渦
「さぁて、今度こそ叩き潰してやらねぇとなぁ」
健吾は、次こそチャンピオンとか言うふざけた奴に勝つためにシートに腰かけて説明書を見ながらどうするか考えていた。
確かに、さっきの相手の動きもおかしいが機体に着いていたジャマーとか言うのが無ければそれこそ俺が勝っていたに違いない。そう、俺が負けるはずがないんだ。と、心で自分に言いかけながら
「コイツはちょっと微妙だし、コレは……ん?」
そんな事を考えながら説明書の登場機体が書いてあるページを読んでいると、不意に『コンコン』と外からドアを叩く音がした。
「なんだぁ? どうかしたのか…………あ?」
手下のどちらかと思って健吾はドアを開ける。だがそこに立っていたのは手下のどちらでもなく、いつの間に現れたのかこの場には似合わない黒いコートを着てフードを深く被っている男性らしき人物だった。
「あぁ? なんだアンタ? 何か用か?」
一瞬気味悪さにビクつきはしたが、体格ではどうやらこちらが勝っている。そう頭で切り替えると、すぐに脅す感覚で話しかけた。こうすればコイツは逃げるだろうと。
だが、黒コートの男は少しも体を動かさずに
「なぁ……次は俺にやらせてくれないか?」
そう言ってきた。
「んだとぉ? なんで俺様が変わらなきゃいけねぇんだよ?あぁ?」
相手が言った事と、物怖じもせずに喋ってきた事が健吾は気に食わず大声を出した。だが、これでも相手は動じない。益々腹が立った健吾は
「この野郎ぉ……一発殴ってっ…………!」
首を掴んで殴ろうとしたその時、黒コートの右腕が凄まじい速さで動き、殴りかかろうとする健吾の首筋にヒンヤリとした物を当ててきた。そして
「頼む……代わってくれないか?」
黒コートは声色を変えずに、健吾に対して譲ってくれる事を願う。健吾の首筋に何かを当てながら。
「て……てめぇ……くそっ!」
健吾自身も一体何が当てられているのか見えなかったが、この感触と冷たさを連想させる物は1つしか思い当たらなかった。
「と、とりあえず落ち着けよ ?な? おい」
相手の表情が見え無い分、健吾が今首に当てられている物に対する恐怖感が余計に膨らんできている。それを少しでも和らげるため黒コートの男をなだめるが
「代わってくれれば、何もしない」
そう言って、一向に手を緩める気配はない。
今、健吾の頭の中は恐怖と疑問で一杯だった。
1つは首に当てられている物が何なのか。これは未だに首にくっついていて、これが何なのか完全には解っていないので下手に動くことが出来ない。
2つ目は、何故そんなに代わって欲しいのか。変わるならアイツでも良いはずなのに何故俺で、こんな事までするのか。普通のゲーマーでもここまではしない。
だが、今はそんな事を考えている余裕が健吾にはない。このままだと命がヤバイ、そんな気までしてきたからだ。いくらなんでも、こんな意味の解らない奴に殺される訳にはいかない。
「わ、解った解った……降りるから、降りるからそれを閉まってくれよ?」
とにかく、今はこの状況を変えるのが先だ。そう考えた健吾は、黒コートに首に当てている物をしまうよう促す。
すると黒コートは案外あっさりと腕を離す。ただ、何を持っているかはしまうのが速すぎて見えなかったが。
それを見た健吾は
(なんだぁ? コイツ……意外と本当にやる勇気はねぇな?)
