放たれる鉄の人形
セントラルタワー 99階 社長室
「ん? おぉ、バルツ君か。どうなっているかな? セントラルに居るメタルドールパイロット全員に対しての今後の説明会は」
秋山は部屋に入ってきた人物の顔を確認すると両手に持っている携帯ゲーム機に視線を戻す。
彼が遊んでいるのは今話題のハンディングアクションゲームという物でひとときも目を離せないらしい。
というような事を言っていたなと思い出しつつ、先程社長室に入ってきた男バルツ・クルマールは扉が閉まった事を確認すると秋山がいる机の前まで足を進める。
「はい。個別に分けて数人ずつ、私の様に社長が指名した方達と協力してパイロット全員に状況を説明しています。ですが……何故なんですか社長? もうあの日から1週間も経っているんですよ!?」
バルツが言うあの日とは勿論秋山が世界に向けてメッセージを流したあの日だ。セントラルの誰もが翌日から戦争になる、と思っていたのだがどういう訳か秋山はいつまでも始めるそぶりを見せずそのまま今日を迎えている。
そのせいであれはデマだの、只の宣伝行為と言われてしまい世界からの信用ががた落ちになってしまった。
「まさか今更やらないとでも言うつもりですか? それではなんの意味もっ…………」
「まぁまぁバルツ君、落ち着いて落ち着いて」
バルツの言葉にに秋山が食い込む。いつの間にかゲーム機の電源は切れて机に置かれている。
「そう言われましても……」
「心配しなくても大丈夫だよバルツ君。私が考えも無しに1週間も何もしなかったと思うかい?」
秋山は椅子にもたれ掛かり微笑む。しかし、その笑顔がどんな意味を持つのかバルツには解らない。
「この1週間、パイロット達の機嫌はどうだい?」
「殆どが最悪ですね。いつ暴れだしてもおかしくありません」
それもそうだ。大半の人間が未知の兵器メタルドールによって明日から大規模な破壊活動が出来ると思っていた。それなのに何故か1週間もお預け。楽しみにしていた人間程、今にも勝手に出撃しそうな勢いだ。
「だよねぇ。じゃ、世界の状況は?」
「完全に忘れられ馬鹿にされています。それどころか何国かはセントラルとの情報共有を止めるとも言っています。誰も全世界に対して戦争なんて馬鹿げた真似をしてくる筈が無いと思っているのではないでしょうか」
現状は本当にこうだ。あの日の後に情報を公開したメタルドールの資料や映像もCG等と言われて結局は信じられていない。
だが秋山は笑顔のままだ。バルツには本当に彼が何を考えているのかが解らない。
「社長。一体これからどうするつもりで…………」
「今だよバルツ君!」
「えっ?」
秋山は立ち上がりバルツの顔に指を指す。いきなりでどういう事かバルツは全く理解できない。
「ブチキレ寸前のパイロット達! そして対策すら取らずに平和な日々を送る世界……この2つをくっ付けるのは今だよ!」
目を輝かせながら秋山は叫ぶ。
確かにその2つをくっ付けた場合こちらは簡単に攻め込め、かつパイロット達は暴れたくてたまらない状態だ。どうなるかはバルツは簡単に想像できた。
「確かにその通りかもしれませんが……まさか社長は最初からこれを?」
「当たり前さぁ。何とかは忘れた頃になんとやら、だよ」
「は、はぁ……」
秋山の言った良く解らない日本語にバルツはとりあえず頷いた。だが本人は満足げだ。
「…………じゃ、早速始めるとしようか? 楽しい楽しいゲームをね」
秋山は振り向いて部屋のガラスの外を見つめて呟く。
その顔からは今までの笑みが一切消えていた。
――――――――――――――
リンツオーゲン ブリーフィングルーム
「…………って事なの。解った?」
学校の黒板サイズのスクリーンの前に立ち、そこに映る画像を指差しながら金色のおさげ髪をした白衣の少女、アリアは目の前の白い長机に一人で座っている巧に問い掛ける。
「まー、なんとなく」
完全に力の無い声で巧は答える。それを見たアリアは頭を抱えてため息をついた。
「アンタねぇ、最近そんな調子だけど大丈夫なの?」
「そんな事言ったってしょうがないだろ。この1週間、結局セントラルが何もしないからトレーニングとかこういう勉強尽くしなんだし」
「平和な事は良いことでしょ」
巧をあしらいながらアリアはスクリーンを弄りだす。巧がこう言うのも無理はない。
あの日、巧が戦うと決めた時から今日までセントラルは全く動きを見せないままだ。
勿論、あれが嘘な筈はないので貴重な時間を有効に使うべくアラン達と優秀なシュミレータには変わらないゲームのメタルドールで特訓をしたり、このブリーフィングルームを使ってアリアからメタルドールに関する勉強、今後リンツオーゲンがどうしていくのか等の説明を受けている。
「そうは言うけどさ。せっかく覚悟を決めたのに…………」
「セントラルの考えなんか私達には解らないんだから気にするだけ無駄無駄。さっ、そんなんじゃアンタ忘れてるだろうからもっかいメタルドールの詳しい説明をしなきゃね」
アリアは巧が注目する様にスクリーンを叩く。
「説明書を見せてくれたらすぐ解るのに」
「そんな重要機密まだアンタには見せられないの。ほら、さっさと画面を見なさいっ」
そう言ってアリアは白衣のポケットから伸縮式の指し棒を取り出してスクリーンをまた叩く。
