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Metal Doll  作者: アンファング
6/11

道、未知、ミチ


「起き上がらせろ」


 完全に真っ暗になった空間の中で、目にかかる銀色の髪を揺らしながらヴァンはそう呟いた。それを聞き取った少年、斬原巧は自分が今乗っているメタルドール――――アーディレイドの体勢を言われた通り変えようとしたのだが


「何も見えなくて何処に手を置いたら良いか解らないん…………だけどさ」


「……貸せ」


「ちょっ、痛たたたっ!」


 巧の言葉を聞いて少し溜め息をつきながらヴァンは、巧を無理矢理押し退けながらレバーを握り締め両腕を使ってアーディレイドを赤ん坊がハイハイする時の様な体勢にした。


「ったく、狭いんだから無理すんなよなぁ…………うぉっ、眩しっ!?」


 ヴァンの手をどかしながら巧はシートに座り直そうとした時、いきなり強烈な光が目を襲った。


「驚く必要は無い。只の格納庫のライトだ。よし、コックピットハッチを開ける」


「……え? ハッチを開け…………る?」


 巧がまだ目を擦っている内に、いきなりコックピットハッチが開き始める。


「だっ、ちょ、何してんっ…………」


「安心しろ、下に着地用のマットが置いてある」


 そう言われて恐る恐る外を見てみると、確かにマットの様な物が置かれている。だが、それだから何だと言うのだろうか。


「まさか、飛び降りるんじゃ…………」


「その通りだ。さぁ急いでくれ」


 冷静すぎるヴァンの言葉に巧は顔が少し青ざめる。


「え? 嫌々、無理だって……俺水泳の飛び込みすらした事無いし、代々この高さからって…………」


「問題無い。さぁ、行くんだ」


「だっ、待てよ! 押すなって! 押すっ…………うわぁぁぁぁっ!! あ痛っ……」


 迷いながらおろおろしていると、いきなりヴァンが背中を押してきて、巧はその力に耐えられず無理矢理落とされてしまった。


「ばっ、こ…………殺す気……か?」


 落とされた衝撃を全身で味わいながら、巧は身体を直ぐに起こした。すると、まるであのゲームセンターと同じ様な光景が目に映る。


 だが今回は白だけじゃかった。茶色や黒、灰色に黄色……と様々な色――――人々がこちらを見ていたのだった。


 その光景に見いっていると背後からマットが衝撃を吸収する音がし、振り向くとヴァンも降りてきていた。


「地面にはマットが敷いてあった。死ぬはず無いだろう?」


「え、あ、うん……えと、これは?」


 こちらを見ている多くの視線を感じながら、巧は首をかしげているヴァンに問い掛けた。


「あぁ、彼等は……」


「ヴァ~ンッ! お帰りなさ~いっ!」


 ヴァンが何かを言おうとした時、女の子の様な声が何処からか聞こえてきて巧は聞こえてきた方向を振り向いた。


 すると、遠くの方からこちらに駆け寄ってくる金髪のおさげ髪の女の子の姿があった。だが何処か、女の子というには服装に違和感が存在している。


 何故女の子が「白衣」を着ているのだろうか。


「あぁ、アリア“博士”。作戦は完了しました。」


「お疲れ様っ! ヴァン、後でマッサージしてあげるからね? あ、それから呼ぶ時はアリアで良いってば~」


「ありがとうございます」


 「アリア」とヴァンが呼んだ女の子は、ヴァンに近付くなり両手を握り締め瞳を輝かせながら喋っている。だが、そんな行動に対しても、ヴァンは冷静に対応する。


「うんうんっ。…………それで、この人が?」


「はい、アイツ等が連れ去った以上間違いありません。」


急に声のトーンが変わり、アリアは巧の方を見てくる。すると、顔をまじまじと見た後溜め息をつきながら


「うーん……ヴァンが間違える訳無いって私は信じてる、嫌、そんな事は起こらないって解ってるけど……」


「どうしました?」


「…………どう見てもコイツは違う様な……」


「なっ…………」


 いきなり知らない相手に、しかも自分より年下の女の子に「コイツ」呼ばわりされたのは巧にとって大きなショックだった。


「ですが、沙織……博士が丁重に扱っていましたし、何よりアーディレイドをゲームの中で使わせた事が確実性を出しています」


「……そう……沙織が」


 「沙織」という名前が出た途端、アリアは顔を曇らせる。それを見た巧は、申し訳無さそうに思いながらも口を開いた。


「え~っとさ、とりあえず色々説明してくれない?」


 一瞬、場が硬直した。


 喋った巧自身、その光景を見て急に胸が苦しくなった。何故固まるのかと。


 だが、その止まった時間に耐えきれなくなった少女――――アリアは時間を強引に動かす。自分が喋る事で。


「あんたねぇ……何でそんなのんきなのよ? 」


「嫌、これでも頭ん中はぐるぐるしてて…………」


「言い訳はケッコウよ! ……まぁ良いわ、此処で話すのも何だから私に着いてきなさい」


「っ……コイツ……」


 巧の言葉を遮り自分が言う事を言い切ると、アリアはその場でクルリとターンしてその金髪のおさげを揺らしながら奥の方に歩いていく。


 何やら通路の様な物が見え、そこに向かっている様だ。


 自分の中に沸き立つ感情を押さえながら、巧も後を着いていく。良く考えれば相手はまだ子供。少しでも長く生きている自分が我慢するのが、当然だろう。


「ねぇ早くしてよ? センス・ドライバがあるからって身体能力が低下してる訳じゃないでしょ?」


 気付けばアリアは巧から距離を離し、通路の角でこちらを見ながら苛立ちながら腕を組んでいる。


「すぐに行…………」


「言い訳する暇があったら走りなさいよ」




 どうやら、このまま我慢するのは厳しいかもしれない。


「それで? 何から聞きたい?」


 巧が追い付いて来てからまた歩き始めたアリアは、後ろに着いて来ているのを確認しつつ喋りかける。


「……え? あぁ、えーと、そうだな」


 急に話し掛けられた巧は、何から聞けば良いのかアゴに手をかけて考える。


(こいつらの事も気になるし、アイツ等も気になる。何よりメタルドールとかアーディレイドとか聞きたい事だらけだし……)


