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Metal Doll  作者: アンファング
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奪還

「……君……」


「……み君……」


「……巧君……?」


「ん…………」


 誰かに呼ばれている様な感覚に、巧はうっすらと目を開けた。


「え…………? あれ? 俺何で寝て……」


 巧はプツリプツリと言葉を漏らしながら、また目を閉じた。


 だが、次の瞬間。


「…………って寝てる場合かよっ!!」


 全ての記憶が甦り、巧は跳ね上がった。だが、起きた眼前に広がっていたのは全く意味が解らない光景だった。


「…………何……だ? ここ……」


 巧の目の前に広がっていた光景は、一見したら工場の様に見えなくもない天井や床、見たことの無い機械がひしめいていてとても普通の「家」と言う雰囲気では無かった。


 さらにもう1つ、この光景を狂わせている存在があった。


 それは…………人。でも只の人じゃない。白衣を着た人達、軍服の様な服を着た人達、そして…………自分の様な子供達が大勢居る。


「な…………んだよこれ……何なんだよ……」


「巧君? やっと起きたのね? 良かったわ。薬が強すぎたかと思った」


 まだ頭の整理が全く出来ていない巧の頭に更に誰だか解らない声が入って来る。


「え? 誰? …………あ」


 ふと右を振り向くと、巧は嫌でも思い出した。あの時、ゲーセンで現れた女だ。赤い眼鏡をかけていたのを、何と無く覚えている。


「っ……おいっ! アンタ何なんだっ!? 説明しろっ! ってか全部説明しろっ!」


 怒りがわいてきた巧は、立ち上がり怒鳴った。こんな意味が解らない事されていて、年上も年下も無い。


「ちゃんと説明するから安心して? だからほら、座ってしっかり聞いて頂戴?」


 巧の言葉に動じることもなく、女は怒り返す所か、微笑みながら座るように促してきた。


「え……あ、はい」


 相手の柔らかい対応に驚いた巧は、渋々その言葉を受け入れた。実際、何故か巧の側にだけ割と豪華な椅子が用意されている。


 周りの他の人は立っていたり、床に座っていたりと様々だ。


 理由は解らなかったが、巧は用意されているその椅子にゆっくりと座った。すると、今まで座ってきた椅子は何だったんだと思うぐらいに格が違うその椅子の材質にびっくりする。


(うわっ……凄っ……欲しいなコレ……)


 巧は見られないようにその割と豪華な椅子を慎重に触っていると、いきなり横からデカイ声が響き渡る。


「少年少女達! まずは君達に対する数々の無礼を許してもらいたい。本当にすまない!」


 その声の主……は巧の横に居た。軍服を着ているその男は、目の前に居る巧と同じ様な年の子供達に向かって喋っているようだ。


 それに反応して、向こうの子供達はザワザワしている。確かに、謝られたぐらいでこんな事をされているのに許せる筈が無い。


「すまない! だが、これにはちゃんとした訳があるんだ!」


 更に子供達はザワザワと喋りだす。……訳? 訳があったとしてもこんな拐う様なやり方は間違ってる。それにどうせまともな理由じゃ無いに決まっている。


「不審に思う事はない!理由は素晴らしい物だっ! 君達は選ばれた! 【メタルドール】のパイロットに!」


「!?」


 その言葉を聞いて子供達も巧もピタリ、と動きがストップする。


 メタルドールのパイロット。


 軍服を着た男は確かにそう言った。


「……おいおい、メタルドールのパイロットって、あれはゲームだろ? そんなもんに選ばれたからって何で…………」


「いいやっ! メタルドールはゲーム等ではない。現実の、実在する人形機動兵器だ!」


 止まった空気を動かす様に、子供達の中の居た金髪の少年が軍服の男に問い掛けようとした。


 だが、少年が言い切る前に更にとんでもない事を軍服の男は言ってのける。


(このオッサン……本気で言ってんのか?)


 隣で見ている巧は、その話をを半分聞き流して聞いていた。流石に現実味が無さすぎるし、有り得ない、そう思っていたからだ。


「信じられないのも無理は無い……だがしかし、実際にその目で見てもらえれば納得出来る筈だ。私の言葉の意味を」


「実際にって……」


 隣の軍服の男の言葉を聞きながら、椅子に座っている巧は小さく呟いた。どうせ、嘘か何かに決まってる。


 ゲームはゲーム。区別をつけられない程、巧は馬鹿じゃない。


「それでは見て貰おうか……お前達っ! シートを剥がせ!」


「了解しました!」


 軍服の男に「お前達」と呼ばれた部下のような男達は、この工場の様な大きな空間に何故か大量に置いてある巨大な銀色のシートが被せられた物体の1つに集まりだす。


 そして、それぞれの位置についた男達はシートに手をかける。


(……まさか)


 それを見ていてふと、巧は頭にある1つのとんでもない光景が目に浮かんだ。もし、この考えが当たっていたら…………


「…………せーのっ!!」


 シートを掴んでいた男達は、掛け声を合わせると同時に、シートを剥がした。そして続けざまに


「どうだ君達! 今目の前に有るものが答えだ!」







 どうやら、巧は今回馬鹿にならなければいけないらしい。


 今目の前に出現した「それ」は、多分巧がこれから生涯を普通に生きていく上では見る事が無い物。


 知る事が無い物。


 触る事が無い物。


 乗る事が無い物。


「何で……こんな……」


 巧は驚くしか出来なかった。


 今、シートの中から出現した物は紛れも無く…………メタルドール。そして、ゲームでも見た事のある機体。


 「このメタルドールの名前は「ガーリー」と言う。既に知っている物も居ると思うが……」


 軍服の男は、子供達を見回しながら喋りだす。


「……マジかよ……」


「え? あれリアル? 3D……だっけ? じゃねぇの?」


「かっけぇぇぇ! 本物じゃんかコレ!」


 子供達は思い思いの感想を喋りだした。動揺している者や、騒いでいる者が多い。


「さて、細かい話がこれから沢山あるのだが、そちらは別室で行なう事にする。さぁ君達、着いて来たまえ。」


 軍服の男は、手を上げると手招きをして子供達の誘導を始める。


「……」


 その様子を見て、巧もとりあえず行かなければいけないと思い立ち上がった。だが


「待って。君は此処に居て良いわ。私から話すから。」


 隣に居た白衣を着た女に止められて、ぞろぞろと歩いていく子供達を見送りながら椅子に戻る事になる。


 と言うか、本当に何故俺だけ此処に居るのか。これも巧にとっては謎だった。自分だけ扱いが違う様な気がする。


 そんな事を思っていると、女が口を開いた。


「さてと、まず何から話しましょうか……まぁ今の君の頭の中には沢山のハテナがあるでしょうけれど、こちらから順番に説明させて貰うわね。あ、私の名前は織宮沙織(おりみや さおり)よ。」