巧は渋々画面に目を向け話を聞く体制にはいり、それを確認してアリアは口を開く。
「……コホン。じゃあ前にも言ったと思うけど説明するわね。えーと、メタルドールには通常のメタルドールとQシリーズと呼ばれるメタルドールが存在するの。解りやすいようにこの2つの画像を出すわよ?」
アリアが画面を指でタッチすると2枚の画像が映し出された。映っているのはガーリーとアーディレイドだ。
「まずこっちが通常のメタルドール。簡単に言えば量産機とかよ。動力源はQRエネルギー。これはキューブから発せられるエネルギーに電力とか他の物を混ぜて造られた物なの。勿論、不純物を混ぜてるからキューブのエネルギーをそのまま使うより出力は落ちるし、補給もしなきゃいけない。それでも十分すぎるけれどね」
アリアはガーリーの画像を指し棒で叩きながら説明を続ける。だが、不意に巧が手をあげたため顔をそちらに向ける。
「はい、斬原」
「……呼び捨てかよ。えっと、なんでわざわざ電力とかを混ぜてエネルギーを使うんだ? 最初からそのまま使えば良いじゃんか」
「奴等もそうしたいのはやまやまなんだろうけどキューブのエネルギーをそのまま扱う為には沙織いわく、センス・ドライバを持った人間が必要ってのとその為のジェネレーターが滅茶苦茶費用がかかるらしくて出来ないらしいの。ま、それは次で説明するから」
巧が呼び捨てにされてガッカリしている事など気にも止めず、今度はアーディレイドの画像を指し棒で叩く。
「こっちはアンタも知ってる通りセンス・ドライバ専用に造られたQシリーズと呼ばれるメタルドール。Qシリーズって言っても、動力源がキューブのエネルギーをそのまま使ったQエネルギーだからそう呼ばれてるだけだけどね。でもそれが普通のメタルドールとQシリーズの違いよ。キューブから発せられるエネルギーはいくら使っても理由は解らないけど消える事は無いの。その為にQシリーズのメタルドールは常にエネルギーが微量とはいえ回復し続けるから半永久的に稼働する事が出来るって訳」
「改めて聞くと……凄いな」
無限に動く戦闘ロボット。考えてみればとても恐ろしい兵器だな、と巧は体を震わせる。
「でしょ? まぁそれが解ってたからセントラルに使わせる前にアーディレイドを回収した訳だけどね」
「おいおい、あれは回収っていうか奪ったんじゃ…………」
巧が喋り出した瞬間、顔の横を何かが通り過ぎた。
ゆっくりと後ろを振り向くと先程アリアの手元に合った筈の指し棒が巧の後ろの壁に刺さっている。
「何か言った?」
「……言ってません」
巧は身体中から冷や汗を流しながら全力で顔を横に振った。
(何で出来てんだよあの指し棒……)
心の中で巧は泣きながら呟く。そんな呟きが聞こえないアリアは何事もなかったかのように話を続ける。
「そ? なら良いわ。えーとそれから……そうQシリーズのメタルドールは今の所5機製造が決まっててそれぞれコンセプトがあるの。例えばアーディレイドなら「様々な状況に対応できる高性能試作汎用機」とか」
アリアは画面をタッチしてアーディレイドの画像を拡大する。
「で、これは沙織が言ってる事なんだけどQシリーズはセンス・ドライバを持った人間しか使えない、らしいのよ」
「それは何でなんだ?」
「ん~、そこん所が謎なの。織宮が言うにはキューブのエネルギーとセンス・ドライバを持った人間が同調する事によって、センス・ドライバの真の力を引き出す事が出来る…………らしいけれどこればっかりは沙織に聞かないとなー」
そう言いながら困った顔をしたアリアは、首元に垂れ下がったお下げの片方を指でくるくると回している。
「センス・ドライバ……か」
それを聞いていた巧の方は記憶の片隅から何かが出てきそうな感じがしていた。
キーワードはセンス・ドライバとQシリーズ。何かを前から疑問に思っていた筈だが後少しの所で思い出せない。
「とりあえずそっちは置いといて今はアーディレイドの話に戻りましょ。このアーディレイドの最大の特徴は何と言っても大剣ツヴァイヘンダーよね」
スクリーンを見ながらアリアはそこに映るツヴァイヘンダーの画像を拡大していく。
「あぁ、自分で使って凄さは実感したよ」
アーディレイドに乗って逃げてきた際に追ってきたメタルドール、ガーリーをまるで豆腐みたいに簡単に斬り裂いた事を巧は今も覚えている。
「そっか、アンタは一回使用してたっけ。なら威力は説明無いわね? じゃあアーディレイドのお話は終了っと」
そう言うとアリアはツヴァイヘンダーとアーディレイドの画像をスクリーンから消し始めた。
それを見た巧は慌てながら
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!?」
「……え? 何が?」
「嫌ほら……アーディレイドって汎用機、なんだろ? だったら大剣以外にも武器は無いのかな~……なんて?」
巧がそんな期待を抱くのも無理はない。これからアーディレイドで戦うと考えた時、どんなに威力があるにしろ大剣一本ではやはり心許ない。
その為に巧はアーディレイドの他の武装を期待していたのだがその夢はアリアの
「無いわよ?」
たった4文字の言葉で砕かれてしまう。