「はぁ……時間が惜しいから私がまず軽く話せる事だけ話してあげるわ」


「え? あ、おう……」


 今口に出そうとしたのだが、待ちきれなくなった相手が先に口を開いた。


「まず最初に、あんたを拐った奴等の正体は“セントラル”の人間達…………正確にはメタルドールの優秀なパイロット候補生達を拐った、だけどね」


「セントラル……ってセントラルタワーか?」


 巧はその言葉を知っていた。人工島――ラウンドアイランドに棲む人間なら誰もが知っている場所。


 セントラルタワー。


 ラウンドアイランドの中心にそびえ立つ巨大な塔。そこは数え切れない台数のスーパーコンピューターが備えられ、世界中の情報を知り尽くしている場所。


「そ。んでもって奴等がゲームに見せかけたメタルドールのシミュレータシステムを使って、色んな所から優秀な能力を持った人間を探し出すっていう作戦にあんたが引っかかって、尚且つセンス・ドライバまで持ってて奴等にとってはまるで宝箱さながらだったって訳」


「……けど、なんでセントラルがそんな事を? メタルドールなんて物まで造ったり、それに優秀なパイロットを集めたり……えーとセンス・ドライバ? とかも解んねぇしさ」


 そういう人を探しているとは沙織も言っていた事を何となく覚えているのだが、そもそも理由が解らない。メタルドールという兵器の存在と、優秀なパイロット及びセンス・ドライバを探す事に。


 セントラルはそんなに色んな物を集めて何をしたいのか。それがまだ巧は解らなかった。


「とりあえず……あんたに知ってもらわなきゃいけない事は山程あるんだけど、此処からは皆も交えなきゃいけないから」


 そう言うと目の前を歩いていたアリアが急に足を止め、それに合わせて巧も足を止める。辺りを見回してみると、アリアの前にドアがあり何かの部屋に辿り着いたらしい。


「皆?」


「そう、皆。…………失礼します」


 首をかしげる巧を見もせずにアリアは目の前のドアをノックしてから、ゆっくりと開けた。


「ほら、早くしなさいよ!」


「は? 此処何の部屋なんだっ…………よ?」


 強引にアリアに手を引っ張られた巧は、そのまま何の部屋か解らないまま入れられてしまう。


 しかし部屋の中に入ってから中を確認すると、何となくこの部屋の雰囲気を感じ取った。


 広さは一般の学校の教室の半分ぐらいなのだが、本来ならば黒板が存在している所には巨大なスクリーンの様な物がかけてあり、入って直ぐ目の前には長方形のテーブルとパイプイスが無造作に置かれていた。


 だが、パイプイスの内3つは既に埋まっていた。そこに三人の男性が座っている為に。



 一人は、「お爺さん」と呼ぶにはまだ早く、シワはある物の威厳のある顔付きをで、髪も黒さを保っていて、髭もゲーム等で良く見る逆三角形の様だった。


 二人目は、見た目では30代ぐらいだろうか。髪は緑色で外国の人なのか、何かの英語が書かれたリングを右手首にしている。


 最後の一人は、男にしては髪が長くオレンジ色。目鼻立ちも整っていて、見るからに美男子だ。足を組んで、巧をチラチラと見ながらテーブルに置かれたカップを手に取りコーヒーらしき物を飲んでいる。


 巧は三人の人物に目線を合わせまいとしているともう一人、部屋の角の壁に寄り掛かりながら腕を組んで立っている女性を見つけた。


 髪は赤く、ショートカットだろうか顔を見る事が出来る。だが寝ているのか、目は閉じていた。顔は見た所「姉さん」という言葉が似合いそう、と巧は思った。


 そんな事を考えながらどうすれば良いか考えていると、一番歳をとっているであろう髭を生やした男性がゆっくりと立ち上がり、口を開く。


「アリア、もう大丈夫だから君は戻って構わん。後はわしから彼に話をしておくよ」


「いいえ、そうはいきませんわ艦長。私も無関係では無いですから」


 艦長、と呼ばれた男性はアリアに出ていく様促したが、本人にそれを拒否され顔をしかめた。


「うむ……君がそう言うならば構わんが……。……さて、まずは謝らせてくれ斬原巧君。勝手に巻き込んでしまってな……」


「あ、べ、別に謝らないでも良いですって!? ははは……」


 歳上の人に謝られる。そんな経験が今まで無かった巧はあたふたして、頭を上げる様に肩を叩いた。何故名前を知っているのかの理由などは、今聞いている暇は無い。


「…………うむ、では改めて。わしの名は剛山哲司(ごうざんてつじ)。このリンツオーゲンの艦長を任されている者だ」


「リンツオーゲン?」


 哲司、と名乗った男性からもう何回目か解らない聞き慣れない単語に巧は首をかしげた。


「リンツオーゲンってのは、メタルドールを運用する為に造られた最新鋭の戦艦の事よ……。ま、あんたが立ってる此処が既にリンツオーゲンの艦内だし、あんたがアーディレイドで入ってきた所は格納庫だけどね」


「へ、へぇ…………」


 軽い返事をする巧の横に居たアリアはいつの間にかパイプイスの1つに座っており、白衣の乱れを気にしながら喋っていた。


「……まぁ立ったままもなんだから、座ると良いぞ斬原君」


 哲司は一瞬アリアを見てから巧の顔に向き直ると、右手を出して座る様に手招きする。


「じゃ、じゃあ遠慮無く……」


 例え知らない相手の厚意でも、それを受けない程巧も酷い人間では無い。他の人物を気にしながらも静かにパイプイスに座り込む。


「さて……まずは少し昔話からせねばならんなぁ……」


 髭を触りながら、哲司は少しうつ向いてから巧の顔を見る。それに気付いた巧はとっさに


「む、昔話……ですか?」


 どもりながらもそう言葉を発した。何故こうなったかは巧が一瞬、哲司の方から「眼力」の様な物を感じとったからだ。見られただけなのに、力強い何かがあった。


「昔……と言ってもそこまで古い訳じゃない。ほんの2、3年前、ある物を探し求め研究を続けていた一人の科学者が居た……」


 急に顔色を変え、ゆっくりと語りかけてくる相手を聞き逃さないよう巧は言葉に耳を傾ける。


「彼が探し求めていた物。それは、「オーバーテクノロジー」と呼ばれる未知の物体だった」


「オーバーテクノロジー?」


 何処かで聞いた事がある。そう思った巧は頭の中の記憶を辿ってみたが、ゲームで聞いたような気がするだけで確証するまでは行かなかった。


「オーバーテクノロジー……簡単に言えば地球上の技術レベルを遥かに上回った物って事よ」


 椅子に深く腰掛け、テーブルに頬杖をつきながらアリアが説明する。だが顔はこちらを向いておらず、哲司の後ろに立て掛けてあるスクリーンを見ている様だった。


「あ、あぁ、なるほど……」


 その様子を見た巧は、半ば強引に自分にそう言い聞かせる事にした。此処で気を抜いては駄目だ。


「そう、そのオーバーテクノロジーと呼ばれる地球外の物体。それを見つける為にその科学者は様々な場所を様々な方法で探し続けた。誰に笑われようが、何度バカにされようが」