と思った。いくらなんでも簡単に諦めすぎる。腕を振る速さは本物かもしれないが。だが、相手に本当は行動に起こす気がないと確信すると
「悪い悪い、負けたのに変わらないのは駄目だよなぁ。ほら、代わってやるよ…………俺様のパンチに耐えられたらなぁ!」
そう言うと同時に健吾は、黒コートの顔目掛けて右手で殴りかかる。今のコイツを恐れる所は無い。
だが、気が付くと健吾は天井を見ていた。最初は理解できなかった。何故視界が急に天井に代わっているのか。
でも段々と受けた感覚が体に伝わってくる。どうやら空中に浮いているようだ。そして体の自由が効かない。
と同時に、アゴに対して激痛が走る。そして、天井が遠くなって行き背中全体が地面にぶつかる衝撃を受ける。
起きた事が一瞬過ぎて頭の整理が追い付かず、健吾はそのまままばたきもせず目を開いていた。
だが、なんとか我に変えると痛みをこらえながら頭を上げて、黒コートの方を見る。すると、相手は右膝を軽く上げていた。
もしかすると、あの右膝で蹴り上げられたのだろうか。だとしてもあんな細い足で此処までの痛みと、自分より大きな相手を宙に浮かすなんて出来るのだろうか。今の健吾は疑問が止まらない。
「ふぉ……ふぉまへ、何を……」
アゴに痛みを感じ上手く喋れなかったが、健吾は黒コートを問いただす。出来れば今すぐに殴り返したいのだが、体が動かない。
「右足を、上げただけだ」
黒コートは尚も冷静に返答してくる。怒りがはち切れそうな健吾は両手に渾身の力を込めて痛みを無視して無理矢理立ち上がり
「へめぇ、ふざけやふぁって!ふっ殺…………」
今度こそ殴りとばす……筈だった。実際には、体が地面を離れるよりも先に黒コートの腕がいつの間にか健吾の首をがっしりと掴んでいた。そして顔を健吾の耳に近付け
「俺の気が変わらない内にとっとと消えた方が良い。任務の支障になる場合、その支障は取り除かなければいけなくなる」
相手の声のトーンが変わり、そう呟かれた。健吾にとっては全く意味が解らない文章だったが。
任務?支障?頭がイカれてるのだろうか。もしかしたら、ヤバイ薬でもやっているんじゃないだろうか。
だがそうだとしても、今首を握り締めているこの右手だけはピクリとも動かずにそのままだ。
ますます、健吾の頭は混乱してくる。これが本当なのか嘘なのか、なんでこんな目に会わなきゃいけないのか、大体この黒コートは何者なんだ。
様々な葛藤が、健吾の頭の中でスパークする。
そして、考えた結果として一つの答えがでた。とにかくこの状況から一刻も早く脱出する事だ。
答えを決めると健吾はまだ痛みがあるアゴを気にしながら
「わ、解った…………どくからこれを、外してくれよ……?」
そう言って、今自分の首を握ったままの相手の腕を指差しながら必死に訴える。それを聞いた黒コートは
「了解した」
そう言うと、ゆっくりと指の力を抜き、首から手全体を離す。
やっと圧迫された状況から解放された首をさすりながら、健吾は
「じゃ、じゃあ後は、好きに使ってくれ……」
黒コートに対して健吾はそういう風に言葉を投げ掛けたが、当の本人は振り向きもせずに入口のドアを開け中に入った。
「ちくしょう……」
健吾は小さな声で呟く。もし聞かれたら先ほどよりも更に大変な事になりそうだと思ったが、言わずにはいられなかった。
だが、それよりも気になったのは気づくと自分の回りにいるたくさんの客達の顔が口を開けたままになってることだ。
おそらく、さっきの蹴りあげられた事に対しての驚きだろう。自分の手下達まで同じ顔をしていたのだから。そこで
「お、おめーらっ! さっさと行くぞ!」
と、健吾が声を荒げた。すると手下二人は我に返り
「あれ? 健吾さん……?」
「え? なんだなんだ?」
まるで先ほどまで時が止まっていたかのように振る舞い始めた。
「この馬鹿共がっ! 良いからさっさとずらかんだよ!」
そう言って手下二人の顔を軽くビンタすると、健吾はいそいそと店の出口に向かって行く。それに遅れて
「ちょ、ちょっと、待ってくださいよっ!」
「置いてかないでください~」
健吾を追うように、二人も走って追いかけていき完全にこの場から余所者が居なくなった。
これでいつも通りの平和が訪れたゲームセンターGIRIGIRI。このまま和やかに終われる事ができる筈だったのだが、突如現れた黒コートの存在によりさっきまでとは違う意味で店内に不穏な空気が流れ始める。
