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非日常高校  作者: IK_N
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第四章

 そして有彦は目を覚ました。まだ暁を見ていない空は暗く、地面は冷たい。仰向けに倒れている有彦の手を、風にそよぐ草がくすぐる。目を開けなくとも分かる。自分がいまどこにいるのか、ここは人の奥深く。


 ひときわ強い風に吹かれて、有彦は上体を起こした。あたり一面は草原、樹が一本もない。そんな草原が地平線まで続いていた。こんな場所、アフリカでも行かなければないだろう。これは、夢だ。


「その通りよ有彦くん」

 突然、後ろから声が聞こえた。驚いて振り向くと、そこには巨大な樹木が一本そびえたっている。


「こっちよこっち」

 その樹の上から声が聞こえていた。姿を見なくとも声で分かる。この声は魔耶のものだ。


「加成さん? そんなところで何してるの?」

「地平線を眺めてるのよ」

 案の定、枝の間から魔耶が姿を現した。あのきわどい服装のままで。


「加成さん……その服で樹に登るのはどうかと……」

「有彦くんのエッチ。そんなことより地平線よ。あんなに綺麗な地平線なんて、夢の中でしか見れないんだからしっかり見ておきなさい」

 確かに、地平線の先まで視界を遮るものも一切なく、現実ではありえない情景だ。


「俺たちって……なんでこんな綺麗なところに住んでるんだろう」

「……不釣合いだと思ってるの?」

「…………うん」

「どうして?」

「だって、誰だってそう思うよ。こんな綺麗な場所に、こんな汚い人間が住んでるなんて……」

「有彦くん、あなたは人間が汚いと思うの?」

「……そりゃあ、いい人だっていると思うけど……いい人ばっかりだったら環境問題なんて叫ばれなかったよ」

「そう、有彦くんの『汚い』は人間の人格のことなのね?」

「……そうだね、もしも原始時代のままで人間の進歩がストップしてたら綺麗なままだったかもしれないけど」


「それは違うわ。汚いのは人間の人格じゃなくて人間の存在だもの」

「え…………?」

「イブが実を食べてしまったそのときから、私たち人間は汚れているのよ。だから神様に聖域から追い出された……もともと、地球だって聖域の外の汚れた場所だもの」

「……でもそれは作り話だよ」


「いえ、人間は汚れているわ……有彦くんの言った原始時代だって、綺麗だったと思う?」

「どういうこと?」

「原始時代には憎しみはなかったの? 悲しみはなかったの? 怒りはなかったの? 違うでしょう? 人間だもの、人殺しをした人だっていたかも知れない」

「………………」

「ま、深く考えすぎると良くないこともあるからね、ここまでにしておきましょう。それと、その人形、返してくれない?」

「へ? 人形?」

「あなたが手に持ってるやつよ」

 魔耶に促されて手を見てみると、なんと前の夢のとき康成からもらったあの魔耶の姿をした人形が握られていたのだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「そんなに驚くことないでしょう? 康成に渡したはずなのに、どうして有彦くんの所へ行っちゃったのかしらね」

 魔耶が手で来いと命令すると、人形が勝手に浮いて魔耶の手のひらに乗っかった。


「それじゃ、私はそろそろ帰るわ」

 すると突然、魔耶の姿が消え去った。


「え?」

 あまりに唐突だったので、有彦はそれしか言えなかった。


「い、一体どうなってるんだ……?」

「魔耶からも言われただろう? あんまり深く考えすぎるな」

「うわぁお!?」

 これまた突然、樹木の幹に背をあずけた康成が姿を現した。


「や、康成か……」

「お前とはなぜか夢の中でよく会うな。知ってるか? 夢を見るってことは良く眠れてないんだぞ?」

「……お前そんなこと言うために俺の前に現れたのか?」

「おいおい、俺はただ散歩してただけさ。そしたらたまたまお前と魔耶が会話してるのを聞いたんだ」

「あっそう。……だけどここってどこなんだ?」

「何言ってるんだ。夢の中だろうが」

「夢ってさ、現実にあったことの整理をしてるって聞いたことあるんだけど……俺はこんな風景見たことないぞ?」

「ふむ、そういうことか。有彦、お前の夢に出てくるものは十中八九自分の知っているものだったか?」

 そこで有彦は考えてみる。今まで自分の夢に出てきたもの……康成、魔耶。ここら辺は知ってるからよし。そういえばちょっと前になぞの惑星を放浪し続ける悪夢を見たことがあったような……。


「たしかに、全部知ってるものじゃなかった……」

「そうだろう? それは夢がシンクロしてるからさ」

「夢がシンクロ?」

 ここで有彦は『夢』という字の形をした三次元の物体がシンクロナイズドスイミングをしている場面を想像した。


「そう、幾億の人間の思想や経験が夢の中には詰まってて、それをたまたまお前は見てるんだ」

「ああ、そっちのシンクロか」

「……なんだと思ってたんだ?」

「まあ、それは置いといて……この景色も誰かの思想や経験なのか?」

「いや、ここは……また少し違うな」

 康成は少し含むように言ってから、樹から離れる。


「だが、お前も再びここに来ることになるだろう。そのときまでは、おあずけだ」

 そして、有彦の視界は一気に暗転した。


 有彦は目を覚ました。目の前にはいつもと変わらぬ部屋の天井。自らの体温で暖かくなった布団がその領域から出ることを拒むが如く俺の脳みそをくすぐる……。


(二度寝しよう)

 さっさとこれからのスケジュール(?)を決めた有彦は二度寝モードへと速やかに移行した。ところが。


「寝ぇるなぁっ! 寝たら死ぬぞ――――――――――――――っ!」

 近所迷惑な大声を出しながら有彦の父総司は体全体を使っての蹴りという見た目は限りなく無駄を多くしたような技で、いとも簡単に木製のドアの横にあるコンクリート製の壁を粉砕した。


