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5月(上)ーー魔法の練習

 5月のよく晴れた休日、私は「あすこと荘」の大家、レダさんの部屋にお邪魔して、ネア君の特訓を眺めていた。


 ネア君はエレンシアさんにいたく感銘を受けたらしく、〈人形ドール〉に興味を持った。エレンシアさんが普通の人間ではないことをネア君は1回会っただけで気づいていたんだね。


 ネア君のお父さんは、塞ぎがちだった息子が〈人形ドール〉に興味を持ったことを大層喜び、さっそく子供用の〈人形ドール〉キットを買い与えた。ネアくんはお父さんやレダさんの助けを借りつつ、一か月かけてなんとか〈人形ドール〉を作り上げたらしい。


 完成した作品を見せてもらったけど、とても面白い構造だった。子供用と侮るなかれ。ネア君が命じると前進したり光ったり宙に浮いたりと色んな動きを見せてくれた。今もネア君の膝の上に収まって、主人マスターの奮闘を見守っている。


 しかし、ネアくんは、これでは満足しなかった。彼が目指すのはアリーセ王国史上屈指の魔導士が最高級の素材と極めて高度な技術を注いで作ったエレンシアさんなので、さらなる研鑽を積まんとレダさんに魔力の使い方を教えてもらっているのだ。



「そこの線が波うっちまってるよ! おや、こっちもだ。そうそう、良い感じだよ。」



 レダさんはちょっとスパルタだけど、なかなか教え上手だった。ネア君は楽しそうに宙に線を引いていく。あまりにも楽しそうなので、ほんのちょっぴりだけだけど、私にも魔力があったらよかったのになぁと思っちゃった。


 お会いする魔導士の方々はいとも簡単に魔力で魔法陣を描いていたけど、こうやってネア君を見てると、さぞかし修行を積んだんだろうなと思う。


 千里の道も一歩から。ネア君が再び息を詰めて魔力で3つの円を同時に描き始めた。オレンジ色の光の線がダイニングに広がっていく。



 今、ネア君が練習しているのは、魔力の出力と制御らしい。魔力で自分が思う通りの図形が描けるようになるのが目下の目標だ。

 出力する魔力を均一にしないと線が波打ったり崩れたりしちゃうし、他のことに気を取られて出力を維持出来ないとせっかく作った図形が消えてしまう。なかなか難しそうだ。

 そして、これが完璧にできるようにならないと意味のある図形、つまり〈魔法陣〉は教えてもらえない。〈魔法陣〉の線が乱れると、全然違う魔法が発動したり魔力が暴発したりすることがあるからね。まずは意味のない図形で練習するのだ。

 とはいえ、純粋な魔力であっても十分危険なので、念のため、袖に〈解呪〉と〈停止〉の短杖を忍ばせてネア君の練習を見守る。


 先月から練習を始めたばかりだから上手く魔力を制御することが出来ず苦戦しているけど、レダさんによると、ネア君は魔力を視ることだけは始めから出来ていたらしい。それもかなりの腕前で、視ることだけなら本職の魔導師よりも熟達しているかもしれないとか。


「無意識に〈魔眼〉を使ってるじゃないかね?」とレダさんがこぼしていたけど、多分それはアタリだ。〈魔眼〉でないと、エレンシアさんの正体を見破ることはできないだろう。でもネア君はいつ〈魔眼〉を修得したんだろう。〈魔眼〉は身体への負荷が大きいので、ちょっと心配なんだよね。



 せっかくなので言い訳すると、私は魔力がないので、〈魔眼〉の短杖か〈測定器〉を使わないと、可視化されない限り魔力というものが分からない。調査官がギルドの受付嬢を〈魔眼〉で見なければならない場面なんてないし、ギルドの人もエレンシアさんを一人のヒトとして見て接していたので、まさか〈人形ドール〉だとは思いもしなかった。


 ただ、旧王宮の地下迷宮から戻った日に、帰りを待ってくれていたエレンシアさんが「ばれちゃいましたか。」とお茶目に言った後に続けた言葉はちょっと心に突き刺さった。

 

 彼女は「せっかく友達ができるかと思ったのですが、残念ですわ。」とジョークっぽく言ったのだが、なんだか無理してるように見えたんだよね。


 エレンシアさんは優秀な総合受付嬢だし、みんなに頼りにされている。けれども、思い出す限り、誰も仕事終わりに飲みに誘ったり、休日に遊びに行こうと誘ったりしていなかった。先日は差し入れのおやつがエレンシアさんにだけ回っていなかった。

