プロローグ
気づいたら兵士のような人に囲まれて、わたしは目を覚ました。
彼らの正式な所属は、王都の警備隊だったのだけど、その時のわたしにそれを知る術はなく。
これから語ることはすべて、しばらく後になって知った事実だ。
言葉どころか世界のことさえ何も知らなかったわたしには、ただ自分の身に起こること一つひとつに、必死に対応することしかできなかったから。
わたしは王都の城壁近くで、通りかかった商人によって発見された。
すぐに門を警備していた隊員に知らせが行き、警備隊の待機所まで運ばれたらしい。
若い隊員たちが、医者を呼ぶか本部に連絡をするか相談していたあたりで目を覚ました女に、注目が集まったことは無理もないだろう。
簡易ベッドに寝かせられていたわたしは、男たちに取り囲まれるような状態で、矢継ぎ早に質問を重ねられた。
けれど彼らの話す言葉も、今の状況も何もわからない。
日本人でもない知らない男に囲まれているという状況は恐怖でしかなく、壁際に逃げることしかできなかった。
(なにこれ。どういう状況?)
ドッドッドッと内側から胸を叩く心臓の辺りをぎゅっと掴む。
視線を忙しなく動かしても、安心材料は何も見つからない。
何もかもがおかしい。
浅くなろうとする呼吸を必死に抑えていないと、酸欠で気を失いそうだ。
(この人たち何)
いや、それ以外にも、深い呼吸を意識していると否応なく感じる。
空気のにおいが違う。
人の色が違う。
物の作りが違う。
(絶対に日本じゃない)
朦朧としていて聞き取れなかっただけかと思ったけど、男たちの言葉はやはりまるでわからないし。
(日本語でも英語でも中国語でもない)
海外旅行は、台湾に一度だけ行ったことがあるが、日本以外の経験値としてはそれだけだ。
修学旅行で行った沖縄も異国感はあったけど、もちろんそことも違う。
でも英語は割と得意だし、中国や韓国の言葉なら特徴的な音で判別ができる。
そのどれでもない。
彼らはわたしからの反応を諦めて、数人が何事かを相談し始めている。
その中のどの音も、わたしの記憶にないものだった。
そもそも、見た目がアジアじゃない。
どちらかというとヨーロッパ系だろうか。
アメリカ、と思わなかったのは、彼らの背景、つまり建物の内装が欧州の古城を思わせる煉瓦造りだったからかもしれない。
(フランス、とか?)
そういえば、フランスは日本のアニメ文化が受け入れられ、一部で熱狂的なファンもいると聞く。
いろんな髪の色も、時代がかった衣装も、コスプレだと思えば納得、できないこともない。
むしろそう思い込みたい。
無理やりでも、1つ可能性に思い当って、少しだけ肩の力を抜いた。
それでも、日本にいたはずの自分がなぜ突然こんなところにいるのかは解決しないが。
もしかして、記憶喪失というのは、こんな感じなのだろうか。
ふと目が覚めたら、それ以前の状況がまるで思い出せず、まったく心当たりのない状況に放り込まれている。
(これは怖いな)
未だに冷や汗は止まらない。どうしていいかもわからない。
今度記憶喪失の人に会ったら、優しくしてあげようと思う。もちろん会う予定はないけれど。
とりあえず、ここは海外で、自分は部分的健忘症の状態であると仮定しよう。
そして見た限り知っている人もいない状況で、複数の男に囲まれている。
(詰んでないかこれ)
ああ、また恐怖がせり上がる。
ちょっと待て、落ち着け。
とりあえず、この中でわたしを変な目で見ているのは1人だけだ。
他は気にかけてくれている、ように見える。
大丈夫、大丈夫。
彼らに敵対せずに、何とか状況を改善したい。
自分に言い聞かせて、一度ゆっくり息を吸って吐く。
「日本語が、わかる方は」
突然言葉を発した女に、お、と言ったように視線が集まった。
「日本語がわかる方は、いません、か?」
怯みながらも言い切ったが、やはり反応はなかった。
「Do you speak English?」
英語でも同じ。
彼らの言葉で、何か聞かれるが、伝わっている感じはしない。
15秒で手札を使い切ったぞ。どうする。
彼らは再びわたしに話しかけた。
何度か反応を返すと、言葉が通じないことだけは伝わったらしい。
するとわたしを変な目で見ていた一人が、部屋を出ていった。
埒が明かないと、興味を失ったのかもしれない。正直、気持ち悪かったからありがたかった。
けれど、後から思えば、それが始まりだったのかもしれない。
初投稿です。
よろしくお願いいたします。