「…………マジで? え、トマホークとか弓とかヨーヨーとかキャノン砲とかミサイルとかそういうのも無いのかっ!?」
「そんな物ある訳無いでしょ~? 本来なら他にも武装が施される予定だったのよ。でもその前にこっちに持って来ちゃったんだから、造られていた物があったとしたらセントラルに置いてきた形になるわね」
適当に知っている武器を並べた巧だがアリアにそれを軽くあしらわれてしまった。
期待をしていただけにショックが大きく、巧は机に突っ伏す。
「マジかよー……楽しみにしてたのに」
「ちょっと、元気出しなさいよ? 胸部バルカン砲だってついてるし、今はまだなんだかよく解らないけど装甲の各所が開いたり稼働するんだから」
「装甲がパカパカ開いて何になんだよぉ……」
机に塞ぎ込んだままの巧はアリアを見ようともしない。それに呆れたアリアは小さな声で
「…………まったく。ツヴァイヘンダーは斬るだけじゃないのに」
こう呟いた。だがそれが聞こえたかの様に反応しながら巧は顔を上げる。
「今、なんか言ったか?」
「別に? それじゃ、気を取り直して今度はリンツオーゲンの説明をするわよっ」
目を合わせないアリアを不自然に思いながらも巧は一瞬うなだれた後、仕方無く机に突っ伏したまま顔を向ける。
「このリンツオーゲン。所謂戦艦ってやつなんだけどセントラルが所有している通常の戦艦とはだいぶ違うわ。1つはジェネレーター。このリンツオーゲンにはQRエネルギーとはいえ6基ものジェネレーターが搭載されてるの」
「6基、ってのは凄いのか?」
「通常のセントラルの戦艦にはせいぜい2、3基が普通。けどこのリンツオーゲンはまずサイズが違うし、今は海中を移動してるけど地上にも行ける。空中でだって問題なく動けるパワーがある。それに試してないとは言っても理論上は宇宙にも行けると私は思うの!」
「宇宙って……」
目を輝かせて語っているアリアの隣の画面にはリンツオーゲンの初めて見る全体図が映されている。確かにとても大きい。だが巧には戦艦と言うよりも巨大な戦車にも見えた。勿論、戦車と瓜二つという事ではなくリンツオーゲンのゴツゴツとした形から感じた印象だ。
「……コホン。2つ目は兵装の豊富さかしらね。バルカン、ミサイル、ビーム兵器、ロケット弾やらグレネードに水中用魚雷。でも全部を本当に使えるのかは解らないのよねぇ……でもでも、今も使用されてる「ハイドクロス」の効果は実証済みよ」
「ハイドクロス?」
初めて聞く言葉に巧は首をかしげる。それが聞こえたかの様に続けてアリアが答える。
「そう、ハイドクロス。えーと、簡単に言えば光学迷彩みたいな物かしら。機体表面に特殊な電磁膜を形成して周りの景色に機体を溶け込ませ、更にレーダーなんかの索敵機器に探知されなくなる。アンタも見てると思うわよ? ほら、飛び込んでくる時に黒い空間しか見えなかったでしょ?」
「ん? あぁ、確かにそうだったなぁ」
巧はその時の事を思い出す。アリアの言う黒い空間、とはこの前アーディレイドで崖の上から海に飛びこむ時に見た物の事だ。
「あの時、黒い空間しか見えなかったのはハッチが開いてて格納庫部分を海面に出していたから。流石に艦内にまでハイドクロスを使用できないからね」
「へぇ~? そういうカラクリだったのかあれって」
その時の事を思い出しながら巧は数回うなづきながら理解する。最初に見た時には何かが大口開けているのかと思っていたが。
「解ったかしら? それで、これはさっきの格納庫に関係しているけれどリンツオーゲンの格納庫は5機ものQシリーズ運用母艦って事で通常の倍の広さがあるわ。それでこれは、元々収容されててどうするか迷ったけど丁度3機あるって事でアラン達が使う様にしたメタルドールね」
アリアは指でスクリーンを叩き、それと同時に画像が現れる。本来なら指し棒でスクリーンを操作しているのだが、現在その指し棒は巧の後ろの壁に刺さったままだ。
映された画像は4枚。1枚は大小様々な機械が散乱している格納庫らしい物。倍の広さというだけあって本当に大きいとそれを見た巧は感じた。
感じた、というのはあの時格納庫らしい所にアーディレイドで着地してコックピットから降りた時に明かりがついていたのは巧の周辺だけだったので全体を見れてはいない為だ。
「んー……とりあえず格納庫は後で良いとして、その3機のメタルドールは?」
巧は残り3枚の画像を指差す。
そこに映っているのはガーリーでもゴルディスでもアーディレイドでもないメタルドールだった。しかも1機1機ベースは似ていても細部や兵装が違っていて、機体色も緑、赤、青と別々に塗り分けられている。
「このメタルドールの名前は「ワーカント」。この3機、リンツオーゲンに元々あったって事でQシリーズの護衛用メタルドールってとこだったのかしらね。並のメタルドールより性能も良いし、あの3人それぞれの希望に合わせたカスタマイズも施せるぐらいだから良い機体には違いないけど」
「へぇ~、それで全部色とか武器も違うんだな。そんなメタルドールが乗ってたんならお前らがこのリンツオーゲンを奪ったのは正解だったんだなぁ…………ん?」
巧は画面に映る3機のメタルドールを見ながら呟く。だが、それと同時にまるでパズルが組みあがるかの様に頭の中で1つの疑問が浮かび上がる。