既に機械の中に居た巧には、健吾がどんな状態にされたのか解らなかったが叫び声の様なものが聞こえて何かがあったのは何となく感じていた。
同時に、いつの間にか反対側に新たなプレーヤーが座っていることも。
それが解ったのは反対側の相手からさっきの男とは違う何か、を感じ取ったからだろうか。オーラの様な、何か上手く言い表せない物を。
このゲームの構造上反対側との間に壁があるため、普通の声が届かないから取り付けてある専用のマイクを使って通信をしたり会話をしたりするのだが……
今反対側に居る何者かは、その変な違和感を壁を突き抜けさせて巧の事を探っている様な感じだ。
「何なんだ? 誰……なんだ?」
その変な違和感を肌で感じつつ、巧は呟いた。無論、マイクのスイッチをONにしていないので反対側の相手には声は届かない。
だが、巧が呟き終わると同時に
「さぁ、始めようか?」
いきなり反対側の相手が、落ち着いた声で巧に対して話しかけてきた。
見ていなかった巧は知るよしもないが、先程人一人蹴り上げた人間が出せる冷静さでは無い。人を蹴り上げる時点で普通では無いのだが。
「あ、あぁ……良いけど」
巧は慌ててマイクのスイッチをONにし、顔も解らない相手に返事をする。
先程の健吾という男は顔を見ていたので特に何も思わなかったのだが、今の相手の声を聴いた巧には少し変な緊張感が渦巻いていた。
「えーと……とりあえず、ゲームスタートッ」
そう言って、巧は300円玉を投入口に入れた。
――数分前 ゲームセンター裏のトレーラー内
「それは本当に、間違いないのね?」
赤い眼鏡に赤いハイヒール、そして白衣と一見アンバランスな服装で立っているその女は、トレーラーの荷台の中を埋め尽くすパソコンや機材の前に座って操作をしている白衣を着た何人かの男の内の一人に尋ねる。
「は、はい……断片的ではありますが先ほどからこちらの出している「鍵」に反応していました。もう片方の少年は最後まで反応せずに終わりましたが……」
男は、様々なグラフや記号が入り乱れた画面を表示させ女に見やすいように椅子を移動させる。
「確かに……とても微弱だけど反応は見られるわね。…………そう……この子が……」
女は、表示された画面を見ると何かを確信したような顔つきになり、その画面の端に表示されている一人の少年を見つめ
「この子が……宝箱の持ち主なのね」
そう呟き、うっすらと笑みを浮かべる。
「ま、まだ断定は出来ませんが……と、とりあえず次にこのプレーヤーがまたプレイする様ならこのプログラムを使用させてみます」
そんな女の顔を見て、男は少したじろぎながらも机上にあった一枚の真っ白なディスクを手に取り、女に差し出す。「そうね。もしそれを使用出来たのなら、この子は確定されるわ。使用出来なくても、その時は別のを用意すれば良いわ」
淡々と喋る女は、そのディスクを男から受け取るとすぐさまパソコンにセットし滑らかにキーボードを叩く。
すると、画面中央にゆっくりと文字が表示された。
【QS1 アーディレイド テストプログラム スタンバイ】
「さぁ、貴方の宝箱の中身が本物か偽物か……見せてもらうわ……」
表示された文字になんら感情を抱かず、女はマウスを掴み画面下部に表示されたスタートキーをクリックした。
それと同時に、運が良いのか悪いのかその少年ともう一人、黒いコートを着てフードを深く被った人物が今、ゲームを始めようとしている所だった。
――現在 ゲームセンターGIRIGIRI店内
「さーてと、さっきは選べなかったから…」
300円玉を投入し、画面が機体選択に変わった巧は、説明書を見ながら次に使うメタルドールを選んでいた。
「んー……まだ相手が何使うか解らねぇからなぁ、それを待ってから決めて…………ん?」
ふと、画面に目を向けると何故か赤く点滅していた。
「ちょっ、え? 俺なんかした……?」
もしや変な所を押していて、壊してしまったのだろうか?だとしたら修理代が取られるのだろうか?こんな凄そうな物、いったいいくらするのだろう。
巧の頭の中が一気に不安で一杯になる。だが、そんな不安を他所に点滅はすぐ収まった。
そして、いつの間にか画面に次の文章が表示されていた。
【貴方の活躍を称賛し、特別なメタルドールに乗ることが許可されました。貴方が乗る事になるメタルドールは…………】
「アーディ……レイド……?」
点滅が無くなり、一旦落ち着いた巧だったが次に文字が浮かんできたのでもう一度びっくりしていた。
