初まるモノと始まるモノ
時刻は深夜2時。普通の生活を送る人間ならばとっくに目を閉じている時間帯。
だが、未だに明かりが消えていない一室がセントラルタワーに存在していた。
白い大きな長机とその上に置かれた数台のパソコン、山積みにされている用紙の数々。そんな異常とも言える部屋の中に、クマの酷い目を擦りながら懸命に何かをパソコンに打ち込んでいる男、霜畑英郎が居た。
「あ~ったく、何で俺がお前の代わりに社長に謝りに行かなきゃいけねぇんだよ。せっかく少しは寝れると思ったのによ」
霜畑はキーボードを尋常では無い速度でタイピングしながら、この無機質なコンクリートの壁に囲まれた部屋の中で明らかに異質な存在感を放っている“人類の成長の過程”が一面に描かれたソファーに腰掛けながら自分の赤い眼鏡を磨く女、織宮沙織に向かって聞こえるように呟いた。
「別に私は頼んでないわ」
霜畑の方を見もせずに沙織は自分の眼鏡を磨きながらあっさりと返答した。
その返事を聞いた霜畑は、大きな溜め息をつきながらキーボードの上で動かしていた指を止め
「あのなぁ……お前の勝手のせいでどれだけ損害が出てるか解ってんのか? せっかく見つけたセンス・ドライバもアーディレイドも盗られたんだぞ。しかも、侵入したのはヴァンだそうじゃないか……はぁ」
そう霜畑は言いながら今度は小さな溜め息をつき、キーボードの右手に置かれているすっかり温くなったコーヒーが入ったカップを手に取り口に運ぶ。
それを興味無さげに聞いていた沙織は、磨き終えた眼鏡をかけ直し今度は手帳の様な者を白衣の内ポケットから取り出しながら
「別に良いじゃない。ヴァンの成長が見れて良かったわ。私が居なくても上手くやれてるようね」
霜畑の方を向きもせずにそう答えた。
「ったく、自由にやるなとは言わないがもう少し考えてだな……」
こちらを見ていないのが解るのか、霜畑も振り返ること無くそう言うとコーヒーを飲み干した。
「私は只、成長の可能性を見たいだけよ」
取り出したメモ帳をペラペラとめくりながら沙織は喋った。目線はピクリとも動かさないまま。
それを聞いた霜畑は、本日何回目か解らない溜め息をつきながらゆっくりと椅子から立ち上がる。良く見れば着ている白衣がもうしわくちゃになっていたが、そんな事を気にする程霜畑に余裕は無い。
「そいつは解ってるさ。だからこそ二人でやってるんだろ? けどな、お前の勝手のせいで色々と面倒な事が……」
「それは結果を得る為に必要な事なのだから仕方無い事よ」
「仕方無いってお前」
「私は自分の気に入った物がどこまで成長するかを見たいだけよ。アーディレイドと巧君の2つが何を引き起こすのか。その結果を見る為なら安い物じゃない」
「……アーディレイドだと?」
「アーディレイド」の単語を聞いた霜畑は、ピタリと動きが止まる。
「そう。アーディレイド」
「何でアーディレイド、なんだ? あれには別に特殊な措置は何も……」
「私がしたのよ」
「…………またお前は勝手に」
平然とした顔で答える沙織を見ながら霜畑は頭を抱える。だが、また相手がしでかした内容を聞かなければいけない為に、仕方無く顔を上げると沙織が座っている気味の悪いソファーに近寄って行きながら腰掛けた。
「ったく……で、何をしでかしたんだ?」
霜畑が目の前に座っても持っているメモ帳から、視線を全く離さない沙織に問い掛ける。
たまに思うのだが、何故俺はこいつと一緒に居るのだろう。まぁ理由はあるのだが。しかし、今はそんな考えはすぐに頭の隅に追いやる事にした。
「何って、そうね……宝箱を飾るにふさわしい「台座」を着けてあげた。それだけよ」
「「台座」? 何の事だ」
「宝箱」と言うのは元々は沙織がセンス・ドライバの事を呼ぶ時に使用していた言葉で、霜畑も初めは何の事を言っているのか解らず、本物の宝箱を探しに行くと勘違いして探検セットを用意してしまった過去がある。
今回も「台座」と言われただけでは何かは良く特定できない。考えてはみるが、本当に何か物を乗せる台座しか霜畑は思い付かない。
我慢できなくなった霜畑は、考えるのを止めてもう答えを聞くことにした。
「なぁ、「台座」ってなんなんだよ」
そう問い掛けられると、沙織は自分の視線だけをメモ帳から霜畑の目にスライドさせながら口を開いた。
「そうか。「台座」だけじゃあなたには解らないわよね」
「あなたには解らない」と言われた霜畑は心の中で
(お前しか解らないと思うけどな……)
と心の中で呟いた。だったのだがそれに会わせるように織宮は口を動かした。
「あら? 何か言ったかしら?」
「へっ!? 嫌っ、何も?」
この女はついにテレパシーまで使えるようになったか、と霧畑は冷や汗を流す。
一瞬沙織は辺りを見回すと、首をかしげなから霜畑に話を続ける。
「「台座」とは要するにセンス・ドライバを輝かせる為に加えたアクセント。それだけの物よ」
「加えた? 何をだよ」
「たいした物じゃないわ。ただ――――を切り取って入れただけ」
それを聞いた瞬間、霜畑の時間は一瞬凍りついた。聞いてはいけない事を聞いてしまったと。
「本当……なのか? それはお前」
「えぇ」
「お前、それならあのアーディレイドのパイロットは…………」
「それは大丈夫よ。センス・ドライバの力を持つ者なら問題は無いはずだから」
尚も自分とは正反対の平然とした表情のままの沙織を見ながら、霜畑は少し震えていた。自分が何をしたか解っている筈なのに、それを微塵も気にしていない沙織に霜畑はなんとも言えない恐怖を感じた。
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リンツオーゲン 艦内個室
「…………ん、あぁ……」
何の音もしない、暗い部屋の中で巧はゆっくりと目覚めた。
そして一旦部屋中を見回してから、丁度右手の側に転がっていた携帯電話を手に取り時間を確かめる。
「9時、か。ははっ、学校だったらまたガミガミ叱られてるところだったぜ」
携帯電話に表示された時間を見ていつもの日常風景を思い出す。
何せ、今自分の目の前には只の壁と最低限の家具しか置かれておらず、通学中の自転車を漕いでいる時に見られる町並みや橋から見下ろす川は存在していない。なので、せめて頭の中ではとその風景を思い描いた。
「本当に、ここは夢の場所じゃなくて現実なんだよな……」
巧は、昨日起こった全ての出来事を1つずつ確かめながら思い出し、自分の今乗っているベッドのシーツを掴む。
昨日は何でもなかったが、何故か今は心の中に恐怖や不安が渦巻いている。勿論まだ明確な答えを出した訳じゃないが、それでも逃げられる問題じゃない事を改めて巧は確認した。
「これから、どうするかな。家にも帰れないし、帰れてもセントラルの事を知った以上普通の顔してられねぇしなぁ」
自分の今後行えば良い案が浮かばず、巧は悩んだ。何を選んでも行き着く結果が同じにしか思えなくなってきたからだ。
けど、その結果を変える力を自分が持っていて、あのロボット――――メタルドールで戦う事で良い方向に向かう、というような内容の話を昨日された様な気がする。
因みにその結果とは、「セントラルによる世界の破壊」だ。
何も知らなかったら信じなかったかもしれない。でも、今の自分は知りすぎている。
メタルドール、キューブ、秋山修三。
このキーワードを聞いて実際にこの目でそれを見てしまえば、信じざるえない。
その時、不意に部屋の扉をノックする音が聞こえ、遅れて男性の声も聞こえてきた。
「おーい、起きてるか? 起きてたら開けてほしいんだが」
エドワードかな、と巧は思いベッドから足を降ろしたが、そういえば今聞こえた声は彼よりも低かったように感じた。
そうなると今あの扉の前に居るのは違う人物かもしれない。そう思うと、巧の身体は動かなかった。
彼が何者か確認しよう。そう考えた巧は、扉の外の相手にまずは質問する事にした。
巧はベッドからゆっくり立ち上がると、扉に少しずつ近づきながら恐る恐る
「えっと、貴方は誰ですか……?」
こう問いかける。すると相手は少し間をおいてから返事をしてきた。