 織宮沙織、と名乗った科学者らしき女は赤い眼鏡のズレを気にしながら巧に話を始める。


「まず、根本的な物からの説明ね。君がゲームセンターでプレイをしたメタルドール、アレは只のゲームじゃないの。出来る限り本物のメタルドールの操作性に近付けた所謂、シミュレータの様な物なの。そして、作った理由はより有能なメタルドールのパイロット候補を見つけ出す為」


「何……だって?」


 巧は、またも驚くしかなかった。自分がやっていたゲームは只のゲームじゃなくて、ロボットのシミュレータだった。そして、そのロボットに乗るパイロットを探す為の。何て言われて平静を装える筈がない。


 だが、それに構わず沙織は話続ける。


「そして、あのヘルメット。あのヘルメットには人間の脳波を感知するシステムが使われていて、被った者の戦闘能力、パイロットとしての適正値、精神状態、様々な情報を得るために用意したのよ」


「そうだったのか…………ん? それじゃあさっきの子供達は……」


 沙織の言葉に、1つの答えが巧に生まれた。


「そう、あの子達はゲームのメタルドールで、優秀な成績を残した子達。パイロットとして素晴らしい能力を持っているって事」


 巧の考えは当たった。ゲームのメタルドールは本物のメタルドールのパイロットとして高い能力を持っている者を探す。その結果が、あの集められた子供達なのだと。


 だがそれならそれで巧にはまた1つ、疑問が浮かぶ。


 そう、自分だ。さっきから感じている自分だけが何か違う目線で見られている。その違和感が謎だった。


「……えっと、じゃあ俺は? 何で俺だけこんな椅子に座ったりしてるのかなぁ~……って思ったんだけど」


 巧は勇気を出し、沙織に質問をする。すると、何故か少し微笑んでから沙織は口を開いた。


「私達はさっきのヘルメットから情報を受けるだけじゃなくて、流してもいたの。『鍵』という名のデータを信号にしてね」


「鍵……?」


「そう、鍵。そしてこの信号は、脳に影響を与える。でも、障害などは生じないわ。……『宝箱』を探す為に少し、脳を歩き回るだけだから」


「た、宝箱……」


 何だか、言っている事が巧は良く理解出来なかった。頭の差、という奴なのだろうか。


 そんな事を考えている間も、沙織の話は続いている。


「……そして、もし探していた『宝箱』を『鍵』が見付けると『宝箱』に刺激を与えるの」


「鍵が刺激を……?」


「えぇ、そう。そして、その刺激を与えてから『宝箱』が自ら開くのを待つの。完全には開かなくても良いから……」


「えっと……もしかして、さぁ……」


 流石に、こんな事を聞かされれば巧はこう言うしかない。


「俺にはその……宝箱? があって、鍵が刺激を与えたからあんな頭痛みたいなのが起きたり……とかしたのか?」


「えぇ、そうよ」


 スパッ、と質問の答えを言われてしまった巧は、もう怒りを通り越して呆れるしかなかった。


それを見た沙織は首を傾げながらも話を続ける。


「……それで、宝箱を持っている人間は僅かしか居ないの。しかも、宝箱を誰がどんな理由で持つか持たないかの理由も解らない。けれど、宝箱を持っている人間は僅かながらその力を使っているのよ。例えば、ゲームが凄い上手だったり……聞いたわ、チャンピオンなんですってね」


「……まぁ」


 巧は小さく答える。いつもなら「ふざけるな」と、ある友人を追い掛け回して居る所だが今は違う。とてもそんな状況じゃない。


 とりあえず、巧の頭の中でも何とか整理はついてきている。


 自分がやっていたメタルドール。これは只のゲームなんかじゃなくて、本当に存在するらしいロボット、メタルドールの有能なパイロットを探し出す為に造られた所謂、シミュレータだった。


 そして、自分の頭の中には宝箱なる物があって、それを見つけた事でこの訳が解らない連中にとっては自分は貴重な存在、であるらしい。


 なら宝箱とは何なのか。宝箱っていうくらいだからお宝か何か詰まっているのだろうか。確か宝箱は脳にあると言っていた。と言う事はまさか――――


「あ、あんたら……俺をどうするつもりだよ! もっ、もしかして脳とか解剖する気じゃ……!」


 嫌な映像が浮かんだ巧は跳ね上がって立った。そんな事は、絶対に嫌だった。


 だが、それを見た沙織はまた少し微笑んだ。


「安心して? 解剖なんてしないわ。それに宝箱は物理的な物じゃなくて、例えるとしたら精神的な物だから」


「精神的……?」


 「解剖はしない」……それを聞いた巧はホッと胸を撫で下ろしたが、逆にまた解らない答えが返ってきてしまった。精神的というのはどういう意味なのだろうか。


「そうね、もう宝箱って呼び名は止めましょう。宝箱、て呼び方はカモフラージュみたいな物。実際には、私達は違う言葉で呼んでいるわ」


「違う……言葉……?」


「そう、私達は巧君? 貴方の持っている様な能力をこう呼んでいるの。……『センス・ドライバ』……とね」


「センス・ドライバ……」


 段々聞き慣れない単語にも慣れてきていた巧に、今までよりも更に解らない単語が耳から入って来て頭の中を滅茶苦茶にする。


 センス・ドライバとは何だ。


「……えぇと、そのセンス・ドライバ? ってのは何ですか?」


 とにかく、疑問に思った事は聞こう。巧は自分で考えるよりその方が速いと思い、そう決める。


「センス・ドライバ。というのは実は私達もまだ完全には解ってないの」


「……え?」


「でも僅かだけど解明された事もあるわ。例えば、センス・ドライバの持ち主は感覚器官が異常に発達していたり、反射神経が鋭かったり……君の様に何かに対して物凄く上手だったりね。そして、私達はこのセンス・ドライバを持った人間をメタルドールに乗せたらどうなるか……の実験を行なった」


「実験…………ってか、あんたらの仲間にセンス・ドライバってのを持ってた奴が居たのか?」


「えぇ、居たわ。今はもう居ないけれど」


 今は居ない……その言葉の意味を巧は感じ取る。その為、どうして居なくなったのか理由を聞く気にはなれなかった。


「……そして実験結果で解った事は、センス・ドライバを持った人間がメタルドールを操ると戦闘能力が格段に増す、ということよ。素早い状況判断、適切な攻撃方法。戦闘における様々な能力が、一般のパイロットを上回っていたわ」


「……そうなのか」


 巧は小さく返事をする。信じられない訳じゃない……この話を信じたくない。


「その実験結果から私達はこう考えた。センス・ドライバ専用に造られたメタルドールを用意すれば更に巨大な戦力になるのじゃないかと…………そこで、私達は直ぐに取りかかったわ。でも、その途中私達が保有していたセンス・ドライバの持ち主は…………」