「有彦よ! 今こそ父の愛を受け取り復活するのだぁ――――――――っ!」

「いらんわぁ――――――――――――――――――――――――――っ!」

 人類史上最悪ともいえる抱擁と接吻のポーズ(どんなポーズだ?)をしながら彗星並みの勢いで突進してきた父に対して、有彦は龍牙と化したその脚部をもってしての水月直下穿孔脚撃『覇道印』を放った。結果。


 ドゴォォォォォォォォォォン…オーン……オーン………オーン………(エコー)


 宇宙どころかその他の平行世界までもを破壊しかねないエネルギーの激突だったにもかかわらず、沖田総司一人が泡を吹いて倒れるだけに被害は収まった。


「今日は仕事が遅くなるということを伝えようと思っていたのだ」

「なら普通に伝えろよっ!」

「有彦、お父さんにそんな口の利き方しちゃいけません」

 朝の死闘はなんだったのか、沖田家の朝食はあっけないほど普通だった。


「まあ、そういうわけで遅くなる。寂しいだろうが我慢するんだぞ有彦」

「誰が寂しいんだ誰が!」

「ああ! 母さん! どうやら有彦は反抗期のようだ……!」

「んもう、今頃反抗期なんてちょっとおかしいわよお父さん」

 まあ、とりあえずは普通の朝だ。家族三人がそろって朝食を食べ、有彦と父が喧嘩をする。唯一違うとすれば今日が土曜日のために『スターデイズ』は放送されていないことだ。


 早々と食事を切り上げてテレビに向かう。いつも有彦は『スターデイズ』がない土曜と日曜には『スナイパー』というニュース番組を見るのだ。


 そして、その番組のアナウンサーが報道する内容を話し、それにあわせて画面下のテロップが変わる。いつもと同じだ。

 ただし、報道される情報は違う。今日は……非日常区で発生している連続通り魔事件の三人目の被害者が出たというものだった。


 自然と、有彦の顔は引き締まっていた。


 そして時刻は八時三十五分。有彦は列車に乗って非日常高校の近くの十二月一日(しわすだと読む)駅に向かっているところだった。この時間は結構人が多いので、有彦はつり革につかまって外の風景を見つめていた。本当は月と星の光しか映し出してくれない夜景を、今は機械的な光たちが照らしている。そして有彦は一人静かに呟いた。

「人間が生まれたときから……こんな世界になることは決まってたのかな……」

 答えを求めていない呟きに、その時は答える人物がいた。


「たぶん、そうなんでしょうね」

 有彦は驚いて、隣を見た。そこにはさも同然のように早苗が立っていた。


「坂之上さん!?」

「こんばんは、沖田さん」

 列車はいつの間にか止まっていた。十二月一日駅の一つ手前、八月一日ほずみ駅の看板が見える。そういえば、この前の坂之上さんはここから乗ってきたのだった。


「坂之上さん、退院したの?」

「ええ、今朝、魔耶ちゃんのリザレクションのおかげです」

 恐るべし、リザレクション。

 そして、列車は再び動き出した。この次の駅で降りなければならない。


「人間は暗いのが怖いんですよ」

 唐突に早苗が喋り始めた。


「だから火をつけるんです。星を眺めるんですよ」

 そういう、早苗は列車の窓から空を見つめていた。今日は曇っているのか、月も星も見えない。


「でも、人間は必要以上に光を振りまきすぎたよ」

「私も同感です。これじゃあ天体観測もままなりません」

「いや、坂之上さん、そういうことを言いたいんじゃ……」

「分かってますよ」

 早苗は笑った。いや、有彦に笑い掛けた。


「人間の闇への恐怖は本能的なものが強いです。自分が今どこにいるのか分からないのは生物に恐怖を与えますから」

「……昔から人間は光を求め続けて、今に至るわけか……」

「そうです。残念ながら、外だけ明るくなって中のほうはますます暗くなってしまったようですけど」

「ジレンマ……なのかな?」

「私には位置エネルギーと運動エネルギーの関係にも思えます」

 列車が止まった。同じ駅に降りる人にまぎれて、有彦たちも十二月一日駅に降り立つ。

 時刻は九時四十一分。ここから非日常高校までは十分もかからないだろう。余裕で間に合いそうだ。



「さて、皆の衆、今回の活動への参加を感謝する」

 時刻は九時五十五分、すでに非日常高校グラウンドには七人のメンバー全員が集まっていた。さっきからグランドの中心で演説をしているのは康成だ。


「事前に連絡したように武器も持ってきたか?」

「え!?」

 あわてて周りを見る。早苗、武器は持っていない(さっきから一緒だったんだ)。魔耶、これまた武器は持っていない(『魔女っ子』というコードネームから察するに魔法が武器なのか?)。七海、武器は持っていない(『格闘少女』と言うからには素手なのだろうか?)。


 ここまではいいとして、一見何も持ってきていなさそうに見える光一、白衣で隠している背中が異常に膨れている。さらには少しごつごつしている。怪しい。


 そして英志、こいつは怪しさ爆発だ。白い布をかぶせた大きな物体を持ってきている。縦が英志の肩ほどあり、横の長さは大人が横たわれるほどありそうだ。

 そして。


「おい康成! そんな連絡俺はもらってないぞ!?」

 無論有彦は丸腰だった。


「おいおい、当たり前だろう。……お前には連絡を回してないんだから」

「なんで回さないんだよ!?」

「……有彦、お前武器を持ってこいと連絡しても包丁ぐらいしか持ってくるものないだろう?」

「!」

 そうだ! 一般家庭にきちんとした武器なんて置いてあるわけがない! そんな簡単な事にいまさらながら気づいた有彦は地面に膝をついてうなだれた。


「まあ、有彦は無視して話を進めようか。富士原さん、これを着るんだ」

 康成が放り投げた白い物体を七海が受け止めた。


「何これ……合羽?」

 綺麗にたたまれていたその物体を広げるとそれはまさに合羽だった。


「今日は雨が降りそうだからな、合羽を用意したんだ。それに……」

「それに?」

「合羽だとますます胸が小さく見えるからな!」

「あんたまだそんなこと言ってんの?」


 冷ややかに七海が康成をにらみつけるのと同時に、空から天の恵みが降ってきた。

「おっと、言ってるそばから雨か、ポチッとな」


 康成はポケットから取り出したリモコンのような物体の真ん中にある赤いボタンを押した。すると。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォ………。


