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※ここから先は新規UPになりますが、続編ではありません。
元のお話の大幅改稿版になります。書き足しや区切り変更があり、まだ中盤(以前の内容9~10話)あたりです。
しかも展開的にアレなところで恐縮です。
紛らわしくて申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
「ふ、ふん、そんな証拠をもし本当に手に入れたなら、今日までに渡していないのはおかしいだろう。おまえがヴァルト家に滞在していたことはわかっているんだ」
結構バレている。
内心の焦りが出ないように、深呼吸をした。息を整えるのは、さっきから何度もしているので不自然にはならないだろう。
カシュカが無表情の裏で、固唾を飲んでいるのがわかった。
話の綻びを見つけて、ロキュスが余裕を取り戻そうとしている。そうはさせるか。
わざと憐れむ表情を作って、床から見下ろしてやった。誰が何と言っても見下ろしている。
「エサイアス、ヴァルトは、金払いが悪くてね。昨日までは、その、交渉をしていたんだ」
「だ、だったら何故、貴様がここに戻る必要があったんだ!仕事は終わっているはずだろう!」
「それを、おまえに、教えると思うのか?」
とか言って、ホントは言い訳が思いつかなかった。実際その通りだ。掘り下げられるととても危ない。
ボロが出る。そろそろ思考も限界だ。ロキュスが馬鹿でありますように。
はぁ、息がつらい。切れ切れに、小さくなっていく。
「このままなら、あの書類は、エサイアスに渡、る。こんな、ところで、女を、いたぶっている間に、パーセット家の、信用は、失墜する。
止めたければ、カシュカを、解放しろ」
そしてこの部屋から早々に出ていけばいい。もう眠りたい。
手足の感覚がさっきからなくなってきている。
水で濡れているから寒いはずなのに、寒いのか熱いのか痛いのか、よくわからないのだ。
けれどこれで少なくとも、わたしたちがすぐに殺されることはないだろう。きっと多分おそらく。
うまくすれば、カシュカだけでも屋敷の外に出ていける。
今の話を聞いていれば、庭に埋めてある書類に証拠能力があることは察せた。
それをエサイアスに報告することができれば、強制捜査に踏み切れるかもしれない。
この推定半年くらいの間を、頑張って生きたご褒美に、今日までの数週間があったのなら。
それをくれたエサイアスとカシュカに、その恩返しをしたいのだ。
間もなくご友人とやらが数人やってきたけど、ロキュスは不機嫌さを隠しもせずに追い払う。それどころではなくなったということだ。
納得しない男たちが暴れ出しそうなのを、執事が何とか執り成し、サロンに招いてもてなすようだった。
にわかに賑やかになっていた大部屋が、静寂に包まれる。ロキュスも侍従にここを見張らせると、足早に出て行った。
「マナさん!」
眠りに落ちそうなのを、カシュカの声が引き戻した。
薄く目を開けたものの、一度力を抜いてしまった身体では、返事をする気力もない。
すると、カシュカがすごい音を立てて椅子ごと倒れた。身体は動かないがぎょっとする。
立派な長テーブルの向こう側で侍従も反応したが、扉の守りを優先したらしい。こちらに来る様子はなかった。
そしてなんだか無理やり動いて、カシュカは縄を抜けた。すごい。
「心臓がいくつあっても足りません。どうしてあんな無茶を」
侍従に聞かれないように、声は囁くようになる。感覚のない手を、ぎゅっと握られた。
鉛のような唇を無理やり動かして、できるだけ軽い口調で言う。
「そんなの、あいつの嫌がる顔を、見たいからに、決まってるじゃないですか」
やられた分を返すにしては、虫けらパンチだった気はするけど。
ふと笑って見せると、カシュカが潤んだ目のまま小さく吹き出した。
「あなたって人は」
ぼろぼろと涙が溢れ、わたしの指先に降ってくる。
「お見事でした。おかげで私は、副局長を裏切らずにすんだ」
「ふ、く、?」
「エサイアス様のことです」
「そっ、か。カシュカさんは、ここを必ず出て。エサイアス、を、連れて来てください。わたしはここで、待っているから」
「いいえ、いいえ!それでは間に合わない。あなたは今すぐにでも治療を受けなければ」
そういうカシュカだって、満身創痍だ。
無力だな。
わたしたちは、本当に。
それでも意外としぶといんだって。
だってまだこうして生きている。
(大丈夫、待っているから)
だってもう動けない。
「それが、いちばん、だから。かのうせい、が」
「マナさん!」
わたしの意識を繋ぐために、カシュカが呼ぶ。心配してくれている。
無表情に見えていた彼女の中に、隠れていたもの。
包むように冷たい手を握ってくれる。感覚がないはずなのに、温かいと思った。
「脱出できるようならもちろんしますが、その前にせめてあなたをベッドに運ぶよう交渉します。もちろん応急処置も」
カシュカが決意の表情を、侍従が立ち塞がる重厚な扉に向けた、その瞬間だった。
どん!