「死んじまった。だからその代わりを探す意味もあのゲームのメタルドールは持ってた。で、そのセンス・ドライバってのを持ってる俺を見つけた……」


「そうね。そこまで解るなら……」


「嫌だ」


 巧は立ち上がって沙織の顔を見る。相手は微動だにせず、表情も変えない。


「あんたらがあんなメタルドールなんかを使って、俺を使って何をしようかなんて知らねぇけど……そんな訳解らない事に協力なんか出来ないし、そもそも俺にそんな能力は無いですよ」


 沙織の目を見ながら巧は喋った。出来る事なら、このまま帰りたい。全てを忘れたい。


「…………これが最高のゲームの始まりだとしても?」


「これはゲームじゃない……」


「確か、巧君は自分を満足させるゲームを探してるって聞いたんだけれど……嘘なのかしら?」


「っな……」


 巧はその言葉を聞いて目を見開く。それを知っていて、尚且手伝ってくれている人物は一人しか居ない。居ない筈だ。


「……賢人に何をした……?」


「いえ、特に何もしていないわ。ただ、巧君がどんな人間なのか聞いただけよ。……でも、巧君がどう答えるかで彼の未来が決まるかも…………知れないわね」


「っ……!」


 これでは強制と変わらない。友達の、親友の身を危険に晒せられる訳がない。巧はどうにも言い返せずに、唇を噛み締めた。


「…………とにかく、見てからでも良いから決めてくれないかしら? 貴方の為のメタルドールを」


 そう言って沙織は携帯の様な物を白衣のポケットから取り出し、電話をするように何かを喋りると、またポケットに戻す。


「さぁ、見て頂戴。きっと、喜んでもらえるから」


 沙織は巧の後ろを指差す。仕方無く、巧はゆっくりと後ろを向いた。


 そこには、巨大なシャッターの様な物が地面から段々と天井に飲み込まれている光景が広がっていた。


 あのシャッターの向こうに、そのメタルドールが居るのだろうか。


 巧はそんな事を思うが直ぐに考えを消した。楽しみにしてはいけない、と自分に言い聞かせながら。


 シャッターが完全に開ききると、そこには真っ暗な闇があるだけだった。


「何も居ないじゃ……」


 それを見て巧は喋ろうとした時に、急に光がその暗闇から大量に溢れだした。


 そして、その光の中から一体の機械の巨人が現れる。


「こいつは…………」


「どうかしら? “彼”は?」


 巧はそのメタルドールに見覚えがあった。若干形状などに違いはあるが間違いは無い。このメタルドールは


「アーディ……レイド……」


 そう、今目の前に居るのはゲームで最後に自分が動かしていた機体、アーディレイドその物だった。


「実はこのアーディレイドに乗る為のテストも、あのメタルドールで行なったの。こちらで強制的にアーディレイド用の戦闘テストプログラムを起動させてね」


「本当に全部あんたらが仕組んでた事だったのか……」


 全てが相手の為になっていたと知って、巧は呆然とする。


「……それで? 考え直してもらえた?」


「嫌……見せられたからってそんな」


 巧は迷っていた。そして迷っている自分に怒っていた。


 確かに、目の前にある現実に飛び込めば自分はとんでもない事を体験できるかもしれない。


 かと言って、得体の知れない事に首を突っ込んでしまってから取り返しのつかない事にならないとも言えない。だが、こちらを選べば賢人の身が危ない。


 好奇心と恐怖。この2つの考えが、今巧の頭の中で葛藤している。簡単に決められる答えなのに決められない。


「…………」


「簡単に答えが出せないのは解るわ。でも、私達には巧君の力が必要なのよ……そして、アーディレイドと、それを使いこなす力、センス・ドライバが」


 沙織は淡々と巧の背中から話しかけてくる。だが、言葉には力がこもっている。


「っ…………俺は……」


「やはり、此処にあったか」


 巧が悩み抜いた答えを喋ろうとした時、何者かの声がどこからか聞こえて来て口が止まった。


 その声がした方向に、その場に残っていた軍服の男達、白衣を着た者達、沙織、そして巧は一斉に視線を集中させる。


 そこには、黒いコートを羽織りフードを深く被った何者かが立っていた。


「パイロットを探し始めたという事は、その機体が完成したと言っている様な物だ。それに……」


「貴様! 何者だ! 外の見張りは何をしている!!」


 黒コートの人物が何かを喋っていると、周りに居た軍服の男達がジリジリと近寄りながら様々な銃を構えて包囲し始める。


「…………見張り? あぁ……一般人と何ら変わり無かったが」


「おのれっ!!」


 一人の男が引き金を引こうとしたその瞬間、黒コートの人物は、男の腹下に“飛び込んだ”。


 腹下に飛び込んだ黒コートの人物は、男の銃を左手で払い飛ばし、銃から離れた腕を右手で掴み、引きながら後ろに叩き付けた。


「…………っ? ……は……はが……」



 その動作があまりにも一瞬過ぎて、周りの人間達は今黒コートの人物が何をしたか解らなかった。


 だが、全員にとって1つだけ確定した事がある。それは、「こいつは危険」と言うことだ。


「お前等も一般人と変わらないようだな」


「……うっ……あぁ……うわぁぁぁ!!」


「っ!?」


 黒コートの人物が何事も無かったように喋ると、いきなり囲んでいた男の一人がアサルトライフルの様な物を発砲した。


 それに気付いた黒コートの人物は、これまた軽やかにその場でバク転しながら銃弾を交わしていく。その時、フードが外れ銀色の様な髪と顔が現れる。


(女……? 嫌、男?)


 巧には遠くからで良くは見えなかったが、黒コートの人物は中性的な顔立ちをしていて性別までは判断出来なかった。


 その時、急に沙織が立ち上がった。


「えっ……?」


「…………」


 いきなり立ち上がったから巧は驚いたが、どうやらあの黒コートの人物を見ているらしい。


「っく、我等も続けて撃てぇ! 侵入者を始末するんだ!」


 一瞬呆気にとられていた軍服の男達も、我に変えると直ぐに銃を構えて撃ち始める。


(このままでは埒が開かない……ならば)