 すさまじい音を立てながら、グランドの中心にプレハブ小屋が現れたのだ。

「んな!? 一体どうなってるんだ!?」

「見て分からないか有彦。こうなってるんだ。早く小屋の中に入れ、びしょびしょになりたくなかったらな」

 康成の言葉を聞いたかのようにだんだんと雨足が強くなってくる。有彦とメンバーはあわてて小屋の中へと入っていった。


「とりあえず、富士原さんはそこの部屋で着替えてくれ」

 康成の指差した先にはドアがあった。そのドアには三角形を逆にしたような体をした男の絵と、三角形そのままの女の絵があった。つまりは、トイレである。七海はさっさと着替えるためにトイレの中へ入っていく。


「さて、実は昨日考えててな……作戦を変更しようと思うんだ」

「え!? 作戦変更!?」

 康成の発言で一番驚いたのはただいまトイレで着替え中の七海だった。どうやら声は聞こえるらしい。


「ああ、富士原さんには悪いが、たとえ犯人を見つけても捕まえるのは無しだ。Pマウスでの追尾だけを新たな作戦とする」

「ええ!? なんで!? どうして!?」

「メンバー全員に犯人を捕まえるチャンスを与えようと思ってね、Pマウスで追尾した後鬼ごっこをしようと思ってるんだ」

「鬼ごっこ……?」

 転入当日にも鬼ごっこをさせられたが、康成は鬼ごっこに深い思い入れでもあるのだろうか?


「どうだ? 富士原さん、別に捕まえられる確立がゼロになるわけじゃないんだ」

「う~ん、まぁ分からないでもないけど……そのかわり拷問の一番最初は私にやらしてくれる?」

「ああ、約束しよう」

「うん、それならよし。光一くん、Pマウス貸して」

 光一が白衣の中から卵大の大きさの物体を取り出す。Pマウスだ。


「この左側面にあるボタンが『個体認識モード』のスイッチだ。これを押すときにはPマウスの目の部分を対象に合わせて、対象の姿を認識させなければならないことを注意してくれ」

 光一の動作面の指摘が終わりPマウスを七海に渡すと、七海は懐の中へと入れた。


「それと、これもな」

 光一がどこかで見たことのあるヘッドホン状の物体を取り出した。間違いなく、鬼ごっこの時にメンバー全員が付けていた通信機だ。


「これがあればいつでもここと通信ができる。操作法は分かるよな?」

「もちろんよ、それじゃあ早速行ってくるわよ」

「いや、待て! まだ十時になっていない」

 自分の右手に巻いている腕時計を見て、康成は黙りこくった。ほかのメンバーも声を一切出さず、プレハブ小屋の中は康成の時計の音に支配された。


 カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ。


「……ひびつね同好会、活動開始だ! なお、これより先はコードネームのみの呼びかけとする」

 その言葉と同時に七海がプレハブ小屋から飛ぶように出て行った。


 七海が嬉々として出発したあと、残されたメンバーはというと……。

「『エジソン』、Pマウスに発信機は付けてあるよな?」

「もちろんさ」

 光一が外に通じるドアの反対側にある壁まで行き、その頭上にある取っ手のようなものを握って引き寄せると……。


 ガシャン。


 折りたたみキッチン(なんだそりゃ)よろしくそこにモニターとボタン類が現れたのだ。そして光一はおもむろにボタンの一つを押すと、モニターに非日常高校周辺の地図が表示され、赤い点が表れた。