 哲司はどんどん寂しそうな顔になりながらも、話を続けてくれた。


「だが流石の彼も、何年も結果が出ないままの自分の研究に対して段々と諦めの気持ちが芽生え始めてきてしまった……」


「そりゃあ漫画とかゲームでしかそんなの聞いた事無いし、地球上に本当にあるかなんてのがそもそも怪しいから見つかる訳がねぇよなぁ」


 「オーバーテクノロジー」と言う単語が存在するゲームなら巧も何度かやったことがある。


 とてつもない長距離をワープしたり、宇宙そのものを消す力を秘めていたりと、ゲーム作品の中でオーバーテクノロジーと呼ばれる力を持ったロボットなら沢山知っている。だが、所詮はゲームの話だ。


「その通りだ斬原君。その男もそれを知っていた。だからこそ、このまま成果を出せず仕舞いで自分の人生が終わる前に、後数回の調査を終了したらもう探すのは諦める…………筈だった」


「筈だった?」


 先程まで力強い目で巧を見ていた哲司は急に視線を落としてしまった。そして、合わせるようにアリアが口を開く。


「見つけたのよ、その男は。偶然発見した海溝の奥底に…………オーバーテクノロジーの塊をね」


「!?」


 アリアの言葉に巧は息を飲んだ。


 嘘。だとは思えない。はっきり言えば、巧はここまで見て、聞いてきた出来事は夢であれば良いなと思っていた。


 しかし、今まで体験してきた事は全てが本物。普通だったら信じられない話の筈なのだが、“本物の体験”を得たからこそ、巧の今の頭の中では話されている内容が全部現実なのだと信じる事が出来る。


 「その時のその男は、ようやく見つけた物だっただけにとても喜んだの」


「長年探してたのがやっと見つかったんだから、喜んで当然だろなぁ」


「喜んでいるだけなら良かったんだけどね……」


 ポツリとそう呟いたアリアは、急にパイプイスから立ち上がりいそいそとこの殺風景な部屋の中で一際目立つ巨大なスクリーンの前に移動した。


そして何かパソコンのキーボードを押すような音が聞こえてくると同時に、そのスクリーンがゆっくりと光を発していく。


「男が見つけ出したそれは、その姿形から“キューブ”と名付けられたわ」


 アリアがそう言うと1つの写真の様な物がスクリーンに映り込む。


「……これが? 只のブロックじゃなくて?」


 拍子抜けした巧は目を凝らしながらもそう呟いた。


 しかし、そんな風に思ってしまうのも仕方がない。なにせ画面に映ったそれは、全面が黄色く光っているルービックキューブの様な物だったからだ。


 「おいおい、こんなのがオーバーテクノロジーだなんて…………」


「大きさ4~5メートル、材質不明の外装、そして無限に生成され続ける謎のエネルギーを蓄えていても?」


「…………え?」


 巧が言い切る前に、アリアがそれを切り捨てる様に言葉に割り込む。とんでもない内容と共に。


 「男は直ぐ様このキューブの解明に取りかかったわ。誰にも教えずに、たった一人でね」


「確かに、誰かに教えたりしたら取られるかもしれない……よな」


「そういう事。でも男一人の力じゃやっぱり限界があって、せいぜい解ったのはさっき言った「地球上には存在しない謎のエネルギーを発し続けている」事ぐらい。無限にね」


「無限……」


 巧にはまだそのキューブの事は信じられなかった。


 無限。


 それはどれだけ使っても無くならないという事で、実際に存在したらどうなるかなんて想像がつかない。


「で、そのキューブをどうしたんだよ? そんな物持ってたら絶対何かしらに利用したくなるだろ?」


「しようとしたわ。このエネルギーを何か、地球の為に役立つ事に使おうとね。でも男がどうこのエネルギーを使うか悩んで居る時にに、ある女が男の元に現れたのよ」


「女…………?」


「織宮……沙織がね」


 アリアの口から出た人物の名前を聞いた巧は、少し身体を振るわせる。


 織宮沙織。赤い眼鏡に赤いハイヒール、そして白衣。その印象的な姿を巧は忘れてはいなかった。


「あ、あの人が?」


「えぇ。何処からキューブの情報を聞いたのか解らないけど沙織はただ一言……「協力させて」と言ったらしいわ」


 ふと、目を向けるといつの間にかスクリーンに沙織の顔写真が映っている事に巧は気がついた。今見ると美人、と言うのも可笑しいだろうが綺麗な顔をしている。


「ちょっと! 聞いてんの?」


「ん? あ、おぉ」


 アリアに呼ばれて直ぐに我に返った巧は、ガタガタとパイプイスを揺らして姿勢を直す。


「ったく……で、確かに沙織のお陰で男が見つけ出したキューブのエネルギーは様々な物を造り上げていったわ。人工島、セントラルタワーや島中の機械化、そして……メタルドール」


「なっ、全部アイツが!?」


 巧は驚きで立ち上がった。メタルドールを造り上げた事もだが、自分が住んでいた人工島まで沙織の手によって造られていた事に一番驚いた。


「そうよ。何故かは解らないけど、沙織はキューブのエネルギーの使い方を次々と考え出していたわ。まるで、最初から知っているみたいにね」


「で、でも人工島とかは造る意味があるかも知れないけどメタルドールはなんなんだよ? 何であんな物……」


 アリアの顔を見ながら巧は問い掛ける。人工島やセントラルタワー等はまだ人の役にたつから造られたのだと想像できる。


 だが、メタルドールは? あれは何の為に造られたのだろうか。巧の頭の中では考え付かなかった。


 するとアリアは、少し溜め息をつきながら悲しそうな顔で口を開く。


「……おかしくなったのよ、男の方が。自分が見つけ出した無限のエネルギーが様々な物を造り上げていく中で男の何かが壊れた。そしてメタルドールを造り出し、その運用方法は…………世界の破壊」