だが、浮かんできた文字をゆっくりと見てみると、先ほどの自分のプレイが凄かったから特別なメタルドールに乗れますよ、的な事が書いてある。そのお知らせの点滅だったらしい。
「なんだよびっくりさせやがって……最初からそう言えよなぁ」
内容を理解した巧は、さっきの自分の行動を思い出して恥ずかしくなるが
「ま、でも特別なメタルドールかぁ……どんなのかな?」
自分の行動が評価されて、何かを与えられるのは嬉しい事である。巧にとっては、ゲームでそれがあったことが尚嬉しい。
すると、画面が急に切り替わりそれらしいロボットが画面に映った。
「……こ、これは……か……カッコ良すぎる」
そこに映っていたのは、流線形の様なデザインでスラッとした全身、それでいてロボットらしさを損なわない手足、2つの目、白を基調にしつつ、邪魔にならない配色の青、背中に背負っている大きなロングブレード。
と、巧にとってゲームや漫画の主人公が乗るようなデザインのこのロボット、もといメタルドールに巧は一瞬で心を奪われた。
「凄ぇ……これが使えるのか?……えっと、アーディレイド……アーディレイド…………あれ?」
画面に映された映像に興奮しながらも、このメタルドールはどんな能力を持っているのか確認すべく説明書を手に取り探したのだが
「載って……ない?」
巧はきちんと最初から最後まで探したのだが、何処にもこのメタルドールの説明が載っていない。と言うか、俗に言う隠し機体が居ますよ、的な言葉も書かれていない。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。扱い方が書かれてない奴をどうやって動かせば……」
そんな現状にあたふたしていると、巧の目の前の画面が急に変わり森のような所が映し出される。どうやら、反対側のプレーヤーがメタルドールを選び終えたので戦闘するフィールドが決定したようだ。
つまり、もうすぐ戦闘が始まると言うことだ。画面では開始までのカウントダウンが始まりだす。
「ま、待ってくれっ!そんな急に言われてもまだ準備が出来てな…………」
巧が言い終わる前に、無情にもカウントダウンが終了し戦闘が始まってしまった。
「だぁぁぁもぉっ!またかよっ!……解ったよ、やれば良いんだろ?やればっ!」
そう叫ぶと渋々ヘルメットを被り、半ば強引に巧はトリガーを握りしめ右足でペダルを踏み込んだのだが
「…………え?ちょ、こいつ……重っ……」
自分の考えていた状態よりも全く、目の前のメタルドール……アーディレイドが動いていない。と言うか、開始の状態からちょっとしか動いていない。
先ほどのガーリーは簡単に動いてくれたのだが、余りの違い差に巧は
「え?これは?どういう?……???」
頭の中で大量のハテナが爆発をしていた。
だが、ふと目の前に映った影を見て巧はすぐに我に帰る事になった。
今映ったのは、敵のメタルドールに違いない。
「……クソッ、このままじゃただの的だ……何とかしてコイツを動かさないと……」
巧は、もう一度トリガーをしっかり握りしめると、ペダルを踏む右足に力を込める。
すると、今落ち着いて動かした方がさっきよりも幾分かはマシに動いた。
「よし、この動かし方だな……」
巧は目の前の画面に映るレーダー部分と、目で確認できる範囲を見て敵を警戒しながらアーディレイドを動かしていく。
「歩かせることはまぁ……なんとかなった。次はコイツの戦闘方法とかだな…………」
巧の今の状況を簡単に言えば、全く見たこと無い機械を説明書無しで動かしている様なものなので、流石にゲーム慣れした巧でもこればかりはまだ時間がかかりそうだ。
「えーと……武器は、多分この背中にある剣なんだろうけどもしかしてこれだけ?……確かに銃みたいなのは持ってないし……」
機体を動かしながら、コイツは何がどうなっているのかを調べるため、全身を観察しているとふいに
《ピピピッ!》
と、巧が今一番聞きたくない音が聞こえた。
「マジかよっ!……っ」
それは、敵の接近を知らせるサイン。巧はすぐに視点を画面に移してレーダーを見
「後ろかっ!」
場所を判断すると同時に右手を回して、背中からロングブレードを抜きそのまま後ろに振った、のだがそこには何も居なかった。
「あ……れ?」
巧は確かにレーダーに何かが映ったのを見た。しかも後ろに居るのも解った。でも此処に何も居ないのは何故だ。