「この点が『格闘少女』の現在地だ」

 赤い点は点滅を繰り返しながら移動していた。そして、赤い点はだんだんと狭い路地へ入って行っている。


「『サダコ』が襲われたのが裏路地だったからな、犯人が出るとすればそのあたりだろうな」

 突然、康成が両手をパンッと叩いた。


「よし、全員戦闘準備をしておけよ、早い者勝ちだ。」

 康成が言っているのは犯人を捕まえるのが、ということだ。


「おい、康成、何もそんな競争みたいにしなくても……」

 康成はモニターから目を離さず、振り向きもしない。


「犯人を捕まえるのは早いほうが良いに決まって……っておい! 聞いてるか!?」

 康成はまったくの無関心を装っている。つまり、シカトだ。


「おい! 返事ぐらいしろ! 社会で生きていけないぞっ!」

 ふぅ、というやりきれないため息と共に康成が振り向いた。


「現在はすべてコードネームでのやり取りだと言っただろう? それとも俺のコードネームを忘れたのか『凡人』」

「ぼっ……!」

「『凡人』はあなたのコードネームよ、それと彼は『情報通』」

 一瞬、コードネームのことなど忘れて激怒しそうになったが、後ろから聞こえてきた魔耶のささやきに頭を冷やされた。


「……『情報通』、別にこんなゲームみたいに犯人を捕まえようとしなくても……」

 仕方なくコードネームに切り替えたが、そのとたんに康成の返答がきちんときた。


「みんなこんな夜中に活動をしてるんだ。楽しいことの一つや二つはないと面白くないだろう?」

 ニヤリ、と康成が笑う。それはそうかも知れないが、有彦には拷問も犯人の捕獲もそれほど面白くは無かった。それよりも捕まえなければならないという使命感が強かったのだ。


「『凡人』さん、緊張してるんですか?」

 振り向くとそこには早苗がいた。それはいいのだが『凡人さん』という呼び方がものすごく不自然に感じる。


「いや、別にそういうわけじゃないよ」

「緊張は一瞬の『居つき』を呼ぶ、それは死に直結しかねない。これは俺からの忠告だ」

 英志があの白い布をかぶせた物体に体をあずけて言った。彼は彼なりに心配をしているのかも知れない。


「ん?」

 光一の声でメンバー全員がモニターを見やった。赤い点は前と同じく点滅を繰り返しながら移動している。


「どうしたんだ『エジソン』?」

「一瞬動きが止まったと思ったらまったく逆の方向に行き始めたんだ」

「そうか、まあ何かあったら『格闘少女』の方から連絡をしてくるだろう」

「そうだな、行ってるそばから電波受信だ」


 時間は少しさかのぼる。

 雨が強くなってきた。合羽も濡れていない場所は無い。アスファルトの地面に叩きつけられる雨の音だけが、暗いその道に鳴り響いていた。


(付けられてるのは分かってるんだけどねえ)

 さっきから人の気配がピッタリとついてきている。十中八九犯人だろう。これだけ簡単に引っかかるとむしろ拍子抜けだが、せっかくのチャンスを無碍にする気はない。後ろを向くことはなく、気配を探りながら一歩一歩足を踏み出す。


(もうちょっと誘い込むか……)

 七海は裏路地に足を進める。わき道に入ると、そこは家と家との境目で高い塀が両脇にある。人を襲うには絶好の場所だ。案の定、気配は急に接近してきた。七海は懐に手を入れてPマウスを掴む。


(いつでも来なさいよ、返り討ちにしてあげるわ)

 もちろん返り討ちはできないのだが、その気持ちをPマウスに伝える。真後ろから怒涛の如く殺気が押し寄せてきた。


(今!)

 瞬時に体を右にひねり、Pマウスを裏路地の入り口に向ける。そして左側にあるスイッチを親指で押したとたんに閃光がほとばしった。Pマウスの『固体認識』のためのフラッシュである。その閃光の中で七海は木刀を持った人の姿を捉えた。合羽を身に着けていて、体型からして男だろう。


(今すぐぶん殴ってやりたいところだけど……首洗って待ってなさいよ!)

 男は閃光を防犯装置か何かだと勘違いしたのかあわてて逃げていく。その後を追うように七海の手から離れたPマウスが走り始めた。本部の方ではPマウスの動きが分かっているはずだ。自分は報告をするだけでいい。七海は通信機のスイッチを押した。


「こちら『格闘少女』。応答願います」

「こちら『情報通』。どうやら作戦通りPマウスが犯人の尾行をしているようだな」

「やっぱり分かってたのね」

「それはそうと早く帰ってこい、いつ捕獲レース開始の合図があるか分からないぞ」

「マジ!?」


 七海はすぐさま通信機のスイッチを切ると、非日常高校へ向かって走り始めた。全力の六割程度、音速の一歩手前の速さで。


ドォォォォォォッ!


 まるで人間が音速一歩手前で走っているような轟音を聞いて。有彦は恐れおののいた。


「うわっ!? 何だこの音!?」

 ギギャギャギャギャ………。

 そしてまるであわてて急ブレーキをかけたためにアスファルトの地面がえぐれるような騒音を聞いて、魔耶は一人呟いた。


「あ、行き過ぎ」

 ドォォォォォォォォン………。

 最後に勢いあまってどっかの民家に追突したような爆音を聞いて、康成はプレハブ小屋のドアを見た。


「どうやら『格闘少女』のご到着のようだ」


 ガラッ。


 プレハブ小屋の引き戸を開けて、少々ボロボロになった七海が姿を現した。もちろん、犯人とやりあったためではない。


「あの~もしかしてさっきの轟音は……」

「『格闘少女』に決まっているだろう」

 隣に立っていた英志はさも同然のように言った。


「あ~疲れた…………」

 手ごろなパイプ椅子を引っ掴むと七海は腰をかけた。自分で疲れたと言っておきながら汗一つかいていないし、息も乱れていない。そして有彦にはあの恐ろしい轟音がすべて七海のせいだとはどうしても思えなかった。


(確かに日ごろから英志をぶっ飛ばしていたが……これほどまでなのか!? これほどまでに尋常じゃなかったのか!?)

 初対面で一番まともそうに見えた(実際一番まともは早苗か?)七海がこれほどまで異常な身体能力の持ち主だとは、お釈迦様でも気づかなかっただろう(注 沖田家はキリスト教)。