「なん……だって?」


 世界の破壊。そんなゲームの様な考えをする人間が居るのだろうか? 有り得ない。そう思い巧は少し笑いながら


「世界の破壊だなんて、そんな事考えるはず無いだろ? 大体理由が……」


「理由はあるわ」


 相手の言葉によって、巧の軽い笑い顔は元に戻ってしまった。


「言ったでしょ? 誰もがバカにして、信じなかった。その復讐に世界を壊す。それが出来る力が手に入ったからね」


 顔色を変えずに、アリアは淡々ととんでもない事を言ってのける。昔の復讐に世界の破壊。見返したくなるのは解るが、次元が違う。


「なっ……けどたった二人でそんな事は……」


「その為のわし等なんだ、斬原君……」


 巧の言葉に被さる様に、力強い哲司の声が耳に入る。


「ど、どういう事ですか?」


「わし達は奴がその自分の目的を達成する為に、世界各国から集められた選りすぐりの軍人なんだ」


 わし達、と言う事はこの部屋に居る他の三人もなのだろうか? じゃあアリアは? 軍人とは違う筈だ。その事について巧が聞こうとした時、本人が口を開いた。


「私も集められた科学者達の一人よ? まぁ「天才少女」だとかの理由で私は連れてこられたんだろうけど」


「天才……少女?」


「そ。私、飛び級でもう大学卒業してるから。言ってなかったっけ? 私14歳よ?」


「な…………」


 その言葉に巧は目を見開いた。14歳で大学を出ているとはどういう事だろうか。


「でも、彼は私の能力にしか興味が無かったみたいだし、人間としてでは無く部品みたいに見られてたわ……」


 アリアはまた顔をうつ向けてしまった。よっぽど酷い扱いをされたのだろうか。


 それに気づいたのか、哲司が口を開いた。


「わし等は当初、新型兵器のパイロットを頼みたいとセントラルに集められた。その時にメタルドールを始めて見て、触り、動かし、感動した。その時はまだ協力しても良いと思っていたんだ。だが奴等の目的を聞かされた途端、わしはそれを止めた」


「そんな事があったのか……」


 右手で頭をかきながら、哲司は巧の顔を見直して話を続ける。


「そして、一人で悩んでいるとわしと同じ考えを持っとった軍人達が何人かおってな……わし達軍人は、同じ様に連れて来られていたアリアの様に不満を持つ科学者、技術者達をも集めてセントラルでまだ開発中だったこの、リンツオーゲンと数機のメタルドールを奪って逃げ出したんだよ」


「こんな物を奪って逃げたした、って……」


 相手の語りを真剣に聞いていた巧だが、この話をどう受け取って良いか解らなかった。


 逃げ出した、と簡単には言っているのだが、内容が内容である。相当な妨害があった筈だ。


 ただ、セントラルが掲げる「世界の破壊」。これだけは嘘じゃない事が解る。流石に優秀な軍人や科学者まで集めて、ふざけた結果を求める事はしないと思う。


 だが、此処で1つの疑問が浮かぶ。既に沢山の優秀な軍人を集めて居るのに、何故ゲームのメタルドールを使い、また優秀なパイロット候補を探すのだろうか?


 このリンツオーゲンにいる軍人の様な人は見た限りでは哲司を含め、この部屋に居る四人だ。三人は依然として全く喋ってはいないが、恐らくメタルドールのパイロットだろう。


「でも何でゲームを使って…………あ」


 頭で考えていたのだが、思わず口に出てしまい慌てて手で塞いだ。


 しかし、今ので気付いたのか、やれやれと言った表情で奥に居たアリアはこちらにゆっくりと歩きながら喋り始めた。


「ゲームのメタルドールの目的は、優秀なパイロットを捜す…………と言うよりはセンス・ドライバを捜す為の方が強いわね」


「なるほど…………でも何でセンス・ドライバ? が必要なんだよ。軍の人が乗ればメタルドールなんて動かせるだろ?」


「“普通”のメタルドールならね?」


 「普通」を強調しながら喋るアリアは巧の隣の椅子に近づいてきてストンッ、と座った。


「普通の、ってどう言う事だよ?」


 アリアとは反対方向に少しずつズレながら巧は聞いた。


「ガーリーやゴルディスみたいなメタルドールには、そのままじゃ危険と思われるキューブエネルギーに電気等を混ぜて運用してるの。幸い、強力なエネルギーを余り落とさず運用できるんだけどキューブエネルギー独自の無限に生成される能力が消えちゃって、定期的に電力等を供給しなければいけない。これが普通のメタルドールよ」


「え~と……うん? それで?」


「そしてもう1つ…………「Qシリーズ」と呼ばれる特殊なメタルドール」


「特殊なメタルドール?」


 Qシリーズ、と銘打つからには例えば何か、関連性のある形や見た目だったりするのだろうか?


 合体したりだとか、それぞれ特殊な力を持っていたりだとか。


 少なくとも今までそういう風な体験(ゲーム)をしてきている巧は、頭の中で色々な想像を膨らませる。


 そんな事を考えてる間に、アリアの口からは、巧の考えた事に対する答えが話される。


「Qシリーズ、はキューブのエネルギーの直接使用を考え、更に特殊なコンセプトを持たせて設計されたメタルドールの事なの」


「キューブのエネルギーを直接使用?」


「そ。やっぱり純粋なエネルギーのままで使った方が莫大なパワーを持ったメタルドールが出来るって沙織が言い出して、危険と承知しながらも造り始めたのが最初ね」


 何処からか取り出したメモ用紙に、ペンでサラサラと絵を描きながらアリアが説明する。


「そしてそのQシリーズの内の一番機にあたるのがアーディレイド。それで今回、アーディレイドをセントラルが近場まで運んでくる情報を掴んだからヴァンを向かわせたのよ。で、パイロットに選ばれたあんたごとアーディレイドを奪還してきてもらった、と。アーディレイドもセンス・ドライバの持ち主もアイツ等の手元に置いとく訳にはいかないしね」


「なるほど…………あれ? でもなんでアーディレイドのパイロットがセンス・ドライバを持ってるって解ったんだ?」


 さっきのアリアの喋り方は、アーディレイドのパイロットが初めからセンス・ドライバの持ち主が現れるのを予期していた様な感じだ。


 だがアリアは表情を変えずに口を開く。


「あぁ、そんな事は簡単に解るわよ? だってQシリーズはセンス・ドライバを持った人間専用のメタルドールでもあるから」


「そう……なのか」


 聞かされた内容は普通の人間であれば驚くだけですむかもしれない。だが巧は違う。センス・ドライバ、が何かは良く知らないが自分の中に眠っている。そして、センス・ドライバ専用のメタルドール。


 この二つが導き出した答えに巧は行き着き、一人悩んでいた。


「何深刻な顔してんのよ? そんな難しい話だった?」


「あ、嫌何でもねぇよ」


 すっ、とこちらの顔を覗きこんできたアリアにびっくりしながら巧は後ろに飛び退いた。


「あ、そう。なら良いんだけど」


「……さて、斬原君此処まで聞いてくれた訳だがどうかな?」


 巧とアリアの間にいきなり哲司が割り込んできた。


「えと…………どうって言われても」


 急な問い掛けに対して、巧は答えを出せずに口を閉じる。だが、それに構わず哲司は喋り始める。


「当初、セントラルのこの企みはわし等だけで無くす気だった。だが所詮、リンツオーゲンで逃げ出したのは僅か数十人。対してセントラルにはまだ、何万の兵士や科学者が居る。とてもじゃないが、わし等だけでセントラルを直接何とか出来る力は無い。だが……リンツオーゲンの様なセントラルと戦える部隊が囮になるなどすれば、少しだけでも被害を抑えられると考えた」