「……なぁアリア」
「なに?」
「ずっと前から気になってて今思い出したんだけどさ……この戦艦にはワーカント以外にもメタルドールが乗ってるんだよな? しかも……Qシリーズの1機が」
「え?」
アリアの顔が固まった。そこで巧は確信する。
やはりこのリンツオーゲンにはQシリーズがもう1機存在する。
「バ、バッカじゃないの? そんなQシリーズなんてある訳無いじゃない。アンタが持ってきたアーディレイドだけが……」
「エドワードさんから聞いたんだよ。最初から乗ってた、ってな」
「…………あの変態ロン毛」
明らかに慌てて喋るアリアに追い討ちをかけるように巧はエドワードの名前を出したが、それを聞くとアリアは急に冷静になり後ろを向いて小さく舌打ちをした。
「……え~っと、別にQシリーズが元々あったって言われても今更アーディレイドに乗らない、なんて俺は言わないから安心してくれよ」
巧は椅子からゆっくり立ち上がり頭をかいて喋る。立ち上がった事に気付いたのかアリアも振り向いた。
「斬原……?」
「自分でやるって決めた事だしな…………だけどお互い隠し事は無しだ。最初は既にセンス・ドライバなる人間が居るんなら俺は必要ないじゃんか、とか思ってたけど今はもう違う。でも皆知ってて自分だけ知らない、なんて気分悪いだろ? だからこの事を聞かない訳にはいかないんだ。って事だからそのもう1機のQシリーズの事も教えてくれ。それに、大方パイロットはあのヴァンって奴なんだろ? だったら同じセンス・ドライバ同士仲良くしなきゃいけねぇなぁ」
キョトンとしたアリアの顔を見ながら巧は笑う。巧にとってはアリアだけではなくリンツオーゲンの皆に言いたい言葉でもあったのだがこの場に彼女しか居ない以上仕方無い。
少しの間の後、アリアは壁にもたれ掛かり口を開いた。
「……はぁ、アンタの言う事ももっともね。本当はもっと後から説明する筈だったけどしょうがないか……いいわ、私もちゃんと教える。ただ…………エドワードは許さない」
最後の言葉にやけに力を入れてアリアは喋り終える。
本当はアランからも少し聞いたのだが彼の名前は言わないよう巧は心の中にしまう事にした。
「じゃあ説明するけど……それのパイロットはさっきアンタが言った通り…………ヴァンよ」
「ほらな? ったくそうならそうと初めにアイツも言えって…………」
「けど彼は…………センス・ドライバじゃない」
「へ?」
Qシリーズのメタルドールのパイロットなのにセンス・ドライバじゃない、とはどういう事なのか。
ついさっき、アリア自身がQシリーズにはセンス・ドライバなる人間が乗ると言った為に巧には訳が解らない。
「センス・ドライバじゃないって……だってQシリーズに乗ってるんだろ? 違うんだったら乗れないんじゃないのかよ?」
「そうよ、アンタが言う通り。Qシリーズはセンス・ドライバと呼ばれる人間が動かす為に造られた」
そう言うアリアの顔が何故かどんどん暗くなっていくのを、目の前に居る巧にはすぐ解った。だが、理由まではまだ解らない。
「じゃあ、どうしてヴァンが乗ってるんだよ?」
「それは……その」
アリアはうつむき黙ってしまう。それに対して巧はどうして良いか解らず見ている事しか出来なかった。
だが暫くの沈黙の後、アリアはゆっくり顔を上げ巧の方を見る。
「……話すって言ったからには、ちゃんと話さなきゃね」
顔の暗さは治っていないものの、巧に近づいていきながら口を開いた。
「彼が乗るメタルドール。名前は「イグズィス」。Qシリーズの2番機よ。けれど……実際にはイグズィスが1番機かもしれないわね」
「かもしれない、ってどうしてだよ?」
「当初、本当に1番最初にQシリーズとして出来上がったのはイグズィスだったの。とは言ってもその頃は名前も無かったし、見た目も普通のメタルドールと大差ない状態だった」
何処か遠くを見ながらアリアは巧が居る机の上に座る。それを見て自分はどうするか巧は迷ったが、大人しく側の椅子に腰かけた。
「センス・ドライバなる人間を探す。勿論、そう簡単に見つかる筈は無いわ。けれども見つけた時の事を考えて様々なQシリーズを開発しておく為に、やっと出来たイグズィスをQシリーズとして扱うのではなくって他のQシリーズ開発の実験機として使う事に織宮はしたの」
「……せっかく作ったのに戦闘用にしなかったのか」
「えぇ。そのせいでイグズィスは完全にデータを採る為だけの機体になった。無茶な機動力を確保させて稼働させたり、1機だけで大量のメタルドールと戦闘させたりして。最初は順調だった…………でも、一応センス・ドライバ用に開発されたからなのか解らないけどイグズィスのテストパイロットを任された人間達は次々に脱落していったの。吐き気や頭痛を訴える奴、気絶する奴なんかもいたわね。そんな事が続いていて研究が中々はかどらなくて悩んでいた織宮はある事を思いついた……なんだと思う?」
もうあまりにもいつもと違うアリアの表情に驚く巧だが、問い掛けられた質問に答えようと腕を組み考える。しかし、そんなすぐには「これだ」と言える答えが浮かぶ筈もない。
「解らない、なぁー……あはは」
苦笑いをしながら巧はアリアの顔を伺う。なんだかさっきより表情が暗くなった気がしてならない。