 そう、人は見かけによらないのだ。これは………教訓だ。


「さて、どうやらPマウスが犯人の居場所を特定したみたいだぞ」

 モニターに向かっていた康成がメンバーを呼び集める。


「ここは……」

 モニター上に表示された地図と、Pマウスの現在位置である赤い点滅。それが重なりあうところにそれはあった。


「……………………どこ?」

 引っ越してきたばかりで地理を知らない有彦にその場所が分かるわけもなかった。


「……ここはな、有彦。かつて『混沌の支配者』アザトースと『世界をすべる女神』クトゥルー神が対決しできた場所なんだ……」

「……お前、そんな話を俺が信じるとでも思ってるのか?」

「何を言う、本当のことだ。かつて『混沌の支配者』アザトースと『世界をすべる女神』クトゥルー神が対決してできた場所に建っている空き家なのだから」




阿呆も大概にしろ。




「……で、つまりはその場所に犯人がいるんだな……?」

 多大な怒りと少しのあきらめが混じった声で有彦は答えた。康成は神妙にうなずいた。


「早くしないといけないな、誤ってアザトースの封印を解いてしまったら世界そのものの危機だ……」

「…………それも本当なのか?」

 疑う有彦に対して康成は深いため息をついた。


「ふぅ、これだから冗談の分からない奴は……あーやだやだ……」

 わざと誇張した動きで肩をすくめる康成に有彦は爆発寸前だったが、そこは人前。しっかり怒りを抑える社交性もそこそこな有彦だった。


「ふ、フッフッフッフ…………」

「あ、あの『凡人』さん……?」

 謎の笑みを浮かべる有彦に、(主に精神面を)心配した早苗が声をかける。同時に有彦の笑い声も止まる。


「いや、何でもないんだ。さか……いや、『サダコ』さん……。ちょっと自分も大人になったな、と感慨にふけっていたところだったんだ……」

「は、はあ?」

 やはり(主に精神面に)異常があるのか、と早苗が本気に心配しかけたときに、第三者の声がプレハブ小屋の中に響き渡った。


『おい、どうだった? 今回はちゃんとやれたのか……?』

『いや、あの女……変な防犯装置使いやがって……』

『………………っ! また失敗かっ! どうして今までで一人も殺せんのだっ!?』

 その声はプレハブ小屋の四方に設置された黒いスピーカーから流れていた。かなり型は古いが、音を出すだけならば十分な出力を持っている。そして、スピーカーから流れてくる声の説明を今まさに康成がはじめた。


「犯人の追跡をして本拠地まで入り込ませたPマウスだ。『個体認識モード』から遠隔操作で『音声収集モード』に切り替えた。つまり、この声は犯人の会話だ。……まさか通り魔に共犯者がいるとは思わなかったがな」

 康成の説明が終わるのを見計らったように犯人たちの会話が再会した。


『まず第一に凶器が木刀なのが悪いと思うぜ、俺は』

 さっきの二人とはちがう人物の声。


『仕方ないだろう? 我ら「反微乳フェチ連合軍」にある立派な武器はそれだけなのだ』

 これまた違う人物の声。


「…………一体何人いるのよ」

 七海がボソリと呟く。


「っていうか『情報通』の「反微乳フェチ連合軍犯行説」……当たってたわね」

 魔耶が信じられない、という風に呟く。


『といっても俺ら本家のほうから離反した過激派だろ? もっとすんげぇ武器とか無かったのかよ?』

『うむ、なにせ本家は微乳の女性に金銭面の援助をして豊胸手術を受けさせていたからな、武器など本家には一つも無い。おそらく創始者がガンジー並の人だったのでは?』

『そうだ! 我々はそんな本家の思想に耐えられなくなり離反したのだ! このご時世にそんなこと続けていれば破産は確実……だが微乳は許せない!』

『∴我らは微乳をこの世から根絶やしにするという人権および倫理を完全に無視した活動を行っているのだ!』

『…………なんかすごい説明的な会話だけどさ、その「∴」ってなに?』

『ん? 「∴」か? これは数学用語で「ゆえに」という意味があるのだ。しらなかったのか?』

『あっそう……』

『そんなことよりも! 一刻も早くこの世から微乳をブチッ……』

 突然回線が切れるような音と共に音声が途絶えた。


「え、おい『情報通』?」

 見ると、康成は青いボタンを押していた。


「いや、こんな下らん話を聞くために集まったわけじゃないからさっさとミサイルでもぶち込んで終わりにしようかと」

「…………は?」

「さっき、Pマウスを『座標認識モード』に移行させた。あらかじめインプットされていたこの場所へ帰ってくる。それと同時に……『武器マニア』、零零番を使ってしまったがよかったかな?」

「零零番…………ああ、パキスタン製のやつだな、問題ない」

「それはよかった。では続けて『エジソン』。犯人の本拠地の周りに空間歪曲場を展開。あ、上は開けといてくれ、『通る』から」

「オッケー」

 康成の指示が終わると光一は机上のボタンを次々と押していく。すると、モニター上の犯人の本拠地を赤い線が囲んだ。


「………………そろそろだな、皆、耳をふさぐんだ。」

 英志が言うと同時に全員が耳をどこからともなく取り出したコルク栓でふさいだ。有彦は英志の言葉に反応しきれなかったのと、コルク栓など持ち合わせていなかったので、その破滅的な音を聞くことになった。


ドグォォォォォォォォォォォォォォ―――――――ンッ!


「ん、ぎゃああああああああああああっ!?」

 まるで猫の尻尾をふんずけてしまったような絶叫を上げて、有彦は必死で耳をふさいだ。そして、音はだんだん小さくなっていき…………。


 チュドォォォォォン…………。


 どこかで何かが爆発する音が聞こえた。


「い、今のは一体…………?」

 恐る恐る手を耳から離すと、有彦は英志に問いかけた。


「ミサイルだ。パキスタン製のな、四ヶ月前に密輸入したんだ。その方面に詳しい知人がいてな、多方面に顔もきく。あれを手に入れれたのもその知人のおかげだ」

「ミサイル~~~~~~~~っ!? じゃあ、あれが爆発したのは……」

「あいつらの本拠地に決まってるじゃないの」

 魔耶がさも同然のように言い放つ。


「ん、な…………なんでそんなに平然としていられるんだ!? 何でミサイルなんか一般の高校生が所持してるんだ!? 誰か答えてくれ~~~~~っ!」

「前者は少し説明が難しいが後者なら俺が説明しよう。好きだからだ。武器や兵器が。まあ、それだけでは所持している答えになっていないかも知れないが」

 英志が平然と言い放つ。まともに答えが返ってきたことに有彦は少しペースを乱されたが、改めて声を荒げる。


「好きだから!? 好きなら兵器所持も大丈夫なのか!?」

「そういうことでいいじゃないの『凡人』くん」

 いつの間に近寄ったのか、魔耶が後ろから、しかも有彦の耳に唇を超接近させてささやいた。


「この世の中が理不尽なのよ。好きで好きでたまらないのに、本を集めることは許されて、武器を集めることが許されないなんて」

「加成さ…………」


 ぶにっ。


 開きかけた口を人差し指一本で止められた。


「ここでは『魔女っ子』、よ」

 そういうと、有彦に何も言わせず、魔耶は康成の方へ歩いていく。


(「この世が理不尽なのよ」か…………)