 ゆっくりとだが、哲司は巧の顔を捉えたまま喋り続ける。それに答える様に巧も顔をそらさずに耳を傾ける。


「セントラルが戦闘を行う場所に駆けつけ、部隊を殲滅した後また別の場所に向かい戦闘する…………と、これがわし等の考え付いた最低限の出来る事だった」


「なるほど……それだと確かにほんの少しずつなら被害を抑える事は出来るけど…………」


「そう……助けられない場所は大量に存在する」


 巧はふと哲司の顔を見てみると、胸が苦しそうにしている。


 やはり、いくら自分達が考えついた最低限の抵抗だと言っても余りにも結果が残念すぎる。例え実行したとしても、その内こちらが力尽きてしまうだろう。


「だがそうだとしても、少しだけでも奴等からの被害を食い止められるならわし等はやらなければならん。それが出来る力を持っているからこそ…………そして斬原君、君もだ」


「お、俺にもっ!?」


「そうだ、斬原君のセンス・ドライバとアーディレイド。この2つの力を使える君に、わし等の手助けをしてほしい……」


 巧は薄々感づいていた。こんな奥深くまで自分を入り込ませ、そして普通に暮らしていれば見る事も聞く事も無い情報を聞かせる。


 この行動が示す答えは――――仲間になってくれ。


 要するにこのまま巧がアーディレイドで戦って、このリンツオーゲンを助けてほしい。が、相手の求めている答えだ。


 だが、相手の求める答えを解っていたからこそ巧は簡単には返事は出来なかった。


 勿論、目の前に置かれた未知の世界に足を踏み入れれば今まで味わった事の無い出会いや衝撃が待っている筈だ。


 でも、自分以外の人達はどうなるのだろうか。巧の身近な人で言えば母さん、賢人、学校の友達、ゲーセンの顔見知りの人達。


 このままこの人達に手を貸して、自分が急に居なくなったら皆どう思うだろうか。そういえば、ゲーセンに居た頃から大分時間が経っている。母さんに連絡していないし、賢人もアイツ等に何もされなかったのだろうか。


「……えぇっと……親とか、友達と連絡を取りたいんだけど……」


 そんな事が頭に浮かぶと、巧は答えよりも先に違う事を喋っていた。


 その言葉に対して、あまり大きくは無い目をピクリと動かした哲司は少し慌てながら


「ん、あ、おぉ……君のお母さんには我々の工作員を向かわせて学校の授業の一貫として、長期の旅行と伝えておいたよ。友人の方は特にセントラルに何かされた訳でも無く普通にしておる。勿論、お母さんと友人には見張りをつかせているから奴等からは守らせる事が出来るし、要望があれば後何人かにも見張りをつけられるんだが?」


「あ……嫌、大丈夫です」


 巧にとってこれは予想外だった。此処までされていては…………無論、悪い事をされている訳では無いのだが、これでは巧が選ぶ事の出来る道は1つに決められている様な物だ。


 だが、そうだとしてもこれは簡単には答えられない。


「……すぐに答えを出せるとは思わないが、だが君の…………」


「艦長? 多分、彼は疲れているんじゃないでしょうか? 無理矢理な事を奴等にされてもいますし、休ませた方が……?」


「む、そうか。斬原君に倒れられてはわし等も申し訳無いな」


 哲司の会話にアリアが割って入り、それを止めた。巧もあまり頭が回っていなく、これ以上は詰め込めない状態だ。


「とりあえず今日は休ませて、明日また話を進めましょう艦長?」


「そうだなアリア……よし、斬原君。答えは今すぐに出さなければいけない訳では無い……今はゆっくり休んでくれ」


「……はい」


 哲司の顔を少し眺めながら、巧はゆっくりと椅子から立ち上がった。なんだか身体が重い気がする。


「君の部屋は既にこちらで用意してある。……エドワード、案内してあげなさい」


「了~解」


 先程から部屋に無言で待機している3人の中の一人を哲司は、エドワードと呼んだ。オレンジ色の長い髪をしたその青年は軽く返事をすると、椅子から立ち上がり出口のドアの方に向かう。


「斬原君、部屋について何か足りないものがあれば後から言ってくれ。届けさせるんでな」


「あ、ありがとうございます……」


「まぁ早く寝なさいよ。それでなくても、アンタの身体はもうガタガタの筈だからね。」


 哲司に返事すると同時にアリアも話し掛けてきた。だがその表情は言われた言葉の様に心配、と言うよりも不機嫌そうだった。


「解った解った、ちゃんと寝ますって……」


 その顔に何か嫌な予感がした巧は直ぐに後ろに向き直り、既に開いていたドアから外の通路に出てそのままゆっくりと閉めた。


「ふぅ…………」


 巧は閉まったのを確認して、少し溜め息をついた。すると、その後に続けて


「ぷっはぁぁぁぁぁぁっ!! あ~死ぬかと思った…………やっぱり真面目な空気は俺には合わねぇなぁうんうん」


 と、脱力感のある声が聞こえ振り向いて見てみると、そこには先ほどのエドワード、と呼ばれていた男がその場で伸びをしている所だった。


「……あの」


「ん? あぁ悪ぃ悪ぃ! 嫌、ほらさ、普段俺って黙ってるのは苦手だからぁ、急とはいえやっぱり先輩としての威厳を出す為に仕方なく黙ってたんだけど、流石に段々と苦痛になってきて……」


 巧の存在に気付いたエドワードは、激しい川が流れ出すかの様にいきなり喋りだし、急にハッと目を見開くと口を手でおさえる。


「……ふぅ、ま~た喋り続ける所だったな……えっと、俺の名前はエドワード=T=シャーレン。宜しくなっ」


「は、はい、宜しくお願いします」


 エドワードが右手を差し出してきたので、巧も釣られて右手を出して軽い握手を交わした。


「ほんじゃ、挨拶もすんだしお部屋にご案内しますかね~。部屋っつっても、今はベッドとか時計ぐらいしかねぇけどさ」


「あ、十分です。寝れれば大丈夫ですし……」


 今の巧には部屋の中なんてさほど問題じゃない。問題なのは現在目の前に置かれている現状だ。へらへらと笑いながら喋るエドワードを羨ましくも思いながら、巧は頭の中でまだ考え続けている。


「あ~おいおい、何怖ぇ顔してんだ? アリアちゃんも艦長も言ってたろ? 今は休めってさ。俺だって野郎に興味は無ぇけど、弟ぐらいの奴が苦しそうな顔してんのは気持ち良い物じゃねぇしな」