疑問があるまま巧はとりあえず機体の体勢を戻そうとした…………その時
「こっちだ」
「え?…………っおわぁぁぁっ!」
巧の、正確にはアーディレイドの右側から声が聞こえたかと思うと次の瞬間には吹き飛ばされていた。
「な、なんなんだよっ!」
巧はすぐに機体を起こして、声のした方向を見る。すると、そこにはメタルドールであろう黒くて細いロボットが立っていた。すると、不意にマイクから相手の声が聞こえてきた。
「…………いきなり失礼した。だが、今の君は少し力の使い方を間違えているようなのでアドバイスをしようと思い攻撃を仕掛けさせてもらった」
「ア、アドバイス……?」
今の相手の喋り方に違和感を感じながらも、そのアドバイスと言う言葉が巧は気になり恐れながら聞き返す。
「今の君の操作方法は、ただ単にメタルドールを動かす事しか考えていない。つまり自分の命令を聞かせようとしているだけだ。だが、それではそのメタルドールは本来の力を発揮出来ない。ならばどうすれば良いか……それはつまり、力で制御する……のでは無く感覚で制御するんだ」
「…………は?」
「アーディレイドの右手は自分の右手、アーディレイドの左足は自分の左足、アーディレイドの目は自分の目、の様に自分自身の感覚がメタルドールその物になれば、力で制御しなくても自分の体なのだから頭でこうしたいと思えば勝手にそうなると言うことだ。君になら出来る筈だ…………」
いきなり現れて、いきなりぶっ飛ばして、いきなり話を始める相手に呆気にとられながらも巧はとりあえず、話を聞いていたのだが
「えーと…………ちょっと待ってくれ?あの、言ってることがいまいち解らないし、そんな、俺になら出来るとか言われてもさ……」
一応、何となくは解ったのだが理解するよりも先に、自分に対してこんな事をわざわざ言ってくる相手の方が気になって気になって巧は仕方がなかった。人をぶっ飛ばしておいて、良く平然と喋れるな――と。とかなんとか思っていたら
「嫌、今の君はほんの少しだけその力を出せる筈。さっきの様に」
「さ、さっき? えーと…………あ、ジャマーの時の……」
急に喋り出した事にびっくりしながらも、言われた内容は自分も感じた事だったのでなんとか返事は返せた。確かにあの時は、体が勝手に動いてジャマーを発生させた様な気はするが……と言うか何故それを知っているのだろう。ふと考えてみると、答えは意外とすぐに出た。
(あ、確かあいつら何かスクリーンみたいなの作って皆で見てたからそれでか……)
それと同時に、自分の親友のニヤついた顔が浮かんだ巧は直ぐ様消し去った。
とかなんとか巧が思っているとまた急に相手が
「どうだろう、出来そうだろうか?」
「え? あ、嫌……そんな簡単には」
何故か冷静になった相手の声に不安を感じながらも返事をする。言われたからと言って、そう簡単に何とか出来る内容じゃない。
そう思いながら、巧はさっきから倒れたままのアーディレイドを起こそうとレバーに手をかけた。その時
「出来ないでは困る。無理矢理にでも、少しは引き出してもらう」
明らかにさっきまでと違う雰囲気の喋り方に、巧は直ぐ様画面に目を向けた。
すると、相手の黒いメタルドールが腰の辺りから右手で少し長めのナイフをゆっくりと取り出していた。そして、それを胸の前で構え終わると同時にこっちに向かって
「っ……来んのかよっ!」
いきなりの相手の行動に焦りながらも、どう来るか読めた巧はこちらにぶつかる前に側に落ちていたロングブレードを取り直ぐ様構えてギリギリで斬られるを防いだ。
「やはり、中々の腕を持っているがそれだけでは俺には…………勝てない」
ナイフを止められると解っていたのかすぐに手を離し、それと同時に黒いメタルドールの右足がアーディレイドの頭を直撃する。
「うわぁぁっ……!」
その反動でアーディレイドは横に吹き飛び、それに合わせて巧が座っているシートも揺れる。さっきの戦闘では全く無かった事だったので、身構えられなかった巧は驚く事しか出来なかった。
「さぁ、体制を整えて、自分を開放するんだ。そうすれば俺に勝てる」
「だからっ……んなの、解らねぇってっ!」
そんな事を言って、追撃をしてこない相手を不思議に思いながら、巧は近くの建前を使いアーディレイドを立たせながら呟いた。
そして、振り返って相手のメタルドールを良く見ると腕を組んでいて、完全にこちらを待っている。本当に、相手は何がしたいのだろうか。