 有彦は魔耶の言葉を頭の中で反芻させた。その悲しそうな声もそのままに。



 有彦の目の前には炎が轟々と天に向かって立ち上っていた。炎の中に見えるのは家の部品だったもの。そう、あのミサイルが爆発したところに有彦たちは来ていた。


「すばらしい威力だな……」

「この惨状を見ての第一声がそれか……」

 康成にツッコむ有彦はとりあえず憔悴していた。その原因は主に有彦の頭が混乱しているためだった。現在、この場所にはひびつね同好会のメンバーが全員集まり、ミサイルを直撃させた家への消火活動を見守っている。千歩ゆずってそれはいいにしても、いまさらながら……。


(………………犯人全員死んでんじゃないのか……?)

 いや、普通なら間違いなく死んでいる。どこの誰が『私はミサイルの直撃を受けても生きていられます』などと言えるだろうか? 否、そんなやつはいない。

「お、おい『情報通』……」

「ん、なんだ『凡人』?」

 なぜか康成に『凡人』と呼ばれると癪に障るが、我慢して話をするめる。


「犯人、全員死んでるんじゃないのか?」

「ははっ!」

 康成は一笑した。


「俺たちはミサイルなんかで人を殺したりはしないぞ?」

「え、じゃあ犯人は……」

「この区内を逃げ回っているはずさ」

 康成との会話に入り込んできたのは光一だった。片手でノートパソコンを支えてパチパチやっている。


「空間歪曲場をこの家の周りから区内にまで広げてやったからな、区の外へは出られない。ちょっと髪が焦げてたり、姿がボロボロなやつが犯人グループだ」

「……しつもーん、空間歪曲場って何だ?」

「A.T.Fみたいなものだ」

「ATF?」

「しらないか? アブソリュート・テラー…………」

「いや、それ以上は著作権に触れるから」

「そうだな、とにかく壁みたいなものだと思ってくれ。犯人はこの壁によってこの区内に閉じ込められている」

「つまり犯人は逃げられないということだ」

 ここで康成はメンバー全員を集めた。


「さて、みんな、鬼ごっこを始めよう。ルールは簡単。現在この区内を逃げ回っている犯人を鬼である我々が捕まえればいいんだ。時間は無制限。兵器・武器・魔法・召喚術・武術も使用可能。ちなみに…………実行犯以外の生死は問わず! スタート!」


 ドギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!


 康成の開始の合図を聞いた直後にものすごい音と風が起こった。


「うわっ! 何だこれ!?」

「ふふ、『格闘少女』ちゃんすごく張り切ってるわねぇ」

 近くでそう呟く魔耶の隣に、さっきまでいたはずの七海の姿はなかった。


「え――――と、もしかして……」

「『格闘少女』が犯人を狩るために一足先に行ったらしい。こうしてはいられないな……」

そういいながら英志は、あの白い布で隠れた物体を押しながらどこへともなく消えていった。

「それじゃ、私もいこうかしら」

 魔耶はほうきにまたがると宙に浮かび、飛んでいった。


「じゃあ、僕も。あの三人じゃあ瞬く間に犯人を殲滅しちゃうからな」

 そうして、背中に謎のこぶを生やした光一もその場から姿を消した。


「さて、『凡人』」

「な、なんだ?」

 この場に残ったのは有彦と康成と早苗だけだった。

「『サダコ』は病み上がりでいつもどおりに戦えないかも知れない。『凡人』、念のためにお前もついて行け」

「それはいいけど……お前は?」

「俺はサンライズに行ってくる」

「は? サンライズ……っておい! 康成!?」

「はははははははははっははははははっははははは! さらばだ『凡人』!」

 そうドップラー効果を残しながら康成は走り去っていった。


「…………あ」

「え、なに? さか……じゃなくて『サダコ』さん」

「サンライズって……最近このあたりに出来た喫茶店です」

 マジでブチ切れる五秒前。


「あのくそったれ――――――――――っ!」



 パターン1 富士原七海の場合。


「さー、さっさとぶち倒して釜茹でにしなきゃ」

 作戦に入っていない拷問内容を呟きながら。かろうじて音の壁を破らない程度に七海は薄暗い路地を走っていた。ちなみに彼女には『人間の肉体構造が……』や『もし人型で音速を超えた場合は……』などという物理的な常識などを凌駕している。彼女が言うには、

「物理学のほうが間違ってるんじゃない?」

 らしい。


 そして七海は少しペースを下げた。


(いたいた……。服はまるでミサイルの直撃でも食らったようにボロボロだし……間違いないわね)

 目の前にはボロボロで満身創痍の男たち十数人がとぼとぼと歩いていた。そして七海はスピードを上げると、勢いよくジャンプして。犯人グループの進行方向に見事着地した。


「なっ!?」

 改めて見てみると、犯人グループは二十代後半から三十代後半ぐらいの年齢層だ。


(口髭に右目に泣きボクロ……いないわねあいつ、じゃあ……)

 七海は心の中でニヤリと笑った。


(皆殺しもOKね!)

