ある秋の日 3
そんな経緯を経て、この桜ヶ峰公園への坂道を登っている訳だが……。
「おぉい、全員遅いでぇ!」
「翔矢が早いんだよ!」
この長くて傾斜がなかなかきつい坂を楽々上がれるのなんかそうそういない。
しかも弁当を持って朝の8時にこの長い坂を登って行こうと思うやつは尚更だ。
ただ……桜ヶ峰公園の一部だけはいつでも人に溢れている。だからこそ、人が少ないこの時間から場所取りに行くわけなのだが。
「……よし、着いたな」
桜ヶ峰公園。この桜ヶ峰町の一番高い丘の上にある、この町のシンボル。
といっても、入口の金属のポールを通ると、まずアスレチックしかない感じの公園。
しかし、その奥に進むと、
『…………』
全員、言葉を失う。その……美しさ故に。
「……変わらないな、ここは、いつだって」
流斗の言葉をさらうように、優しく、しかし肌を刺すような寒冷の冬の風が右から流れ、全員の髪を揺らす。
しかし、誰一人として目を閉じない。
いや、その光景が閉じさせないと言った方が正しいだろうか。
「……いつ見ても、ここだけは世界が同じやなぁ」
「……ほんと、この綺麗な景色のまま」
「……万年桜」
ザアッと強い風が吹くと、皆はさすがに目を閉じて寒さ故に身を縮こめる。
その強い風は皆の前で凜と咲き誇る濃い桃色の桜の枝を揺らした。
この秋の灰色の重圧な雲の下、その桜の並木道だけは変わらずそこにある。
『万年桜の並木道』。これがこの桜ヶ峰公園を有名にした最大の理由。
ここは燈気が常に大量に放出されている特殊な土地のため、一年中桜が咲いている。
最高に美しいと称される国宝級の景色。
刃達の目の前に広がるその単調に散るピンクの花びらが、後ろの灰色の少し靄がかかる空に栄える。
辺りは風の音だけ。いつもは黄色い声を出してはしゃぐ藍も、その先が霞むほど長い(実際は靄のせいで先がうまく見えないだけだが)桜並木に見入っている。
真ん中にある一本道には綺麗な桃色の花びらの絨毯が敷き詰められ、長く、長く続く。
「……どう、藍。気に入った?」
「……あい」
これが光がまず、藍に見せたかった景色。
ここの近くに住むものは、ここ以上に美しい場所など知らないというくらいの場所。
光も、そしてみんなも、大好きだった。
「……ここには、たくさんの思い出があるな」
「……せやな」
翔矢は少し頭に被ったニットを直すと、一歩前に出て皆に向き直って言う。
「花見せぇへんか」と。
そして今、全員は持ってきたシートを桜の木の下に敷いて腰をかけていた。
弁当は刃が朝5時起きして作ってきたものだ。なるべく藍の好物で埋めてある。
「アーーイ!」
「ほら藍、ご飯を食べるときは?」
そう光が言うとちゃんと正座して待つ。しかしワクワクが止まらないのか目を輝かせて体を揺すっている。
「じゃ、いただきます!」
『いただきます』
「アーーーーイ!!!」
待ちわびたと言うように弁当のおかずにかぶりつく藍。慌てなくてもいっぱいあるから急がなくてもいいのに。
「ここでの花見は……3年ぶりか」
唐揚げを食べながら流斗の見上げる空はただ灰色に栄えるピンクの雨。辺りは静寂、葉を揺らす風は下に落ちていた花びらをも巻き上げ、また空を美しく染める。
「……今日は、午後から晴れるってさ」
光も刃が作ってきた弁当の卵焼きを頬張る。そして、誰からともなく無言になった。
「…………」
ここには多くの思い出がある。ほんとに色んな思い出が。
「……俺達3人が親友になったのも、ここだったな」
「あぁ」
「せやな」
刃達3人は全員弁当を置いて、花びらが敷き詰められたピンクの絨毯の上に寝っ転がる。
見上げれば花びらのシャワー。それを全身に浴びて思う。
「……綺麗だな」
「アーーイ!」
藍はいまだに花より団子。弁当に夢中のようだ。まぁ、藍に分かれというのも無理な話なのだが。
「私は仲間外れなんだもんね。まぁべつにいいけど~……」
そう言って光はプイとそっぽを向く。変なとこで臍を曲げられると困る。どうしたもんかと刃達が顔を見合せた時、
「あっ、あれ!? みんな!?」
「(……ん? この声って)」
その声の方に向けて体を起こすと、よく見知った顔が2人。
「りょ、亮! それに蓮も!?」
刃が身体を起こすと目の前にいたのは、大きなゴールデンレトリバーのリードを引く亮と、それについている蓮の姿。




