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4月(下)ーー第9階位魔法

 旧王宮地下迷宮の最奥。人智の極み第9階位魔法〈マジック・キャッスル〉に挑む日がやってきた。カッコよく言ってみたけど、ダンジョン内はすでに整備されていて、仮設された〈転移陣〉や〈通り抜け〉の短杖を駆使して進むので、道中はとても味気なかったりする。私たち一行は、道中魔物に遭遇することも罠にひっかかることもなく、早朝に出発して1時間ほどで第37層に到着した。実際の攻略とは一味も二味も違うのだ。


 もちろん、何が起こるか分からないのが〈ダンジョン〉というものだ。きちんと装備を整え、食料も水もたっぷりもって進んだけどね。


 

 ミハイル室長代理が「最終説得」を試みてる間に、調査官室の中年3人組が運んできた結界装置を組み立てていた。3人組は案外手際良く、魔力のない私はお役に立てそうにないので、シエル君達と周囲の警戒という名の第37層の観察に勤しんでいた。


 旧王宮の地下迷宮ダンジョンは第1層から第36層までは宝物庫や武器庫と思しき部屋や石の回廊ばかりだった。けれども、第37層は全く趣の違う空間だった。


 地下のはずなのに、頭上には不思議な程明るい夜空が広がり、白い砂の大地がどこまでも続いていた。遠くにぽつんぽつんと大型竜の骨が標本のように置かれている。


 微かに瞬く星は天球を動いていないし、地平線はどこまで行っても真っ直ぐ。風もない。

 美しいのに、不気味。第37層は、人ならざるものが造った空間だった。


 そして、この空間の中に、黒塗りの半球型の〈マジック・キャッスル〉がまるでオブジェのように建っていた。遠近感が分かりにくいけど、事前に読んだ調査報告書によると、半径50mはあるらしい。

 

 しかし、この違和感だらけの空間の中に、よくもまぁウォルフガング室長は1ヶ月以上も篭っていられるよなぁと思う。何度来ても慣れない空間だと思うのだが…。ミュルミューレちゃんなんか、先ほどから私の右腕にしがみついて離れてくれないし。



 そんなことを考えていると、ミハイル室長代理が首を振りながら戻ってきた。



「室長代理、様子はいかがでしたか?」



 一応様子を尋ねると「反応がない。寝てるのかもな。」という答えが返ってきた。


「寝てる…」



 思わず繰り返してしまったが、ミュルミューレちゃんも「ここで? 眠れるの?」と首を捻っている。



「多分だけどな。でも、好機かもしれない。今のうちにさっさと片付けっぞ!」



 ミハイル室長代理は、メンバーに集合をかけた。


 さて、今回のメンバーだけど、調査官室以外からも参加してもらっている。ギルドのパトロール隊から、戦斧使いのグレゴリーさんと魔導士のシスティナさん、聖導士のメリッサさんに応援に来てもらっているし、現役冒険者を2グループ雇った。「白い弾丸(バル・ブランシュ)」のアリア・プーラさんフィリア・プーラさん姉妹と雪辱に燃える「東洋の魔女(エスト・ソルシエール)」の皆さんだ。


 挨拶のとき、「東洋の魔女(エスト・ソルシエール)」の団長さんに「リーンハルトの『不落の錬金術師』と一緒にお仕事できるなんて、光栄ですわ。」と言っていただいたけど、恐れ多いです。まぁ、シエルくんやミュルミューレちゃんにも似たようなことを仰っていたので、彼女にとっては挨拶みたいなものなのだろうけど。


 とにかく、今日は女性がいっぱいなので、なんだか雰囲気が華やかだ。



 作戦自体は地上で何度も打ち合わせてから来たので、ミハイル室長代理が合図をすると、全員配置につき、魔導士の皆さんが〈きのこマウンテン〉の発動に取りかかった。


 多人数で一つの魔法を創り上げるのは難しいらしいけど、見てる分にはとても幻想的な光景だった。黒いドームを取り囲むように淡い光の粒子が立ち昇り、徐々に立体多重魔法陣を形成していく。

