8『幼稚な戦い』
──ドガァ!
「ガアッ!?」
「……!?」
思いっきり矢田の右頬をグーで吹っ飛ばし、刃は光の前に立つ。光は目を点にしていたが、すぐに現状を把握。
「……わるい、遅くなった」
「……遅すぎんのよ、バカ」
「ほら、ヒーローは遅れてくるもんだろ?」
「テメェ……ナマクラの分際で、よくも殴ってくれたな!」
殴って吹き飛んだ矢田はすぐさま体勢を立て直す。周りに他に2人。勝ち目がないことは刃にもわかってる。
『刃、間違えるなよ』
だからこそ、流斗はそう自分に言った。これはエキシビション。試合だと。
「……はっ、お前たちなんか、光がいなくても俺1人で十分だ」
「……なんだとぉ?」
「それを、今から見せてやるよ」
──それに俺だって、ずっとバカにされてきたわけじゃない。無駄でも、何にもならなくても、諦めきれない往生際の悪い男なんだよ。
そんな俺だからこそ、出来ることがある。
「な、なんだ?」
刃は構えをとる。腰を低く落とし、身体中の燈気を意識する。
そしてそれをかき混ぜる。そして極限まで引き出し、身体中に燈気の濃度を極限まで上げる。
「そ、それはまさか……!?」
「あぁ、そのまさかだ」
矢田も驚嘆の声を上げる。それもそのはず。この紋字は、誰もが知ってるけど、誰も使わないものだから。
だから刃は、その名を強く叫ぶ。
「『封紋華・激』!」
「ふ、封紋華……!」
身体がその燈気で少し鮮やかに輝く。そしてその姿を見る周りが数秒固まり、
「……プッ!」
そして次の瞬間、
『アハハハハハハハ!!!!』
辺りに広がる爆笑の渦。
『ふ、封紋華って! マジかよアイツ!』
『ひ、久々に見たぜ! 幼稚園児かよ! アハハハハハハハ!!!!』
矢田を含めた相手も金本以外は笑いの渦に巻き込まれている。腹を抱えて苦しそうだ。
「ふ、封紋華って……まさか」
「……そうよ。亮が考えてる通り、あれはその封紋華であってるわ」
混乱している亮に光が補足してやる。誰もが知っている、紋の力をI'temへ移動して"解放"して戦うのが『解紋華』。
対して紋の力を身体に"封じ込めて"戦う戦闘技術、それを『封紋華』と呼んでいる。
「で、でもあれって、普通は……」
「そうよ。あれは本来、私達高校生が使うもんじゃない。だって……」
光はあくまで世間一般の意見を、真っ直ぐ亮に言ってやる。
「だってあれは本来、I'temが出ていない子供達が燈気の使い方を学ぶために使われるものだもの」
そう、万物のなかに流れている燈気から生まれるI'tem。それが顕現するのは基本的に12歳ごろからとされている。
それまではこの『封紋華』で燈気の扱い方や基礎を学び、I'temが出てきたときに円滑に紋字を使えるようにするためのもの。
つまり、普通はI'temが出ているはずの高校生が使うものではないのだ。
「な、なんか俺、お前が本格的に可哀相になってきたわ」
笑い転げていた矢田はなんとか体勢を立て直し、刃に向き直る。
「……で? それでどうすんだよ? まさかそれで戦うなんていうんじゃないだろうな?」
「よくわかったな、そのまさかだよ」
「……グフッ!」
『アハハハハハハハ!!!!』
再び沸き上がる大爆笑。
「や、やめろ……テメェ俺らを笑い殺す気だな……アハハハハハハハ!!!!」
「……なんとでも言えよ。それより、もうやっていいのか?」
「あ、あぁ、いつでも来てみろって、先手はテメェに譲ってやるよ」
「あぁ、そんじゃ有り難く──」
「──勝たせてもらうぞ」
「……は?」
「……ッ!」
消えた。前にいたはずの刃が一瞬で。周りの笑っていた観客も、金本も呆気に取られる。
「あ、あいつ、どこに……!」
「バカ野郎、上だ!」
その動きをその場で追えていたのはただ1人。金本だけだった。
刃は片方の足に燈気を集め、爆発的に地面を蹴りあげ跳んだのだ。
「……確かに封紋華は解紋華と比べて本来の紋字の能力を50%しか引き出せない。普通に考えれば解紋華には勝てない」
「……せやけど、そもそも普通のやつは解紋華であっても100%を引き出せてるやつはなかなかおらん。つまり……50%さえ引き出せていれば戦える可能性があるっちゅーこっちゃ」
その光景を満足そうに眺めながら、流斗と翔矢は傍観を続ける。
刃の脳裏に浮かぶのは、この戦いかたを考えてくれた2人の顔。流斗は封紋華を極めることを提案し、よく特訓に付き合ってくれた。
相手を油断させて奇襲をすることの大事さを、翔矢は教えてくれた。
「「……行け、刃!」」
刃は真っ直ぐに、矢田や金本といったやつらに奇襲をかけるわけでもなく。
──ただ真っ直ぐに、目指すのは敵の棒。
「おおおおおおおおおらぁ!!!!」
まともに戦っても刃に勝ち目なんてない。でも相手がこっちの力量を知らなければ、油断してくれていれば、こっちにも勝機がある。
だから、今は間違えない。今はこの試合に勝つこと。それが全てだから。
誰かが反応するより早く、刃はその棒まで一気に距離を詰め、思いっきり殴り倒した。
『……ッ!!!?』
棒は大きく傾き、ゆっくり倒れていき、そして地面に倒れた、
『グウッ!』
──かに見えた。
「……ッ!」
しかし周りにいた3人に支えられ、ギリギリのところで倒れてはいない。ルールでは完全に倒れなければ勝利条件を満たさない。