 気持ちを読み取ったのか、エドワードは巧の顔を見ながらへらへらした声のトーンを変えて喋り、ゆっくりと背中をこちらに向けこの細い通路を歩いていく。


「そりゃ考えたくなる気持ちも解るぜ? いきなり巻き込まれて、いきなり連れてこられて、いきなり戦おう、だもんな……頭もこんがらがるさ」


「ま、まぁ……」


 巧は、前を歩き始めたエドワードの後ろについていきながら彼の話に耳を傾ける。


「けど安心しろよ? ここに居れば安全だろうし、艦長だっていい人だ。それに、俺様と隊長、姉さんも居る……ヴァンはちょいと近寄りがたいかもしれねぇけど、悪い奴じゃねぇから」


「隊長? 姉さん?」


 エドワードの喋った中に入っていた「隊長」と「姉さん」という知らない人物が引っかかった。ヴァンと艦長は知っていたが。


 そういえば、ヴァンとはアーディレイドを降りてから会っていないがどうしているのだろうか。


「あ、隊長と姉さんはまだ知らないんだったな……ん~と、ほら、さっき部屋にいた緑色の髪した人と、赤いショートカットの女の人が居たろ? あれがその二人だよ。あの二人もきっと今頃、喋れなかったから苦しがってる筈だぜ」


「あぁ、はい……解りました?」


 巧はさっきの部屋の中の記憶を思い出しながら、話を聞いていた。確かに緑色の髪をした男の人と、赤いショートの女の人が居たのを覚えている。ただ、顔を見た限りこのエドワードという人よりはあまり喋らないのが苦痛な人達には見えなかった。


「ま、そういう訳だし心配はしなくて大丈夫さ。何も無理矢理お前をリンツオーゲンに組み込む訳じゃねぇしな。アーディレイドが使えなくったって、こっち側にあるだけで充分意味はあるしよ」


「意味、ですか?」


「あぁ。俺はアリアちゃんから少ししか聞いてねぇけど、Qシリーズってのはセントラルの奴等の切り札的なメタルドールなんだよ。だから、それを失う事は奴等の計画を遅らせる事にも繋がる訳だ。そして、アーディレイドは他のQシリーズとはちょいと違うらしいから尚更奴等には大ダメージって訳……違うっつわれても、Qシリーズはどいつもこいつも凄そうなイメージしかねぇけどな~」


「……あれ? エドワードさんは他のQシリーズ? を知ってるんですか?」


 エドワードは「Qシリーズはどいつもこいつも~」と今話した。この台詞は、他のQシリーズと呼ばれるメタルドールを見た事があるからこそ言えるのではないだろうか。


「あっ」


 しまった、と言うような顔付きでエドワードは右手で口元を塞ぐ。


 が、もう遅いと感じたのかゆっくりと手を離すと腕組みをし、少し考える素振りをした後観念したかの様に口を開く。


「え~と……何だ、その~まだお前はこっち側の人間になってねぇから色々教えるのは不味ぃんだけどさぁ……ま、言っちまったもんは仕方ねぇよなぁ」


「あ、ヤバい事なら無理して話さないでも」


「いいよいいよ、気にすんなっ」


 巧はこれは聞かない方が良いかと慌てて止めようとしたが、エドワードはへらへらと笑いながら返事をする。


「さて、んじゃあ話すけども……確かに俺はQシリーズを知ってるよ。って言ってもちょっと資料を借りて見たぐらいだから実物はさっきのアーディレイドとうちにあるもう一機かな」


「もう一機? もう一機って、Qシリーズがあるんですか? 此処にっ? 」


 Qシリーズを既に一機持っている。この事実は巧には衝撃だった。


 特殊なメタルドールというから入手は安易ではない事は想像していたし、そんな中でも今回あのアーディレイドをやっと手に入れる事が出来た。のだと思っていた。


 それなのに既に一機あるとはどういう事か。


「どうしてそれは此処にあるんですか?」


 まず巧は、疑問をエドワードにぶつけた。もしかするとここから先は話してもらえないかもしれないが。


 尋ねられたエドワードは、頭をかきながら「ん~」と唸りながら口を開いた。


「そうだな……大雑把に話すと、リンツオーゲンに着いてきたメタルドールの中に居た。以上」


「…………え?」


 いくらなんでも大雑把過ぎた為、巧は口を開けたまま一瞬固まってしまった。


「あぁぁぁとりあえず、この話はまた後々!! ほっ、他に何か聞きたい事ねぇ?」


 エドワードは急に歩くスピードを早め、話題を変えようとする。もしかすると、やっぱり言えない事があるのだろうか。巧はその様子を見て、そこまで無理矢理聞こうとは思わなかったので、何か別の事を聞く事にした。


