なくなる。依頼の完遂が早い者勝ちにならない代わりに、期限内に達成できないとペナルティーがあるから、基本的に私は使わない。それにもともとワイバーンの生け捕りなんてチャレンジするつもりはなかったし。


 しかし、それだけ確かめると、レオンはとても悪い顔をして言った。



「ということは、僕が別のワイバーンを生け捕りにして先にギルドに戻ったら、1000万はエリーセの手に入らないということだね。」


「はああああ!?」


 

 私の声が草原に響き渡る。後ろの草むらから小鳥が一斉に飛び立った。


 信じられないほどの性格の悪さだけど、こいつならやりかねない。

 実際、レオンは東の空を見つめながら、「あっちにいそうだなぁ」と呟き、これ見よがしに聖剣を抜いた。


 さっき私を助けるのは面倒とか言ってたくせに!! 嫌がらせのためなら剣を抜くの?



 右手に〈目眩し〉、左手に〈遅延〉の短杖を握り、手加減なしに振る。人に対して短杖で攻撃するなんて普段なら怖くてできないけど、レオンならいいよね? 


 もちろん、レオンはだてに「英雄」とは呼ばれていない。必要最小限のバックステップで難なくこれを回避した。でも、見切られることは私だって予想している。第2、第3の短杖を行使済みだ。


 レオンが無表情のまま地面に凍りついた右足に視線を走らせ、舌打ちする。


 もっとも、あえて罠にかかったフリをして遊んでいるだけだと思うので、これはお芝居に違いない。順番に短杖を呼び出して、これでもかと罠を張っておく。ちょっとでも、時間を稼げるならそれでいい。

 

 レオンが余裕をこいて装備を傷つけないようにゆっくり氷を溶かしている間に、私はカバンにシートやらクッションやらを詰め込んで、王都に向かって駆け出した。


 

◇◆◇



 さて、王都に戻る途中で私は生け捕ったワイバーンを担いだレオンに追いつかれた。可能な限り妨害したけど、レオンは涼しい顔で追い抜いて行った。無念。


 だが、生きたワイバーンを担いで現れた冒険者の通過を簡単に許すほど、我が国の関所は甘くない。なんとか追いついた私はアッカンベーをしながら先に関所を通過した。


 王都内の通りは、魔力を使った通行が禁止されているし、日が落ちるまでは屋根伝いの移動もしてはいけないことになっているので、早足で進む。

 本当は走って行きたいところだけど、私の体力ではギルドまでもたないと思うので、やむを得ない。


 これに対して、レオンは身体強化をせずとも、持ち前の体力と運動神経だけで走りに走った。まぁ、ワイバーンを担いでいたので、途中3回も騎士団の職務質問にあっているところを追い越した。



 鈴蘭が彫られたギルドの扉を先に潜ったのは、僅差でレオンだった。私がギルドに入った時、レオンはギルドの総合受付嬢のエレンシアさんにワイバーンを受け取ってもらおうとしているところだった。エレンシアさんは困った顔をしているが、レオンはそれに気づくことなく全く乱れていない髪をかき上げ、勝ち誇った顔でこっちを見てくる。だが、私は鼻で笑った。



 ばかめ。依頼完遂報告のカウンターは奥だ! 



 レオンは昔から受注や完遂報告などの用事を全部他のメンバーに任せていたからね。そのつけが回ってきたのだ! ギルドには細かいルールや手続きが沢山ある。冒険者がその全部を知っている必要はないけど、全く知らないでいると痛い目をみるよ。けけけ。


 私はツカツカとホールの奥に進み、依頼完遂報告カウンターにミニワイバーンを置いて、息を整えてから言った。


「依頼完遂です。」


「かしこまりました。成果物を確認します。隣の部屋で大きさを戻して納品していただけますか?」


 

 身内に対しても礼儀正しく、受付のお姉様が手続きを進めてくれる。だが、もちろんレオンはこれに納得していなかった。一瞬でこちらにやって来ると質問を始めた。



「僕の方が先に依頼完遂報告をしたのに、これはどういうこと?」


「それについては私からご説明しましょう。」


 

 レオンの問いに答えたのは、エレンシアさんだった。


 エレンシアさんが背筋を伸ばし、凛とした声で説明してくれる。

 


「確かに、ギルドに生きたワイバーンを先に持ち込まれたのは、アレクシオス様です。しかし、まず第一に、当ギルドでは依頼完遂報告並びに納品は、専用のカウンターで受け付けていますので、今後はこちらをご利用ください。」



 そうだ! そうだ! 心の中で相槌を打つ。

 レオンは腕組みをして続けるように促した。



「総合受付において依頼完遂報告を受け付けた前例がないとは言いません。しかし、第二に、今回のワイバーンの生け捕り依頼は、今から38分前に、エリーセさんから専属受注の連絡が入っております。したがって、アレクシオス様が依頼を受けることはできませんし、ワイバーンを持ち込まれても完遂報告を受理することはできません。」


「は? いやでも、専属受任はしていないって…?」



 レオンが当惑したように私を見ながら言う。



「あの時点ではね。レオンと別れた後ギルドに通信を入れて専属受注したの。当然でしょう?」


「………参ったな。」



 長い沈黙の後、レオンが呟いた。今までギルドの手続き関係とかの面倒事を他のメンバーに押し付けていた自覚はあるんだろうね。両手を上げて、潔く負けを認めた。



「それでは、こちらのワイバーンはお持ち帰りくださいね。」



 エレンシアさんがすかさず気絶させたワイバーンをレオンに押し付け、そのままギルドの外に追い出す。エレンシアさん、お仕事が早いです。

 でも、分かるよ。ワイバーンって、ちょっと、いや、かなり臭いもんね。


 他の受付嬢さん達もこれ見よがしに窓を開けて換気している。



 開け放たれた窓から、ギルドの前で途方に暮れてワイバーンを見上げるレオンが見えた。ちょっとかわいそうだったけど、すぐに騎士団の皆さんが回収に来てくれたから、まぁ大丈夫でしょう。私も早く納品しなくちゃね!



 明日からまた仕事かぁ。私は大きく伸びをして有意義な休日を締めくくった。


チルラン=散るらむ

サキシオル=咲き萎る

トキワナル=常盤なる

ハルサラバ=春去らば


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