 第37層の明るい夜の中、漆黒のドームを取り囲むように展開された煌めく真紅の立体多重魔法陣はとても精緻で、綺麗に映えた。


 ただ、どんなにすごく見えても、〈きのこマウンテン〉は〈きのこマウンテン〉だった。魔法陣が完成するとポンっという気の抜けるような音を立てて、〈マジック・キャッスル〉のてっぺんに真っ赤なキノコが生えた。これを皮切りにポンっポンっとあちこちで音をさせながら次々にキノコが生え、どんどん成長していく。さっきまでの美しさが嘘のような奇妙な光景だった。


 私やシエル君、それから中年3人組も短杖を振って、どんどんきのこを生やすので、〈マジック・キャッスル〉は5分ほどできのこの山に覆われてしまった。文字通り、きのこマウンテンである。

 しかも、一部のきのこは5〜10mくらいの大きさまで丸々と成長し、はちきれんばかりだ。


 ミュルミューレちゃんは鼻息荒くその光景を見つめている。まったく、女の子がそんな顔するんじゃありません。

 ちなみに室長代理もシエル君も、そして冒険者の皆さんも、ミュルミューレちゃん以外は全員「こんな馬鹿げたことをしたんだから頼むから上手くいってくれ」という祈りに似た心境で静かにキノコの成長を見守りつつ、追加で杖を振った。



 きのこで覆われてしまったので、様子は全然分からない。しかし、きのこが魔力を吸っているのは確かなようで、赤いきのこは嵩を増して、遂に毒々しく輝き始め、そして大量の胞子を撒き散らして破裂した。


 少し離れたところに立っていた私たちのところにも爆風に乗って胞子と小さなきのこが飛んできた。胞子の毒対策も万全なので問題はないけど、ミハイル室長代理は難しい顔をしているし、「東洋の魔女(エスト・ソルシエール)」の皆さんも観測チャートと睨めっこしている。


 果たして、胞子が晴れた時、〈マジック・キャッスル〉は相変わらずそこにあった。



 あっ! でも全然太刀打ちできなかったわけではないよ。〈マジック・キャッスル〉は明らかに小さくなっていた。



「今なら最大火力で攻撃したら、壊れるかもしれないな。」


 

 ミハイル室長が顎をさすりながらポツンと言った。


 ただ、魔導士の皆さんは、先程の〈きのこマウンテン〉に魔力のほとんどを注ぎ込んだので、すぐには動けない。「白い弾丸(バル・ブランシュ)」の二人かシエル君あたりが適任ではないだろうか。


 考えがまとまったらしく、ミハイル室長がシエル君に命令を下した。



「シエル。〈マジック・キャッスル〉に最高速度でエリーセを叩き込め。」


「「はい?」」



 ナンデスト??? 


 私を爆弾かなにかと間違えていませんか?



「エリーセが〈マジック・キャッスル〉にぶつかったら、〈全自動防御装置〉が作動するだろう?」


「なるほど。」



 ミハイル室長代理とシエル君が実験対象を見るような目で私を見てくるが、なるほどじゃないよ! あと、名前違うし!!



「いやいやいや。〈マジック・キャッスル〉の方が強かったら、私ぺしゃんこですよ?」



 私が頑張って反論すると、ミハイル室長代理があたかも今思いついたというふうに、しかし、これで決まりだとばかりに言い放った。



「なら、エリーセが自分の足で突っ込んで、怪我しない程度にタックルしてくれば問題ないな。」



 鬼の室長代理め。最初からここに着地点を持ってきたかったのだろうな。しかし、もう一つ大きな問題がある。



「壊れたらどうするんですか? 修理するにしても一から製作するにしてもとんでもなく時間とお金がかかるんですよ?」


「そんときは金と材料は室長の在庫をいくらでも自由に使っていいぞ? 新しい機能もつけ放題だ。」


「うぐぐ…!」


 

 ミハイル室長代理がわざわざポケットから鍵を取り出して見せる。なんと魅力的な提案。室長のコレクションがあれば、諦めたあんな機能やこんな機能が実現できるかもしれない…。やってみる価値はあるかも。


