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番外・カシュカ1


 彼女は凛と立っていた。

 それがカシュカには不思議だったのだ。



 濃赤の髪を後ろで一つに纏め、カシュカは下働きのお仕着せを身につけた。

 パーセット家では、平民から雇用する通いの下働きの入れ替わりが激しい。

 過酷労働、差別的な環境と来れば、街で働くより多少賃金が良くても、長く続ける気にはならないということなのだろう。

 住み込みの雇用は身辺調査が行われているようだが、通いに関しては間に合っていないというのが実情だ。


 そこに滑り込んで潜入捜査を始めたのが数週間前だった。

 合間に他の使用人から情報収集するとはいえ、命じられた雑用は当然こなさなければならないので時間は限られる。

 夜に残れないのも辛い。だからといって、住み込みになりたいとは欠片も思わなかった。

 カシュカは他の屋敷に出入りしたこともあるが、それと比べてパーセット家の待遇はあまりに酷い。


 特に3人の少女たちに対しては、人道に反する行いが公然と行われているようだった。

 その中でも、異国の風貌をしている少女への扱いは、他の使用人まで便乗している有様で、任務を放棄して連れ出したくなる衝動に駆られる。

 夜に居なくとも、少女たちがロキュスにどう扱われているか、全員が知っていた。噂にのぼらないはずがない。

 この屋敷には、身分差別に人種差別、性差別が病のように蔓延していた。


 主人の非道な行いに逆らえないまま慣れ、いつしか自分も同様に振る舞いだす。

 彼らの思考には反吐が出るが、確かに、彼女は一度認識してしまうと、気にせずにはいられない何かを持っていた。


 成人するかしないか、外見は15、16歳程度に見えるが、実年齢はもう少し上かもしれない。

 この国の目鼻立ちから見れば小振りながら、形の良い顔のパーツがバランス良く配置され、黒目がちな瞳は憂いを帯びて独特の雰囲気を醸し出す。

 華奢でありながらバランス良く筋肉のついた女性的な身体のライン。肌は生成りのシルクのようにきめが細かい。

 彼女は、エキゾチックで危うい美しさを感じる少女だった。


 何よりアンバランスなのは、周りの評価と実際の彼女の様子だ。


『あの年でろくに言葉も理解できないほど知能が遅れているらしい』

『ロキュス様の夜の相手も満足にできず毎回折檻されている』

『役にも立たないのに追い出されないのは媚びて縋っているからだろう』


 悪意に満ちた噂は、彼女の前でも堂々と話される。何しろ彼女はいくら言っても、音に反応して目を向けるだけで、理解はできないからだという。

 その証拠に、表情が何も変わらない。ただぼんやりと、指示された仕事をこなし、夜にはロキュスに縋り、日々を生きているだけだと。

 与えられた仕事は問題なくこなしているのだろうと問うと、簡単な仕事しか与えられていないのだから当たり前だと同じ下働きが吐き捨てる。


『馬鹿はいいよな。それで生きていけるんだから』


 本当にそうだろうか?

 何も言わなければ、表情が変わらなければ、その相手は何も理解していないし感じていないのだろうか。

 心無い噂話を抜きにして見れば、彼女の表情はとても理性的に見えた。もっと言うなら、深い知性を感じさせた。

 行動にも無駄がない。会話もなく、必要最低限しか人と関わらないからそう見えるだけなのか。


 そんなある日、ほとんど接点のなかった彼女を、意外な場所で見かけた。

 使わなくなった家財道具や古い書物などを保管している倉庫、有体に言えばゴミ置き場のような場所だ。

 まだ朝食前の時間で、そこには誰もいないはず。ロキュスが何か証拠を隠してはいないか、探しに来たのだが先客があり、それが彼女だった。


 カシュカは身を隠しながら、思わず目を奪われた。

 明かり取りから差し込む朝日の光を背に浴びて、彼女は凛と立っていた。一冊の本を広げて。


 そうだ。

 一番の違和感は、その立ち姿。

 蔑まれ、迫害されている、無知な少女だというならば、こんなにも背筋を伸ばし、静かに佇むことがあるだろうか。

 一冊の本に目を落とす姿が、こんなにも人の目を惹きつけるだろうか。


 カシュカの思いは確信に変わっていた。

 彼女にはきっと、何かがある。

 この屋敷で埋もれて、掬い上げられていない何かが。


 そうして時は訪れる。

 エサイアスから内通者を得られないかと打診があり、現在屋敷内では流行り風邪が蔓延していた。


「簡単な使いですので、彼女でも構いませんよ」


 この屋敷では、イレギュラーな仕事は必ず2人以上であたらせる。

 不測の事態に対応できるようにと言われるが、実際のところ個人を信用していないだけだろう。


 カシュカが指さす先に居た少女を見て、侍女は一瞬嫌な顔をした。

 しかし、単なる日用品の買い出しに数少ない『使える』人材を割きたくなかったのだろう。

 消極的な許可はすぐに下りた。


 彼女を一時でも安全な場所に避難させてあげたい。

 それにもし、事件がうまく解決すれば、礼金や褒賞で今の環境を変えられるかもしれない。


 カシュカはだから、完全に善意で提案をした。

 決して、追い込みたいわけでも、巻き込みたいわけでもなかったのだ。



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