 銃弾を交わしていた黒コートの人物は、ピタリとバク転を止めその場に立った。と、同時に今度は向きを変え巧の方に走って来る。


「えっ!? ちょ、こっちに来る!?」


 黒コートの人物がこちらに向かって走って来たのを確認すると、巧は少し後ろに後ずさった。


 黒コートの人物は尚も銃弾を交わしながら、こちらに近付いてくる。


 その時、沙織が巧の視界に入り込み黒コートの人物が見えなくなった。


 沙織が巧の視界に入ると同時に、もう黒コートの人物は沙織の目の前まで来ていた。


「……お帰りなさい、かしら」


「帰ってきた訳じゃない」


 沙織は微笑みながら、黒コートの人物に話し掛けると、相手は立ち止まるでもなく沙織の横をすり抜け、一言言っただけだった。


 そして、すり抜けた後に巧に向かって走り続け


「え? な、何っ…………ぐえっ!?」


 巧は何かを言おうとする前に、黒コートの人物の右腕が腹に食い込み片手で担がれてしまう。


「おっ、おい!? な……何だよ! 一体何なんだよ!?」


「今は黙って着いてきてくれ。説明は後だ」


「はぁっ? だからそんな意味解らねぇ…………あれ?」


 巧は何と無く、この声に聞き覚えがあった。確か、ゲーセンで――――


「うおぁっ!?」


 考え事をする前に、巧の左側から銃声が聞こえた。目を向けると、どうやら最初に話をして居た軍服の男が戻ってきたようだ。


「くっ……急ぐか」


 それを見た黒コートの人物は、巧を担ぎながらまた走り出す。


 向かっているのは、アーディレイドが居る方向だった。



 流石の巧も、もう頭がパンパンだ。いきなり現れたビックリ人間? に片手で担がれて、意味が解らない事を言われて、銃弾が飛び交っていて。


「……誰か助けてくれ……」


 巧は力無くそう呟いた。


「言い方を綺麗にすれば、俺は君を助けた事になると思うが…………まぁ良い、今は任務が先だ」


 担いでいる黒コートの人物に聞こえたようで返事が返ってくる。「任務」と言う言葉を聞いて巧は思いだした。やはりこの人物は初めて声を聞く人物じゃ無い。


「……なぁ、もしかしてアンタ…………えぇっ!?」


 巧が質問しようとした時、黒コートの人物がジャンプをした。担がれて地面を見ているしかなかった巧は、急に地面が離れたのでびっくりしてしまった。


「悪いが今はお喋りの時間が無い。簡単な事だけを言わせてもらうと、俺の暗号名は「ヴァン」、任務内容はアーディレイドの回収、及びパイロットの保護だ」


 ヴァン、と名乗った男はジャンプした後に何かに左手で捕まるとそう言った。


 どうやら、取っ手が付いたワイヤーか何かに掴まったらしい。そのワイヤーが天井に回収されているのか、地面がみるみる内に離れていく。


(ちょっと…………高いかも……)


 その高さに若干の怖さを感じた巧は、心の中で呟く。


 そんな事を思っていると不意に、カンカンと辺りで金属音がして巧は顔を上げる。どうやら音の正体は、軍服の男達がこちらに銃を向けて撃っているものの、弾が外れアーディレイドのボディーや壁などに当たっている物だった。


「流石に自分達の大事な物に当てずに、俺だけを狙う事は出来ないようだな」


 こんな状況で冷静さを保ったまま話すヴァンと言う男に、巧は少し恐れを抱いていた。


「…………アンタ一体……ふげっ!?」


 何か聞こうとした時に、衝撃が巧を襲う。どうやら、ワイヤーの回収が止まってその反動を受けたらしい。


「何か言ったか? まぁ良い、早く乗ってくれ」


「……は? 乗る? 」


 受けた衝撃で頭が回らず、腹が少し痛い巧は首を持ち上げた。


 辺りを見回してみると、どうやらアーディレイドの胸の高さまで来たらしい。下を見れば相当な高さだと解る。10~5、6mはあるだろうか。


「時間が惜しい。投げるぞ」


「え? 投げ…………っ…………あ痛っ!?」


 高さを考えていた巧は、一瞬宙に浮いた。そしてそのまま宙を切りながら、何か堅いものにぶつかる。


「っ……な、投げるって何考えてんだお前ぇ! お、お、落ちたらどうすん…………」


「……よっ。? 落ちなかっただろ? 問題ない」


「!? なっ……ちょ、狭っ……」


 巧が怒りをぶつけようと声を出したら目の前に居たヴァンまで、こちらに飛び込んできた。そして、巧の身体を押し退けながら後ろに回り込んでいく。


「そんな事はどうでも良い。早く此処を出るぞ」


「え? 出る? あれ? ってかこの場所は……」


 その時、巧は今自分が居る空間を感じ取った。この今座っている椅子の様な物。そして周りの場景。これはもしかすると……


「コックピットハッチ、閉鎖。…………システム起動、各部チェック……まだ完璧ではないがこれなら動けるな……」


 後ろに居るヴァンがカチカチと何かを操作し始めると、目の前に広がっていた僅かな光が消え暗闇が訪れる。だが、その暗闇も直ぐに明るくなり、今巧の居る空間が顔を出した。


「やっぱりだ……此処、あのメタルドールと同じ造りになってる……」


 目に入った光景に巧は驚いた。この空間は、さっき自分が座っていたゲームのメタルドールとほぼ同じ形のコックピットだった。


「出力は安定している……か……よし、斬原。脱出だ」


 知らない人物に初めて名前を呼ばれ、そして初めて知らない人物に「脱出しろ」と言われた。巧はもうどうすれば良いか解らなかった。


「え? 脱出? ってか、え? アンタが動かすんじゃ……ないのか?」


「実際の機動訓練もさせるように言われている。君にやってもらうしかない」


「…………嘘だろ? だ、大体……俺にはこんなの無理だって!」


「ゲームとはいえ、彼処までこれを動かし、俺と戦闘したんだ。不可能じゃない」


「…………戦闘した? じゃ、じゃあやっぱりアンタはっ…………」


 言葉を発するよりも早く、ヴァンの右腕が巧の首筋に動く。そして、首に訪れた冷たい感触に全身をこわばらせる。


「言いたい事があるのも解る。が、今は任務が最優先だ。時間が無い。此処は従ってほしい」


 ヴァンは巧の顔を見ながら喋る。右手は動かないままだ。


「……っ…………解ったよ…………クソッ……やれば良いんだろ……」


 その目を見て巧は解った。相手は嘘や冗談でこんな事を言っていない事が。


「すまない。だが、事情は全て後で話す。」


 ヴァンはゆっくりと右手を引っ込め、後ろに少し下がった。今見ればとても窮屈そうだ。


「はぁ……どいつもこいつも説明が後回しか…………まぁもうどうでも良いよっと……」


 一瞬うなだれた後、巧は正面を向き直り前にあるレバーと、ペダルに足を置く。良く見ればゲームでは自分の機体や相手が映っていた画面には、今は外の様子が映されている。アーディレイドの目の辺りにあるカメラからの映像だろう。