低い衝撃が遠くに感じられた。方向的には、正面玄関だろうか。また何度か響く。何かがぶつかっているような音だ。
「何かしら、こんな夜更けに」
不安げなカシュカが、扉の方からわたしを守るように身体を動かした。
それから俄かに、屋敷内の気配が慌ただしくなった。
ばたばたと、普段では考えられないはっきりした足音が、部屋の前を何度も通り過ぎる。慌てた声。
外の尋常ではない様子に、扉を守っていた侍従も廊下に出て行った。
やがて、本格的に秩序をなくした怒鳴り声や、乱れた人の気配が満ちる。
サロンに招かれている男たちだろうか。それにしては人数が多いような。あ、サボっていたのがバレた使用人の反乱か。もっとやれ。
まだ侍従は戻らない。
この隙にカシュカ一人なら逃げられるのではないかと見上げると、耳をそばだてて、信じられないものを目にしたような顔をしていた。
「カシュカ、さん?」
「私たち、助かるかもしれません」
感極まったように、手を握る指に力を込めて彼女が言う。
真意を問おうと口を開いたところで、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。複数の足音がなだれ込む。
「私の屋敷で勝手は許さんぞ、エサイアス!!」
呪いを吐くような耳障りな音が、大切な名前を呼んだ。
(エサイアス?)
「ロキュスを拘束して、連れていけ」
静かな声が指示を出すと、すぐに抵抗する叫びが大食堂の扉の向こうに消えていった。
身動ぎ一つできない身では、何が起こっているのか見て取れなかった。
けれど聞こえる。馴染んだ杖の音。嘘なのに、それはもうエサイアスの音だった。
「これでは、怒れないではないか、馬鹿者」
絞り出すような声が降ってきた。
目だけ上げると、そこには本当にエサイアスがいた。
わー、キラキラして見えるー。恋って怖いわー。
などとときめいていると、彼が膝をついて、距離がぐっと近づいた。それだけで嬉しくて泣きそうだ。
震える息をゆっくり何度か吐いて、エサイアスは一度瞼を閉じる。
思いつめた表情でこちらをじっと見つめ、眉を寄せた。まるで自分が痛んでいるかのように。
「遅くなってすまなかった」
まるで懺悔でもするように頭をたれて、エサイアスが囁いた。
いや、十分早くない?ていうか、来られたこと自体すごいことでは?
だってまだ乗り込めないって言ってましたよね。
というようなことを言いたいのだが、吐かれるのは掠れた息ばかりで口が動かない。代わりに涙がこぼれていた。
涙を拭い、髪をそっとかきあげられる。指が震えていた。
多分笑顔を作ろうとして、失敗して、エサイアスの拳は白くなるほど握り締められる。
「何故、あの男は、こんな残虐なことができるんだ。たった半日だぞ。どうして」
傷だらけ水だらけの身体に、蒼白な手足。
あああしかも絶対顔とかすごい腫れてるとこもガン見された。つらい。
「副局長!今はマナさんの一刻も早い治療を」
「カ、シュカさんにも」
「ああ、そうだな、わかった。すぐに手配する!」
エサイアスが立ち上がったところに、部下と思しき青年が飛び込んできた。
「見つかりました!副局長!証拠です!」
その手には土に塗れた書類の束があった。
「ざっと目を通しただけですが、機密書類である軍事費資料も含まれているので、まず間違いありません」
エサイアスはその言葉に頷いて、そしてこちらを振り返る。
「マナもカシュカも、よく耐えた。後はこちらに任せてくれ」
もう一度わたしの髪を撫でると、迷いを断ち切るようにそう言って、部屋を出ていった。
間もなく担架を持った人たちが現れ、カシュカとわたしは丁重に馬車まで運ばれた。
わたしが覚えているのはそこまでだ。
ようやく悪夢が終わるのだと、それだけがわかった。
2021/4/17改稿UP




