表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

掃除婦シーラの濃すぎる一日③

 

「…い!おい!起きろ!」

「ゔ…」


 肩を強く揺さぶられる感覚に、シーラは意識をゆっくりと覚醒させた。耳元で誰かの声がする。少年かと思ったが、もう少し彼の声は高かったような……


「シーラ・メルディス! 起きろ!」

「はっ、はいっ!」


 驚いたシーラが目をぱっちりと開くと、青い2つの瞳が彼女の視界に飛び込んできた。

 誰の瞳かなんて嫌でも分かる。いつもこの目にきつく睨まれていたのだから。


「ふぉ、ふぉ、フォルムバーグ騎士……」


 シーラが蚊の鳴くような声で呟く。

 フォルムバーグ騎士ことジークフリート・フォルムバーグはシーラが目を覚ましたのを確認すると彼女の肩においていた手を離した。


 何故ジークフリートに起こされているのか。そもそも自分は洞窟に居たはずではないのか。様々な疑問が頭の中に浮かぶ。

 訳がわからず、混乱しているシーラに対し、ジークフリートはおもむろに立ち上がった。


「いいか、すぐ戻るからここから動くなよ」

「え……」


 どちらかというと戻ってきてほしくない。

 そんなことを考えてしまい、返事にまごつくシーラにジークフリートはもう一度強く言う。


「ここから動くな。いいな?」

「は、はい……」


 シーラが小さく返事したのを確認して、ジークフリートは部屋から出て行った。

 彼が出て行った扉をじっと見て、その見覚えのある装飾にやっと自分がどこにいるのかがシーラには分かった。


「ここ、時の石の部屋だ……」


 シーラがこの部屋に来たのはもう随分前のことのように思えるが、確かに今日の昼、彼女がここに来た痕跡があった。

 物置の前には無造作に箒と雑巾が散らばっており、何故かハタキだけがない。ハタキといえば、あの洞窟で手当てした少年はどうなったのだろうか。誰か他の助けが来たのだろうか。


「あの子の名前、何だったんだろう……」

「おい、戻ったぞ」

「わっ!」


 物思いにふけっていたシーラは突然の声に驚いて飛び上がる。見ると、ジークフリートが何やら黒い布を持って扉の前に立っていた。

 本当にすぐに戻って来た。思わずシーラは目を瞬いてしまう。


「これに着替えろ」

「これって、お仕着せ……」

「扉の前にいるから着替え終わったら声を掛けろ」

「え、あの……ちょ、」


 戸惑うシーラに構いもせず、無造作にお仕着せをシーラに渡すとジークフリートは出て行ってしまった。扉の外に人の気配を感じるので、言った通り着替え終わるのを待っているのだろう。


 どうしてジークフリートが着替えを用意したのか、シーラは始め理解していなかったが、自分の今の格好を見てようやく合点がいった。

 シーラが身につけていたお仕着せは少年の応急処置のためビリビリに裂かれており、足が膝まで丸見えであった。

 ジークフリートは淑女が見たら卒倒ものの格好をしているシーラに替のお仕着せを用意してくれたのだ。


(でも、何で彼がこんなに親切にしてくれるんだろう……)