「普通……解らないわよね。そう、普通じゃないのよ織宮は。使い物にならないテストパイロットの代わりにアイツが用意するって言ったのはメタルドールに乗せる為だけに改造された“強化人間”なのよ!」
「強化……人間」
それは巧にとって聞いた事があるフレーズだった。勿論、ゲームの中の話ではあるが。
「そうよ。各地の人間をランダムにあらゆる手段を使って捕まえ、セントラルに連れ込み強化……というより改造を施す。薬漬けにしたり、身体中を機械と取り替えたりね……」
アリアは項垂れたまま小さく呟く。それを聞いていた巧はだんだんと怒りや悲しみや嘔吐感を抱いていた。
だが、その現場を見ていて更に今自分の口で喋っているアリアの方が辛い筈。そう思うと巧は耳を塞ぐ事は出来なかった。
「けどやっぱり、そんな手段をとっても簡単に上手くいく訳がない。最初は失敗の連続。薬の大量投与による人格崩壊、全身麻痺。機械の拒絶反応による急死……とか。失敗が相次いで全く進展しなかった」
「そりゃ、乗る前に死んだりしたらどうしようも無いからな……うん」
アリアの話を聞けば聞くほど巧の精神は落ち込んだ。その光景が浮かんできて、考えたくもないのに想像してしまっていて、しきりに頭を振ってそれを消した。
「そんな強化人間実験を成功させる為に織宮は遂に私に目をつけた」
「お前に?」
「なんでか解らない? 自分であんまり言いたくないけれど当時天才少女だのなんだのと騒がれていた私にセントラルの連中は協力を頼んできた。丁度良い時に現れた優秀な脳が欲しかったんでしょうね。奴等は言ったわ。「新しい実験の手助けをしてほしい」って。けどそれは表向き。実際は強化人間の完成の為。でもそんな事知る筈も無い私は……浮かれてたのかな。喜んで承諾してた。してしまったの」
巧は、アリアが泣きそうになってきているのが感じ取れた。やはりとても辛いのが解る。だが、「これ以上喋るのを止めろ」なんて事はこんなになっても続けているアリアに申し訳無くて言えなかった。
「それから少ししてセントラルに招かれた私は、奴等から実験内容の資料や薬品を渡された。「アドバイスが欲しい」って言われながらね。資料を見る限りでは動物の筋力なんかを飛躍的に上昇させたいとかなんとかで、その時は疑問にも思わなかったわ」
「……それで?」
「勿論、私が思いついた方法を幾つかだした。もっとも、自分では「対した事は思いつかなかったなぁ」……なんて言ってたんだけどね。でも結果は違った。織宮が何をどう繋げたのか解らないけれど、私の考えた方法を取り入れて遂に初めての成功体を造りだしてしまった」
成功体
この言葉を聞いて巧は真っ先に1人の人物の顔が思い浮かんだ。良く考えればあの時、セントラルの工場で見せたあの動きは人間離れし過ぎていた。
「その成功体がアイツ……ヴァンなのか?」
巧の問い掛けに、アリアは無言で頷いた。だが、すぐに顔をあげると小さな声で喋り始めた。
「……そのせいで彼はどれだけ肉体に無茶をさせても、多少の怪我を負っても全く問題のない人間になり、イグズィスも彼の為に改良した後Qシリーズの2番機に設定された。だけどその代償として、定期的に身体をチェックしたり、薬を投与して調整しないといつ何があるか解らない状態でもあるの。だから、本人は気にしてないけれど私が自分のせいだと思ってるからいつも私が1人でチェックしてるわ」
「そっ……かぁ」
こんな沢山の話を聞いてきて何から整理すれば良いか巧は困っていた。次ヴァンと会った時にどんな顔をすれば良いのだろうか。
言ってしまえば強制的に人体改造されたのだ。勝手に身体を弄くり回され、自分の望まない力を与えられた時、彼はどう思ったのだろうか。絶望とか恐怖、そういう感情しか巧には浮かんでこなかった。
「あー……とりあえず1回話がしたい。お前なら居る場所解るんだろ? 俺、アイツと此所来てから殆ど喋ってなくてさ」
前からの事もあって少し避けていた自分を情けなく思いつつ、ちゃんと友好関係を築いて仲良くする為に一度合って何か話そうと巧は考えた。と言うか此所まで相手の事を知って尚も避ける事は出来ない。
「え? あ、あぁ解るけどあまりさっきの事には触れないであげてね? 気にしてないって言うけれど、内心はきっと苦しんでると思うし」
「大丈夫だって。わざわざ人の嫌がる事を…………」
巧がそこまで言いかけたその瞬間、二人しか居ない部屋にけたたましい警報が鳴り響く。
その音はリンツオーゲンでは「戦闘配置」を知らせる警報だ。
「なっ、何なの!?」
アリアはすぐに身構えると周囲を確認しながら側の壁に張り付く。巧もそれを真似しようとした瞬間、何処からか聞き慣れた声のアナウンスが聞こえてくる。
『斬原、アリア! 至急ブリッジまで来るんだ! セントラルが動き出した!!』
「アランさん? え? セントラルがどうしたんだって?」
「ちょっと斬原! 呆けてないで急いで、早く!」
状況を把握しようとする巧の頭にアリアの声が突き刺さる。只でさえ今は頭が混乱しているのに。
「わ、解ったよ! ったく、怒鳴らなくても良いだろ……」
ぶつぶつと良いながら巧は駆け足で部屋を出て先を行くアリアを追いかけながら、呼ばれたブリッジを目指す。