「なんだ……エドワードの奴言わなかったのか。あ~、俺の名はアラン、アラン・オーバイルだ。昨日の部屋に居た中の一人だよ」
アラン、と言う男はそう言った後「全く、エドワードの奴……」と呟き始めた。
昨日の部屋、と言われ巧はすぐに頭の中に風景が浮かぶ。確かに、昨日のあの部屋には自分とエドワード、アリアにこの戦艦の艦長、そして名前が解らない男女二人が居た。
その名前が解らない二人の内の一人が来たのだろう。だが、何の為にだろうか。
「俺に、何か用ですか?」
巧は、目的が解らない以上素直に聞く事にした。
「あぁそれか。君を起こしに来たのと、朝飯を食いに連れていこうと思ってな」
「朝飯……ですか」
「そうだ。君、昨日から何も食べていないだろう?」
そういえば、今の時間まで食べ物らしい物は食べていなく唯一食べたのは、学校の購買部で買った焼きそばパンぐらいだけだ。
それを思い出してしまた巧は、急にお腹が空きだした。
「どうするんだ? まぁ、食欲が無いなら無理にとは言わないが……」
「俺行きます」
考えるよりも巧の身体は勝手に扉を開けていた。この空腹には勝てそうにもない。
扉を開けたすぐそこには、30代ぐらいの男性が立っていた。身長は巧より大きく、髪は緑色で前髪はそれほど長くないが後ろ髪は長いようで縛っている。着ている服は軍服というよりはここのオリジナルなのかデザインが昨日見た軍人達とは違う。そして左腕には、文字がかすれた銀色のリングをしている。
見た感じでは悪い人には見えないが、巧にとってはこういう大人とは会話した事など無いため扉を開けたは良いものの、そこからどうするのか解らなかった。
それを悟ったかの様に先にアランが巧の顔を見ながら
「なんだ、意外と元気そうだな? 流石に眠れないと思ってたんだが」
「えと、いえ、ベッドが良かったのかすぐ寝れました」
勿論、すぐに寝れてなどいないのだがここはアランの言葉に合わせておく事にした。
「なら安心だ。いや、塞ぎこまれてたりしたらこっちはどうしようも無いからな」
「塞ぎこむ、ですか?」
「未知の情報。知らない場所、人。誘拐に近い事を1日に2回経験。メタルドールでの戦闘。一度にこれだけの事があればパニック等になっていてもおかしくないと思ってな」
そう言われれば確かに巧はたった1日で様々な事を聞いて焦りや驚きはしたが、落ち込んだり泣いたりと言った感情は抱かなかった。むしろ、自分でも何故なのか解らないが好奇心、楽しみの方が強かった気がする。
「自分でも良く解らないですけど、落ち込んだりなんかはしなったですね」
「ほぉ、なるほどな…………さて、立ち話もなんだし、まず食堂にでも行くか」
「食堂?」
アランの言った言葉に巧は「なんだって」と聞き返したくなった。
何故ならここは、リンツオーゲンと呼ばれる戦艦の内部。らしいのだが戦艦の中に食堂なんてあるのだろうか? 普通は無いのでは、と思った。
「食堂って、外に出るんですか?」
「いや、リンツオーゲンの中にあるんだ。最新鋭艦ってのは凄いな」
「は、はぁ」
巧の質問に対して、アランは笑いながら答えた。
「腹が減ってはなんとやら、だ。早速行こうか」
「あ、はい、解りましたっ」
アランがさっさと歩き出してしまったので巧は急いで扉を閉めて、小走りで追いかけた。
とはいえ、その食堂までの道のりがどれくらいあるかは解らないが着くまでの間この人と何を話せば良いのか。巧の頭の中では今それが、重要な問題だ。
巧自身、喋るのは嫌いじゃないのだがそれは相手による。今回は初対面でしかも大人だ。昨日のエドワードという人は大人であっても歳は20代ぐらいだったし、あちらから気さくに話しかけてくれた。
だがこのアランという人は、巧から見てそう思うのだが少し怖さを感じさせる風貌をしている。顔つきや体型などから。
だから余計に話しかけづらかった。
その時、前を歩いていたアランが
「どうした? 考え事か」
こう話しかけてきた。多分頭を下げていたからそう思われたのだろう。実際、考えてはいたのだが。
「え? あ、えっとですね……」
「貴方と何を話すか考えていた」、何て言える筈もない。他になんと答えるか必死に考えているとアランは
「何を食おうか考えてたのか? それなら心配ない。ある程度は要望に答えてくれる。……流石に一流レストラン程の料理は出ないがなぁ」
そう言ってくれた。これは乗るしかないと思った巧はアランに
「そ、そうですそうです! ほら、昨日なんも食ってないんで朝からガッツリいこうかなぁでも朝はやっぱり少なめかなぁとか色々考えてたんですよ」
焦りながらも答えた。なんとか相手と話してみる為にも今はこうするしかない。
それを見ていたアランは笑いながら巧を見る。
「そんなに腹が減ってたのか? それならさっさと胃に何か入れてやらないとな」
「そ、そうなんですよ。だからあの、まだなんですかね? 食堂って?」
お腹をさするフリをしながら、巧はアランに質問する。こうやって少しずつ話していけば仲良くなれる筈だと思いながら。
「心配するな。ほら良く見ろ。もう着いてるだろ」
「えっ?」
アランが指差すとそこには洋風のドアがあり、上には看板がかがげられている。その看板には洋風なドアとは正反対に大筆で書いた様な字で「飯」とだけ書いてあった。
というよりいつの間に着いたのだろうと巧は思った。確かに考え事をしていたから周りの事はあまり目に入っていなかったのだが。
「どうしたんだ? 邪魔になるから早く入るぞ」
巧は周りを確認していると、前に居たアランが目の前のドアを横に開けて先に入ってしまった。
「あ、待ってくださいよ!」
それにつられて巧も急いで中に入る。
入ってみると、部屋の中は意外と広くてすっきりとしていた。全体的に床や天井は白で統一されていて、簡単に言えばホテルとかによくあるレストランに似ている。巧が修学旅行で泊まったホテルのレストランもこんな感じだったので、その時の風景が思い出された。
「意外と、ちゃんとしてるんですね。あ、厨房とかもあるんだ」
「艦長が食に関して厳しい人だからな。急ごしらえで造ったんだよ…………さて、誰も来てないようだしとりあえずはここで良いな」
巧の右に居たアランは近くにあった丸いテーブルとセットで置かれた椅子の1つに座った。
どうやらこちらを見ながら反対側の椅子を指差しているのでそこに座れ、という事なのだろう。巧としては横に座るよりはそっちの方が良かったりはするのだが。
「あ、じゃあ失礼します」
アランに座るよう促された椅子に巧はそそくさと座る。すると、それを見計らったかの様にいつの間にかいかにも和風料理人という出で立ちの男がテーブルの隣に立っていた。
「アランさん、今日はなんにいたしましょう?」
「そうだな……今日はラーメン。味噌ラーメンを頼むよ」
「はい、了解しやした。で、こちらは?」
「…………」
「おい、斬原。どうした?」
「…………うぇ? あっ、あぁあぁ、俺、俺ですか?」
巧は、見るからに外国人のアランがラーメンを、しかも味噌ラーメンを頼んだ事に驚いていて周りの声が聞こえていなかった。てっきりパンとかスープとかそういう物を頼むのかと思っていた。
「君しかいないだろう。さ、何でも頼むと良い」
少し変な顔でこちらを見ているアランに気付いた巧は慌てて答えた。
「あ、えっと、じゃあ……ご飯と味噌汁、唐揚げって……できます?」
巧はその時適当に思い浮かんだ物を言ってみたが、果たして用意できるのだろうか。
「ご飯に味噌汁に唐揚げな。了解しやした。安心しな、全部作ってやるからよ」
そういうと和風料理人の出で立ちの男は巧に笑いかけ、そのまま奥の厨房に戻っていく。
「なんだ、あれくらいで良かったのか? もっと頼んでも良かったんだぞ」
巧の注文内容が少ないように感じたアランは首をかしげながら尋ねる。
「でも、俺部外者じゃないですか? そんな奴が沢山頼むのもなぁと思いまして……」
「…………部外者か」
巧の言葉を受けたアランは今度は顔をしかめる。何か不味い事を言っただろうか。
「あの、俺何か不味い事を言いましたか……?」
恐る恐る巧は尋ねる。するとアランは顔をしかめたまま巧を見、ため息をつきながら
「斬原。解っているとは思うが、君はもう…………」