 着替えを用意してくれたのは有り難いのだが、シーラの中には疑問が残る。自分はジークフリートに嫌われていたのではなかったか。

 首を傾げながらも、シーラはジークフリートに着替えが終わったことを告げた。


「…………」

「……あの?」


 再び部屋に戻ったジークフリートは、今度は何も言わずにシーラをじっと観察しだした。

 今までの睨むといった視線とは違う。どちらかというと、何かをチェックしているような、そんな感じである。


「……首を見せろ」

「えっ?」


 シーラが戸惑いの声をあげた瞬間には、ジークフリートは彼女にずいっと近寄っていた。そして彼女の首の左側を確認する。


「……ナイフの傷はついてないな」

「あ、あの……?」

「他に怪我はないのか?」

「け、怪我?」

「ないのか?」

「な、ないです……」


 凄まれてしまい、条件反射で答えてしまう。

 本当は両足とも森を歩き回ったせいで靴擦れが酷いのだが、言ったところで面倒なことになりそうなのでシーラは黙っておくことにした。


 ひと通り見て、他に怪我ないことを確認したジークフリートは、片手で顔を覆い、それはそれは長いため息を吐いた。

 彼の一挙一動に注目していたシーラはそれだけで思わずビクッとしてしまった。


「…………」

「…………」


 ジークフリートは顔に手を置いたまま一向に動かない。しばらくそれを見つめて彼の次の行動を待っていたシーラだが、段々とそわそわし始めた。

 今は何時なのだろうか、もうこの部屋を出てもいいのだろうか。このままスッと出ていてもバレな——


「……おい」

「は、はい」

「どこへ行くつもりだ」

「ど、どこって……」

「そこに座れ。話がある」

「え、でも……」

「座れ」

「はい……」


 言われるがまま、シーラは展示室に設置されている簡易的な長椅子に座った。もちろん出口に面した長椅子の左隣はジークフリートが座り、彼女の逃げ道は完全に塞がれた。


「単刀直入に聞くが、お前はさっきまで何してた?」

「何してたって……そ、掃除を……」

「洞窟でクソガキに殺されかけて、そいつに殺されかけたにも関わらず、お人好しにもそのクソガキの傷の手当てをした。違うか?」

「なっ……」


 まるで見て来たようにジークフリートはそう言った。森を彷徨って、殺されかけて、服を裂いて応急処置をしたなんて話、信じるわけがないと適当に嘘をつこうとしたシーラは、驚いて固まってしまう。


「何で知って……」

「さあ? 何でだろうな。()()()()()()()()()


 ジークフリートはニヤリと何かを含んだ笑みを浮かべた。どうやら意図せずできた偽名も知っているようである。

 さすがのシーラもジークフリートが言わんとしていることに気がついた。


「ま、まさか……ほ、本当に?」

「そのまさかだ。お前を殺そうとしたクソガキは、10年前の俺だ」

「…………」


 目をまん丸にしたシーラは自分の左隣に座るジークフリートをまじまじと見つめた。言われてみれば、纏う雰囲気や話し方が似てるかもしれない。あの時は暗くて顔も分からなかったが、きっと明るいところで見れば今の面影があったのだろう。


 ジークフリートの説明はこうだった。

 どうやらシーラは時の石の力で、10年前にタイムスリップしてしまい、そこで10年前のジークフリート、つまり12歳の彼と出会ったらしい。それから飛ばされた場所は北にあるジークフリートの故郷に近い森であったこと、あの夜の次の日の朝、シーラは居なくなっていたことを聞かされた。

 ちなみにシーラは過去で半日ほど過ごしたが、現代では1分程度しか時間は経っていないという。


「時の石って……ただの迷信じゃなかったの?」

「知らん。お前の件があったから色々調べたが、少なくともここ数百年は時の石でタイムスリップした人間なんていなかった」


 部屋の中央のガラスケースに鎮座する時の石はいつも通りだ。今だって、ビリビリに破れたお仕着せとジークフリートが居なかったら、シーラはきっと先程までのことを白昼夢だと思っただろう。