「とりあえず聞くけどさ……あんたの目的は何だよ? あんたもチャンピオンの座が欲しいとかそんなんか?」
「俺の行動の意味はいずれ解る。ただ、今は戦ってもらう」
「嫌……え? どういう事だよ……」
巧には、相手が何の理由も無しにこんな事をするとは考えられなかった。
だとすれば、自分の持っている(無理矢理持たされている)チャンピオンの座でも奪いたいゲーマーか何かだろうと思ったのだが……返ってきた答えは更に謎を深めるだけだった。
とりあえずこのまま考えても仕方ないので、体制を整えようと巧がレバーに手をかけた時
「とにかく、お喋りは後だ。今は俺の任務を遂行させてもらう」
「……は? 任務って何だ……よっ!」
相手が何かを呟きながら、いきなり左手で殴りかかってきた。
巧はとっさにアーディレイドの腕を目の前でクロスさせてパンチを防ぐ事が出来たが、間髪入れずに相手は右手でもう一撃、更に左手でもう一撃と連続で殴ってくる。
「くっそ! このままじゃヤバイッ……」
ガードはしているものの、巧が画面に目を向けるとHPのゲージが少しずつ減って来ている。
これはゲームで良くある「ガードをすればダメージを無くせる」では無く「ガードをすればダメージを減らせる」タイプらしい。
巧にとっては前者の方が嬉しかったのだが、残念ながら後者なのでこのままガードをしっぱなしだと負けてしまう。
「どうした? 守るだけでは俺は倒せないぞ?」
相手は、先程から冷静な口調でリズムを変えずに攻撃をし続けて来ている。
「そんなのっ……解ってんだよっ!」
的を得ている相手の言葉に、苛立ちを感じた巧はとっさにアーディレイドの右足で蹴りを入れた……のだが、その足は相手に当たる事無く空を切った。
「そんな適当に出した攻撃が当たると思ったのか?」
相手は予想していたのか、アーディレイドの蹴りが当たる前に殴るのを止め、瞬時に後方にジャンプしていた。そして着地をした後に腕を組み直し、こちらを向いている。
「狙いの定まっていない攻撃に当たる程、敵は簡単には…………」
「へっ……俺の狙いはそっちじゃなくて、こっちなんだよ!」
「何……?」
相手に言われるまでも無く、巧自身適当に出したキックだったので当たらない事は解っていた。
だが、巧の狙いはキックを当てる事では無く実際に狙って居たのは
「よっと…………よし、これでオッケーだっ!」
相手のメタルドールが離れたのを確認した後、巧はアーディレイドの向きを変えてその方向にダッシュさせた。
その方向にあった物は、先程から落としたままだったロングブレード。これを拾う為に、巧は相手が離れるであろうと思いキックを繰り出していた。
「……さぁ、これでお前も迂闊に近寄れないだろ?」
拾い上げたロングブレードを目の前で構えながら、巧は余裕の表情で相手に話しかける。だが、相手から出てきた言葉は巧が期待した物ではなく
「それを俺に当てられれば、だけどな」
相手は特に困った様子を見せずに、メタルドールの組んでいた腕を脱力させ直立の格好を取り始める。
これは完全に「やってみろ」の体制であると巧は思った。
「へぇそうかよ?そこまでするなら……やってやるよ!」
巧はレバーを強く握りしめ、アーディレイドを前方のメタルドールに向かってブーストダッシュをさせた。そしてロングブレードを持った右手を振り上げて
「……もらったぁ!」
黒いメタルドール目掛けて振り下ろした。
だが、ロングブレードが傷を付けたのは地面。そこにメタルドールの影は無くいつの間にか右に移動していた。
「そんな……どうしてっ?」
すぐにロングブレードを地面から引き抜き、後ろに後退る。さっきまで確かに捉えていたし、確実に当たったと思った。でも巧の考えとは裏腹に、いつの間にか横に移動していて無傷のまま相手のメタルドールは立っている。
それが何故なのか、巧には解らなかった。そんな事を考えていると
「どうした?それで終わりなのか?」
不意に相手の拍子抜けした声がして、ヘルメットの中に静かに響く。
「まっ、まだ終わってねぇ!」
巧はその言葉で我に返り、ロングブレードを構えるとアーディレイドを相手のメタルドールに走らせる。
「っくそ、当たれぇ!」
そう叫ぶも、ロングブレードはメタルドールに当たる事無く宙を斬るだけだった。
確実に相手をロックオンしている。それなのに当たらない。巧には解らないままだ。