そこまで言って口を閉じた。だがその先にどんな言葉が続くかは巧は知っている。自分でも朝まで悩んでいた事だ。
「普通の生活には戻れない、ですか?」
黙っていても仕方がないと思った巧は自分から口を開いた。それに驚いたのかアランは一瞬動きが止まる。
「自分でも昨日から考えてた事ですから……勿論、何が正しいのか悪いのかは解らなかったままでしたけど」
そう言って頭をかきながら巧は、アランの顔を見る。多分、こう来るとは予想していなかったのだろう。
だがそれを聞いたアランは少しうつ向いた後、口を開いた。
「そりゃあ考えても解らないだろうな。俺だって最初は意味が解らなかった。いきなりセントラルに集められたかと思えばメタルドールなんていうロボットのパイロットをやれだの世界を潰すだの……あの時ばかりは自分の職業を呪ったな」
「そうか、アランさん達もセントラルに無理矢理集められたんでしたっけ。でもセントラルの考えに賛同できなかったから、艦長が同じ気持ちの人を集めて逃げたしたんでしたね」
昨日話されたことを思い出しながら巧はアランと会話していく。
「あぁ。どうせならこの最新鋭艦のリンツオーゲンを使って逃げ出してやろうと艦長が言い出してな。中々骨が折れる仕事だったなコイツを奪うのは。しかしそのお陰で、コイツの護衛用に造られたメタルドールを何機かと偶然積まれていたQシリーズの2番機も奪えたんだがな」
「Qシリーズの2番機?」
そう言えば昨日、エドワードもそんな事を言っていた気がする。
「元々、このリンツオーゲンはQシリーズの運用母艦だったらしい。それで、Qシリーズの中で一番早くに完成間近だった2番機が運び込まれていて、その2番機がどうせ運び込まれてあるなら……って事で一緒に手に入れたって訳さ」
「そうだったんですか…………あれ? でも、確か」
アランの言葉を聞いた巧は1つ疑問が浮かんだ。
「Qシリーズって“センス・ドライバ”の持ち主じゃないと乗れないんですよね?」
そうなのだ。この条件があるからこそ自分は無理矢理アーディレイドに乗る事にされた訳で忘れる筈がない。
「ん、あぁそれはだなぁ」
問い掛けられたアランは「しまった」というように困った顔になる。そう言えばエドワードもこんな顔をしていたような気がする。
「このリンツオーゲンにセンス・ドライバが居るって事ですか?」
「嫌、そういう事じゃない」
「だったら、どういう事ですか?」
もしこの戦艦の中にセンス・ドライバを持った人間が居るのなら何も自分が要る必要は無いのではないか。巧はそう考えた。それなら自分は帰っても何も問題は無いのではないだろうか。
「…………」
暫くの沈黙の後、アランが口を開いた。
「2番機は、普通とは違ってな。センス・ドライバがどうとかそういう物は関係無いんだ」
「関係無いって……実際に俺は聞いて…………」
「2番機は2番機なんだが、本当は1番機でもあるんだよ」
「え?」
2番機なのに1番機。どういう意味だろうか。巧はアランの顔から目を離さないようにしながら考える。
「こればっかりは俺から直接言える事じゃない。後でアリアにでも聞いてくれ」
「アリア? あの女の子ですか? なんであの子に聞かなきゃ…………」
巧がアランに詰め寄ろうとしたその時、二人の間に割って入るように黒い物体がテーブルの上に置かれた。
「お待ちどうさま。熱いうちに食べなね」
隣を見るとかっぽう着を着たお祖母さんがにこにこと微笑んでいた。テーブルを見れば先程頼んだ朝食のアランの味噌ラーメン、巧のご飯と味噌汁、それから唐揚げが湯気をたてながら黒いおぼんに乗っている。
「えっと……」
お祖母さんの微笑みと目の前に置かれた食べ物を見て、巧はアランに問うのを戸惑ってしまった。
「いつもありがとう。ほら、お前も早く食べろ。話なんざ後からでも出来るんだからな。おっ、今日は麺が多いじゃないかぁ」
巧にそう言いいながらアランは隣のお祖母さんに微笑んだ後、おぼんの上に添えられていた割り箸を勢い良く割って目の前の味噌ラーメンを食べ始める。
巧自身も、目の前に置かれたご飯や味噌汁、唐揚げを見てから腹の虫が鳴りやまない。
話は止まってしまったがアランの言う通り、確かに話はいつだって出来る。それに今、目の前の誘惑に勝てそうもない。
そんな事を思っていると巧の腕は勝手に割り箸を掴んでいた。
「い、いただきます……」
一応食べる前の挨拶しながら巧は割り箸を2つに割り、そのまま箸を唐揚げへと伸ばし口へと放り込んだ。温かい肉汁が口の中で溢れだし、巧の舌を刺激する。今までこんなに美味しい唐揚げを食べた事があっただろうか。
「う、美味い! も……もう一個!」
嬉しそうに唐揚げを頬張る巧の顔を見ながらアランも少し顔を緩ませた。
しかし、これからの事を考えると笑ってばかりはいられなかった。もし何が起きても、彼はまたこんな顔になれるだろうか。箸を掴んでいる手を動かしながらアランはそんな不安を抱いていた。
――――――――――――――
セントラル 99階 社長室
「少し、遅かったようだね」
自分専用に作られた特別な椅子に深く腰かけながら、今しがたこの部屋の入り口からかけてきた軍人、バルツ・クルマールの顔を見ながら呟いた。
「申し訳ありません。なにぶん……作業が大変な物で」
相手の視線を感じたバルツはそれを避けるように頭を下げた。遅れているのは自分のせいではないのだが、この男の前では反射的に頭を下げてしまう。
「嫌、急に無理を言ったのは私なんだ。頭を上げて上げて」
いきなり頭を下げたバルツに戸惑ったのか、秋山は頭を上げるように促す。
それに従ってバルツは恐る恐る頭を正常な位置に戻しながら、秋山の顔を見た。顔にはいつもと変わらない微笑みを作っているが、実際に心から笑ってなどはいないのだろう。
「しかし……実際に現段階ではまだ80%しか掌握が出来ておりませんので」
「やっぱり全世界のテレビやラジオの電波なんかを全部うち(セントラル)で乗っとって…………なんてそんなすぐに出来るはず無いよねぇ」
「ですが、全ての国や街と繋がっているセントラルだからこそ、このスピードなんです。他の国々ではやろうとしても簡単にに実行出来ませんよ」
つい先程バルツは秋山に直接口頭で命令されていた。
その内容は、全世界に存在する映像や声などが発信される電子機器などをセントラルの全機能を使って乗っとれ、と言うものだった。
実際にバルツは命令されてからすぐにセントラル中の科学班や技術者、非戦闘員などを集め用件を伝えて急ピッチで作業を始めた。
何のためにこんな事をするのかと数人に聞かれたが、バルツが答える事はなかった。
自分が言わなくても、答えは勝手にやって来るから。
「もうじき完全に掌握が完了しますが、社長の準備はよろしいのですか」
この男がこれからしようとしている事はなんとなく想像がつく。だが、こんな事をすれば世界中にとてつもない混乱を招く。それを解っていながら、この秋山と言う男はやるつもりなのだろうか。
「勿論だよ。しかし、いざやるとなると緊張してしまってね。上手く喋れるかな」
秋山は笑いながらそう言った。確かに、先程から落ち着かないのか手をズボンのポケットに入れたり出したり、腕を組んでみたりしている。
「それでは困りますよ社長。これから…………」
緊張している、などと言っている場合ではない、とバルツは思った。なにせ今からこの男がしようとしているのは
「世界中に向けて、“宣戦布告”をおこなうのですから」
世界中のテレビやラジオ等の電子機器を通して、秋山がメッセージを送る。これが今からこの男がやろうとしている事だ。
勿論メッセージの内容は感謝やPRなどでは無い。恐らくその内容はセントラルが世界への攻撃を開始する、というものだろうとバルツは考えている。
考えている、と言うのはバルツ自身秋山がどんな事を話すのか聞かされていない為だ。しかし、彼がやろうとしている事を知っている者ならば自然と先程の考えに行き着く。間違いはないだろうとバルツは思っていた。
「はっはっは! バルツ君、宣戦布告はカッコつけ過ぎだよ。」
バルツの言葉を聞いた秋山はまたも笑いながらその場でバルツに背を向けて、窓際に歩いていく。