 と言っても、走り回る軍服の人達と工場の様な景色があるだけだったが。


「よし、じゃあやってみるか……」


 一しきり、付近を触ったり見たりした後に巧はレバーに手を置きペダルに足をかけた。


「待て。近くにアーディレイド用の兵装があるはずだ」


「え? 兵装?」


 ヴァンの声に静止され、巧は振り向いた。


「何処かにあるはずだ、早く見つけてくれ」


「そ、そんな事言われても……えっと…………あ、これか?」


 巧はは右左にアーディレイドの視線を動かした。


 すると、左側の方にアーディレイドと同じぐらいの長さで、シートに巻かれた状態の不恰好な板の様な物が立て掛けてあるのを見つけた。持つ所が付いていて武器っぽい感じだ。


「よっ……と。これで良いのか」


「多分だがな。とにかく、背負うのは後で良いだろう。今はまずこの空間から脱出するのが先だ」


「へいへい。……はぁ、やってみるか……」


 巧はその板の様な物をアーディレイドの左手で持ちながら、ゆっくりとアーディレイドの右足を前に動かした。


「ア、アーディレイドが…………動いた……」


 その様子を工場内の端の方で固まって見ていた科学者らしき男達は、小さく呟いた。自分達が造り上げたロボットが動く。これほど嬉しい事は無いのだが、正直喜んで良いか解らない空気だった。


「ほ、本当だ……ゲームと同じ様に動かせる……」


 自分の手で巨大なロボットが動いた。この事実に巧は感動をしていた。今までしてきたゲームの感覚ではなく、リアルの感覚。これは嘘じゃないと改めて実感させられる。


「設計自体は、ゲームもこちらも変わらない。ただ、あちらより本当に稼動している部品が多いだけだ。……解ったら早く此処から出てくれ」


「……わーったよ。せーのっ……!」


 感動に浸っていると、ヴァンの言葉に巧は意識を引き戻される。相手の言い分に対して色々言いたい事はあるが、此処は大人しく従うしかない。何故なら、またあの冷たい感触が首元に当てられるかもしれないからだ。


 それを巧は思い出し、少し身体を震わせた後レバーを握りペダルを思いっきり踏み込んだ。


「あれ? …………わっ、止まっ……!!」


 巧はアーディレイドを“歩かせよう”としたのだが何を間違えてしまったのか、アーディレイドは“走り出して”しまい出口に向かって行くどころか、壁に突撃し破壊しながら外に出てしまった。


「……アーディレイドは通常のメタルドールは違う……そう聞かなかったのか?」


 その様子を後ろで見ていたヴァンは、溜め息をつきながら喋った。


「……嫌、その、まさかこんな、走っちゃうとか思わなくてさ……でっ、でも外にも出れたし問題無しだろ?」


 実際、アーディレイドは工場の壁を突き抜けて外に出る事が出来た。


 気付けば太陽は既に沈んでいて、辺り一面には夜の闇が訪れていた。


「もう……夜なのか? 俺どんだけ眠らされてたんだよ……」


「…………座標位置確認。このままアーディレイドを北に向かわせてくれ。レーダーを見れば方位は確認できるだろう」


「北? ……解った……ってか此処は何処なんだ? 見た事無いけど」


 巧は闇の中でも解る程鬱蒼と生い茂っている、目の前に広がる森を見ながら呟いた。今までこんな場所があるなんて知らなかった。


「此処は島の外れだ。一般人じゃ、まず来ることは無い。……それより早く向かってくれ。このままじゃ追っ手が来るぞ」


「あ、わ、解った……おっと、こいつは背負わなくちゃな」


 巧は、レバーを握り直しレーダーを確認するとペダルを踏もうとした。だがその時、左手に先程のシートに包まれた板の様な物を持ったままだった事に気付いた。これを持ったままじゃ上手く走れない。


 巧は直ぐ様それを背中に回し、上げたり下げたりしているとガコンッ、というような金属音が響き「ハマった」事を感じとった。


「よしっ、今度こそ行くぞ!」


 ペダルを踏み込み、さっきの二の舞にならないよう注意しながら巧はアーディレイドを走らせる。


「くっ、アーディレイドが…………追っ手を向かわせますか織宮博士!?」


 その光景を見ていた軍服の男は、沙織に走りよりそう問い掛けた。しかし、返ってきた答えは


「いえ、いいわバルツ…………好きにさせましょう」


「ですがっ!?」


「…………」


 「好きにさせろ」。それは追わなくて良いと言っているのと同じだった。だがそれでは不味いと思いもう一度、と思ったのだかそれは止めた。


 既に沙織の視線はこちらには無く、ただ走って行くアーディレイドを見ているだけだった。


「っ…………私だ。直ちにアーディレイドの回収部隊を出せ。数機で構わん、動ける奴で良い。AIでも時間稼ぎぐらいなら出来る筈だ。私も直ぐに行く」


 これは上の立場の人間の「命令」と解っていても、黙って見ていられなかったバルツと呼ばれた軍服の男は、無線機を取り出して部下に小声で用件を伝えた後、佐織に一礼をし反対を向いて走って行った。


 だが佐織はそんな事を気にも止めず、ただアーディレイドのいた方角を見続けていた。


――――――――――――――




「よっと……ふぅ」



 何とか安定を保ちながら、巧はアーディレイドを走らせる。目の前の画面の視界も良好で、夜を感じさせないぐらいにクリアに見える。


「何とか……慣れてきたな……」


 レバーで向きの微調整をしながら、巧はレーダーを確認しつつペダルの力加減をする。今は必死に走る事だけを考えるしかない。


「本来なら背中のスラスターが使用出来れば高い推進力が得られたが、どうやらまだ完全には整備されていなく……使えんようだ」


 後ろの方であちこちを弄りながらヴァンは喋りかけてきた。そういえば先程から後ろで何をしているのだろうか。


「……なぁ、さっきから何やってんだ?」


「君が気にする必要はない。操縦に集中してくれ」


「…………何か少しぐらい教えてくれよなぁ」


 質問を投げ掛けるも、即座に拒否され巧は溜め息をついた。確かに、集中しなければいけないのは解るがそれを上回る程の謎が頭の中を走り回っていてそれ所じゃない。


「…………じゃあ、さ? あいつらが何者か、お前も何者か教えてくれない?」


「それも後で解る事だ、今俺から話す事は出来ない」


「…………」


 巧は諦めた。


「はぁ…………え?」


 その時だった。巧はその時、一番聞きたくなかった音を耳にしてしまう。


 けたたましいサイレンの様な、敵機の接近音を。


「っ……やっぱり追っかけてきたのかよ!」


 巧は直ぐ様アーディレイドをその場で方向転換させ、後ろに向きを変えた。視界には何も映っていないが、レーダーには2つの赤い点が存在していて近寄ってきているのが解る。


「このままだと面倒になる、撃墜するんだ。戦闘訓練もしておくとしよう。……まぁ、訓練にはならないかもしれないが」


「え、嫌、撃墜……って……あれには人がっ!?」


 何かが爆発したような音が聞こえた巧は、咄嗟にアーディレイドを後ずさらせる。地面を見てみると焦げたような痕、そして前を向けばその原因を作った物が存在していた。


「こいつは……ガーリー……?」


「どうやらフライトユニットまで完成していた様だな。それで追って来たなら走っているだけでは追い付かれるか」


 ヴァンの言葉を聞いてあぁなるほど、と巧は納得する。


 確かに、目の前に居るのはゲームと一緒で細い身体に手足、アンテナの様な頭、申し訳なさそうにこちらに向けている小さなライフル、とガーリーその物だったのたが、1つだけ違う点があった。


