黒く蠢く何か
ユフィーレは現在客間のソファーでくつろいでいた。
食事も終わり気づいた頃には閉門の鐘が鳴っており都の外に家があるユフィーレは家に帰ることができなくなっていた、それをカールに話しをしたところ、客間を使っていいとの事ではじめてのお泊まりである。
(何だろう、この謎の緊張感は)
ユフィーレは自分のテンションが上がっていることに気づいていなかった。
ドアを叩く音が聞こえる。
「どうぞ」
そこにいたのはカールだった。
「失礼しますね、毛布を持ってきました」
「すみません、わざわざ持って来ていただいて」
「気にしないでください、まさか都の外に住んでいるとは思いもしませんでしたけど」
カールはユフィーレに毛布を渡す。
「先に言えばよかったですね」
それ以降二人とも話すことが無くなり無言の時間が続く。
「えっと、お隣に座ってもよろしいですか?」
「はい、別に許可を取らなくてもカール殿下のお家なのですから」
ユフィーレのとなりにドカっと座るとカールは少しムッとした顔をした。
「その殿下と呼ぶの辞めてくださいますか?、私たち友達ですよね、私のことはカールと呼び捨てで呼んでください」
「その、良いのですか?」
「いいのです、流石に王都ではダメですがこの都ではとやかく言う輩はいないのですから」
「えっと、その、カール…」
「はい、なんですかユフィ」
二人は無言のまま見つめ合い思わず笑いあってしまう。
「名前が男女逆転していますね」
「ふふふ、こんなに笑ったのはいつぐらいぶりでしょう」
その後は二人の間にあった緊張感がなくなりカールとユフィーレは話を続けた。
「ユフィは明日砦内の見学に行くんですよね?」
「はい、あそこは普段は入れないので楽しみですね」
時間はあっと言う間に過ぎて行く。
「私はそろそろ寝ます、それではまた明日」
「カール、おやすみなさい」
カールは顔を背けそそくさと部屋を後にした。
「さて…」
ユフィーレは魔道具の明かりを消しソファーに寝転んだ。
場面は変わって街の中、魔導灯の光が届かない路地裏、そこには影があった。
「これは厄介だな…」
そこにはフードを被った一人の女性と馬車、それと肉の塊が地面に落ちている。
馬車は赤く色ずき、馬は無残に殺され、馬車の主人は何者かに引き裂かれたように真っ二つになっていた。
「運び屋も処分をするほど徹底しているとは…」
女は荷台を確認する。
「奴らは何を運び込んだのか…」
女性はそう言うと暗闇に溶けていった。
「………さ……」
「ユ…………ま…」
「ユフィーレ様!」
ユフィーレは思わず飛び起きてしまう。
「あれ、ここは?」
「ユフィーレ様、おはようございます」
ソファーの横にはネルが立っていた。
「えっと、ネルさんおはようございます」
「もう開門の鐘がなりました、朝ごはんの準備はできています食堂に行きましょう」
「わかりました、こちらの毛布はどうすればいいですか?」
「そのままソファーに置いておいてくだされば結構です後で回収しますから。」
ユフィーレは毛布を畳みソファーに置き、ネルと一緒に食堂へ向かった。
食堂ではすでにカールとメアリーが着席していた。
「おはようございます、カール、それとメアリー様も」
「ふふ、おはよう、カールねぇ〜、あらあらまあまあ」
メアリーはユフィーレがカールを呼び捨てにしたことにいち早く気づいた。
「お義母さんは黙っててください!おはようございますユフィ!」
カールは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
「私のことも様付けで呼ばなくてもいいのよ」
「えっと、それじゃあメアリーさんで…」
「お母さんでもいいのよ〜」
「えっとそれは流石に…」
「お義母さん!!!」
「あらあら、これ以上はやめておきましょう、それじゃあ頂きましょう」
メアリーの号令で食事を始める。
「またいらしてね今度は貴方とゆっくりお話がしたいわ」
「機会があればまた来ます」
ユフィーレとメアリーはそろそろ学校に行く時間のため玄関にいた。
「それでは行ってまいりますお義母さん」
「行ってらっしゃいカール、気をつけてね」
「それではメアリー様、私も行ってまいります」
ネルは鎧に身を包み準備万端と言った感じでカールとユフィーレを先導する。
メアリーは3人の背を見ながら見送った。
「なんだか賑やかだったわね」
「カールは登校するときはいつも歩きなんですか?」
ユフィーレはカールに質問した。
「うむ、我はいつも歩きだな、馬車はいつも乗っていたので飽きたのだ!」
「うわ〜私の時とは全然反応が違ってる…」
「うん?どうしたネル、何か言いたそうだが」
「いえいえ、なんでもありません」