「違う……のですか?」
歩く秋山を目で追いながら、バルツは言った。違うと言うならなんだと言うのか。
すると秋山は、窓の下に広がるラウンドアイランドの街並みを眺めながら
「私はね、世界中の人達とゲームをしようとしているだけなんだよ」
こう言った。
「ゲーム」と言う単語が秋山の口から出るのはそう珍しい事ではないのだが、今の言葉の中の「ゲーム」の意味はバルツには良く解らかった。
「ゲーム、ですか」
「そうなんだよ。バルツ君、楽しい事は皆でした方が良いと思わないかい?」
秋山はまだ窓の外を見ながら会話をしている。バルツの位置からではどんな表情をしているのかは解らない。だが、唯一解るのは僅かに声のトーンが変わった事だ。
「私には判断しかねますが……」
バルツは考えながらだったからかそう答えた。楽しい事、を皆でするのは良い事かもしれないがそれはその内容にもよると思ったからだ。
例えば、一般的に最低の行いを楽しい事と認識してしまい、それを多人数で行う事がさらに楽しいと考える人間が居ないという訳ではない。勿論、バルツ自身はその辺りの区別はつけられるつもりだ。だが、そういう人間が居るのも事実だ。
楽しいからと言って、何もかもを共有して一緒になってやる事が良いのか。と考えるとバルツは「そうですね」とは答えられなかった。
秋山は少し溜め息をついた。そしてゆっくりと、体をバルツに向けながら口を開いた。
「バルツ君は堅いなぁ。楽しいと思ったら、それを隠したりしないで皆に教えてあげないとさ。混ざれない人が可愛そうじゃないか」
そういう秋山は笑っているのか悲しんでいるのか良く解らない表情をしている。こんな顔を見たのはバルツは初めてだった。
だが秋山はすぐにいつもの普通の表情に戻り、ちらっと腕時計を見て
「……おぉっと、バルツ君そろそろ良いんじゃないかな」
何かを思い出した様にこう言った。最初は何がだろうとバルツは思ったが、それはすぐに自分も思い出す事になった。
「あぁ、確かにもうそろそろ完了している頃ですね。特別席も用意してありますからすぐに開始できますよ」
先程、世界中のテレビやラジオ、映像や声を発信する電子機器の掌握率、もとい乗っ取り率は80%の段階まで終了していた。今頃は100%では無くてもギリギリまで近づいてる筈だ。
「ん~……それじゃあ行こうかバルツ君。あんまり長くは持たないんだよねぇ?」
段々と緊張しだした秋山が口を開いた。確かに、今からこの男がする事は間違えたら取り返しのつかない事になる…………それ以前に内容がとんでもない訳なのだが。
「はい、確かに掌握していられる時間は長くはありません。機械を動かせるエネルギーはあっても制御する為にはまだこちらの準備が出来ていないので……」
「はぁ……やっぱりまだまだ時間がかかるのか。“キューブ”の解析には」
無限のエネルギーを発生し続ける物体…………キューブ。
確かに、今現在でセントラルの管理やメタルドール等の様々な物にエネルギーの使用を出来てはいるのだがまだ完全に解析が出来た訳じゃない。突然現れた科学者、織宮沙織の力が無ければそれすらも出来なかったかも知れない。
その為に掌握が完了しても大方30分が限度だろうとバルツは考えている。
「織宮博士達がなんとかしてくれますから大丈夫ですよ。では、早く向かいましょうか」
「そうかそうか。待たせちゃ悪いし、私も覚悟を決めよう」
「解りました…………さ、どうぞ」
バルツは急いでさっき自分が入って来た扉を開けて秋山が先に出れるように用意する。
それを見た秋山は軽くバルツに会釈をして、ゆっくりと部屋を出ていく。その後に続くようにバルツも扉を押さえていた手を放して、部屋の外の廊下に出ると扉が閉まったのを確認してから前を行く秋山の背中を追いかける。
だが、その時のバルツには前を歩く秋山の顔に歪んだ笑みが貼り付けられているのに気付く事が出来なかった。
――――――――――――――
リンツオーゲン 艦内通路
「う……苦しい」
「三回もおかわりしてりゃ、そうなるだろ」
巧は膨れに膨れ上がった自分の腹を擦りながら歩く姿をアランに呆られながら見られていた。
あの後、結局は空腹だった事と唐揚げが予想より美味しかった事で巧は何回かおかわりをした。
だが自分の腹の許容範囲を越えるほどに食べてしまったらしく、現在の苦しさの原因になっている。
「いや、予想より美味かったんでつい……」
頭をかきながら巧は笑いながらアランの顔を見る。その視線を受け取ったアランは少し悩みながら
「解らんでもないがなぁ。何せ艦長が考えた訳だし、元々セントラルの奴等は何故だか解らんが料理人なんかも無理矢理集めててな。その中から俺達の考えに賛同してくれた人達と一緒に逃げた後にここで働いて貰ってるって訳だ」
こう言った。
料理人の仕事場は厨房だ。その厨房が戦艦の中にあるのだから、彼等は彼等なりの戦いを出来ているのかとしれない。とても良い場所とはお世辞にも言えないが悪くは無いと思う。
「無理矢理集めた……か」
巧は昨日の事を思い出す。あの時も自分は眠らされ強制的に連れていかれて、面倒な事になって、今に至る訳だ。
そもそもこんな事になる筈は無かった、のだがセントラルのせいで捲き込まれた。勿論、悪い事だけでもなかったがそれでもセントラルに対する怒りは巧から消えた訳じゃない。
「どうするのか……決められたか」
巧の横を歩くアランは尋ねづらそうな顔をしながら口を開いた。
無理矢理強制する気が無いのは巧にとっては安心出来る。しかし、アランのこの問い掛けに対してどう答えれば良いのかはまだ決められていない。
「えぇ~っと……まだはっきりとは」
その為、今の巧はアランの顔も見れずにうつむいて歩きながら返事をするしかなかった。
「仕方がない、と言えばそれまでだが君はもう既に深い所まで来てしまっている。勿論、我々は君に無理強いをさせる気はない…………だが君は、答えを出さなければいけない。この扉の向こうで」
ふと気づくと、アランが立ち止まっている。何故かと確認した巧は目の前に壁があることに気付いた。正式には壁ではなく左右から鉄の板が出てきて閉じられるタイプの扉であったが。
しかし、今まで巧が見てきた扉よりも一際大きな扉だった。それに良く見れば細かい装飾も施されている。
「あの、アランさん? 何でこんなデカイ扉なんですか?」
「ん? あぁそれは……リンツオーゲンの大事な場所がこの扉を開けた先にあるからさ」
「大事な場所?」
そんな事を言われても巧にはピンと来ない為考えてみたが、大事な場所で浮かんだのは精々動力炉くらい。でもこの人がそんな所に連れてくる筈がないし意味も解らない。
自分の言った台詞で頭を抱えている巧を見ながらアランは
「悩む事はない、すぐに解るからな」
そう言いながら着ている服の左胸ポケットから何だか解らないカードを取り出すと、目の前の扉の右側の壁に取り付けられているカードを投入する様な穴が開いた機械に射し込んだ。
するとカードは機械の穴に飲み込まれ、数秒で排出され戻ってきた。それを確認したアランはカードを抜き取ると取り出した時と同じポケットにしまう。
すると目の前を塞いでいた鉄の板がゆっくりと左右に引いていき、扉の先の光景が巧の目に入ってくる。
「こ、ここって……もしかして」
「何だか解ったか? 此処は……リンツオーゲンのブリッジ。艦長の居る大事な場所さ」
ブリッジ、とアランに言われると巧は「やっぱり」と頷く。
目に映った空間には数枚の巨大スクリーン、キーボードと机が1つになったような長机、点滅を続けるパソコンに似ている機械、インカムをつけ、こういう場所ではオペレーターと呼ばれる人達、がそこに存在していた。
勿論、このような場面は巧は初めてではない。ゲームの中での話だが。
前に遊んだ事のある近未来の戦艦が出てくるゲームにもその戦艦のブリッジと呼ばれる場所があって、そこで見た絵と現在の光景がほとんどマッチしている事に巧は驚いていた。
「って事は、このブリッジの構造があのゲームと同じなら此処の部屋で一番高い場所に居るのは……」
「ようこそ斬原君。リンツオーゲンのブリッジへ」