「だから言ってるだろう? 力任せで戦っていても、俺は倒せない。……どうやら見込み違いだったようだ」
相手の男は呆れた声でそう言うと、メタルドールをアーディレイドに高速で接近させて来る。それを見た巧は
「っ……来るのかっ?」
来る方向を向いて、アーディレイドの目の前にロングブレードを構えた。だが
「……もう無駄だ」
構えたと同時に既に目の前に相手のメタルドールが居た。そして、アーディレイドが両手で持っていたロングブレードを右足で蹴り飛ばし、流れるように回りながら左足で頭の横から蹴り倒す。
「うおあぁっ!」
今までに無い大きな揺れに巧は驚きつつ直ぐ様立ち上がろうとレバーを握った。……が
立ち上がる前に、既に相手のメタルドールがアーディレイドの上に馬乗りになっていた。
「っな……いつの間にっ!」
「これでも反応は出ないか…………」
相手は何かを呟いた後、思いっきり右手でアーディレイドを殴った。続けて左、右、左、と交互に。
「だっ! ……くそっ…………このままじゃっ……」
巧はシートの振動に揺さぶられながらも、必死に攻撃をガードしながら画面を見回す。
するともう余りアーディレイドのHPは残っておらず、このままだと負けてしまう事になる。
「さて、どうするんだ?」
声色1つ変えずに相手は喋りかけてくる。そして、尚も攻撃は終わらない。
(もう無理だな……こんなんじゃ……)
相手のメタルドールに殴られながら、巧はそんな事を思っていた。実際、こんな状態からどうすれば良いか巧には解らなかった。
「何がチャンピオンだよ……結局、上には上が居るって事だよな……」
残り少ないアーディレイドのHPを見ながら、巧は呟いた。どうせなら、このまま終わってほしいと――
「俺は……負けるのか? 俺は負ける…………負け……るっ!?」
その時、急に巧の頭に激痛が走りレバーを離してしまう。
「がっ!? ……ううっ……」
気を失いそうなぐらいに酷い痛みが頭中を駆け巡る。そんな痛みに頭を抱えている時、巧の耳に1つの言葉が聞こえてきた。
「これで……ゲームオーバーだ、チャンピオン君」
相手のメタルドールは最後の一撃と言わんばかりに、右手を思いっきり引いてアーディレイドの顔目掛けて拳を打ち出した。
(ゲームオーバー。)
意識が朦朧としていた中、その単語だけが頭の中にくっきりと焼き付くと、巧の身体は勝手に1つの行動を起こした。
たった1つの行動。「ゲームオーバー」を消す為の行動を。
その時、黒コートの男は何が起きたか解らなかった。
相手に攻撃をした。これで最後の攻撃だった。相手も潔くガードを解いた……のだろう。だからこそ勢い良く右拳を打ち出した。
だが、その右拳はアーディレイドの頭には当たらずに何故か左手で止められていた。と言うか掴まれていた。
そして右手ごと引っ張られ、自分のメタルドールは左に「投げ」飛ばされた後、そのボディーで地面を削りながら数メートル先で止まった。
そんな状況を見もせず相手のアーディレイドはゆっくりと立ち上がり、ロングブレードを拾っていた。
(…………どういう事だ?)
黒コートの男は、投げられ土まみれになった自分のメタルドールを見ながら考えた。
あの瞬間に打ち出された拳をガードするだけならまだしも、受け止めてからそのまま投げ飛ばす。そんな芸当がとっさに出来る物だろうか。
(まぁ、俺なら可能だが……)
黒コートの男はそんな事を考えながら、ゆっくり近づいてくるアーディレイドを視界に捉えた。
「……はぁっ……ま、まだ終わらねぇよっ……!」
息づかいが荒くなりながらも、巧はロングブレードを突き付ける。
「随分苦しそうだが、何かあったのかい?」
「っく……んな事、し、知るかよっ……」
(……「覚醒」……したのか?)
相手の様子を感じて、黒コートの男は頭の中で考えを整理しようとする……のだが
「でもっ、これは解るぜ……? アンタの倒し方だっ……!」
そう言うと同時に、巧はアーディレイドをロングブレードを構えて黒いメタルドール目掛けて突撃させる。
「っ……貰った!」
「だから無駄だと……」
先程と何ら変わりの無い攻撃方法に、黒コートの男は軽々と交わそうとしたのだが
「……やっぱりこっちだなっ!」
「っ……何っ!?」
黒コートの男はメタルドールをロングブレードが当たらない方向にステップした。
だが、何故かそこにアーディレイドが立っていてロングブレードの一撃を喰らってしまう。
(そんな馬鹿な……何故だ?)