「おい! てめぇ何者だ!? 早くどけねぇと……」

 そういい、一番前にいたハゲの男がナイフを取り出す。次の瞬間。


 ギニョン。


 変な音がした。七海も、男たちもさっきと同じ位置にいる。


「な、何ださっきの音は……」

「お、おい! お前そのナイフ……いや、それナイフか?」

「へ?」

 ハゲ男が自分の右手にあるはずのナイフを見ると……そこには柄の部分だけをそのままに、刃の部分だけがグルグル巻きに……まるでアイスクリームのような形になっていたのだ。


「あんたたちもそうなる運命だから、覚悟しといてね」

 七海が不気味に呟く。そう、ナイフをアイスクリームにしたのは七海だった。


 ハゲ男がナイフを取り出した瞬間に超スピードで近づき、柄の部分をきちんと支えてから、刃の切先を持ってグルグル巻きにして、また元の位置に戻ったのだ。

 その動作があまりにも一瞬で行われたために誰の目にも映ることがなかったのである。


「ば……バケモノ……」

 男たちの一人がそう呟いたのをきっかけに。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 男たちは叫びながら元来た道へ逃げ出した。もちろん、七海に遭遇したという事実イコール男たちの命運は尽きたということを男たちは知る由もなかった。



 一秒後、十数人の男たちは力なく一ヶ所に倒れていた。そのほとんどが肋骨をすべて砕かれ、四肢を破壊されていた。もちろん、七海にやられたのだ。


「…………………つまんない」

 当の七海はあまりの手ごたえのなさに嘆いていた。


「もうちょっと根性出しなさいよあんたたち……ほんとうに、アイスクリームにしてあげようかしら」

 そんな七海の言葉に答えるものは誰もいない。


(そうよ、いっつもこう。子供の頃でも私に勝てる人なんていなかった……強くても、相手がいないとむなしいだけよね……)

 自らの強さを(少し自慢気味に)嘆いた七海は、そこで自分の左肩にそっと触れた。


「ま、もうそんなこと思わなくていいんだけどね」

 自分で納得すると七海はつかつかと虫の息の犯人たちに近寄った。


「う~ん、それにしてもこれは手ごたえなさすぎよね……退屈だから宇宙まで放り投げちゃお」

 そう呟くと、七海は四肢が砕けてぶらぶらしている男の一人の腕を持った。


「ひっ…………」

 男の小さな悲鳴は七海に届くことなく、闇夜に溶けた。



 パターン2 鈴城英志の場合。


「28……27……26……」

 七海がハチャメチャにやっているころ英志は闇に隠れて数字を数えていた。


「25……24……」

 英志の目の前には例の白い布がかぶさった物体。現在英志は、その白い布の中に手を突っ込んでいた。


「23……22……21……20」

 心なしかカウントの声が大きくなった。目の前にはT字路。もちろん誰も通ってはいない。


「19……18……17……16……15……14……13……」

 黙々と秒針を刻む英志は顔色を変えずにT字路を見つめている。さもそこに目標がいるかのように目を離そうとはしない。


「12……11……10……」

 ちょうどテンカウントに入った頃から、T字路の右側が騒がしくなってくる。騒がしいといっても、人の靴音が聞こえる程度だが。


「9……8……7……6……」

 カウントを数えるごとに靴音は大きくなり、大勢の人間がこのT字路に向かってくるのが分かる。さらに、英志は足音からその人間たちが負傷していることを感じ取った。


「5……4……3……」

 いよいよ気配が大きくなってくる。それに比例するかのごとく英志の感覚は研ぎ澄まされる。


「2……1……」

 そしてT字路に姿を見せた男たちは、少し髪が焦げていて、服はボロボロだった。


「ファイア」


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!


 轟音と共にその物体が火を噴いた。なんのことはない、英志がわざわざ白い布をかぶせて持って来ていたのはガトリングガンだったのだ。


 約三秒間の掃射の後、T字路には数十人の男たちが足を撃たれてうずくまり、あるものは悲鳴を上げていた。そしてその上に、ガトリングガンの威力によって吹き飛ばされた白い布がまるでそこに死者がいるかのように覆い被さった。

「さて、始めてつかってみたが……重さの割りに威力はたいしたことないな、デザインは気に入っているんだが……」

 白い布の呪縛から開放された銀ねず色のガトリングガンを見ながら、英志はため息にも似た感想を述べた。


「これは重くてもう持っていけれない……ここに置いていくか」

 ボソリと恐ろしいことを呟いた英志は、しかし本当に置いてく気だった。その代わりに、ガトリングガンの下から一本の棒を取り出す。その棒は、しなやかに曲がっていた。


「これも……使ってみたかったんだ。日本では伝説になっているらしい……」

 そして英志は、手馴れているように抜刀した。


「妖刀、村正」

 英志の手に現れたのは闇の中でなお妖しい光を放つ銀色の刀身だった。


「光一の話によるとこの刀は鉄さえ寸断するために別名『斬鉄剣』とまで言われているという……かの有名な石川も、FFのオーディンもこれを使っていた……(石川もFFのオーディンも、英志には分からない)」

 その刃をしげしげと見た後、鞘にしまって英志は歩き出した。



 パターン3 加成魔耶の場合


 三十代後半の口髭を生やし、右目に泣きボクロがあるその男は大爆発を逃れて一人走っていた。何が起こったのかは分からないが、どうやらこの町にはもういられないようだ。


(こうなりゃ本家に戻って許しでも請うか……)