巧が目線を上げて探していると、見つけたと同時に相手から先に話しかけられてしまった。
この部屋を見渡せる位置にある椅子に座っている老人、剛山哲司に。その隣には金色のおさげ髪と小さな白衣を着た少女、アリア・ミストリーも立っていた。
「斬原君、アラン君。そんな所に居ないでこちらに来たまえ」
「は、はいっ」
「了解です」
手招きする哲司の言葉に巧とアランは短く答えると扉の位置から小走りで動き出した。哲司の座っている場所までは短い階段が続いており、そこを登って来いと言うことなのだろう。
巧は辺りをキョロキョロしながら哲司の場所までの階段を昇り始めた。
何しろ今巧の目の前には、ゲームの中だけでしか見た事の無い光景が目の前に広がっている。夢じゃなく現実の場所で。
こんな物を見せられて興奮しない筈がなかった。本当だったらそこらじゅうを走り回って叫びたい気持ちだ。
「すげぇ……こんな物が本当に」
「俺も初めは驚いたよ。あまりに現実離れしてたからな」
震える様な巧の声を聞いたアランは、自分も初めて此処に足を踏み入れた時の事を思い出しながらこう言った。
軍人という立場上、戦艦に乗る事は何回かあったが「ここ」とは訳が違う。いくら最新鋭の戦艦と言われていてもこれ程まで現実離れだとは思いもしなかった。
「メタルドールもびっくりしたんすけど、やっぱり戦艦ともなるとまた違う驚きがありますね!」
そして今は、周りも気にせず興奮している喋る巧を見てアランは少し戸惑っている。何故この少年は自分と違ってこの光景を受け入れられているのか。
本来なら何の訓練もしていない人間が、あんな状況でメタルドールのコックピットに乗った時点で気が狂うか気絶してもおかしくはない。だが彼は気絶する所か普通に睡眠をとり、食事をしたり笑ったりしている。
「……これも、センス・ドライバが影響しているのか?」
「え? アランさん何か言いましたか?」
小さく呟いたつもりが本人に聞こえていた様で、アランは慌てて
「嫌、何でもない。独り言だよ」
と、返事をした。
でも今はそんな事を考えている場合では無い、とアランは気持ちを入れ替えた。気付けばもう階段を上り終えそうだ。
この部屋、と言うよりブリッジの丁度真ん中の位置に哲司が座る、艦長席が存在している。そして全体を見回せる様にする為なのか椅子がある場所は意外と高い場所にある。
その場所までに続く道が階段であった事で巧は少し嫌な予感がしていたが、やはり目で見るよりも想像以上の段数だった為に最後の一段を登り終えた時には既に
「ハァッ……ハァッ……階段って、こんなキツかったっけ……?」
息が絶え絶えになってしまっていた。
そんな巧を何と言って良いか解らない目で見た後、少し咳払いをしながらアランは
「艦長、アラン・オーバイル、斬原巧、以上二名到着致しました」
先程までとは全く違う声で哲司に話しかける。それを聞いた哲司はゆっくりと歩み寄りながら
「わざわざすまんなアラン君。…………巧君もな」
アランの肩を叩きながら、まだ息を切らしている巧を見て少し苦笑いしながらそう言った。
「はぁ……先が思いやられるわ」
そんな巧の様子を哲司の少し後ろで見ていたアリアは溜め息をつきながら一人頭を抱え込む。
そのアリアの溜め息が聞こえたのかアランは直ぐ様巧の腕を引っ張りながら
「ほら、いつまでそうしてるんだ。艦長の前だぞ」
こう言った。勿論、まだ息を整えていた途中の巧だがいきなり力強く引っ張られた為にそれが中断され
「あっ、すっ、すいませんでしたっ!」
反射的に謝ってしまう。ただ引っ張られただけなのだが、前から学校では生活指導の先生に遅刻する度に指導室に引っ張られていた。
その時になるといつも巧は決まって「すいません、すいません」と必死に謝りながら連れていかれるのを逃れようとしていた。そのせいで、急に強く引っ張られると反射的に生徒指導の先生と思い込み「すいません」と謝る癖がついてしまっていた。
「嫌、謝る事は無いんだが」
勿論、その事を知らないアランにとっては普通に謝られたとしか思えない為、こう答えるしかなかった。
「あ、いや……なんでもないですなんでもないです」
咄嗟に巧は口を閉じて顔の前で手をバタバタさせる。あの癖が出てしまったか、と思いながら。
「うぉっほん! ……そろそろ、私が話しても良いかね?」
そんな巧の顔を見ながら、一度咳払いをして哲司はこう言った。
それに気付いた巧は慌てて
「どっ、どうぞどうぞ! よ、宜しくお願いします!」
そう喋りながらあたふたと何歩か後退する。
それを確認しながら哲司はゆっくりと口を開く。
「それでは…………あ~、まずは此処まで来てくれた事をありがとう。本当だったら昨日あんな事があったばかりで斬原君には休んでもらいたい所なんだが……」
「えっと、それなら俺は大丈夫ですよ? 不思議と疲れてませんし、良く眠れましたから」
哲司の視線を感じている巧は身体中を動かして、自分の元気さをアピールした。だが、全く疲れが残っていないのは本当である。
「ふぅむ、そうか……それなら良かったんだが……」
右手を顎に当てて何かを考えながら哲司は呟いた。軍人をやっている人間だから解る事だが、全く何の訓練も行っていない平凡な、しかも未成年者があれだけの恐怖に近い体験。大量の情報。未知の空間、知らない人間、自分の行く末が解らない状況、そしとメタルドール。
これだけの事がありながら、そのまま寝ながら部屋に閉じ籠るでもなく、普通に、多分いつもの身心状態で斬原巧という少年が目の前に立って居る事は哲司にとって疑問だった。
男性、と言う点で見たとしても「なるほど、こうだからか」と断定出来る答えは得られない。少しばかりのストレスを抱いているとは思うが、此処まで普通にされると哲司には、巧が異常な存在に見えてしかたがない。
(これも、センス・ドライバと言う物が影響しているのか……それとも)
哲司は心の中でそんな事を考えながら、目の前にいる巧の顔を見つめた。
それに気付いた巧は哲司の、普通の大人が発する視線とは全く違う鋭さの様な物を感じ取りながら目を合わせないように辺りを見回すフリをする。
だが不意に、そんな視線の攻防が行われているなんて事を知らない少女、アリアが少し苛立ち気味に
「ねぇアラン隊長、後の二人はどうしたの? 彼等にも此処に集まる様に伝えてある筈よ」
こう言った。だがその強めな言葉に押されるでもなく、アランは哲司の後ろに隠れる様に立っているアリアを目に入れながら
「流石にアイツ等だってこんな時に呑気にはしてないさ。もうすぐ、レイラがあの馬鹿を引っ張って来る頃だと思うがな」
そう答えた。「アイツ等」と言う言葉を聞いて、尚も哲司の視線を交わしていた巧は頭に二人の人物を思い浮かべる。
一人は、昨日部屋まで送ってくれたエドワードと言うオレンジ色の長髪の男性。
そしてもう一人は、まだ全く会話もしていないが赤色のショートカットの女性だ。アランが「レイラ」と呼んでいた人がいたが、もしかしたらこの人かもしれない。
「あの、レイラさんって?」
哲司からの視線が来ているかいないかを確認しながら、巧はアランに話しかける。自分の知らない事は、自分から知っていかなければいかないと思いながら。
「ん、そうか。斬原はまだ会話もしていなかったんだったな。なぁに、少し気は強いが良い腕を持ったパイロットだよレイラは」
笑いながらアランは巧に答えた。それを聞いた巧は、少し気が強いというのは気にかかるがアランが言うのだから多分良い人なのだろう、と解釈する。
そんな風に巧は考えながら、レイラという人物像を自分なりに思い描いていく。昨日は暗くてあまりよくは見なかったが、スタイルも良かった気がしないでも無い。
巧がそんな事を考え始めた時、急に階段の下から男の悲鳴の様な物が聞こえてきた。
「あぁだっ! 痛い痛い痛い痛いっ!! ねっ、姉さん!? 耳! 耳がっ、千切れますってば!!」
「アンタがいつまでたっても出てこないからだろ? それに、耳の1つぐらい無くなったってアンタに支障無い」
「嫌々、それはだから反省してますってばぁ……ってか姉さん、身体の一部が無くなるのに俺なら支障が無いとか、そんな事は…………だっはぁ!! 痛いです痛いですすいませんすいません!!」