 それは、背中に着いている飛行機の様な翼だ。フライトユニットと言うからにはあれで飛んできたのだろうか。


「だが所詮は量産型、アーディレイドの障害にもならない。早く落としてくれ」


 さらっと、ヴァンは巧に言った。だが、巧にはそれが直ぐには出来なかった。何故なら――――


「でも……あ、あれには人が乗ってるんだろ? そんな……人殺しなんて……」


 あちらもメタルドールなら、こちらと同じく人が乗っている。それを破壊するということは中の人間事破壊するのと一緒だった。


 たが、その発言にほんの少しだけ笑いを漏らしたヴァンは先程と変わらぬ口調でこう言った。


「何を言っているんだ? あれは無人機だ。動きが精密すぎる。AIか何かだろう」


「そ、そうなのか? 本当に?」


「嘘をついてどうする」


「…………解ったよ」


 心がホッとしたと同時に、少しだけ焦った自分が恥ずかしくなった。だが、そんな自分を隠す様に巧はレバーを握り締めた。


 良く見れば、確かにさっきから全く喋りかけてこないし、攻撃もライフルを構えているだけで撃ってこない。


「じゃ、じゃあ倒して良いんだな?」


「あぁ。そうだ、さっきの兵装も試すと良い」


「兵装…………あ、あれか?」


 ヴァンの言葉で思い出したが、アーディレイドの背中にはさっきからシートに包まれたアーディレイドとほぼ同じ長さの板の様な物を背負っていた。


「忘れてた…………よっと……シートも剥がして……」


 巧はそれを直ぐ様、右手で背中から引き抜いてシートを左手で剥がした。


 すると、シートの中から姿を現したのは――――この夜の闇の中でも真っ白に輝きを放つ両刃の大剣だった。


「これが…………こいつの武器……」


 正直、巧は驚いていた。板から大剣。まさかシートを剥がしただけでこんなに変貌を遂げるとは。


「ツヴァイヘンダー……」


 ヴァンはその大剣を見て、そう呟いた。


「へぇ? これそういう名前なのか?」


「確か、だ。さて、それで目の前の敵を斬り伏せてくれ。まぁ、試し切りにもならない筈だが」


「よっし、やってやるぜ!」


 巧は意気込むと、大剣――ツヴァイヘンダーをアーディレイドの目の前で構えた。そして


「喰らえっ! …………あれ?」


 まず左側のガーリーに斬りかかった。試し切りとしてだ。


 だが巧は、何の苦労もせずに、ガーリーを一瞬で2つに割り地面に倒れさせてしまった。


 最初、巧はバキバキと音を立てながら斬って行く。そう思っていた。


 だが、実際のツヴァイヘンダーによるガーリーの斬れ方は、まるで豆腐を切る様に簡単に動体と腰を2つに分けてしまった。


「え? これ…………え?」


 目の前で2つに分かれ、パチパチと火花を散らして地面に倒れたガーリーを見ながら巧は呟いた。この剣は、何だ。


「見た目こそシャープな大剣だが、実際はアーディレイドと同じ装甲の巨大な塊だ。並のメタルドールじゃこうなって当然だ」


「そうなのか……それで」


 巧は、ヴァンの言葉を聞いて何とか納得した。だが、アーディレイドと同じ装甲とはどういう意味だろう。他のメタルドールと、コイツは違うのだろうか。


 そんな事を考えていると、背中からガンガン、と金属音がして振り向いた。すると、もう一機のガーリーがこちらにライフルを発砲していた。仲間がやられた。それは十分な攻撃理由だろう。


「……悪いな。おらっ!」


 巧は、そのガーリーの抵抗を虚しく思いつつツヴァイヘンダーで両足を斬った。斬ったと言うよりはただ振った、だけの感覚しか無かったが。


 両足を斬られたもう一機のガーリーは、身体の支えを失い地面に落下する。その時、ライフルを手放してしまい必死に取ろうとするが身体を動かせず後一歩も届かないままだ。


「さて、また追っ手が来る前に北に向かうぞ」


「あ、解った……」


 ヴァンの言葉を聞き、巧はガーリー達を見ながらゆっくりと後ろに向き返った。


 何だか、弱い者虐めをしたみたいだ。


 そんな気持ちを抱えながら、巧はツヴァイヘンダーを背中に背負い直し、またアーディレイドを走らせた。


「……なぁ、どこまで行けば良いんだ? なんだかずっと木とか岩とかばっかりで……」


「もう少しだ」


「本当かよ……」


 走り続けながら一向に変わらない景色を見ながら巧はヴァンに問い掛けた。しかし、返ってきた言葉は簡単すぎて巧は何度目か解らない溜め息をついた。


 実際、このヴァンという男? について巧はまだ全く解らない。髪は銀色、顔は中性的、身体のライン等は黒いコートを着たままなので良く解らないが筋肉はある筈…………ぐらいしか見た目では判断出来ない。


 後は、さっきから任務だとか言っている時点で只の人間じゃない、もしかしたら人間じゃないかもしれない。じゃあ何なんだろうか。…………宇宙人?


 そんな考えが、巧の頭の中で渦巻き始めた時


「っ……止まれ!」


「!? ……えっ? うおっ危なっ!? …………ふぅ」


 不意に後ろのヴァンが大きな声を出した為に、巧は我に返り視線を戻した。すると、目の前の道が無くなっており崖が存在していた。


 巧は咄嗟にレバーを切ってアーディレイドの向きを変え、スピードを落とし何とか踏み留まる。


「…………何を考えてるんだ」


「嫌、ごめんごめん……まさか崖があるとは……ってあれ? 低っ! そして……海?」


 巧は笑いながらヴァンに謝り、崖の高さはどのくらいか覗いて見てみた。


 すると崖の方は驚く程の高さでもなく、直ぐ下には海が広がっていた。


「此処は島の端の方だ。海に面してるのは当然だろう? 俺が止めたのは崖があるからじゃ無く、海があるからだ。アーディレイドじゃ、海の中に落ちれば逃げる機動力は無くなる」