話をしながら登校し、校門の前でネルと別れ、校舎の前でカールと別れた。
ユフィーレが教室に入ると一気に空気が変わる。
「ユフィーレ様おはようございます」
ユフィーレはびっくりしてしまった、いつもは遠巻きに見ているだけの人達が今日は普通に挨拶をしてきたからだ、ユフィーレは少し反応に遅れた。
「えっと…おはよう」
「キャーーー!」
後ろの方で黄色い声が上がる。
次々と挨拶に人がやってくる、それは教師が教室に入ってくるまで続いた。
「えー本日はこれから砦に見学に向かいます、くれぐれも他人の迷惑にならぬよう心がけてください、それでは一旦解散にし砦前に集まってください、場所がわからない人は同じクラスの子と行くように」
ユフィーレは少しのんびりしながら砦に向かった。
砦はこの学園からはそう遠くなく歩いてすぐの所に建っている。
砦前にクラスの全員が集合する。
「これから皆さんは砦内に向かいますが、案内役の指示に従い行動してください。
私は中に入れないのでここで待たせてもらいます」
「それでは諸君、先生に変わって中を案内するファルス警備隊のドックだ、よろしく、他にも案内役はいるがそれぞれの班に別れた時挨拶をしてくれ、俺からは以上だ」
数人単位で班を作っていく
「よう、お前がユフィーレか?」
先程喋っていた警備隊のドックが話をしてきた。
「はい、そうですけど」
「お前の担当は俺だ、よろしくな」
「よろしくお願いします、この班は私一人ですか?」
「ああ、お前さんあの学校じゃ有名人なんだろ?他のやつと組ませると砦がゆっくり見られないはずだって聞かされてな、急遽一人班になってもらった」
「誰に言われたんですか?」
「デルメム卿と学校の担任、他にも学園長、カール第三王子、お前さん後ろ盾がすごいな」
「あははは…」
ユフィーレは乾いた笑いしか出なかった。
「そろそろ他の班が全員出発した頃合いだろう俺たちも行こうか」
「よろしくお願いします」
「おうよ」
ユフィーレとドックは砦内に向かった。
「あーここはなんだっけ?、なになに元々食料を貯蔵していた場所で、現在はワインの生産に使われていると…あのワインここで作ってたのか!」
ドックはメモ用紙を見ながらユフィーレを案内していた。
「いやーすまんな、普段ここで生活しているが歴史なんて学ぶ機会はそうそうないからな」
「気にしないでください、私ものんびり見れるので」
ユフィーレはドックの話を聞きつつ色々見て回った。
「それでこの見学のメインがこちら、ファルス教会だ」
砦内の一角にポツンと立つ古めかしい教会がそこにあった。
「この建物は千年以上前の物らしい、ほう、すごいな」
「砦も千年以上前の物ではないんですか?」
「実は度重なる補修で昔の壁を使っているところはどこにも無い」
「だから砦の壁は綺麗なんですね」
ユフィーレとドックは教会へと近づいていく。
「ここは一応英雄のお墓があるんですよね?」
「ああ、ほらあそこだ」
ドックが指差す方へ顔を向けると教会の横に一本の木が生えていた。
「あの木の根元に墓石がある、だが本当の墓じゃない、あれはこの都が出来た時に作った新しいものだ、英雄は教会の地下に眠っているらしいが、教会には地下がないらしい、墓がどこにあるかは誰も知らないときた」
「そうなんですか…」
「なあ、教会に入ってみるか?」
「いいんですか?」
「いや、本当はまずい、だが見てみたいだろ?」
「確かに見てみたいですけど」
「良しじゃあ入るか」
ドアの前に行くと鍵が閉まっていた。
「鍵がかかってますね」
「うん?鍵は持ってきたぞ」
「入る気満々ですね」
「ああ、無断で借りてきたが大丈夫だろ!」
ユフィーレはもう何も言わなかった。
「よし開いた、さーって中はどうなっているかな」
ドックがドアを開け中に入る、ユフィーレも続けて中に入るとそこには何もなかった。
「あーここは見かけだけなのか?」
家具や装飾品などが一切なかった、しかし教会の真ん中辺りに黒い物体があった。
「なんだありゃあ?」
ドックは近づいていく。
ユフィーレは先にあるステンドガラスに目を奪われていた。
「うん?よくわからんな、木の板か?」
ユフィーレはドックに横を通り過ぎてステンドガラスの近くまでやってきた。
「とても綺麗…」
そのステンドガラスには11人の天使が描かれており巨大な木の周りを飛んでいる様が描かれていた。
「ちょっと待てよこれは魔法陣?!、ユフィーレやな予感がするここから離れるぞ!」
ドックが叫ぶと板が光り出し炎が上がる。
その衝撃で石畳の地面が崩れユフィーレはそれに巻き込まれた。
落ちていく瞬間が遅く感じる、手を伸ばすが何も掴めない、ユフィーレは暗闇へと落ちていった。