その悲鳴の先には赤いショートカットの女性と、その女性に右耳を引っ張られているオレンジ色の長髪の男性が、丁度巧とアランが入ってきた扉を通ってきた所だった。
「やれやれ……噂をすればなんとやらだな」
その二人を見て、呆れた表情でアランは言った。その表情を見るにあの女性がレイラという人物なのだろう。そして、右耳を引っ張られているのは間違いなくエドワードだ。
「あの人がレイラ……さん?」
巧の頭の中で何かが崩れていく音がした。
実際に見た本人と頭の中で描いた本人は違っていた。赤色のショートカットは似合っていて顔立ちも巧から見て美人に見えるのだが、目は切り目で少し恐く感じ、男のエドワードの耳を引っ張っている様子を見るからに、彼女は男勝りな性格なのだろうと思う。
そう考えるとだいぶ自分の想像と違った事に巧は驚いていた。一応スタイルの良さ、という点も見た感じでは当たっているのだがそういう目で見てしまったら何をされるか解らないのですぐにレイラの身体から目線を反らした。
もし、自分は可愛いお姉さんだと思っていました、などと言った時には殴られるかもしれない。そう思うと巧は少し身震いをした。
「さてさて、これで全員揃うな」
艦長席がある場所までの階段を登り始めたレイラとエドワードを見て、自分の髭を触りながら哲司は呟いた。だが、その言葉に巧は疑問を抱いた。
「全員……? 誰か足りないような…………」
これだ、と明確には言えないが誰かが足りないと巧は感じた。だが、辺りを見回してもそれらしい人物は見当たらない。でもぼんやりと、誰かが記憶の中に存在している。
そんな巧の言葉を聞いてからか、自分も今思い出した様にアランが代わりにその人物の名前をあげる事になった。
「あぁそうか……艦長、まだ全員じゃありませんよ。おいアリア、お前の愛しのヴァンは何処行ったんだ?」
アランは笑いながら、何かメモ帳に書いていたアリアに話し掛ける。すると、アリアは急に顔を赤くさせ慌ただしく体を動かしながら
「ちょっ、なっ、何が!? 何が愛しの旦那よ! ヴ、ヴァンなら今は寝てるわよ! べべべ、別に私が後で伝えておくから、その辺は心配ないわっ!!」
そう言った。やけに身振り手振りを大きくして怒っている事を表しているのだろうが、逆に身長が低い、ましてや女の子のアリアではその行動は周りからは微笑ましく感じてしまう。
「寝ている、か。まぁ仕方がなかろう」
それを聞いた哲司は、事情は解ったと言わんばかりに一人ゆっくりと頷いた。だがアランは、頷くでもなく右手で頭をかきながら
「旦那……とは言ってないんだがな」
アリアの言葉の中で自分が言った言葉が変わっていた事に気付き、苦笑いしていた。
「そうか……ヴァン、ヴァンだ。あいつはそう言ってたっけ」
そう呟きながら巧はそんな周りの光景などは気にせずに、アランとアリアの口から出た「ヴァン」という人物の思い出し作業に頭を働かせていた。
あの工場で任務だったとはいえ一度もその事については教えてもくれず、銃弾が飛び交う中いきなりメタルドールに乗らされ、逃げろと言われたり戦わされたり、しまいには海に飛び下りろ……此処までされていて何で今まで思い出さなかったのか、巧は不思議でならなかった。
多分、昨日今日で新しい情報が一気に頭に入りすぎて押し流されてしまったからかもしれない。
ヴァン。確かにあの銀色の髪をした青年は自分の事をそう言っていた。思い出してみればアーディレイドから降ろされた後、艦内では一度も会っていない。
この戦艦の一員だと言うのなら、俺に会っていない事はともかくこの場に集まっていないのはおかしいんじゃ無いだろうか。
現にこの場所には哲司艦長、アランさんにエドワード、レイラさん、そしてアリアが集まっている。それなのに俺を連れてくるなんてでかい任務をこなしたとはいっても、ヴァンだけは寝ているとは何故なのだろう。艦長も「解った」とは言っていたけど。
疑問に思い、巧が口に出そうとしたその時
「レイラ・バーン、エドワード・T・シャーレン、到着しました」
丁度階段を登り終えたレイラ達に、発言する機会を取られてしまった。
「うむ、ご苦労二人共。これで全員揃ったな」
哲司はレイラとエドワードの顔を見ながらそう返事した後、ゆっくりと艦長席に座り込む。
哲司が座ってから皆、口を塞いだままだ。巧は艦長にヴァンの事を聞きたかったが、これでは喋れない。
だが、この男がその空気をぶち壊した。
「あれっ? おぉなんだ巧、お前居たのかぁ!?」
エドワードだ。巧が居た事に今気づいたらしく、嬉しそうに話しかけ始める。
「えと、一応アランさんが起こしに来てくれて、それから一緒に来ました」
「そうなの? 何だよ~隊長が連れて来たんすかぁ? 言ってくれれば俺が行ったのに」
「お前じゃ寝過ごすと思ったから、俺が直接行ったんだよ」
「ちょ、隊長。俺がいつもいつも寝坊してると思ったら大間違いですって。んーと例えば、大事な予定がある時なんかは前日にきちんとアラームをセットするから寝坊なんかした事無いっすよ~?」
「今日のこれは大事な予定じゃないのか?」
アランは眉をひそめながら、ひょうひょうと語るエドワードにそう問い掛けた。するとエドワードはニヤニヤと笑いながら
「やっだな~隊長。俺にとっての大事な予定ってのは勿論、カワイコちゃん達とのデーッ……つごむっ!?」
エドワードが全てを語る前に彼の後頭部にレイラの右拳が思いっきりヒットした為、言い切る前に彼の顔は床に激突していた。
「いつも俺の代わりをすまんな、レイラ」
「いいえ隊長。大した事では無いですよ」
そんなエドワードを見ながらアランとレイラは短く言葉を交わす。
それを見るからに彼等にとっては何でも無い事なのだろうが、今初めて見させられた巧にとっては恐ろしい光景だった。あのレイラの右拳には、1ミリの手加減も入っていなかったに違いない。
そんな空気をはらうかの様に哲司が喋りだした。
「さて……そろそろ、何故此処に集まらせたのか説明しようか」
何故集まったのか?そんな事は今更説明されなくても解る、と巧は思い自分こうから切り出した。
「俺をどうするかの話……ですよねやっぱり」
昨日から自分でもずっと悩んでいた問題だ。多分、全員で俺の行く末を決める為に此処に集まったのだろう。
そんな事を思っているとは知らない哲司は、巧本人からそう言われると考えておらず少し驚いていた。
だが我に返ると哲司はゆっくりと首を横に振りながら
「嫌、その事も話し合わねばならんのだが今集まらせた理由は違うんだ斬原君」
「今は違う? 違うってどういう事ですか……?」
自分の今後を決める為に呼んだのではないのなら、一体何をすると言うのだろう。まさか、今更改めて自己紹介をなんかをするつもりなのか。そんな風に何をするのか解らずモヤモヤしながら巧は首を傾げた。
哲司はそんな心境の巧の顔を少し見つめた後、深い溜め息をつく。
そしてゆっくりと立ち上がり、口を開いた。
「……今回、斬原君とアーディレイドを我々リンツオーゲンが回収した事によってセントラルは少しではあるがこちらに対して戦力を与える事になってしまった。」
「確かにセンス・ドライバとQシリーズを揃える事は奴等にとって最も重要らしいからな」
哲司の言葉を聞きながらアランはそう言って巧を見ると、腕を組みながら一人考え始める。
「だからこそ、セントラルは必ず奪い返しに来る」
「奪い返しにって……」
哲司の言ったセリフに少し怖さを感じた巧は体を震わせる。それに気づいたのか慌てて哲司はこう付け加えて話を続ける。
「勿論、我々は君を簡単に奴等に渡さんよ。それに今はセントラルも表だっては動かん。何故かと言うと……」
「あいつらがメタルドールの存在を世界にまだ知らせていない、からよ」
自分が言おうとした事を誰に言われたのか哲司は一瞬解らなかったが、すぐ隣に居た為小さくて見えなかったアリアが言ったという事に気付く。
「うむ、その通りだアリア君。だからこそセントラルはメタルドールという力を早急に世界中に知らしめる筈。そして、秋山が話していた計画とやらを遂に実行に移すのだろう……」