「なるほど、それでか……」


 確かに海の中になんか落っこちたら動きは鈍くなるだろうし、このコックピットの中に水が入ってきたりしたら大変だ。


 少し想像した事に身震いして、巧はアーディレイドを崖から後ろに後退させた。


 その時、先程の様にサイレンの様に警告音がコックピット内に鳴り響く。


「!?」


 音に素早く反応した巧はレーダーに目を移す。しかし、レーダーには何も映っていない。


「何も、居ない……? ……!? うおぁぁぁぁっ!?」


 何も居ない、そう巧が呟いた瞬間、コックピット全体に大きな衝撃と爆裂音が響いた。


 その反動でアーディレイドは立ち膝の様な格好になってしまう。


「…………くっそぉ! 何だってん……だ……」


 レバーを握り直し、アーディレイドを立たせながらぐるりと後ろに振り向いた巧は驚いた。

 視界に映ったのは先程のフライトユニットを着けたガーリーが4機、そしてまた見覚えのあるメタルドール――――ゴルディスが居た。


 正確にはゴルディスでは無いかもしれない。ゲームで見た時とカラーリングが違うからだ。ゲームの時は赤色だったが、今目の前に居るのは迷彩の様な色をしている。そして、両手でバズーカの様な物を抱えていた


「なるほど……警告音が鳴ったのはあれのせいか」


 ヴァンは顔をしかめながらそう呟いた。


「あれのせい?」


「あぁ。あのバズーカの弾を警告対象と認識したんだ。本来ならレーダーにも映る筈なんだが……やはりまだ未完成部がある様だな」


「成る程ね…………それで――――」


『まさかこれを当てても傷1つ着かないとはな……』


 巧はヴァンと会話をしようとした時、不意に知らない声がそれを中断させる。


 嫌、実際には知らない声ではなかった。あの工場の様な施設でいきなり大声を出した、あの軍服の男だ。


「……アンタも追って来たのか」


『む……どうやらこちらの通信が通じる様で何よりだ。そうだ、まだ名乗っていなかったと思うが私は、バルツ=クルマールと言う。さて、斬原君……本題だが今すぐ――――』


「嫌だね」


 巧は直ぐに答えた。答えた、と言うよりは相手の言葉をかき消した。何を言われるか想像はついていたし、何より相手が相手だ。


『……それは何故だ斬原君。我々は君の力が必要だ。だが、君を何処かに連れていこうしているそいつは…………』


「どっちが正しいとか、悪いとか、そんなのはどうでも良いんだよ! ただ俺は、あんたらが好きになれない。正直、メタルドールとか、意味解んねぇ事とかで頭はぐちゃぐちゃだよ……でもな、あんたらにだけは手を貸しちゃいけない……そんな気がするんだ……」


 巧は目の前にいるゴルディス、の中のパイロットのバルツに向かって言い放った。後ろにいるヴァンを気にしながら。


『ぐっ……しかし、そこに居る男も私達と変わらない筈だ』


「それはそうだけど…………でもコイツは違う気がするんだ、あんたらとは違う……」


 口ごもりながらも喋ってくるバルツに巧は更に言い返す。この意思だけは変えてはいけない、と思いながら。


『どうしても、我々の元へ戻ってきてくれないのか斬原君?』


「あぁ……」


『…………ならば仕方がない。パイロット、機体共に無傷で連れ帰れとの命令だが…………かすり傷ぐらいは作るしか無いようだ』


 バルツはそう言うと、バズーカを持ち上げアーディレイドに向ける。それに合わせて他のガーリー達もライフルを向ける。


「来るのか……」


 それを見た巧は、直ぐにアーディレイドで構えの体勢をとる。これでいつでも背中からツヴァイヘンダーは抜ける。


『アーディレイドと言えど、5機もの相手は骨が折れる筈だ。その理由はそっちに居る奴も解っていると思うがな』


「…………なっ? 本当なのかよヴァン?」


 巧は相手の言葉を受け、首を後ろに向けながらヴァンに聞いた。


「…………そうだ」


 ヴァンは巧の顔を見ずに俯きながら呟いた。


「なっ……何でだよ? コイツは普通のメタルドールとは違うんだろ? ほら、剣だって凄ぇし…………」


 その言葉が信じられなかった巧は、狭いコックピットのなかながらも身を乗り出して後ろに居るヴァンに問い掛けた。だが、尚もヴァンは巧を見る事無く喋り出す。


「言ってなかったか……? このアーディレイドは完成はしたが“完全”じゃないんだ。今の状態じゃ只の性能が良いだけのメタルドールでしかない」


「で、でもツヴァイヘンダーなら、アイツ等のメタルドールもさっきのガーリー見たいに…………」


「出来るのか? アレには全部人が乗っているんだぞ」


「え…………」


 巧はそこまで考えては居なかった。バルツ、とかいうのが乗っているゴルディスは無視して、先にガーリーを落とそうとした。


 先程のガーリーはAIで動いていた、だから今回もそうだと巧は思っていた。だが、今目の前に居るのは人が乗り込んでしまったガーリー。そう言われては、今の巧には斬る事が出来ない。


「……嘘だろ…………」


『解ってもらえたか、斬原君。無駄な争いをして痛い思いをする前に、私達に協力すると言ってくれれば良いんだ。そうすれば何の苦しみも無く、まるでゲームの主人公の様な扱いを受けられる』


「そんな事言われても……」


 巧はまた、頭の中でぐるぐると考えを巡らせる。


 もし、俺がそっちに行ったら後ろに居るヴァンはどうなるのだろうか。結構強いみたいだけど、銃とかで撃たれたら流石にヤバイだろうし、アイツ等が無事に逃がすとは思えない。


 ヴァンに対して特に信頼等は抱いていない筈なのだが、何故か巧はヴァンの事が気になる。まだアイツ等が何かすると決まった訳じゃないが、もしヴァンが殺された…………そうなったのなら自分の責任なんじゃないか。


