開会式 3
「おぉ、刃じゃないか!」
「ん? この声……」
その聞き覚えのある声に振り向くと、綺麗に整備された通路の真ん中にはモップを持った青い作業着に身を包んだ白髪の男性。
刃はこのおじさんをよく知っている。
「おっ、おっちゃん!?」
「おう、まさかこんな時に会うとはの!」
このおじさんは桜ヶ峰の清掃員をやっているおじさんで、刃とは1人でいた時に仕事を手伝っていたりした。
しかし、学校の清掃員であるはずのおじさんがなぜここに?
「な、なんでおっちゃんがここにいるんだ?」
「なんでって、仕事に決まっとろうが。ワシは言われたところの掃除に行くんじゃよ。刃こそどうしたんだ? 友達の応援か?」
もちろん、おじさんも刃にI’temが無いことは知っている。だからこそ、選手だと言ったら驚かれるだろうか。
「いや、選手だから。一応」
「何じゃと!? 確かお前さんI'temを──」
「うん。持ってなかったけど──」
経緯を話そうとした瞬間、おじさんに肩を掴まれる。
「出たんじゃな! それでこれに出られたんじゃな、『I-G』に!? すごいじゃないか!」
「え、えっと、おっちゃん?」
おじさんは仕事道具であるモップを地面に捨てて、刃の両肩を揺すって泣き出した。
「そうかそうか……そりゃそうじゃ! いつも教室で1人勉強しとって、校舎裏でも隠れて練習しとったもんなぁ! そんなやつが報われんはずがない! よかったなぁ、刃……うっ……うっ……!」
「おっちゃん……」
ありがとう、おっちゃん。そんなとこまで見てくれていたのか。おっちゃんありがとー! 内心は感謝でいっぱい──
──ガシッ!
「おっちゃん、トイレ貸して!!!」
なわけがなかった。
「と、トイレじゃと?」
「そう! 今ピンチなんだ! お願いします!!!」
「トイレか、よしよし! それなら作業員用の手洗いがあるからそこを使え、ワシが許可する!」
こうして、刃は清掃員のおっちゃんという救世主に奇跡的な出会いをし、この危機を脱したのだった。
✩
「ふう~……死ぬかと思った」
従業員のみが使う裏に設置されたトイレで用を足しながら、刃は安堵しきっていた。
「だってなぁ……危なかったよ。死ぬってのは大袈裟だったけど」
いや、社会的には死ぬか。そう内心でツッコミながらコックを捻って出したものを流し、手を洗う。
トイレ内に設置された時計の針は8時45分。ここからなら余裕で間に合うし、大丈夫だろう。
「さてと……あとは無事に開会式を終えるだけ──」
「おおい、刃!」
そう考えた刃におっちゃんがドアの外から話し掛ける。
「何、おっちゃんもトイレか?」
「いや、そういうわけじゃないんじゃが……お前さん選手なんじゃよな?」
「だから、さっきもそう言ったじゃんか」
刃は蛇口を閉の方へ捻ってタオルで手を拭いた、その時だった。
「今……9時じゃが……えぇのか?」
「…………え?」
もう一度時計を見ると、どう見ても8時45分だ。まだ15分も猶予がある。
「な、何言ってんだよおっちゃん。トイレの時計はまだ45分じゃねぇか」