 私が動揺してるのが分かったのか、ミハイル室長代理はたたみかけた。



「あと、成功したら、「サキシオル島」の上陸許可証とゴーレム捕獲許可証を連盟から貰ってやるぞ?」



 「サキシオル島」というのはゴーレムの〈核〉がとれる唯一の場所だ。天然ゴーレムの保護のため、入島からして制限されている。しかも、ゴーレムの〈核〉は汎用性が高く、各国の王宮や有名な研究所、それから大学が買い占めてしまうので、なかなか市場に流通しない。こんな機会を逃す錬金術師などいないだろう。


 私は、あっさりと誘惑に負け、〈マジック・キャッスル〉の前に向かった。


 気の進まない仕事はさっさと終わらせるに限る。設定をちょっといじってから、両手で黒塗りの壁を押すと、2、3回波打ってから黒い粒子になって霧散した。〈きのこマウンテン〉でかなり弱体化していたのであっけなく終わったが、周囲に被害が出ず何よりだ。


 しかし、誰も私の勇姿を見届けていなかった。私がみんながいる方を振り返ると、買い出しに行って戻ってきたウォルフガング室長をミハイル室長代理が無事確保したところだったのだ。



「ずいぶんと騒がしかったですが、もう終わりましたか?」


 そして、肩を落とす私に、冷たく言い放った女性が一人。研究者のような白衣を着て、地面に散らばった屋根瓦ほどもある大きな破片を丁寧に拾っている。氷のような薄い水色の瞳を伏せぎみに、輝く銀髪を耳にかける仕草は実に近寄りがたい。

 しかし、その顔には見覚えがあった。髪や瞳の色が違うし、表情も全然違うけど、ギルドの総合受付嬢によく似ている。


 

「え、エレンシアさん?」


「ええ。でも貴女が会ったことのあるエレンシアとは別の個体ですけどね。」



 思いがけず、肯定の返事が帰ってきた。しかし、「個体」とは? 疑問がそのまま口に出た。



「…個体。ですか?」


「彼女のデータを同期した時、まさかと思ったのですが、やはり気がついてなかったのですね。私たちはウォルフガング室長の〈エレンシア・ドール〉、つまり人工精霊を搭載した人形ドールであって、人間ではありません。」

 


 でも、そう話す姿は、どこからどう見ても生身の人間に見える。まぁ、無表情なところは確かに人形ドールっぽいかもしれない。


 破片集めを手伝おうと私が手を伸ばした時も、一度視線を向けて確認しただけで何も言わなかった。総合受付嬢のエレンシアさんにはある愛想がない。

 

 おしゃべりは期待できそうにないので、黙々と破片を集めていると、白い砂の中から羊皮紙が出てきた。何だろうと思いつつ、手にとってそっと砂を払うと、走り書きが読めた。


 

 『其は、悲劇から生まれ、災厄を招く。』



 うーん…。


 いけないものを読んだような気がする。


 いったい、ウォルフガング室長はここで何をしていたんだろう。あと、この破片はそもそも何なんだろう。卵の殻みたいだけど、それにしてはえらく分厚く硬い。


 見て見ぬふりをすべきなのだろうか。ちょっと悩んでから、私はエレンシアに声をかけた。社会人というものは、大事に至る前の報告が肝要なのだ。



「エレンシアさん。砂の中からこんな羊皮紙が出てきたのですが、取り分けておいた方が良いですか?」



 すると、エレンシアさん(仮称2号)は初めて動きを止め、一瞬で私の目の前に来た。冷たい双眸に見つめられてちょっと動揺しながらも羊皮紙をお返しすると、エレンシアさん(仮称2号)はすぐに破片拾いに戻ってしまった。


 質問を許さない雰囲気ですね!


 私の繊細な心はもう折れそうだ。今日の晩ごはんは奮発しよう。私は必死で自分を宥めた。

 そして、ミュルミューレちゃんが「先輩! 帰りますよ〜!」と迎えにきてくれたとき、私は心の底から安堵した。



いつも読んでいただき、ありがとうございます。

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