「計画? 計画って何を…………あっ」
巧は最初、計画と言われてピンと来なかった。だが、昨日この艦内の最初に連れられた部屋で聞いた覚えがある。確か秋山が考えている事は…………
「そうだ、斬原君。奴が考えているのはメタルドールによる世界の破壊だ」
世界の破壊。巧は、哲司が言ったその言葉を昨日も聞いた事を思い出した。
確かにメタルドールを使えば世界なんてあっという間に破壊できそうではある。けれどそれは簡単に言えば、秋山という男の昔受けた屈辱の仕返しになる。
だがしかし、本当にするのだろうか? そんな疑問を抱いている巧に対して、それを簡単に打ち砕くような答えがレイラから話される。
「恐らく、どころか必ずあの男はやるさ。何回か話を聞いたけど常人の考えなんかじゃ到底着いていけない所にいるよ」
さらりとそんな事を言い放つレイラに続くように哲司も口を開く。
「だろうな。内心、秋山も焦っている筈だ。だからきっと、もう世界中にメタルドールの存在を見せ付ける方法を準備しているに違いない」
「そんな……だったらなんでこんな所に居るんですか!? 早く止めに行かないと!」
巧は哲司のその言葉で頭に嫌な光景が浮かび、直ぐ様階段を降りようと後ろを振り向いた。だが、近くに居たアランの力強い腕に捕まれてしまう。
「ちょ、アランさん? 何するんですか! このままじゃセントラルの皆がっ」
「落ち着け斬原。今お前一人が行った所でどうにもならん」
「そんな事はっ!」
「メタルドールをロクに操縦できない、相手の戦力も解らない。オマケにお前は奴等に狙われてる。それでも行くのか?」
「っぐ……」
その通りだ。今の巧には一人でどれだけあのメタルドールを動かせるのか解らない。
「落ち着きなさい、斬原君。いくら秋山でも自分の街を壊す事などしない筈だ」
「俺だってそうだとは思いますけど……」
哲司にそうは言われたが、巧にとっては秋山が街を壊してしまわないかも充分に怖いが逆にラウンドアイランド全体が戦場になりそれに母親や、友人達が巻き込まれてしまう事も怖かった。
「まぁ何はともあれアイツの話を聞かなきゃ何も始まんないわよ」
哲司の横に居たアリアが不機嫌そうに言い放つ。何に対して機嫌を損ねているのかは巧には解らなかったが。
「うむ、その通りだな。その為に皆に此処に集まって貰った訳だしな。さて、斬原君には解らないから教えるが目の前のスクリーンを見てくれ」
哲司はそう言って右手で何処かを指差した。その指先を追いかけながら巧は目を動かすと1つの巨大なスクリーンが視線に映り込んだ。
そのスクリーンは今は電源が入っていないからなのか画面は青いだけになっている。しかしこれが何だと言うのか解らず、巧は哲司に尋ねる。
「あれが一体何なんですか?」
「あれには本来リンツオーゲンの外や内部、作戦内容の映像を映すんだが、流石最新鋭艦と言うべきか世界のテレビ番組等も受信できる様に出来ていてな。恐らくセントラルは様々な通信回線をジャックして全世界に言葉を投げ掛けると考えている。すなわち、テレビ番組を見ていればいつかセントラルからの映像が流れるという訳だ」
「世界中と繋がってるセントラルだからこそ出来る荒業ね」
哲司の言葉に付け加えるようにしてレイラがそう言うと、気付けばいつの間にかブリッジに居る全員が気絶している一人を除いてスクリーンを見ている。
「本当ですか? それ」
もう一度、疑問を抱きながら哲司に話しかけた。だがそれに答えたのは哲司ではなく
「そんなもん試してみなきゃ解んないでしょ。え~と……ポチッとなっと」
何処から取り出したのかリモコンの様な物を弄りながら何かのボタンを押したアリアだった。
すると延々と青いままだったスクリーンから機械の起動音が鳴り、それから少しずつ画面が色づき始めた。
『――――ですよねぇ~? あ~そういえば最近、上田さんは本を出したようで…………』
「普通のバラエティ番組、か」
アランは徐々に映し出される映像と聞こえてくる音声からそう予想して呟いた。
黙って画面を見ていた巧も、司会者らしき人物の声を聞いて解ったのか驚いた様に
「あっ、これ毎日昼頃にやってるテレビですよ? 学校がある日は全然見れないんすけど、日曜には1週間分の内容の総集編がやってるし毎回母さんと見てましたから間違いないです」
と言いながら、その司会者が喋る内容に笑みを浮かべる。
「うぅむ……確かに時間は12時を過ぎた。放送している番組は違えど、世界中でもこの時間帯なら大勢の人達がテレビに目を向けている筈。だとすればセントラルが動くのは今……か」
画面上の左上に表示されている時刻表記が12時を過ぎている事を確認した哲司は、顔を緊張させたまま画面を見つめる。
現在画面にはさっき「上田」と司会者に呼ばれていた男性が、自分が執筆したという本の宣伝をしている姿が映されている。
『――――でしょう?そうなんですよ。私が今回書いたこの本には私の愛が詰まっています。だからこそ皆さんにも是非買って読んでほしい! この「何故、ベ……を尽…………か……』
「……え?」
巧は一瞬、笑っていた顔が固まった。
急に画面にノイズの様な物が入り込み映像が乱れ、音声が途切れた。アンテナの故障かなと思ったが、ここは家じゃなく戦艦な為有り得ない。
だとすると何か。その答えを巧が出そうとした時、先にレイラが口を開き
「ヤツ等が動き出したわね」
そう言って、表情を強張らせた。
「さて、どう来るか……」
アランも顎に右手を添えながら画面を睨み付けた。
現在スクリーンは真っ白な画面を映したままだ。何の音も聞こえないし映像が映る気配も無い。
ブリッジ全体が沈黙に包まれた。
やがて息苦しくなった巧が何か喋ろうとしたその時、急に画面から何かが聞こえ始めた。
『――――あ……あ~。マイクテスマイクテス。ワンツー、ワンツー……え? もう大丈夫かい? そうか、ありがとう』
聞こえてきたのは人の声。どうやら声の主は男性の様だ。
最初、巧は初めて聞く声だなぁと思い聞いていたのだが、声を聞けば聞く程自分はこの声を聞くのは初めてじゃない事に気がつく。友人や知り合いでは無いが身近な……しかも毎日聞いている様な男性の声。
「この声って、たしかっ…………」
巧が思い付いたその人物の名前を告げようとする前に、目の前の画面にパイプ椅子に座った一人の男性の姿が浮かび上がる。
その男性は一旦辺りを見回しながら服装を整えると、微笑みながらこう言った。
『世界の皆さん、こんにちは。セントラルタワー社長の秋山修三です』
「……秋山……修三」
目の前の画面に映る男を巧は知らない筈がなかった。嫌、ラウンドアイランドに住む人間なら知りたくなくても知るしかない。
間の抜けた表情、曲がったネクタイ、そして安物の様なスーツに身を包んだ、普通のサラリーマンにしか見えない巧が良く知るいつもの秋山修三がそこに居た。
こうして見る限りではとても世界を破壊するだのと言い出しそうには見えない。そんな巧の考えに対して答え始めるように、秋山は口を開く。
『え~とですね、まずいきなり私が現れて驚いた方が沢山おられると思います。楽しい番組を見ていたのになぁ、と言う方々達には謝っておきますね。すいませんでした』
そう言って秋山は頭を下げた。仮にも社長であろう人物がこんな簡単に頭を下げて良いのだろうか。巧はそう思えて仕方がなかった。
数秒してから秋山は頭を戻し、もう一度画面に顔を向ける。
『それでは早速本題に入りたいと思います。今回、こんな事をしたのは我が社の宣伝の為などではありません。全世界の人達に伝えなければいけない事があるからです。我々セントラルは…………』
秋山は画面の中からだがこちらに強く視線を向けている。恐らく次に喋る言葉が一番伝えたい事なのだろう。
だが、次に彼の口から出た言葉はリンツオーゲンにいる全員が予想していた物とは少し違った物だった。
『セントラルは全世界に向けて1つのゲームを提案します』
「ゲームだとっ!?」
秋山の言葉に驚いたのか哲司が声を荒げる。勿論哲司だけではなくアランやレイラ、ブリッジに居た人間全員が動揺している。
「ゲームって……どういう事だ」