「それにしても、どうしてあの時の掃除婦が私だと分かったの?」


 10年前のシーラは8歳だ。当然同一人物だと分かるはずもなく。まして、故意にではないが偽名を名乗り、顔が見えないあの状況で何がジークフリートに確信を与えたのか。


「俺は夜目がきく。あれくらいの暗さなら、顔くらい分かる。……まあ、顔以外の手がかりは殆ど役立たずで、探すのに苦労したがな。」

「えっと……」

「おまけにやっと見つけたと思ったら、こっちのことは何も覚えてないしなぁ?」

「い、言ってくれれば……」

「“あの時助けて頂いたガキです”ってか? そんな気色の悪いこと言ってくるやつ、お前信じるのか?」

「し、信じないです……」

「増して今の今までお前はガキの俺を助ける前の()()()()()()()()()だったわけだからな。俺に気づかないどころか、怯えるのもしょうがないよなぁ?」


 ジークフリートの言葉にシーラはどんどん縮こまる。

 責められているのだ。偽名を名乗ったこと、ジークフリートに気がつかないどころか、怯えていたことを暗に責められているのだ。

 今までジークフリートが何か言いたげに「責める」視線をシーラに向けていた理由はコレかとようやくシーラは理解した。


 そもそも刃物を首に当てられていたら誰だってまともに受け答えはできないし、気づかなかったのはタイムスリップをまだしていなかったからであるし、怯えていたのはジークフリートがきつく睨んだり舌打ちをしてきたからなのだが、そう言い返す勇気は生来気弱なシーラは持ち合わせていなかった。


 このままでは不味い。そう思ったシーラは少しでも話題を変えようと試みた。


「そ、そういえばフォルムバーグ騎士はどうして私がここにいることが分かったの?」

「あー……それか。偶然だ、偶然」

「え、でも、新しいお仕着せまで用意して……」

「あー、それも偶然見つけた」

「そ、そっか……」


 明らかに適当な返しであるが、ジークフリートが目で「それ以上聞くな」と言っているのが何となく分かってしまって聞くに聞けない。


 ここだけの話だが、ジークフリートはシーラが1年前城に上がった頃から既に彼女に目をつけていた。

 その頃には時の石伝説のことも調べ済みであったため、タイムスリップしたシーラが10年前自分を助けた女ではないのかという仮説を立て、シーラが時の石の部屋に掃除に入る時には必ず休みを取ってすぐそばの部屋に控えていたりもした。もちろん10年前のシーラがお仕着せを破いて自分の手当てをしてくれていたのは鮮明に覚えていたから、替えのお仕着せは常に用意していた。

 そういう訳で、隣の部屋の異常事態にすぐに気がついたジークフリートはお仕着せがビリビリに破れたシーラを誰にも見られることなく、無事保護することができたわけである。


 だが、それを口をするのは彼の沽券に関わるので、シーラが真実を知ることはまずないであろう。


「さて、ようやくお前は俺を思い出したわけだが」

「思い出したというか、今知ったというか……」

「あ?」

「はい! 思い出しました!」

「よし。それでいい」


 とんだ傍若無人っぷりである。昔の純粋な少年の気持ちを思い出して欲しいと思ったが、先程会った10年前の彼もこんな感じだったなとシーラは思い直した。

 ジークフリートが言葉を続ける。


「お前にはまだ助けてもらった礼をしてない」

「お、お礼なんて……人として当然のことをしただけで……」

「誰かさんが朝にはサッサと消えやがったからな」

「ご、ごめんなさい?」


 シーラはてっきりこれは褒められているノリかと思ったのだが違うのだろうか。良いことをしたはずなのに何故かまた責められている。


「……まあ、礼をする時間はこれからたっぷりある」

「じ、時間? いや、あの、お礼はお菓子とかで全然構わな……」

「覚悟しとけよ、シーラ」


 お礼を貰うだけなのに、どうしてこんなに嫌な予感がするのだろうか。




 シーラがその答えを知るのは、もうすぐである。


ここまでお読みいただき有難うございました!


以下、蛇足の登場人物紹介です。

興味のある方のみお読みください。



シーラ・メルディス(18)

城仕えの気弱な掃除婦。城下町で食堂を営む忙しい両親に代わり6歳下の弟の面倒を見てきたため、弟だけには気が強い。

タイムスリップした後はジークフリートに少し慣れたがまだ怖い。


ジークフリート・フォルムバーグ(22)

城仕えの腕の立つ騎士。初恋が未来人という癖が強い過去を持ち、案の定拗らせた。貴族出身だが、15歳で家を出たため少々ガラが悪い。もどかしさや苛立ちを感じた時よく舌打ちをする。

シーラがやっと自分の事に気がついたので内心とても喜んでいる。早く結婚したい。


時の石(???)

見た目は白いただの石。人をタイムスリップさせたりする。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