(さっきのアランさんの声、普通じゃなかった……それにセントラルって)
1週間程前から全く動きを見せなかったセントラル。その名前を聞いた巧は、懸命に走りながらも心の中では大きな不安が渦巻いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
数時間前 セントラルタワー 99階 社長室
「やぁ、バルツ君。例の物、準備は出来たかい?」
「一応完了しましたが……本当に使うおつもりですか?」
目の前でキラキラとした顔をしている自分より年上の男性に少し疑問を覚えながらもバルツは返事をする。
「勿論だよ。なんでもかんでも楽しくやらないとつまらないからねぇ。それに一回やってみたかったんだよねアレ」
「アレ」とは先程、急に秋山がバルツや他のパイロット達などに「今後必要になるから」という理由で用意させた物の事である。
だがバルツにとっては理解しがたい考えだった為に終始、こんな事をしていて本当に良いのか悩みながら準備を行なっていた。
「と、とにかくテストこそ行っていませんが準備は万端です。後は社長のお声がかかれば、こちらはいつでも始められます」
用意した物の使い道はバルツは解っている。だが、あんな物を使うという事は同時に、セントラルが行動を開始するという合図でもある。そうすれば最早後戻りは出来ない。
秋山本人がそこの所をどう考えているのかは読み取れないままなのだが。
「んー……よし、なら早く始めるとしようか。いつまでも待たせたら悪いからね」
そこまで言って秋山はゆっくりと座っていた椅子から立ち上がった。そして、バルツに笑顔を見せながら今言った言葉に繋げるように口を開く。
「退屈している“世界”さんを、楽しいゲームに誘ってあげないとさ」
リンツオーゲン ブリッジ
息を切らしながら走ってきた巧とアリアの二人は丁度ブリッジの入口をくぐった所で立ち止まってしまった。
勿論疲れてしまったからという事もあるが、それよりも大きな理由はブリッジにあるひとつの大型スクリーンに、真っ白な空間の中で悠長に喋る一人の男が映っていたからだ。
そしてその男の名前は世界中の、少なくとも産まれたばかりの赤ん坊等を除けば誰もが知っているであろう人物。最新技術の塊の島を管理する会社の社長。
「秋山……修三」
額にうっすらと汗を浮かばせながら巧は呟いた。どうやら秋山が何かを話している最中に到着したらしい。
艦長席に目を向けると既に哲司とアラン達はスクリーンを食い入る様に見ている。
すると、こちらに気付いたアランが「見ろ」と目で訴えてきた。その仕草の意味をアリアも解った様で、巧はアリアと顔を見合わせて黙って頷くと秋山の話に集中し始める。
改めて画面に目を向けるとそこにはいつもと変わらない笑顔のままで話す「セントラルの社長」が立っていた。
『…………という訳でですね? 1週間も前から我々のお話を完璧に無視して平和に暮らしている世界中の皆さんにその危機感の無さがどれだけの不幸を招くのか。その結果を存分に味わって貰おうと思います。さーてそれじゃあ……皆ぁ出してきてくれるかい?』
秋山は何処かにそう呼び掛けると話を止めてしまった。代わりに画面からは何かを重い物を引きずる様な物音が聞こえてくる。
すると急に秋山が画面から居なくなり、映像が左に動いたかと思うとそこに巨大な物体が出現した。
「あれって、地球儀じゃない?」
アリアは目を細めながらスクリーンに映ったそれを指差した。
確かにそう言われると地球儀に見えなくもない。しかしそうだとしてもサイズがおかしい。
本来なら地球儀と言ってもサッカーボールぐらいの大きさが普通だ。しかし、今映像に映し出されている地球儀はいつの間にか横に立っている秋山よりも明らかに大きい。これだけのサイズだと普通の地球儀として扱うのは骨が折れる。
『どうですか、皆さん。これ……この為だけに特注で造ってもらったんですよ? いや~、改めて見るとやっぱり素晴らしいなぁ~』
目を輝かせながらそう言った秋山は、巨大地球儀の周りを走り回る。まるで新しい玩具を与えられた子供の様に。
だが我に返ったのか急に咳払いをすると、画面に向き直りまた口を開いた。
『……ゴホン。まぁ勿論、こんな地球儀を造ってもらった意味はちゃ~んとあります。それはと言うと……』
そんな事を呟きながら秋山はズボンのポケットから何かを取り出して撮影しているカメラに近付けてくる。それは普段、あまり目にする事の無い物だった。
『ジャーン!! なんとこれ「この地球儀専用ダーツの矢」です! 今からこのダーツの矢を回転する地球儀に投げて、矢が刺さった国に攻撃しに行きます!!』
未だに笑いながら秋山はそのダーツの矢を見せ付けてくる。そのダーツの矢は以外とカラフルで可愛らしく、喋られている内容と全く噛み合わない。
「おいおい、んなデタラメなやり方アリかよ……」
「確かに馬鹿げた内容だが、そう思わせる為の奴等の作戦かもしれんぞ……?」
秋山の話を聞いて呆然としているエドワードの肩を叩きながらアランは眉間にシワを寄せて呟いた。
それは誰だって、いきなり「地球儀にダーツの矢を投げて刺さった国と戦争します」と言われたら困惑せざるをえないだろう。