巧も意味が解らず呟いた。ゲームと言われれば真っ先に自分の大好きなゲームが浮かぶのだが、まさかセントラルがTVゲーム等で世界と戦うなどとは想像が出来ないしするとも思えない。
でもそんな事だったら大した事は無いなと考えていたのだが、秋山から告げられた答えは常識を逸脱した物だった。
『勿論ゲームと言っても内容はいたってシンプル。私達セントラルが世界中に対して攻撃を行ないます。私達に負けたらその国はこちらの占領下になってもらいましていずれはラウンドアイランドの一部に。それを繰り返して最終的には全ての国が1つになった巨大国家にする事、これが私達セントラル側のクリア条件になります』
秋山は楽しそうに目をキラキラさせながら流暢にこう喋った。
表情には笑顔が浮かんでいるが喋っている事は到底そんな顔で話せる事では無い。
『そして世界の国々の皆さんは私達が侵攻するのを全力で防いでください。こちらの戦力が底を尽き、セントラルが壊されればあなた方の勝利となります…………どうです? とても楽しそうとは思いませんか? これは私が考えたんですが良いですよねぇ。これなら全ての人達とゲームで遊ぶという楽しさを共有出来ますし』
一体今テレビを見ている人達はどんな顔をして、何を思っているのだろうか。巧はそればかりが気になって仕方がない。
いきなり楽しく見ていたテレビにセントラルの社長が現れた。何事かと思えば喋りだしたのは意味不明なゲームの提案。
端から見れば頭がおかしい、だけで終わるのだが今喋っているのは誰でも知っているあのセントラルタワーの社長、秋山修三。そしてこれは巧達だけがわかる事かもしれないが、彼が話している事は嘘や絵空事ではなく確実に実行される。
普通の人であればまず平常心でいられない。泣き出す人やパニックになる人が必ず今大量に増えている筈である。
だがそんな事など考えてもいない顔の秋山は
『私ね、考えたんですよ。国が幾つもあったりするから国家間で争いがあったり、人間に貧富の差があったりすると。そこで、そんな悲しい現実を変える為に私はこのゲームを考えたんです。最終的には私達セントラルが全ての人々を統合すれば、永遠に幸せな時代を続けていける筈ですよ』
「…………」
巧には秋山が言っている事が全く理解できなかった。嫌、理解したくなかった。
綺麗な事を言っている様に聞こえるが、結局は自分達が世界を手に入れたいだけなのではないか。そもそもこんな風に一方的にセントラルの考えを押し付けられてはゲームでもなんでもない。只の宣戦布告である。
『…………おおっと大事な事を忘れていました。我々が攻め込む国は毎回ランダムに決めようと思っています。勿論、戦闘を起こすのも毎日ではなくたまにだったり連日的に続いたり。やっぱり一気に攻略するのは私達も大変ですからねぇ』
「チッ……ヤツ等、完全にゲーム感覚って訳かい」
レイラは舌打ちをしてスクリーンに映る秋山の顔を睨む。しかし、当の本人は何の恐怖も感じていない為に笑顔のままだ。
『それから私達に降伏をするのならば、その国には一切手をかけません。代わりに戦力を回しますので共に戦ってもらいます……あっ、これも言い忘れましたがこちらのセントラルの戦力は戦車や戦闘機などではなくメタルドール、と言う人形機動兵器になります。これがどんな物なのかはこの後全面的に情報を流しますのでそちらをご覧ください』
「やっぱりメタルドールを使うわよね……」
アリアは今にも消えそうな声をあげる。巧にはメタルドールにどれ程の力があるのかはまだ解らない。けれど今までロボットが出るゲームをやってきた中で戦車や戦闘機がロボットを倒した所は見た事が無かった。
ゲームの話とはいえ、もしメタルドールもそれぐらいの力を持っているなら普通の戦力では敵わないかもしれない。巧は改めてセントラルの危険性を思い知った。
『…………えーと、そろそろお別れの時間がやってきてしまいました。とにかく我々セントラルはこのゲームを必ずスタートします。世界の皆さんは戦うのか、降伏するのか考えてください。私としては盛り上げる為にも多くの戦闘を起こしたいのですが……嫌、これはまたにしましょう。それでは皆さん、ゲームがスタートするまでの間暫くお待ちください。それでは失礼します…………』
腕時計を気にしながら喋り終えた秋山は最後にまた頭を下げ、微笑みながら手を小さく振って画面から消えていった。
モニターが暗くなるとリンツオーゲンのブリッジにはまた沈黙が訪れる。嵐が過ぎ去った後の様に静かだ。誰しも何を喋れば良いのか解らないのだろう。
実際にセントラルは今、世界に対して宣戦布告をしてしまった。哲司やアラン、此処に居る皆がいずれは来ると解っていた事が現実になったのだ。
それゆえに、巧には皆がどんな心境か想像ができた。こんな状況では気軽に口を開ける人は誰も居ないだろう。
「…………へっ、好き勝手に言ってくれやがって。このエドワード様が居る限りセントラルの好きにはさせませんっての。ですよね隊長?」
居た。
「……あ……あぁ何だエドワード。居たのか」
「ひっど! 居たのかって最初っから居ましたよ! 姉さんにぶん殴られて気絶してましたけど途中でちゃんと起きて秋山の話聞いてましたよ」
アランはびっくりした様な顔でエドワードと話す。恐らく秋山のせいで頭から消えてしまっていたのだろうと巧は思った。
「うぉっほん! ……エドワード、今は騒いでる場合ではないぞ」
「いっ……すんません艦長」
哲司の大きな咳払いを聞いてエドワードは体を震わせながら後ろに下がっていく。それを哲司は確認する。
「さて……セントラルがこんな手段を取ってきた以上明日から攻撃が始まっても不思議ではない、か」
かぶっている帽子を取り机に置く。表情には巧が最初に見た時の優しい雰囲気は全く無い。
するとその表情のまま巧の方を見る。そんな顔で見られては巧も何を話せば良いのか解らなかったが、先に哲司が口を開いた。
「斬原君。こうなってしまった以上、君をラウンドアイランドに届ける事は出来なくなってしまった。まずはそれを謝ろう」
哲司はゆっくりと頭を下げる。その為に帽子を取ったのかと思った巧は慌てて哲司の肩を掴む。
「い、いえいえ大丈夫ですよ哲司さん! こうなってしまった、って悪いのはセントラルなんだからそれは哲司さんのせいじゃないですよっ!」
巧に必死に止められた為、哲司は顔を上げるが表情は戻らない。
「嫌、本当にすまない。そしてこれから私が君に話す事も、謝って済むことでは無いのだが……聞いて欲しい」
それを聞いた巧はピンと来た。哲司が言おうとしている事はこれしか無いと。だが実際にそんな事を言われるのだろうかと巧は思う。
周りに居る人達は軍人。でも自分は只の高校生だ。センス・ドライバとかいうオマケが着いているらしいけれどそれが何なのか良く解らない。けれどもし、この人達がそんな自分を望むのならそれが良いのかなと今は思える。
自分の耳であのセントラルの言葉を聞いた。勿論、このままじゃ絶望的だ。でも自分にはそれを止めさせられるかもしれない力がある。
そして、リンツオーゲンという存在。無理矢理とはいえ今自分は此処に居る。そしてセントラルとリンツオーゲンに関して深い所まで自分は関与してしまっている。なのに此処まで来てはいさようなら、とは流石に言えない。
それに若干ではあったが巧はこれからどうしたいか既に朝から何となく決めていた。そして今セントラルの、秋山の言葉を聞いて完全に意志が固まった。
そんな事を巧が考えているのを知らない哲司は、小さいながらもしっかりとした声でこう言った。
「……私が言いたい事は、このまま暫くリンツオーゲンに保護されてもらうか、それとも…………我々と共に戦ってくれるか、だ」
それを言うと哲司だけでなくアランとレイラ、エドワードにアリアまで巧の顔を見てくる。何て言うのか皆心配なのだろうが、巧の答えは既に決まっている。その答えは勿論。
「……俺……戦います。皆と、リンツオーゲンの皆と一緒にセントラルと戦います!」
巧は大きく声をあげた。これが正しいか正しくないかは解らない。でも、そう決めたのだ。
その日、哲司は珍しく顔に笑みを浮かべたらしい。