「そうだなぁ……別の事……別の事…………あっ!」


 頭の中で引っかかった疑問に対して巧は声をあげる。そういえば一番大事なこれを聞いていなかった。


「お? 何かあったか?」


 後ろに居る巧を気にしながらエドワードは喋りかける。それに対して巧は一番聞かなければいけない質問をする。


「……はい。えと、キューブを見つけた人って誰なんですか?」


「…………は?」


 それを投げ掛けられたエドワードはピタリと歩みを止める。


 そして、ゆっくりと振り向きながら


「……あらら? アリアちゃんから聞かなかったっけ? もしくは艦長が言ってなかったか?」


「いや、言ってませんでしたけど……」


「マジで? 何だよ何だよ、肝心な事を二人とも忘れちゃってさー」


 止まっていた身体をまた動かし始めたエドワードは、肩を落として溜め息をつきお手上げのポーズをとった。どうやら、すっかり知っている物と思いながら話をしていたらしい。


「仕方がない、二人に代わってこの天才エドワード様が教えてあげようじゃないか。」


 若干声色を変えながら、エドワードは無い眼鏡をあげる仕草をする。それに戸惑いながら巧は


「は……はぁ」


 と、軽く返事をする。


 それを聞いたエドワードは声色を戻さずに喋り続ける。


「教えると言っても、あの島に住んでたんだったら解ると思うけどな。誰でも解るさ」


「だ、誰でも?」


 ラウンドアイランドに住んでいる人間なら誰でも解る。そう言われ巧は頭を働かせるが、ピンと来る人物は全く浮かばない。


 第一、その人は何者なのだろう。誰でも、という事はテレビ等に出ている有名人なのだろうか? だとすれば絞り込めない。


「うーん……無理ですエドワードさん教えてください」


 これは無理だと悟った巧は、早々に諦め答えを聞く事にした。エドワードは少し残念そうにしながら


「っおいおい! 諦め早すぎだろ……ったく、しょうがねぇなぁ」


 と、呟く。声色も元に戻ってしまっている。そこまで残念だったのだろうか。


「良いかぁ? 耳穴かっぽじって良く聞けよ? キューブを見つけた男の名前は……」


 少し泣きそうな顔をしながらもエドワードはゆっくり口を開いた。それに合わせて巧を息を飲む。


 一体、誰なのだろうか。あの芸人? あの司会者? あの俳優? それとも? 巧はそんな事を次々と浮かべながら、エドワードの答えを待った。


「名前はなぁ…………秋山、秋山修三だ」


「!?」


 巧は息を飲んだ。聞かされた人物の名は確かに、ラウンドアイランドに住む人間なら必ず知っている。 嫌、知っていなければいけない筈だ。


「秋山……修三って……あの」


 名前をもう一度確認するように、巧は呟いた。最早頭の中にはその人物の顔しか浮かんでこない。それほど巧の記憶の中に秋山修三という存在が刷り込まれていた。


 何故ならその人物は


「そうさ。キューブを見つけて、それからラウンドアイランドを建設し、今はセントラルの社長をやってる男…………秋山修三だ」


 だったからだ。


 まさか世界の破壊を目論んでいる人間達の首謀者が、自分が住んでいる島の、管理をしているビルの社長などとは思える筈がない。


「そんな……」


 巧は一瞬目を閉じ、一呼吸してからまた開けると、今度は黙ってゆっくりと目の前に続いている廊下を歩き始めた。


その足取りは、とても重かった。




――――――――――――――


 とある部屋に呼ばれたバルツは、内心とても焦っていた。今回自分が犯したミスはとてもじゃないが、謝った所で許して貰えるレベルではない。それを考えれば覚悟をするしかないだろう。


 そう思いながら立っている今もバルツは身体中の汗を隠しきれないでいた。


 今バルツが居る部屋は本来、一般の軍人パイロットが無闇に足を踏み込んで良い場所では無い。


 何故なら此処は俗に言う「社長室」と呼ばれる場所であり、左右の壁には高そうな絵画がかけられており、部屋の隅には様々な観葉植物が並んでいる。


 そして、より社長室らしさを引き立てるのが、バルツの目の前にある巨大な黒い長机。机上に乗った数台のパソコン。座り心地の良さそうな椅子。それから、その椅子の隣に立ちバルツに背を向けて立っている「社長」の存在。


 しかしこの「社長」、容姿はバルツから見れば普通のスーツを着たサラリーマンの様に見えなくもない。歳も30代ぐらいだろうか。とても社長の器には見えない。


 それだけこの社長と呼ばれている男、秋山修三は普通なのである――――頭の中を除いては。


 バルツはそんな事を考えていると、不意に後ろのドアが開く音とそれに合わせて聞こえてきる、いかにもダルそうな声が耳に入った。


「……っと、あ~……すいません社長~。また織宮がやらかした様で……」


 ボサボサになっている髪型、だらしなく羽織られた白衣、目にはクマ、そしてスリッパ。と、科学者というには余りにも不釣り合いな見た目をした男、霜畑英郎が申し訳無さそうに社長室の中に入ってくる。


 この男、良く織宮と常に行動しているらしいのだが、バルツの部下の間では織宮の愛人なのではないかと噂されている。だが、織宮と相反するだらしなさにそれを信じられないのが本心だ。


 その霜畑がはいているスリッパの音を床に響かせながら、こちらに歩いてくる。


「……あ、パイロットの人達にも謝っといてくれるかい? どうせ織宮が止めたんだろう?」


 バルツに気付いたのか霜畑は背を曲げながら、頭を下げようとした。バルツはそれを慌てて止めさせる。


「い、いえ、一度は追い詰めたものの取り逃がしたのは我々に責任があります」


 霜畑の肩を掴んで、バルツは姿勢を戻させる。確かに、織宮博士にも問題はあるかもしれないが何分あの人は特殊だ。


「あ~……そうかい? それなら……」


「霜畑さん。その件はもう大丈夫ですよ? 織宮さんの事です、何か考えがおありなんでしょう」


 その時、霜畑の喋りに割り込む形で社長――――秋山修三が言葉を投げかけてきた。


「確かに、Qシリーズが“2機”とセンス・ドライバを持った少年がリンツオーゲンの連中の手に渡ってしまったのは事実です。しかし、こういうイレギュラーが存在してこそゲームなんですよ」


「は……」


 ゆっくりと振り向きながらこちらを視線に捕らえた秋山の発言にバルツは少し、言葉を詰まらせてしまう。今、彼はゲームと言った。それが今の話に何の関係があるのだろうか。


 だが、その疑問を浮かべるバルツを気にも止めずに秋山は側の椅子に腰掛けながら


「例えばRPG。通常の街道から外れた道に行ってしまうと、いきなり現状では全く勝てない強さのモンスターに出くわして呆気なく殺されてしまった。バルツ君、こんな経験はありませんか?」


 と言った。だがバルツには良く解らない質問だし、自分自身余りゲームをやった事も無いため


「い、いえ、自分は余り……」


 と、返事をするしか無かった。それを聞いた秋山は少し、残念そうな顔をした。


「そうですか、なら今度1つバルツ君に支給しましょう。ゲームをやる事も、悪い事ではないですよ」


「あ……ありがとうございます」


 断る訳にもいかず、バルツは軽く頷きながらそれを了解した。しかし、実際受け取ったとて遊べる時間は無いと思うのだが。


「え~……っと、社長。今はその話じゃなくてですね? 今後の事を」


 見ていられなくなったのか痺れを切らした霜畑が、秋山の前に一歩出る。それを見た秋山は一瞬顔に笑みを作り


「すいません霜畑さん。……そうですね、確かにまだ問題が多々ありますが……霜畑さんが作成したメタルドールのゲーム型シミュレータによって優秀なパイロット生達が集まるのは確実ですし、メタルドールの製造状況も良好です。よって、それらを踏まえた上で私は明日、全世界に向けて“計画”を発表しようと思います」


 机の上で腕を組み、丁度手の辺りで顔を支えながら秋山はそう言った。


 秋山の計画、の為に自分達は集められたのだとバルツは再確認しつつ、だからこそ自分も出来る限りの事をやるつもりだ。


 だが、明日とはどういう事か。Qシリーズの事などで焦っているのだろうか。


「社長。いくらなんでも急すぎては無いでしょうか? 確かに、ある程度準備は出来ていますがいきなり……」


「大丈夫ですよバルツ君。その辺も私が色々考えておきましたから。だから君は、メタルドール部隊の隊長の一人として自分の出来る事をしてください」


 バルツの心配事を聞きたくないかの様に、秋山は瞬時に言葉を遮る。その為、バルツは何も言えずに口を閉じ、姿勢を正した。


「あ~……じゃ、そういう方向で織宮にも伝えてきますわ」


 この空気に耐えられないのか霜畑は頭をバリバリとかいた後、そそくさと逃げる様に入ってきたドアに向かってスリッパの音を鳴らしながら戻って行く。


「霜畑さん、よろしくお願いします。……バルツ君、君も戻って他のパイロット達に伝えてくると良い。私はまだ二人にしか伝えていないし、少し調べ物をしなければいけないのでね」


