開会式 4
「いや……言いにくいんじゃがの」
刃の身体は手を拭く動作も忘れ、おっちゃんの次の言葉に耳を立てる。
「その……じゃな、その時計……15分遅れとるんじゃ。教え忘れた、テヘッ☆」
──パパパパーーン! パパパパパパパパパパパパパーーン!
おじさんの訳がわからない「テヘッ☆」の後に会場の方で響く軽快なラッパ音。
これは開会式開始の合図。さんざん練習してきた刃を歓迎するはずの行進のファンファーレは、今や現実を突き付ける絶望の鐘。
「せめてあと5分前に言ってくれぇぇぇぇ!!!」
トイレの扉を跳ね開けると刃はアリーナの開会式会場にダッシュ。
「ふぅ。やっぱりあいつはどこか抜けとる……ん?」
自分のことは棚に上げていたおっちゃんは、刃が落とした何かに気付く。
その独特の形と輝きは、間違いなく。
「こっ、こりゃあ参加バッチじゃないか!?」
まさしく大会参加に必須のバッチだった。
それを思いっきり音を立てて落としたというのに、刃は振り向きもしない。
「おい、待て刃、こりゃあ!?」
そう叫んだがもう遅い。刃はもう点ほどに小さくなり、皆が並ぶ会場入口にダッシュしていて気付いてもいない。
「こりゃまずい、このバッチがないと会場には入れないとゆーに! 待て刃、待つんじゃあ!」
おっちゃんは急いで刃の後を追った。仕事とモップをかなぐり捨てて。
✩
「おっ……………そーーーい!!! あいつ本当に何してんのよ!?」
もうほとんどの出場校が入口に並び終わって、もう自分達の行進の順番が近づいているというのに刃はまだ帰ってこない。
「あいつのことだ。多分、普通のトイレは皆いっぱいで、偶然関係者に知り合いがいて、関係者用トイレを借りたはいいがそこの時計が狂っていて見間違え、焦ってバッチを落として会場に入れなくなってる……ってとこだろ」
「なっにぃぃぃいぃ!? ない、ない、ない!!!」
流斗の予想は見事的中。刃は出場校が並ぶ入場門の前で警備員に止められていた。
「だから、参加バッチがないと通すわけにはいかないんだ。バッチが落ちていたとの連絡も入ってないし」
「そこをなんとか! 俺は桜ヶ峰高校の火野 刃です! 雅ちゃん先生にでも連絡すればわかりますからぁ!」
刃の必死の説得も虚しく、警備員はただ首を横に振り、NOの一点張り。
「だから何度もいうけど、あのバッチがないと中に入ることはできないんだ」
「だからそこをどーにかお願いします! 土下座でもなんでもしますからぁ!」
「うーん……うまく俺の言いたいことが伝わってないみたいだな。つまり──」
「(今だ!)」
刃は一瞬の隙を突いて警備員の横を擦り抜ける。このままこのゲートを抜ければ、すぐに合流できる!
「あっ、コラ! 行っちゃイカン、止まりなさい!」
「(止まれと言われて止まるわけがな──)」
──バチッ。
「(……バチッ?)」
と一瞬、刃の身体に痺れのようなものが走り、次の瞬間、
──バシャァァァァ! バリバリバリバリバリ!
「んギィャァァァアァァァァァァァァァァ!!?」
激しい雷。わずか数秒で真っ黒な刃の丸焼きが完成する。
「あーぁ……だから言ったのに。あのバッチがないと、例え警備員の俺達でもこの結界の中に入ることができないんだ」
「そ……いう……ことですか……」
手足をピクピクさせて薄れゆく意識の中で、刃は小さくそう呟くのだった。