『さて、じゃあ早速始めましょうかねぇ。んー、じゃあそこの君。君に初回転をさせてあげよう』
秋山は画面に映っていない誰かを手招きしながら、地球儀から距離を取り始める。それに続いて指名されたらしいガタイの良い男が地球儀に近付いていき、手を添えた。
『さぁそれでは派手に回しちゃってください……どうぞ!』
そう言われたガタイの良い男は一度深呼吸をし、顔を強張らせると勢い良く両手で地球儀を掴みそのまま引っ張った。そして、その力を得た事によって、巨大な地球儀は速いとは言えないがしっかりと回り始める。
「くっ……矢が上手く刺さらない、みたいなアクシデントが起きればな」
そんな淡い希望を呟きながらレイラは画面の中の地球儀を見つめていた。
確かに地球儀が回り初めてもダーツの矢が刺さらなければ問題は無い。だがそんな希望は既に矢を構えて待っている、地球儀に当てる気満々の秋山に届く筈もない。
『よぉし、それでは投げさせていただきますよ…………せーのっ……はっ! せいっ! そりゃ!』
秋山は掛け声を出しながら綺麗なフォームで3本のダーツの矢を地球儀に投げた。残念ながら床には1本も落ちておらず、全部命中してしまった様だ。
『何が出るかな~何が出るかな~、ってこれは違うか。あ~止まるのが楽しみですねぇ皆さん』
変な歌を歌いながら秋山は地球儀に近付いていく。恐らくいち早く刺さった場所を確認したいのだろう。
「だぁぁぁもう、一体何処に刺さったんだぁ? 場所次第じゃ結構ヤバイかもしれねぇんだぜ!?」
「…………」
地球儀が静止するのを待ちきれないエドワードは苛立って地団駄を踏み始める。だが、その隣で艦長席に座ったままの哲司は眉1つ動かさずにただ画面を見ていた。
そして地球儀の回転は段々と弱まっていき、最後には待ちきれなくなったのか秋山が自分の手で止めてしまった。
『やれやれ、結構回るもんだなぁ…………さてと、じゃあ早速刺さった場所を確認してみましょうかねぇ~』
「ホントに……刺さってる」
画面越しでも巧にはハッキリとダーツの矢が3本バラバラに地球儀に刺さっているのが確認できた。
だが、刺さっているのがどこの国かまでは流石に判断出来ない為、秋山の口から発表されるのを待つしかない。
『え~とココとココと……それからココかぁ。初陣にしては良い場所かな?』
地球儀を手で回しながら矢が刺さった場所を1つ1つ確認し終えた秋山はそんな事を言いながら1人頷いている。
すると秋山は急にその場で1回転して背を向けていたカメラに身体を向き直し、右手の人差し指、中指、薬指の3本を伸ばしながら口を開く。
『それでは皆さんお待たせしました。今回、我々セントラルが攻撃する事になった国は~…………』
そこまで言い終えると準備がされていたのか良いタイミングでBGMにドラムロールが流れ出す。
本来ならこのBGMはワクワクする様な発表の前に――――例えば大会の優勝者を発表する時などに使われる物で巧も聞き覚えがある。
しかし今回の場合、ワクワクする様な事は秋山の口からは一切発表されない。ワクワクする所か名前を出された国の人達ははガクガク震えてしまう筈だ。
そんな事を考えながら巧は秋山から発表される国名を聞き逃すまいとアラン達と同じ様に耳を研ぎ澄ませた。
『その3つの国とはなんと! なんとぉ!? ロシアとインド、そしてフランスです! はい、パチパチパチ~』
秋山は国の名前を良い終えると本当に嬉しそうに、何に対してなのか解らない大きな拍手をする。
「ロシアに……インドとフランス」
忘れない内に巧は発表された国名を繰り返す。どれも学校の授業で聞いた事がある名前だ。ただ、場所は詳しくは思い出せないし行った事もない。
だが良く知らないとはいえ、今その国々はセントラルの攻撃目標になってしまった。未だにこれを嘘だと思っている人間がいなければ、これがどういう意味か解る筈だ。
そして、自分が言った事がどんな混乱を招くのか解っていなさそうな男、秋山はどうしたのか急にカメラに顔を近付けてきて口を開く。
『えっとですね……忘れてたんですがここで1つ皆さんにお知らせがあります。なんと! もう既にウチからメタルドール部隊が発進しちゃってるんですよね~』
「……なっ!?」
巧だけでなくアランやエドワード、レイラとアリアもその言葉で凍り付いた。
「既に発進している」と言うことはこれからもう数時間後には人形兵器、メタルドールによって戦闘が開始されてしまうという事だ。
『いや~素晴らしく優秀な方達です。ダーツの矢の結果が解った時点で発進する準備をしていたみたいですね。流石だな~……さてと、もう私がやる事は終わりましたので後はゆっくりと、選ばれたお国さん達との“ゲーム”を楽しむ事にしましょうか。んー、ライブ中継とかした方が良いか…………おっとっと忘れてた、それじゃあ皆さんさよならさよなら~』
終始楽しそうにしながら秋山は手を振りつつ喋り終えると、少しの間の後カメラから消えていき、そして通信が切断されたのか急に画面は真っ暗な空間に切り替わる。
「あっと……えぇと」
どうしたら良いのか解らない巧はその場で両手を右往左往させる。早く此処から動きたいのだが、今最優先でするべき事が何なのか頭の中で情報が交錯してしまい上手く行動に移せない。