 知り合いじゃないから死んでも良い、そんな考えを巧には出せなかった。と言うより出したくも無い。


 ヴァンには無理だと言われた戦闘。中に人が入っていると言われた時、驚きはしたがその時1つの案が思い付く。


 機体を壊さないで、手足を壊して戦闘力を無くす。これなら、人も殺さないし、また逃げる事も出来る。


 ただ、今の巧にはこれを実行に移す勇気が無かった。もし失敗すれば、コックピットを壊してしまう。確実に手足だけを壊す力が自分にあるのか。


 そんな事ばかりを考えていて、巧は何も出来ずただ止まっていた。だがその時、バルツの声が聞こえてくる。


『さぁどうする。我々に力を貸すか、貸さないか』


「っ…………」


 その言葉を聞き、巧はゆっくりとレバーに力を入れツヴァイヘンダーに指をつける。


 決めたからだ。相手を倒す事に。出来るかどうかじゃ無く、やらなければ解らない。


 これは少し違うのだが、巧自身がゲームをプレイする上で心がけている事だ。本来は「見た目で判断するな、やらなきゃ解らない」と言っているだけだが。


「よし、やってやっ――――」


「待て」


 巧がツヴァイヘンダーを抜こうとした時、突然ヴァンに止められる。


「な、何だよ? 確かに、俺に出来るか解んねぇけどやってみなくちゃ…………」


「そういう事じゃない、準備が出来たから良いと言ったんだ」


「…………え? 準備?」


 意味が解らない巧は、レバーから手を離しヴァンの方を見る。


「斬原、後ろの海に飛び込め」


「…………はぁ!?」


 ヴァンの口から出た言葉はとんでもない事だった。先程自分で落ちるなと言っておいて、今度は飛び込め。何を考えているのだろうか。


「お前さっき、海には入ったらヤバイって…………」


「“さっき”はな。今は大丈夫だ」


「なんでさっきが駄目で今は良いんだよ……」


「海を覗いて見ると良い」


 はぁ、と溜め息をつきながら巧はアーディレイドにゆっくりと後ろを向かせた。


「海なんか見て何にな……る……?」


 巧は言葉が止まってしまった。言われた通りに海を覗き込んだ。本来ならその先には波打つ海面しか目に入らない。


 その筈なのだが、今巧の目に入った物は海面にぽっかりと開いた“大きな正方形の空間”だった。


「あれは……何だ……」


 何だか解らない状況を見ながら巧はポツリと呟いた。それを聞いたのかヴァンは


「アレに飛び込め」


「え?」


 そう突拍子も無い事を言って、画面に映るその空間を指差した。


「でもアレは何なんだよ……」


「行けば解る」


「またそれかよ…………」


 飛び込め、と言われてもいきなり実行出来る訳が無い。何だか解らない所になど尚更だ。その為巧は質問をしたのだが、またもヴァンは教えてくれない。


『海の方を向いてどうするつもりだ? まさか飛び込む気じゃないだろうな? ならば止めた方が良い。普通のメタルドールでは、水中に入れば大幅に機動力が削がれる。逃げ切れる、等とは思わない事だ』


「……解ってるよ」


 いきなり背後からバルツの声が聞こえてきた為、巧はびっくりするが言われた内容はヴァンとそっくりの事だったのでその事については知っていたし、無論飛び込む気もない。


 けどそう言った筈のヴァンが今度は飛び込め、と言っている。あの海面に存在している空間に。


「ホントに…………大丈夫なんだな?」


「問題無い」


「えぇ……」


 そう言って巧はヴァンの目を見た。目を見れば嘘をついてるかどうか解る、ってのを漫画か何かで見た気がする。


 そんな事は良いとして、ヴァンの目を決して嘘をついているような目はしていなかった。


 その銀色の髪で隠れちゃんと全部は見れないが、目はしっかりこっちを見ている。


「どうなっても……知らねぇからな……」


 そう言いながら巧はレバーを握り、ペダルを踏みアーディレイドをかがませる。


『なっ……おい、待つんだ! 海に落ちれば海水が入り込んでくる危険性だって……』


 バルツは巧のまさかの行動に驚いて、ゆっくりと右手を伸ばしながら近付こうとした。だが


「悪ぃなバルツって人。恨むんならこんな事しろって言った奴を恨んでくれ…………せぇぇ…………のっ!!」


『待つんだっ……!!』


 それだけ言うと、巧はペダルの力加減を変えてアーディレイドにジャンプをさせる。崖から、あの下の空間に向けて。


 一瞬とはいえ、空中に浮いたアーディレイド。しかし、浮いた後には落ちる。その落ちていく感覚を受けながら巧は必死にアーディレイドを正方形の中に納めようと機体にバランスをとらせる。


「うぉっと…………あわわわわっ……くっ……! おわっ……!?」


 そのまま何とかバランスを保ち、アーディレイドを空間の中に入れる事が出来た――――そう思った時、いきなり金属同士が激しくぶつかった時の様な音が鳴り響き巧は目を閉じた。


 一体何にぶつかったのだろうか。恐る恐る巧は目を開けたが、コックピットの画面には何も映っていなかった。映っていなかった、と言うより上から見た時と同じ暗闇が広がっている。


「なんで……何も見えないんだ?」


 巧はポツリと呟いた。すると


「うつ伏せにっ……落ちたからだ…………」


 後ろから這い出てきたヴァンは巧を押し退けて、前に出てくる。


「あぁ……だから座ってる感じが変なのか?」


「…………まぁ良い、此処まで来ればほぼ成功だ。……こちらヴァン、閉めてくれ」


 「成功だ」そう言った後ヴァンは数あるパネルの内の1つを押してそう喋った。何を閉めるのだろうか。と言うか誰に言ったんだ?


 そんな事を思っていると、良く映画などで聞く様なサイレンが鳴りながら巨大な扉が閉まる音に近い物が鳴り始める。


「どういう……事だ……」


 アーディレイドが飛んだと同時に、崖の方に走り寄ったバルツは自分の目を疑う。


 崖から身を乗り出すと、アーディレイドの落ちた先には正体不明の大きな四角形の黒い空間が存在していた。


 そして、更にその異質な存在が段々と縮み始めた。縮むと言うよりはエレベーターのドアが閉まっていくように。


「何故かあそこにアーディレイドは飛び込んだ…………そして、海面に浮かぶ黒い空間……見えない、何か…………まさか……」


 その光景を考えながら見ていたバルツは1つの答えを導く。本人はその答えは1番考えたくなかったのだが。


 まだ閉まりきっていない海面の空間を気にしながらも、バルツはゴルディスの向きを変え仲間の乗っている部下のガーリー達を見て口を開いた。


「……お前達。今すぐ本部に帰投し、海中捜索部隊の要請をしてくるんだ。私のゴルディスよりお前達のガーリーの方が速い」


「了解しました、バルツ隊長」


 ガーリーに乗っている兵達は右手を上げ、敬礼のポーズをとらせると次々とフライトユニットで飛行しながら来た道を戻っていく。


 それを見送ったバルツは、また海の方を見直す。どうやら、もう先程の空間は消えてしまった様だ。


だがバルツは、今は何も無いその海面に向かってポツリと呟いた。


 「まさか奴等がこんな近くまで来ていたとは…………気付けなかった。これで奴等はQシリーズを2機、そしてセンス・ドライバまで手にいれてしまった……。くっ! “リンツオーゲン”の奴等め……」


 静寂の中に包まれながらバルツは1人、自分専用にカスタマイズされたゴルディスの向きをまた逆にしてゆっくりと歩き始めた。


 まるで遊んでいて家に帰りたくない子供の様にゆっくり、ゆっくりと。



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