 

 エレンシアさんは私が気がついていないことに気づきながらも、自分が〈人形ドール〉であることを黙っていた。

 これの意味するところについて考えていた私の意識を現実に戻したのはネア君の歓声だった。



「できたよ! 見てお姉ちゃん!」



 ネア君が満面の笑みで私を見上げている。

 

 部屋いっぱいを使って明るいオレンジ色の円が3つ描かれていた。



「わぁ! 大きな円ね。ネア君すごいわ。」


「まったく大きすぎだよ。よくやったね。」


 私たちがたっぷりと褒めると、ネア君は嬉しそうに笑ってくれた。

 線がガタガタしてる所もあるけど、そこは今後に期待だね。ネア君が嬉しそうなので、私まで嬉しくなってニコニコしてしまう。



「さぁ、今日はここまでだよ。そろそろ疲れが出てくる頃だからそれをしまいな。お昼にするから手伝っておくれ。」


 時計を見ればもうすぐ12時だ。ネア君はもう少し練習したそうだったけど、オレンジ色の円を消すとレダさんについてキッチンに入っていった。私も後を追いかける。



 レダさんのキッチンは何度見ても素敵だった。


 暗めの松葉色の塗り壁に、私の目線の高さ位までアイスグリーンとモスグリーンの大きめのタイルが交互に斜め張りされ、それを縁取るように上下に小さなベージュ色のタイルが並んでいる。ワークトップが黒色の人工大理石なので、壁の緑色がよく引き立っている。


 吊り戸棚やフロアキャビネットは樫の木だろうか。深く濃い茶色は落ち着きと年季を感じさせるけど、収納棚のとっての金具や蛇口は鈍く金色に輝いていた。


 壁には橙赤色に輝く銅のお鍋やお玉などがかけられ、どっしりとした食器棚にはお皿や調味料、それから干しイチジクやハーブの入った瓶がずらりと並んでいる。


 窓辺のクリスタルの花瓶には可憐な白い花をつけたサンザシの枝が生けてあり、どこも掃除が行き届いていて、清潔感もばっちりだ。


 こんな台所だったら、いくらでも料理したくなるよね。


 

 レダさんがお鍋に火をかけ、オーブンからこんがり焼いたパイを取り出した。本日の昼ごはんはミートパイらしい。

 

 パイを切り分け、ミルクティーを入れると、私たちは、感謝を捧げてお昼をいただいた。




「ところで、ネア君は錬金術には興味ないの?」



 ネア君のお皿が空になるのを見計って、私は密かに気になっていたことを聞いてみた。


 いや、だって錬金術面白いよ。魔力が多すぎると作業が難しいけど、ネア君くらいなら問題ないと思うし、魔力を自在に使えるのであれば〈錬成〉もできるから錬金術師としても大きなアドバンテージになる。

 なにより物づくりが好きなら錬金術いいと思うよ〜。


 しかし、ネア君の返事はにべもなかった。



「魔導師の方がカッコいいもん。」


「…そっかぁ。」



 思ったよりダメージが大きかった。そっかぁ。錬金術は人気ないのか。

 今度、ゴーレムの〈核〉を無事入手できたら、変形するロボットでも作ろうかな。少年たちの心を鷲掴みにするような、こうカッコいいやつだ。デザインについてはシエルくんに相談に乗って貰うとして、問題は技名だな。


 私が難しい顔をしながら錬金術師の復権への道筋を考えていると、ネア君が申し訳なさそうに見上げて「ごめんね」と言った。気遣いが胸へと突き刺さる。



 その時、あすこと荘の外からネア君を呼ぶ声が聞こえてきた。女の子の声だ。



「ネーアーくーん! まどうしごっこ始めるよー! あくとくれんきんじゅつしをやっつけるよー!」



 そ れ か !



 何というごっこ遊びが流行っているんだ! 


 ネア君は「ご馳走様でした!」と早口で言うと、食器を台所に運び、表に飛び出して行った。ネアくんの〈人形ドール〉も弾むように後を追う。


 視界の端で、レダさんがやれやれとばかりに頭を振るのが見えた。 

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