だが、そんな慌てている巧を尻目に今まで全く動かなかった哲司が椅子から勢いよく立ち上がり声を張り上げた。
「悠里君! 今発表された3国の中で現在地点から最も近い国は何処だね!?」
「ひぇっ!? あっ、は、はい、今出しますぅ!」
哲司の眼下にはパソコンと机が一体化した様な物が何台か繋がれた状態であり、それに合わせて椅子が備え付けられている。
その椅子に座っている人達の中に、黒いショートヘアーと小さな身体を震わせている「悠里」と呼ばれた女性がいた。
急に自分の名前を呼ばれた為にびっくりしたのか悠里は泣きそうな声で返事をした後、すぐに自分が座っている座席の画面を見つめ机上に浮かび上がっているボタンを次々と打ち込み始めた。
すると、数秒もしない内に悠里は哲司が出した質問の答えを導き出した。
「え、えっとですね艦長。現在地から一番早く到着出来るのは……どんなに頑張ってもフランスでしたぁ」
緊張感にかける喋り方だなぁ、と悠里を見ていて巧は思う。
だが、顔にはまだ幼さが見られ身長もレイラ程高くない。もしかしたら年齢は自分と一緒か下かもしれない。そう考えると「ああなるのも仕方無いのかな」と巧は1人納得する。
だがそんな事を気にも止めない哲司は悠里の報告を聞いた後艦内のマイクを全てオンにして更に大声をあげる。
「よし、総員戦闘配置! リンツオーゲンはハイドクロスを維持しつつ離水準備、進行方向をフランスへ。戦闘部隊及び斬原君はそれぞれメタルドールに搭乗し待機。アリア君は私の補佐に回ってくれ!」
哲司が勢い良く言い終えると、ブリッジにいた全員が一斉にに動き出した。
「戦闘配置って何を……」
「とりあえずあんたは格納庫! そしてアーディレイドに乗って。それを確認次第、私が通信回線を開いて細かい指示を出してあげるから」
「え? お、おう解った!」
走って来た時に乱れた白衣を綺麗に着直しながら、アリアは巧に真剣な表情でそう伝える。
今、巧に出来る事。
それはパイロットとしてアーディレイドを動かす事だ。それにアーディレイド自体、巧でなければ指一本動いてくれない。
「それじゃあ私はあっち行かなきゃいけないから、あんたも急ぎなさいよ?」
アリアは巧にそう言いながら艦長席にかけて行った。
「解ってるよ、ったく……おっと、とにかく急がねぇと!」
アリアを見送りながら巧はそう呟くと、その場で振り返り格納庫まで走り出した。
そんな光景を艦長席から見ていたエドワードは、両手を使い軽く伸びをしながら口を開く。
「んぉーっし! そんじゃあアイツに負けない様に、俺達「愉快痛快アラン団」も頑張りますかぁ!」
「私と隊長はその変な団に入れるなよエドワード」
「えぇっ? そりゃ駄目っすよ姐さん。だって隊長の名前が入ってるんだから隊長がいないと始まらな痛っ!?」
「くだらない事ばかり喋ってないで、さっさと行くわよ」
「……へいへい。了解でありま~す」
いきなり背中を思い切り叩かれながらもエドワードはその叩いた張本人、レイラと並んで艦長席の階段を降りていく。
そのやり取りを後ろで見ていたアランは頭を抱えながら哲司に話しかける。
「あー…………今はあんなんですが、やる時はやってくれる奴等ですから。心配はしないでやってください」
「いや、心配などはしておらんよ。しかし……今から我々がやろうとしている事は、どれだけ頑張ろうとも無駄に終わるかもしれん。こんな悪足掻きに近い戦いに君達を送り出すのがなんだか申し訳無くてな」
そこまで言うと哲司は帽子を深く被り少しうつ向く。
平均年齢が若い者が多いリンツオーゲン。それは艦長である哲司にとって、自分の様な年老いた者よりも若い者達を前線に送り込む方が良いという選択を取る事になってしまう。
本来なら自分がそうしたかったのだが哲司はメタルドールの操縦に関してはあまり上手いとは言えず、適任だったアラン達に任せるより他なかった。
自分は命令を出すだけで、実際に危険な戦地に赴くのはパイロット達。
勿論哲司は後ろでただ叫んでいるだけの艦長でいる気は更々無いが、それでも一番死に近付くのはアラン達には変わらない。しかも敵は多勢に無勢。そんな場所に若い彼等を送り込む事が哲司の中で大きな罪悪感を産んでいた。
だがそれを知ってか知らずかアランは明るげに口を開く。
「艦長。それぐらい俺もあいつらも覚悟してますよ。ですが、どんな結果になろうとこのリンツオーゲンに乗り込んだ時点で俺は、最後まで艦長と共に戦うと決めていますから」
「…………すまない、アラン君」
「嫌、別に謝る必要は無いですよ艦長……って俺も急がないとな。では、自分も配置に着きます」
その場で軽く敬礼をすると、アランは駆け足で階段を降りていく。それを見届けながら哲司はズレてしまった帽子の位置を調整して、椅子に深く腰掛けながら天井を見る。
「誰も死なせない、か」
哲司はリンツオーゲンに乗り込んだ時にこう決めていた。だがこれは哲司自身を追い込む言葉でもあった。
自分には何十人もの命が預けられている。
それを再確認した哲司は、目の前のスクリーンに映る映像でリンツオーゲンの進行ルートを見つめながら今回の作戦内容を考え始める。
勿論、一人の犠牲者も出さない為に。