黒コートの男は体制を立て直しながら、頭の中で考え始める。
(確実に回避に成功する筈だった。それなのに、どうして目の前に…………)
「っ……まだだっ!」
深く考える間も無く、アーディレイドはまたロングブレードを振り下ろそうとして来ている。
(……もう一度だ)
黒コートの男は、攻撃を交わそうと機体を動かした。だが
「無駄だぜっ……!」
するとまた回避方向にアーディレイドが居て、ロングブレードで右腕を斬られた後、そのまま肩から足まで振り下ろされメタルドールが後ろに後退する。
「なるほど、そういう事か」
黒コートの男は、一人納得しながらメタルドールの体制を立て直しアーディレイドの方を見て呟やいた。
「君、見えてるようだな」
「っ……? 何の話だよ……」
巧はそんな質問を投げ掛けられるも、どう答えて良いか解らなかった。頭が……上手く回らない。
実際、今身体が変な感じがしていてぽっかりと頭の真ん中に空白の様な物が出来ている……そんな感じだ。
何を考えているのか考えていないのか解らない。だが、はっきりとしているのは目の前のメタルドールの行動がある程度予測出来ているという事だ。
「まだ使いこなせないのは仕方無いが……まさか本物だったとはな。これは俺も少し本気を出そう。」
黒コートの男は、レバーを握りペダルを踏み込んだ。
「来るかっ……?」
巧はアーディレイドを後退させ、距離を取る。
「よっ」
黒コートの男は軽く言葉を出すと、自分のメタルドールでアーディレイドに殴りかかろうとする。
と、同時に巧もペダルを踏み込みアーディレイドを相手のメタルドールの横に走らせる。
「っ!……貰ったっ!」
確実に真横を捉えた巧は、ロングブレードを左に薙ぎ払う。
だがロングブレードを振ろうとした瞬間、相手のメタルドールは――――こちらを向いていた。
「なっ……!?」
「言っただろ? 少し本気を出すと。」
ロングブレードを降りきる前に、相手のメタルドールの左手に止められ弾かれた。
「っ!……嘘だろ……」
「さて、今度は終わらせようか」
「それはっ……こっちの台詞だ!」
相手のメタルドールは着地をすると同時に、こちらに向かってくる。巧もそれに負けじと、アーディレイドのブーストを吹かせ、ロングブレードを構え直して突っ込んだ。
「……喰らえぇっ!」
「っ…………!」
丁度、二人のメタルドールがぶつかろうとしたその瞬間…………『ピーーーーーー!』っという音が鳴り響き画面が急に暗転する。
「…………え? 何だ……? 何だよおいっ!?」
画面が暗くなったことにびっくりした巧は、さっきまで握り締めていたレバーを放して辺りを見回す。ふと、身体中を見回すと汗をかいていた。普通だったら気付く程の量を。
「これ、何だよ……何でこんなに…………うわっ!?」
汗を気にして下を向いていたら急に画面が光だし巧は、またもびっくりする。すると、画面にはゆっくりと文字が表示されていた。
「……この対戦は、時間切れによりドローです…………ま、マジかよ……」
画面の文字を読んだ巧は、急に力が抜けた様にシートにもたれ掛かる。
「……結局、倒せずじまいか…………ま、良い勝負だったかな?」
先程の戦闘を思い出しながら、そんな事を呟いた。結果は勝ちでもなく負けでもなく引き分けだったがそれでも悪い気はしない。
「…………ってか、全っ然良くねぇ! アイツの長話のせいで時間が無くなったんじゃねぇのか? それに変な頭痛もアイツのせいなんじゃ……」
急に思い出した相手の事。今回の件は全て相手に責任があるんじゃないかと巧は、考えた。
「よし、どんな奴か顔見て、すかした奴だったら謝らせる。賢人にも謝らせる。そんで、もう一回だ!」
一人で変な事を呟きながら巧は、ヘルメットを外して外に出ようと扉を開けた。
だが扉を開けた先に広がっていたのは、さっきまで居た客達でも無く、笑いながら皮肉を言い寄る友人でもなく、辺り一面の白。
白。
白。
そして、白の中で一際目立つ赤。
「…………え? 何……?」
その光景を見て、巧は頭が混乱する。そして、その混乱の中に1つの声が入り込む。
「ごめんなさい巧君? ちょっと手荒なんだけど、許して頂戴」
「え? 何で名前をっ……!? ちょっ、何だあんたらっ!」
声の主に問い掛けようとした瞬間、誰かに身体を押さえ付けられ口元にガーゼの様な物が当てられる。
「むぐっ!? っ……まだっ、相手の野郎を見て……な…………」
腕を降りほどこうとしたが、急激な闇が巧を襲い、あっという間に飲み込まれ地面に落ちていく。
「…………こ、これで、本当に良かったんですか?」
白衣の男は震えながら、赤い眼鏡をかける女に話し掛ける。
「えぇ、何も問題は無いわ。本人に対する傷は1つもつかないし。無理矢理引き込んでも暴れてしまうでしょ? せっかくの宝箱を壊す様な真似はいけないわ。さ、早く運んであげて? いつまでも地べたじゃ、可愛そうだわ」
淡々とそう述べると、女は寝てしまった巧を運び込むよう白衣の男達に命令する。
「わ、解りましたっ……」
言われた男達はそそくさと巧を担ぎ上げ、店の裏口へと向かう。
それを見届けた女は、店内を見回した。
「……もう一人の方は何処に消えたのかしら。逃げ出した……は無いわね…………まぁ良いわ、今は見付け出した貴重な宝箱を磨くのが先決ね。」
微妙な違和感を感じながらも、女は直ぐに顔を上げ、自分も裏口に向かって歩いて行く。
ほんの少しだけ、笑みを浮かべながら。