「……は、了解しました。」


 霜畑を見送った後、そう言いながら秋山は立ち上がり後ろの窓の方に目をやった。バルツもこれ以上自分がここに居ても仕方がないと思い、見られていない敬礼を秋山にした後、後ろを向いて退室をしようとドアに向かう。


「では、失礼します」


 ドアノブに手をかけた後、もう一度秋山の方を見ながらバルツは社長室を後にした。


「…………もう少しだ。もう少しで……」


 誰も居なくなった部屋の中にたった一人になってしまった秋山は、誰に言うでもなくポツリとそんな事を呟いた。顔に、ほんの僅かに笑みを浮かべながら。




――――――――――――――


「えーっと、一応寝る分には困んねぇ様片付けてあるけど、何かあったら部屋の中に置いてある電話で呼んでくれ」


「……解りました」


 エドワードによる自分の自慢話や、タイプの女の子、恋愛談等々様々な話に付き合いながら艦内の通路を歩いていた巧は、気付くといつの間にか自分に用意された部屋の前まで来ていたらしく、話をしていたエドワードも「あれ? 何だよ、もう着いたのかよ」と呟いていた。


「あ、でもまだまだ俺の話が聞きたいなら…………」


「やっ、だ、大丈夫ですっ! それはまた後に取っときますから大丈夫ですよ」


「ん? そっか、ならしょうがねぇな」


 これ以上話続けられたら耳が変になると思った巧は、手を振って直ぐ様エドワードの申し出を断った。そう言われたエドワードは、渋々元来た方に向き直した。


「あ~……それじゃあ今日は早く寝ろよ? 解ったか?」


「それは解ってますよ。俺だって今、相当眠いですし」


「だよな……俺も眠ぃし戻っかぁ……そんじゃな~」


 1つ大きなあくびをした後に、エドワードはひらひらと巧に手を振りながらさっきの道を戻って行く。彼の部屋はあちらにあるのだろうか。


 そんな事を考えながら、巧は自分の前にある扉に手をかけ、ゆっくりと開けていった。そして同時に、部屋の中の風景も目に映りこんでくる。


「寝る分にはって……ベッドしかないじゃんかよ」


 その部屋の内装に巧はとてもガッカリした。本当に何も無い空間にベッドがポツン、と置いてあるだけだ。


 だが、今何かこの部屋に例えゲームが置いてあったとしても巧にやる気力は全く無い。そう思えば、実際ベッドだけでも充分すぎるのかもしれない。


 薄明かりがついている部屋の中に入ると、巧はフラフラと歩きながらベッドに吸い込まれるように倒れ込んだ。


「疲れた……何もかもが疲れた」


 そんな事を呟きながら巧はベッドの上に仰向けになる。このままだと本当にすぐ眠れそうだがまだ、夢を見る旅に出る訳にはいかなかった。


「あ、そうだった!」


 巧はおもむろにズボンのポケット内を探る。そして、本日全く使ってやれなかった自分の携帯電話を取り出し開く。何か、自分に対する何かが来ていないか確認する為に。


「メールが……5件。1つは…………良かった、無事だったんだな」


 巧が最初に確認したメールの相手の名前には「三部 賢人」と書かれており、内容も見る限りでは普通に帰されたらしい。


 しかし、まだセントラルの奴等が見張っていないという可能性は消えていない。直接伝えれば何か被害があるかもしれないと巧は考え、「しばらく学校休むわ」とだけ返信した。


 多分疑問のメールは返ってくる筈だが、その時はその時なりに上手く話をするしかない。賢人を巻き込まない為にも。


「大丈夫だとは思うけど……あ、次のは母さんか」


 ここの艦長が言うには、誤魔化したとかなんとか言っていたが本当にそんな物で母親が騙されたのだろうかと巧は思っていた。


 しかし、巧の予想を裏切るように母のメールには「急でびっくりしたけど、気を付けて行ってらっしゃい」とだけ書かれていた。どうやら本当に騙されているようである。


 内心、安心もしたが情けなくもなった。こんな事で騙されるとは。それに巧の家には今、自分と母親の二人だけで住んでいる。父親の方は仕事の為に、とラウンドアイランドから旅立ったっきり音信不通でどうしているのか全く解らない。巧自身、顔も余り覚えていないのだが。


 要するに、自分が居なければ母を一人にしてしまうと言う事だ。勿論前に何回か家に帰らない日があったりはしたが、今回はもう一度家の玄関をまたげる事が出来るのかすら解らない状況だ。長期間帰らない、なんて事になれば流石に心配がるだろう。


 巧は必死に色々な言葉を考えようとしたが結局、「頑張ってくるよ」とだけしか返せなかった。自分自身も何を頑張れば良いのか良く解っていない。けど、心配させるような事を言うよりはマシだと思いながら送信ボタンを押す。


「ごめん……母さん」


 巧は少し声を震わせながら、メールの送信を確認し他のメールにも目を通したが携帯サイトのメールマガジンだったりで重要な物は無くそのまま携帯電話を閉じてベッドの上に放った。


「はぁ…………さて、と」


 巧は大きな深呼吸をすると、目を閉じながらゆっくりと今日の出来事を思い出し始める。


 セントラル。


 秋山修三。


 キューブ。


 織宮沙織。


 Qシリーズ。


 リンツオーゲン。


 センス・ドライバ。


 ゲーム。


 そして、メタルドール。


「はぁぁぁ、全然意味わかんねぇ」


 頭の中に思い浮かべはするものの、全てを信じるのにはまだ巧には時間が必要だった。


 勿論、この段階で今までのは丸っきり嘘でした。なんて言われても聞き入れる事は出来ない。


 巧は解っていた。


 だが解っていたからこそ、全部を受け入れられる気持ちにはなかなかなれなかった。


「そもそも、どうして俺が……こんな、目…………ぇ」


 何かを言おうと口を開いた瞬間、巧の全身に脱力感が生じ瞼が重くなる。


 どうやら、もう身体は限界らしい。まだ沢山何かを考えたいのだが、この脱力感が許してくれない。駄目だ、まだ寝る訳には行かな――――




 ふと気付くと、既に巧の意識は本日二回目の夢の世界へと旅立っていた。

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