ある秋の日 1
それはある10月の朝。部屋の窓は白い靄がかかり、外はまだ暗闇が支配する時間。
日の出前に目が覚めてしまった、今日という日曜日。刃は布団から体を起こして辺りを確認する。
「……今日はダイビングアイを食らう危険はないな」
辺りを警戒しながら、我ながら情けない心配だと思ってしまう。
「……さみぃ」
それはそうだろう。季節はもう冬だ。ほとんどの動物は本能的に寝たくなるもの。
とか思いながら、刃は布団とカーペットの間に入れておいた着替えに手を伸ばす。
もちろん、布団の中から手だけ外にだして。
そして布団の中で着替えを済ませると、布団から出てそのまま畳んで仕舞う。
どうやらまだ、旅館での生活が抜けないらしい。
「……今日は、あそこへ行くのか」
思わず呟いてしまう。といっても、今日行くのは『Jアリーナ』じゃない。
今日行くのは……刃にとっては『始まりの場所』。
──ガチャ!
「っ!」
この気配、間違いない!
「アーーーー……!」
「アイ白刃取りィ!」
そうして刃は飛んできたその小さな影を華麗にキャッチ──
──ピタッ。
しようとして、止まった彼女にタイミングをズラされる。
「(なに!? フェイントだと!?)」
「アーーーーイ!!!」
──ドコォ!!!
「グボァァッ!?」
今日も今日とて藍のダイビングアイが刃の腹部にダイレクトアタック。そのまま仰向けで倒れる。
「アーーイ! アーーイ!」
「……藍、頼むから、腹の上でジャンプはやめて……」
✩
「アーイアイ、アーイアイ」
「こら藍、食べるときは静かにな」
「アイ!」
「……わかってるようには見えないけどなぁ」
刃と藍はテーブルに座って向かい合い朝食。メニューは昨日作った肉じゃが。女将さん直伝メニューの一つだ。
「(……おっ、肉じゃがうまくなってるんじゃないか? 味が染み込んだからか。うん、腕が上がったな。今度は女将さんから教わった魚介類を使ったスープを作ってみるとするか)」
「アーーイ!」
「うまいか? 藍」
「アイ!」
どうやら藍も気に入ったようで満面の笑み。その笑顔に思わず刃も笑顔になってしまう。
──ピンポーン。
とその時、玄関のチャイムが鳴る。誰かはもうわかってる。
「入っていいぞー、光!」
「もう入ってるけどね」
その声を待たずに光はリビングに顔を出す。不法侵入はあえて突っ込まないでおこう。
「なんだ、ずいぶん早く起きてるのね」
「まぁな。まぁ、早く起きてもダイビングアイは逃れることはできなかったけどな……」
「……ま、あそこはあんたにとって特別だもんね。いくらあんたでも、少しはセンチメンタルになるか」
「うっせぇ」
✩
「おーっす! 元気かぁ、2人とも!」
「……あんたは元気過ぎるわよ。今、朝の8時なんだけど」
光のうんざりした声に刃も同意する。休みの日の朝っぱらから翔矢のこのテンションはさすがに堪えるというものだ。
「おはよう、2人とも」
流斗と翔矢はもう待ち合わせた『桜ヶ峰コミュニティセンター』の前に着いていた。
昔から4人での待ち合わせ場所はココと決まっている。
翔矢は緑のダウンを上に着てニット帽を被り、下はジーパン。靴は有名ブランドの、茶色で先が尖ったやつ。
流斗は黒の中折れハットに黒のフエルト生地のコート、中にはスーツ風の服を着込み、黒の革靴。2人ともさすがオシャレさんである。
対して刃は普通の白がメインの長袖シャツの上に適当に家にあった黒の上着、下はジーパンに靴は白のスニーカー。正直、この2人の隣には釣り合わないと毎回思ってはいる。
「2人とも早いわね。翔矢は絶対遅刻すると思ったのに」
それによく見れば光もお洒落な方である。ピンクのシャツにロングデニム、それに上から赤がメインのダウンを重ねる。
どうやら流行ってるようだ、ダウン。今日は寒いからな。
「あぁ。もちろん翔矢を起こしに行く時間も込で計算したからな」
「それは言わんといてや……ワイかて起きる努力はしとるんやで?」
「確かにタイマーを5つかけるのは認めるが、全てをストップさせた上で2度寝していたら意味が無いだろう?」