「多分それは無理ね」

 突如夜道に響いた女の声に、男は止まって辺りを見回した。だれもいない。


「……どこの誰だ! 出てきやがれ!」

 男の声が届いているのかいないのか、女の声が聞こえてくる。


「いたいけな少女の頭をぶん殴り……」

 ボゥッ、と道の向こうから何かが向かってくるのが見える。輪郭だけ見るに、女だ。


「さらには早苗ちゃんにまで手を上げた……」

 さらに女の姿がはっきり見えるようになる。


「そんな腐れ外道のチンカスくんには……」

 ちょうど街灯で女の姿がはっきり見えた。金髪で天然パーマ、女というよりは少女、しかしその雰囲気は少女というより鬼であった。


「この私が……闇に代わってギロチンよ!」

 有名なセーラー服美少女戦士の決めポーズを少女がしたとたん。


 ドゴォッ。


 何かが地面に埋まるような音がして、男の視界は真っ暗になった。


「なっ!?」

 不意に飛びのく。そして……一気に青ざめた。男の視界をふさいでいたのは黒い鉄板だった。そして、その鉄板の下のほうは地面にめり込んでいる。アスファルトの地面に。


「ひっ……」

 そう、刃先が埋まっていて分からないが、それは間違いなくギロチンの刃だった。


「よかったわね、あなた」

 声が聞こえてきたのは後ろからだった。男の体が凍りつく。


「実行犯だけは殺すなって言われてるの。でもね、どうしても拷問まで待てそうにないのよ……だからあなたは特別に……」

 少女の唇が男の耳に触れそうになるほど近づいた。


「私が一億回殺してアゲル」

 その言葉を聞いた瞬間、男は深い闇に捕らわれた。そして力なくその場に崩れる。


「さて、当分起きて来ないでしょうから……狩りを続けようかしら」

 そう言うと、魔耶はほうきにまたがり、どこともなく浮遊していった。



 パターン4 江冶村光一の場合


 ドシュッ。


 そんな音がしたと思ったら、男はこけた。別にどこかへ躓いたわけではない。足に激痛が走ったのだ。


「う?」

 よく見てみると、足首に穴が開いていた。それはもうポッカリと。


「う、うわぁぁぁぁぁぁあ!?」

「叫んでも無駄さ、結局この僕からは逃げられないんだからな」

 カッコつけのためにメガネをかけ直すと、電柱の影から光一は現れた。


「今日のボクはさ、最高にハイな気分なんだ。分かるかい? なぜなら……クククッ……失礼つい笑いが……昨日の夜に完成したこれを早速試せるからさ!」

 バッ、と光一は白衣を脱ぎ捨てた。するとその背中から、五個の浮遊する丸い物体が現れたのである。しかもそのすべてに銃口のような突起物があった。


「ク、ククッ……ラ○ァとおそろいだ……」

「は!?」

 光一の表情に恐怖感を覚え始めた男は光一の発した言葉の意味が分からなかった。


「ラ○ァとおそろいのビッ○だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 その狂気じみた雄たけびと共に、五個の球体がランダムに動き、銃口から発射されたレーザーで男を打ち抜いた。

 光一が持ち出してきた五個の未確認飛行物体は空中を自在に動き、さらに操縦者の志向を読み取って実行に移す、恐るべき『サイ○ミュ兵器』だったのだ!


「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 体中にレーザーを受けた男は三秒と持たずに気絶した。そして、この絶叫を聞いてこの男の仲間が来るのも実は計算ずみだったのだ。


「おい、良樹……うわっ!?」

 そしてこの場に急いで駆けつけた仲間思いの犯人十数人は総じて一人の少年の狂気をその身に受けることになるのだ。



「でぇりゃあああああああああああああっ!」

 大きく弧を描いて回した後、七海は犯人グループの一人を投げ飛ばした。超高速で飛んでいく男。しかし、途中で失速し、大気圏を越えるには至らなかった。そのまま男は日本海に墜落する。


「次ッ!」

 七海は別の犯人をとっ捕まえると、また宇宙に向かって放り投げた。今度は……またもや大気圏を越えるには至らなかった。彼は北朝鮮へ頭から突っ込むことになるだろう。


「三度目の正直っ!」

 そして三人目の手首を思いっきり握り締める。


 ゴキャ。


 これは握力五万キロの力によって犯人の手首が砕けた音。


 ミシミシミシ……。


 これは七海の踏ん張りによって地面がへこむ音。


 ドンッ。


 この大砲を打ち出したような音は、七海の気合によって近くの電柱がひしゃげた音だ。

 そうして七海は当社比500パーセントの力で三人目の男を頬リ投げた。高く、高く、誰よりも、どんな場所よりも高く……そう彼は人類初、生身のままで宇宙に投げ出された男となったのだ。



宙を何かが舞った。鳥だ! 飛行機だ! いや、人の指だ!


「ぎゃあああああっ!」

 絶叫と共に崩れ落ちた男を踏みつけながら英志は前進を続けた。


「まいったな……」

 そしてがらにもなく笑みをこぼした。


「確かにこの刀は最高だ……次からは押入れの中に大事にしまっておこう」

 やはり錆びさせるにはしのびない……そう一人呟いて、幽鬼のごとく夜道をあるく英志だった。



「バーストレイドッ!」

 魔耶の手から解き放たれた灼熱のプラズマがその場を焼き尽くした。


「まだまだくたばらないでね……。オメガゼロ」

 魔耶の足元から氷が生えてきた。そしてプラズマで焼き尽くされたその場を急激に冷やしていく。


「ひっ!」

「ば、バケモノだ……」

 ボロボロになりながらも魔耶によって生かされていた。犯人たちは口をそろえてそう言うのだった。



「ハ―――ハッハッハ! ラ○ァとおそろいだぁぁぁぁぁぁぁ!」

 高笑いしながら意味不明なことを叫びまくる光一、人間好きなことだと急に饒舌になるのだ。


「これのどこが素晴らしいって!? 教えてあげようじゃないか!」

 そういいながら犯人の一人を射撃。


「何せな……これの形を変えるだけで……俺はキャス○ルにだってアム○にだってなれるんだ! ガン○ムの形に設計し直せばジャ○ルになるのだって夢じゃないんだ! ……ああ、ク○ーゼは勘弁、俺あいつ個人的に嫌…… ってことなんだよ! 分かるだろうこの発明の素晴らしさがっ! 何が素晴らしいって!? なら教えてやろう。ラ○ァとおそろいだ―――――――――――――――――ッ!」


 すでに人間としてのネジが飛んでしまった光一は歩くガン○ムおたくになっていた(そんなのどこにでもいる)。



「やった! ついに宇宙へ進出! これだからこの同好会止められないのよ!」

「斬る、斬るっ、斬るッッ、kill!」

「消し飛びなさい……サクリファイス……」

「セイラさ――――――――――ん!」


 今日、この非日常区は地獄絵図と化したのだった。

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